レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

202LAP2017.8.23

新しいレースの創世記には、珍ネタが豊富です

モータースポーツの創造は大歓迎の木下隆之なのだが、競技が確立するまでには本末転倒の話題にすぐに目がいっちゃうのがこの男。環境に優しいはずなのにアレ!?コストダウンのはずなのになんだ!?そうして魅力的なレースは育っていくのだ。

「煙もくもくのEVレース!?」

「フォーミュラEは本当に楽しいのか……」
 先々週の201LAPでそんな話題でコラムを展開したら、なかなか興味深い反響があって、嬉しかった。
 時代はEVにまっしぐら。だったらモータースポーツもEVにシフトすべきだ。イギリスやフランスが2040年からEV以外の自動車の販売を禁止すると宣言した。時代の先端を歩むはずのモータースポーツなのだから、積極的にEVに突き進むべし。
 そんな意見の一方で、爆音を響かせないレースなんてレースじゃない。レースは人間の本能の具体なのだから、行政の都合に影響されるものではないとする声も少なくなかった。なるほど、両論とも一理ある。
 そんな議論の中で、話の腰を折るような洒落た意見も目についた。モータースポーツジャーナリストの秦さんの書き込みはそのひとつ。
「フォーミュラEのパドック裏で、発電機がモウモウと黒煙上げているのには笑えました」
 なるほど、シュールである。

スタート前にピットロードに整列するフォーミュラーE。満充電のマシンぐん。その電力はどこから!?

スタート前にピットロードに整列するフォーミュラーE。満充電のマシン群。その電力はどこから!?

 EVレース否定派ではまったくないけれど、EVレースが環境性能の「善」であり、化石燃料を燃やしまくるガソリンレースが「悪」であるという論調に、本質をグサリと突いてくれた。EVマシンは確かに走行中にはCO2を発生しない。それが、環境に優しいという論調の根拠になっている。

 だが、スタート前にはバッテリーに電気を満タンにする必要がある。その電気の源は発電機なのだ。もしくは火力発電所で石油をバンバンに燃やして得られた電力がコンセントから導かれているのである。
 原子力発電は直接CO2を発生しないのかもしれないが、太陽光や風力を使った発電ならまだしも、完璧に環境に優しいかは別の議論になる。

 EVレースにするならば、いっそのこと、プリウスPHVがオプションで採用したソーラーバネルを義務付けたらいかがなものだろうか。かつての太陽電池を使ったソーラカーレースのようなものね。これなら確かに環境に優しい。
 もしくは、風力発電のレースは実現しないものだろうか。レーシングマシンが速く走るのにもっと障害になるのが空力的な抵抗である。だったら、それを逆手にとって利用してやる。巨大な風車を背負って、発電しながら走るっていうのはいいアイデアだと思うのだけどね。
 もちろん、僕より数百倍も頭のいい人がすでに考えていて、それでも現実的にはまだ難しいって判断なのだろうけど。
 ともかく、EVレースが「善」であり、ガソリンレースが「悪」みたいな論調には首を傾げたくなるのも理解できる。最良の結論は、モータースポーツに様々な選択肢があると嬉しいよねということのようだ。

「かつてはスープラやGS450hが24時間に挑んだ」

 絶えず進化するモータースポーツ界には、ちょっと笑える珍現象も少なくない。そういったことを経て、技術革新はすすむのだから、珍事を論うつもりはなく、むしろ過渡期の産物だと思って大歓迎なのだが、ここはひとつ笑わせてもらうことにする。
 かつて日本で初のハイブリッドレーシングマシンともてはやされた「レクサスGS450h」が、十勝24時間レースで大活躍した。世界初のハイブリッドマシンの優勝である。翌年はGT500マシンをハイブリッドに改装したスペシャルスープラが総合優勝した。「ハイブリッドのトヨタ」。名声を一躍高めた。その功績は大きい。

