レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

193LAP

193LAP

「違法改造……ではありません」

2017.4.13

「F1はどこへ行く?」

木下コラム193LAPイメージ写真
木下コラム193LAPイメージ写真

 開幕戦のグリッドに並ぶマシンはたいがい、前年の姿形と比較してイビツな形状に見えることが多い。それを進化と呼ぶのかもしれない。形が異様であればあるほど、新しいシーズンの幕開けを感じさせる。
 例えば、F1。コロコロと変わるレギュレーションや、空力的影響力が強いカテゴリーだけに、イビツ度は満点だ。アリクイのよう方な鼻先が無様にめくり上がっていたり、サメのエラとも鱗ともつかない刻みや盛り上がりは不気味である。もはやウイングは一枚ではなく、爛れた皮膚のようだ。だがその不気味さが、マシンを速くするという大命題を実現するための理屈になってかたどられている。それを考察するのもまた一つの楽しみなのだ。

木下コラム193LAPイメージ写真
木下コラム193LAPイメージ写真
木下コラム193LAPイメージ写真

「イビツ=歪?」

 オフの間にエンジニアは、レギュレーションブックを読み漁り、規則の粗を探りながらアドバンテージを得ようと知恵を振り絞る。規則に合致させることではなく、むしろ規則の隙間をいかに巧みにかいくぐるかがエンジニアの腕の見せ所だ、という考え方もある。子供がプラモデルを組み立てるように、馬鹿正直に規則通りにマシンをデザインしたのでは勝てない。規則書が六法全書ならば、それを暴くという意味では裁判官でも弁護士でもなく、裏で暗躍する知能犯でなければならないのだ。
 イビツは漢字で「歪」と書く。そしてその漢字を開くと、「不正」である。イビツなマシンは六法全書の裏読みの具体でもあるのだ。
 だから僕は、想像する。規則の隙間を発見した瞬間に浮かべる不敵なエンジニアの笑みや、秘策を閃いたときに手を叩く姿を、だ。
「ウッシッシ…、こんな裏技発見したぜ!(◎_◎;)」
「それならバレませんね」
「行間には秘策が隠されているんだ…ウッシッシ」
 ひと気をしのぶ深夜のガレージで、そんな会話がなされている想像してしまう。
 なぜ、そんな裏の表情を想像するのかって!??
 これまで多くのそんな姿を見てきたからである。

「エンジニアと規則の戦いは続く」

 遡って十数年前から、規則とエンジニアの戦いは繰り広げられてきた。それは古今東西、まったく変わることなく続けてきた。今振り返ると、その稚拙ぶりと発想のシンプルさに笑えるやら呆れるやら……。
 30年ほど前、スカイラインRSターボやサバンナRX-7が覇を競ったJSS(ジャパン・スーパー・スポーツレース)での、違法改造バレバレ事件は、今だからこそ、でも陳腐な思い出として笑える。
 当時、武闘派マシンとして人気だったスポーツカーに、巨大なウイングやオーバーフェンダーを装着して戦われるそれは、その派手なルックスとストレートスピードが観客に人気だった。
 エンジンはターボ付きだったから、ブースト圧のアップがカギを握る。だが規則では、ブローオフバルブによって、過給圧は0.8barに制限されていた。ブローオフバルブの原理を簡単にいうと、ある力まで過給圧が高まるとバルブが開く。それ以上は過給圧が高まらない仕組みである。
 そこに、あるエンジニアが目をつけ、ボンネットの内側にプレートを装着した。そのプレートはボンネットを閉じたときにちょうどブローオフバルブの開閉を制限するように設置されていた。つまり、ボンネットを閉じ、走行している時にはバルブは開かない。だが、ピットに戻り、ボンネットを開ければ、少なくとも本体には違反の痕跡は残らないという仕組みだ。
 だからそのマシンは、いつもは遅いのにもかかわらず、その日はポールポジションを獲得、見事にスタート&フィニッシュを成し遂げた。そりゃそうだ。一台だけ数十馬力も優っており、誰が見てもストレートスピードが速かったのだから。
 すわ、ライバルチームからクレームがついた。レース後に関係者の立会いの元、車検員の入念な再検査となった。
 ブローオフバルブが怪しいということになって、多くの関係者がボンネットの中を覗き込む。だが、不正は見当たらない。ターボチャージャーのあたりにも規則違反はないし、ブローオフバルブそのものにも怪しい痕跡は発見できなかった。そりゃそうだ。違反はエンジン本体ではなく、ボンネットの裏側の小さなプレートなのだから。頭をひっつき合わせ、下を向きながらエンジンルームにばかり目を奪われていたのでは、違反の証拠は見つからないのである。
「いや、真面目に組んだエンジンですから、疑わないでくださいよ」
「あんなに速いのは何かやってるはずだ」
「とんでもございません。だったらターボチャージャーあたりをじっくり見てくださいよ」
「よっしゃ、エンジンが怪しいぞ」
「だったら、エンジンを見てくださいよ」
「待ってろ。エンジンを徹底的に確認してやるわい」
 後ろめたいエンジニアは、関係者の目線がエンジンに向かうようにひたすら被害者のように演じていた。
 不正がバレたのは、車検員すらも疑いの証拠を見つけることができず、ライバルチームも納得できないまま、すごすごと関係者がマシンから離れた時である。マシンに背を向けて立ち去ろうとしたある一人がもう一度怪しいマシンに振り返った。その時、露わになったボンネットの裏側の不自然な金属のプレートが目についた。目立たぬように艶消しの黒で塗装されていた、それを発見したのである。
 その直後、鉄拳が炸裂したことは言うまでもない。

