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プロフェッショナルはチャンピオン菅波冬悟選手へのインタビュー
他を圧倒した今シーズンの過程について取材。
クラブマンシリーズは最後まで激しく混戦となったシリーズについて取材。

GR86BRZ Cup2024チャンピオンシップ特集プロフェッショナルシリーズ

ライバルを圧倒して王者に輝いた
菅波選手が語る「勝つための準備と要因」

国内のトップドライバーを含めたプロドライバーが中心となって、ワンメイクのGR86とSUBARU BRZで競っているのがGR86/BRZ Cupのプロフェッショナルシリーズになる。

今季のプロフェッショナルは異例の展開でシーズンが進み、最終戦を残した段階でシリーズチャンピオンが決まった。競技車両がGR86と新型BRZに移行した2022年以降はダブルヘッダーが減ったためレース数が少なくなり、最終戦まで熾烈なチャンピオン争いが繰り広げられてきた。ただ、今シーズンは中盤からワンサイドの展開となり、第6戦の岡山国際サーキットが終了した時点でほぼ王者が決まっていた。

そんな圧倒的な状況で2024年のGR86/BRZ Cupプロフェッショナルシリーズを制したのは♯10菅波冬悟選手で、2021年以来の2回目の栄冠を勝ち取ったのだ。

今シーズンのパフォーマンスは圧巻で、開幕戦はファイナルラップの最終コーナーからの加速でわずかにかわされての2位だったが、その後は第2戦、3戦を制した。ダブルヘッダーの2戦目となった第4戦こそ予選がふるわずにポイント圏外となったが、第5戦から7戦までもポールトゥウィンで3連勝を飾り、第7戦を終了した時点で優勝5回、2位1回という成績を収めている。これほどまでライバルを圧倒した王者は、過去に4度のシリーズチャンピオンを獲得している谷口信輝選手しか思い当たらない。同一車両や限られたリプレイスパーツ、そして決められたレギュレーションの中での完勝は圧巻で、なぜこれほどまでに強かったのか、その理由やチャンピオンを獲得した心境を菅波選手にうかがった。

「2021年にチャンピオンを獲ったときは年間11レースがあったので、最終戦を待たずに決まったのですが、近年はダブルヘッダーが減ってレース数が少なくなりました。そのなかで最終戦を残してチャンピオンを獲れたのは良かったと思います。7戦中5回も勝つことができ、レース人生のなかでもこれほど完璧といえるシーズンは送ったことがありません。戦績は7戦して5回の優勝と2位1回なので、これだけの結果ならもう少し早く段階でチャンピオンが獲得できても良かったと思うのですが、第4戦のノーポイントが響きました。それだけシリーズチャンピオンを獲るには、取りこぼしが禁物だということを改めて実感しています」

第4戦の富士スピードウェイでは11位となりノーポイントだったが、残りの6戦はほぼ完璧なレース展開となった。強さの秘訣についてはどう思っているのだろうか。

「モータースポーツは自分だけの力では勝てません。総合力が高くないと勝つことはできませんし、ましてやチャンピオンは獲れません。今シーズンは、あらゆるバランスが良かったと思います。86/BRZ Raceから数えると今年で8年目になります。GR86は手足のように動かせると思っていますし、チャンピオンを経験したことでメンタル面でも安定しています。そして、速く走ることへの探究心や思考を止めないことも重要です。ライバル勢も日々成長しているので、個人とチームともに進化の手を止めないように心掛けています」

整備の精度を高めることでたぐり寄せたチャンピオン

高い総合力がシリーズチャンピオンの要因だというが、その中にはチームのレベルが上がったことも含まれている。

「GR86/BRZ Cupは年々レベルが上がってきていて、ライバル勢はほとんどがレーシングガレージに作業を依頼しています。しかし私たちは、滋賀トヨタの社員やメカニックがすべてを担当してくれています。OTGグループの中でも私のマシンと山﨑武司選手は、滋賀トヨタからの参戦になります。チームに所属した最初のころは、多くのリクエストを出して、今となれば嫌になる要望もあったはずです。それでも徐々に意識が変わっていき、私の細かいリクエストに応えてくれるようになりました。そして、勝つというチームの目標が見えて2021年にシリーズチャンピオンを獲得しました」というように、2019年から滋賀トヨタとともにプロフェッショナルシリーズを戦い、菅波選手のリクエストに対してしっかりと応えてくれるチームになったことがシリーズチャンピオンの起因となっている。