世界初のハイブリッドレーシングマシンは、いきなり十勝24時間という過酷なレースに挑んでシステムを開発した

世界初のハイブリッドレーシングマシンは、いきなり十勝24時間という過酷なレースに挑んでシステムを開発した

新しいマシンを投入するには苦労はつきものだ。だが、レクサスGS450hを投入した翌年、スープラが満身創痍ながら優勝した

新しいマシンを投入するには苦労はつきものだ。だが、レクサスGS450hを投入した翌年、スープラが満身創痍ながら優勝した

スーパー耐久マシンの中GT500マシンでの参戦だった。予選を制し、決勝もトップを快走した

スーパー耐久マシンの中GT500マシンでの参戦だった。予選を制し、決勝もトップを快走した

 だけど、急速に充放電を繰り返すために熱に悩まされたようで、ピットインのたびにドライアイスを詰め込んでいたっけね。ドライアイスは二酸化炭素の塊のはず。冷却能力は氷の3.3倍だというから、冷却性能は期待を上回るから都合がいい。だが、マシンはCO2を吐かない代わりに、ピットインで二酸化炭素を撒き散らしていた。パドックでは白い煙が悶々と……。あの白い煙はドライアイスが水分と反応して発する蒸気だから二酸化炭素ではないけれどね。でも、絵としてはシュールだったなぁ。
 そんな苦労があったから、現代のWECではあれほどの性能を発揮することができたわけだから、それを否定するつもりは毛頭ない。ただ、北海道・帯広中のドライアイスがなくなったって噂も今では微笑ましい話である。

ベースマシンはGT500だから圧倒的に速い。だが、ハイブリッドゆえの熱に悩まされた。その対策として大量のドライアイスが投入された

ベースマシンはGT500だから圧倒的に速い。だが、ハイブリッドゆえの熱に悩まされた。その対策として大量のドライアイスが投入された

複雑なハイブリッドシステムが24時間絶えられるなどと誰も予想していなかった。だが…

複雑なハイブリッドシステムが24時間絶えられるなどと誰も予想していなかった。だが…

僕ももちろん十勝24時間には参戦していた。レクサスGS450hの戦いぶりを具に観察していた

僕ももちろん十勝24時間には参戦していた。レクサスGS450hの戦いぶりを具に観察していた

「コストダウンの施策が思わぬことに…」

 86/BRZ Raceがとてつもなくヒートアップしているのはご存知の通りだ。トッププロが先陣を争う。マシンはほとんど改造が許されないツーメイクレースだから、すべてレースで熾烈なバトルが展開されている。
 となれば、少しでもマシンを有利に仕上げたいと思うのはレーシングドライバーの「性(さが)」だ。タイヤの「摩耗処理」が横行したのは、それが理由である。通称「削り」である。

86/BRZ Raceは、マシンがイコールに保たれている。ゆえに勝負のカギを握るのはタイヤとなる

86/BRZ Raceは、マシンがイコールに保たれている。ゆえに勝負のカギを握るのはタイヤとなる

BRZも、重箱の隅を突くような細かい技術が積み重なる

BRZも、重箱の隅を突くような細かい技術が積み重なる

スバルのエースとして、そしてブリヂストンのために井口卓人にプレッシャーがかかる

スバルのエースとして、そしてブリヂストンのために井口卓人にプレッシャーがかかる

 タイヤは、中古タイヤよりもやはり新品のゴム状態がもっともグリップが高い。表面がテカテカしているような新品タイヤで走行を開始し、サーキットをほぼ半周ほどすると表面の油面がこそげおちる。そのタイミングで表面温度と内圧が理想にぴったり重なると、抜群のグリップを発揮する。
 ただし、新品タイヤの唯一の弊害は、新品ゆえに溝が深いことだ。溝が深いことはすなわち、ブロックが大きいことを意味する。それがハードなコーナリング中にたわみ、ハンドリングを悪化させる。一方ではスリックタイヤのようにブロックのないツルッとした形状がいい。
 そう、ゴムは新品で、プロックが低いのが理想なのだ。だから摩耗処理をしたくなる。新品タイヤのブロックをグラインダーで強制的に削り取るのだ。これで最高のタイヤが出来上がるというわけ。