「エンジニアはギリギリを攻めていく」

木下コラム193LAPイメージ写真

 全日本F3選手権は、パワーを抑えるために吸気が制限されている。エンジン本体から30センチほどの金属の筒、吸気マニホールドが伸びている。その先にはインダクションボックスが連結されている。そのインダクションボックスには、決められたサイズの空気取り入れ口がある。エンジンはその吸気口からしか酸素を吸うことができない構造だ。それによってパワーが抑えられているのだ。
 入賞したマシンはレース後に、車検を受ける。そこでエンジンを始動させられ、車検員が吸気口に蓋をする。本来ならば空気酸素が遮断されたエンジンは止まるはずだ。それでもエンジンがストップしなければ、別のどこかから空気酸素が供給されていることを意味する。そうなればアウトだ。
 ワル知恵の働くエンジニアはそこに目をつけた。
 吸気マニホールドのインダクションボックス側ギリギリに、キリでグリグリやったような小さな穴を開けた。レースはそれで戦う。吸気口以外からも空気酸素が流入するから、パワーで勝る。当然、入賞は容易である。そして再車検が行われる。
 そこからが、助演男優賞当確メカニックの出番である。ゴール後のマシンを車検場に手押しで向かう道すがら、マシンを押すようなふりをしてインダクションボックスをマニホールドに強い力で押し込むのだ。
「せーの、で押すんだぞ。いいな、せーのでクルマを前に押すんだぞ。前にだぞ」
「はい、クルマを横ではなく前に押すんですね」
「声がでかい!(◎_◎;)」
 すると、そのつなぎ目が、キリで開けたような小穴を塞ぐ。もう酸素は通らない。再車検で吸気チェックをしても不正が露わにならないのだ。

木下コラム193LAPイメージ写真

「汚れたふりして…」

 フロントガラスにヒビの入ったマシンは、レースには出場できない。走行中に破損した場合、危険だからである。だが、新品のガラスには交換できない貧乏ドライバーはどうするか!?
 泥でフロントガラスを汚しておき、ヒビが目立たぬようにしているのである。
「メカさんを雇う金がなくて、窓もふけないんです」

木下コラム193LAPイメージ写真

「サーキットの助演男優賞?」

木下コラム193LAPイメージ写真

 耐久マシンは、燃料タンク容量が規則で定められている。スーパーGTではGT500で100?、スーパー耐久ならばクラスごとに細かく規定されている。
 だが、できるならば大量の燃料を搭載してスタートしたいところだ。給油ストップロスを減らせるばかりか、場合によってはピット回数を少なくすることも可能だからだ。
 悪知恵の働く“助演男優賞当確エンジニア”は、そこで秘策を練る。
 通常、燃料タンク容量は車検で厳しくチェックされる。ならば、給油ホースは対象外だろうと考える。給油タワーから給油口までのホースではなく、給油口からトランク内のガソリンタンクまでのホースを、まるで大蛇がトグロを巻いたかのようにグルグルに這わせるのである。すると、ホースの分だけ、本来の搭載量よりも多くの燃料を積んでスタートできるのである。
「タンクじゃないし、ホースだし…」

木下コラム193LAPイメージ写真
木下コラム193LAPイメージ写真

「もはや自殺行為」

 かつては、ロールケージの中に燃料を詰め込んでスタートした猛者もいたという噂話もあった。ほとんど自殺行為である。そこまでして勝ちたいかという話である。

木下コラム193LAPイメージ写真
木下コラム193LAPイメージ写真

「微笑ましい牧歌的な時代」

正直言って、かつて古くは車検チェックが甘かったと思う。レーシングマシンには最低地上高の規定がある。マシンを速くするにはなるべく低くしたいのに、これ以上低くしてはダメですよって規定があるのだ。スーパーGTやスーパー耐久では車種により、最低地上高が細かく定められている。そして、レース後には最低地上高の高さに合わせた畳大の箱を、手押ししたマシンに跨がせる。それでも干渉しなければセーフ、ガリガリッとなればアウトだ。
 そこで助演男優賞当確のメカニックが奮闘する。
 左右の窓を開け放し、メカニック総掛かりになる。まるで江戸時代の駕籠かきか、祭りで神輿を担ぐようにして、マシンを肩で持ち上げる。そのままエッセホッセとマシンを浮かせたまま、畳ほどの大きさの箱を跨ぐのである。どうりで筋骨隆々のメカニックが集まっていると思ったよ。
 かくかくしかじか、マシンの開発はレギュレーションの裏をいかに巧みにかい潜るかでもある。もちろん規則に忠実にマシンを仕上げることがただしいし、ほとんどのエンジニアがそうしているに違いない。
 規則書の裏読みだから、違法ではない。罰則を受けることもない。むしろ賞賛されることもある。「こんな裏技に気がついちゃったよ選手権」でもあるのだ。
 このコラムを目にしたエンジニアの一部には、実はこんな裏技もあるんだけどなぁ~って、腹のなかで笑っている人もいることだろう。ぜひ、裏で教えてくださいな。

キノシタの近況

キノシタの近況

 今シーズンのレース参戦のライセンス関係が全て揃いました。国内の許可書関係にだけでなく、ニュル用もコンプリート。特にニュルは審査が厳しくて、こんな時期にずれ込んでしまいました。あとは、チームとの契約を進めるだけです。(ってそれが最後かよ笑)

木下 隆之/レーシングドライバー

木下隆之

 1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
木下隆之オフィシャルサイト >