そんな強力なチーム体勢のなかでも、今季はスタッフの異動などがあり変化があったという。

「今シーズン初めに、これまでチームを率いていたチーフエンジニアが離れました。昨年までのようなエンジニアリング体勢に戻るには時間がかかると感じていたのですが、これまで山﨑選手を担当していたメカニックが中心に頑張ってくれました。シーズンの最初はぎこちなさもありましたが、勝たせなければという思いとともに自信が付いていったのを感じました。新たに携わってくれたメカニックが多かったのですが、今季は『整備の精度』をより高めていきました。細かいことは言えませんが、数値の測り方や調整方法、セットアップも以前から変えています」

どのドライバーもGR86/BRZ Cupに移行してからはレベルが一段と上がっているといい、チームとしても最善の準備をしないと好成績が出せなくなっている。菅波選手のマシンを担当するチームは新たな編成となったが、そのなかでもより緻密な整備を行なったことが年間5勝という結果をもたらしたようだ。

「より精度の高い整備を行なってもらうことでマシンの戦闘力は高い次元で安定しました。それとともに、チーム全体のレベルが上がり、当たり前の感覚も上がったと思います。また私たちが履いている『DUNLOP DIREZZA β06』もパフォーマンスが高く、チャンピオンの後ろ盾となりました。決勝レースで抜くのが難しいワンメイクレースなので、予選での速さは重要です。一発の速さがあるタイヤを開発してくれたダンロップさんにも感謝しています。チームが用意してくれたマシンと使う道具のすべてが高次元だったため、毎回勝てるチャンスがあるところで走れました」

一筋縄ではいかないプロフェッショナルシリーズのシリーズチャンピオンだが、二度目の栄冠については、「どのカテゴリーでも勝ちたいですしチャンピオンを狙っています。なので、GR86/BRZ Cupに対して特別さはありません。ただ、耐久レースではないのでドライバーの要素が大きいことは確かです。しかも手強いライバルが多いなかでのチャンピオンは名誉なことだと思っています。私としては今季のGR86/BRZ Cupはオアシスでしたし、賞金の300万円も嬉しいです(笑)」と、どのカテゴリーもシリーズチャンピオンの価値は変わらないというのが、菅波選手らしい表現だろう。

過去に年間5勝を飾ったのは2014年にシリーズチャンピオンを獲得した谷口選手と今季の菅波選手のみ。新記録となる6勝目を目指すこととなる、GR86/BRZ Cup2024の最終戦は11月23日-24日にモビリティリゾートもてぎで開催されるので、ぜひ注目してもらいたい。

GR86BRZ Cup2024チャンピオンシップ特集 クラブマンシリーズ
♯10 菅波冬悟(すがなみとうご)
OTG 滋賀トヨタGR86
OTG MOTOR SPORTS

86/BRZ Raceには2017年から参戦し、2018年に初優勝を飾ると2021年にはシリーズチャンピオンを獲得。フォーミュラでは2017年にFIA F4選手権のスカラシップとなるFIA-F4 JAPANESE CHALLENGEドライバーに選出され、2019年まで3シーズンを戦う。現在は、GR86/BRZ CupをはじめSUPER GTやスーパー耐久など多くのカテゴリーに参戦している。

GR86BRZ Cup2024チャンピオンシップ特集クラブマンシリーズ

年齢差40歳のチャンピオン候補が語る
シーズンの動向と最終戦での決着について

毎年過酷なチャンピオン争いが繰り広げられているTOYOTA GAZOO Racing GR86/BRZ Cup。今シーズンは7大会が北海道から九州までのサーキットで開催されていて、11月23日-24日にモビリティリゾートもてぎで実施される第7大会で幕を閉じる。