通称「削り」をしていないマシンなど、少なくともプロクラスでは見当たらなかった

通称「削り」をしていないマシンなど、少なくともプロクラスでは見当たらなかった

 もともとこのレースの発足時には、エントラントのコストダウンを目的に市販タイヤに限定するという項目が設けられた。だが、タイヤは新品からの最初の一周がベストであり、摩耗処理することでハンドリングも優れるからコストを無視してでも最良を求める。そして、結果としてコストアップを招いた。
 2017年からはプロクラスに限って「削り」が禁止された。新品タイヤでの予選スタートが義務づけられた。クラブマンシリーズではコストを考慮して中古タイヤでのスタートが許されているけれど、グラインター処理は禁じられている。オーガナイザーもより良いレースを求めて施策を施している。
 そう、エントラントもしたたかだから、必死になって規則の裏をかこうとする。それが笑える話になるからモータースポーツはやめられない。

腕の差はほとんどない。マシンもイコールだ。ただ、タイヤは各メーカーが本気で参戦してくる。タイヤ戦争の様相を呈する

腕の差はほとんどない。マシンもイコールだ。ただ、タイヤは各メーカーが本気で参戦してくる。タイヤ戦争の様相を呈する

ヨコハマ、ブリヂストン、グッドイヤー、ダンロップ。タイヤメーカーにとっても負けられないレースである

ヨコハマ、ブリヂストン、グッドイヤー、ダンロップ。タイヤメーカーにとっても負けられないレースである

「そして、水冷ブレーキも珍事の宝庫」

 かつて、僕は水冷ブレーキに挑んだことがある。今よりも大幅にブレーキ性能が劣っていたのに、パワーを出すことが正義だった時代である。
 走行中、ブレーキの異常過熱に悩まされた。そこで湧き上がったアイデアが「水噴射式ブレーキ」である。ローター温度が800℃ほどにヒートしてしまうとフェードとベーパーロックが重なり、制動力が一気に落ちる。そこで、真っ赤になったローターに車載の水タンクから勢いよく水を吹きかける。その放熱効果でブレーキ冷却しようと試みたのだ。
 だが、これも当初は笑いを生んだ。
 焼けただれたローターに霧吹きで水をちょっとくらい吹きかけても冷却効果は低い。絶えず、大量に水噴射を続けていなければならない。だが、それには大量の水が必要だ。結果的に車重が増して、ブレーキに負担をかけることになった。だったら空荷の方がいいじゃん。本末転倒である。
 のちの技術革新によって、ローターではなくキャリパーに水を循環させるという水冷式ブレーキが完成した。だが、当初はそんな幼稚な失態を重ねたことで今がある。

 モータースポーツは絶えず進化する生き物のようである。オーガナイザーは環境負荷をかんがえ、モータースポーツの社会的意義を構築しようとする。だが、勝利至上主義のレース屋は、規則の網をかいくぐってあらゆるアイデアを注ぎ込む。そこに本末転倒的な珍事が起こる。
 繰り返しになるけれど、そんな珍事があってモータースポーツは進化するのだ。だから、レース屋のアイデアを否定する気もないし、そうして素晴らしいレースが完成していくのである。
 だからレース屋って憎めない。モータースポーツって面白い。

キノシタの近況

キノシタの近況 キノシタの近況 キノシタの近況

 夏休み返上で、台湾に視察に行ってきた。街角のタイヤシッョプも大盛況のようで、しばらく観察しているとパンク修理と摩耗過多による交換がメイン。その横に貼ってあったポスターがシュールでした。「ランフラットだから五寸釘がぶっ刺さっても80km/hで走れますよ」ってこと。どこの国も、タイヤが命のようです。