ジェントルマンドライバーやトップカテゴリーでの活躍を目指す若手ドライバーなどが参戦しているクラブマンシリーズは、10月5日-6日に開催された鈴鹿サーキット大会を終えて、ランキングの上位2名が2ポイント差でチャンピオンシップを競っている。近年のクラブマンシリーズは若手ドライバーの登竜門ともなっていて、2022年にプロフェッショナルシリーズを制したSUPER GTドライバーの冨林勇佑選手もクラブマンシリーズで腕を磨いた選手の一人だ。

今シーズンのチャンピオンシップを争うドライバーは、クラブマンシリーズの大義を象徴するような二人になる。まず一人目は380号車を駆る菱井将文選手で、ジムカーナの絶対的な王者としても知られている。全日本ジムカーナでは18回のシリーズチャンピオンを獲得していて、60歳を超えた現在でも高い壁として君臨。2024年シーズンも早々にシリーズチャンピオンが決まっている。

二人目はプロを目指す若手ドライバーで、今季からクラブマンシリーズに参戦している41号車の岸本尚将選手。これまでVITAやスーパーFJなどで腕を磨いてきて、今季からGR86/BRZ Cupを主戦場とする。

7戦中6戦を終えた時点で2ポイント差の二人だが、ここまでのシーズンの流れはまったく違っていた。開幕戦は全日本ジムカーナと同日開催だったため欠場した菱井選手だが、第2戦と第3戦はともにポールトゥウィンで連勝を飾る。対する岸本選手は初のナンバー付き車両でのレースだったが、開幕戦から連続して表彰台を獲得。しかし、続く第3戦と第4戦はパフォーマンスを発揮できないレースが続く。だが、走行経験の豊富な岡山国際サーキットと鈴鹿サーキットで連勝し、菱井選手を逆転してシリーズランキングトップに立った。

菱井選手は第2戦、第3戦を連勝したものの、第4戦以降は勢いに乗れず

まずは、二人にインタビューを行なった第6戦鈴鹿サーキットまでを振り返ってもらうと、菱井選手は「開幕戦は欠場したのですが、第2戦と第3戦は勝つことができて、この調子でいけばタイトルを獲れるかもと感じていました。でも、仕様変更したタイヤを使い切れず、第4戦の十勝スピードウェイ以降は失速しています……」

クラブマンシリーズはワンメイクでDUNLOP DIREZZA ZⅢ CUPが供給されているが、第4戦から仕様変更された。菱井選手は仕様変更前のタイヤを装着して競われた第2戦、第3戦は圧倒的な強さを見せたが、第4戦以降は勢いが鈍っている。このように、前半の好調さを維持するのが難しくなったと感じているようだ。

「私はジムカーナでも同じなのですが、アングルの大きな運転をします。仕様変更前のモデルは滑らせてもタイムを出せていたのですが、今のタイヤはスタイルと合っていないようです。分かってはいるのですが、染みついたドライビングなので修正するのが難しいです」と、タイヤの特性とドライビングを合わせることに苦慮しているようだ。

岸本選手は中盤で調子を落したが、第5戦と第6戦を連勝

一方の岸本選手は「開幕戦のスポーツランドSUGOはぶっつけ本番で、サーキットで初めて箱車(市販車ベースのレースカー)に乗りました。いまだに覚えているのが、アクセルを全開にしたら空が見え、1コーナーのブレーキングでは地面が見えました(笑)。それほど、これまで乗ってきたフォーミュラとは違ったマシンで、乗り慣れるのに苦労しそうというのが第一印象です。その中でも運が味方して、開幕戦で3位となりました。第2戦はいろいろと乗り方がわかってきて、自分なりに100%の走りができたのですが菱井さんが速すぎて太刀打ちできませんでした」

最初はGR86の走りにびっくりするほどの違和感があったというが、それでも開幕戦からコンスタントにポイントを稼ぎ、第2戦を終了した時点でポイントランキング2位に立つ。ところが、第3戦、第4戦は慣れないコースということもあって、ポイントは獲得したが納得する結果ではなかったようだ。

「十勝スピードウェイからタイヤが変わって、菱井選手と同じく特性を理解するのに苦労しました。そこで走らせ方から変えていかないとダメだと、チーム(HERO’S)と話し合ってシミュレーターを使って徹底して走り込みました。試行錯誤しながら走らせ方を変えて、それが岡山国際サーキットでは上手くはまりました」。岸本選手も仕様変更されたタイヤの性能を引き出すのに苦労したというが、走らせ方を変えることで対応している。結果として、第5戦の岡山国際サーキットと第6戦の鈴鹿サーキットではともにポールトゥウィンを達成していて、走らせ方のアジャストが功を奏している。

両者はわずか2ポイント差で最終戦を迎える

二人は2ポイント差のまま最終戦に向かうこととなったが、意気込みを聞くと「モビリティリゾートもてぎは嫌いなコースではないですし、コースレコードも保持しているはずです。まわりの選手や若いドライバーなどには『チャンピオンになりたい』とプレッシャーを掛けているので分かってくれるはずです(笑)。ただ、岸本選手は勢いに乗っているので、止めるのは難しいとも感じています」と菱井選手は自信を見せながらも、ライバルとなる岸本選手の実力を認めているようだ。

「僕はシリーズチャンピオンを獲ってステップアップすることが目的なので、是が非でもリードを守り切りたいです。モビリティリゾートもてぎは走行経験が少ないのですが、これまでもデータがないなかで走ってきて対応できたので、それほど心配していません」。僅かだがポイントスタンディングでリードしている岸本選手は、目標を達成するためにもチャンピオンを獲らなくてはいけないと決意を語ってくれた。

最後に菱井選手は「クラブマンシリーズには2016年から出場していますが、年々レベルが上がっています。今のトップ10のドライバーは、ほとんどがレースやカート経験をもっている若手です。少し前ならプロフェッショナルに挑んでいるレベルだと思いますが、クラブマンに出場しています。英才教育を受けてきて上を目指しているならプロフェッショナルへいかないとチャンスはないと思っているので、クラブマンのレベルは上がっているのですが、若手には上位カテゴリーで競って欲しいですね」

ジムカーナ界の絶対的な王者で、クラブマンシリーズでも乗り越えるべき高い壁となっている菱井選手なりの激励と意見だった。

クラブマンシリーズを代表する二人の戦いは、11月23日-24日のモビリティリゾートもてぎで決着が付くので、ぜひ注目してもらいたい。

GR86BRZ Cup2024チャンピオンシップ特集 クラブマンシリーズ
♯41 岸本尚将(きしもとなおまさ)
Racing TEAM HERO’S WORK GR86
TEAM HERO’S
ポイントランキング1位/76点(6戦終了時)

スーパーFJやVITAなどのフォーミュラカーやレーシングカーで腕を磨いてきて、今季からGR86/BRZ Cupのクラブマンシリーズに参戦。初のツーリングカーレースとなった開幕戦で3位に入ると、第5戦と6戦でポールトゥウィンを達成している。シリーズチャンピオンを獲得してステップアップを試みている25歳の若手ドライバー。

GR86BRZ Cup2024チャンピオンシップ特集 クラブマンシリーズ
♯380 菱井将文(ひしいまさふみ)
徳島トヨタ カストロールGR86
徳島トヨタレーシング
ポイントランキング2位/74点(6戦終了時)

全日本ジムカーナには30年以上にわたって参戦していて、18回のシリーズチャンピオン を獲得している。2016年に初参戦した86/BRZ Raceのクラブマンシリーズでレースデビュー。2017年と2022年にはランキング3位となり、64歳となった今季もシリーズチャンピオン争いに加わる。