206LAP2017.10.25
トヨタの名機「3S-G」はまだ現役で活躍している…!?
トヨタは数々の優れたエンジンを開発してきた。そのひとつ「3S-G」で木下は今年のニュルブルクリンク24時間を戦った。一方で、SUPER GT500を戦い、スーパーフォーミュラでチャンピオンを獲得したレース専用エンジンも、名機の伝統を受け継ぐのか…。
「最強のエンジンでニュルブルクリンクを激走した」
2017年の今年、僕がニュルブルクリンク24時間で走らせたトヨタ・アルティスが搭載していたエンジンは、名機「3S-G」だった。
その話をすると、みんな驚く。
「えっ、3S-Gってまだ走っていたの!?」
「マジっすか!?懐かしい」
「どこで見つけてきたの!?」
口さがのない仲間の、散々な言いようである。(笑)
確かに僕も、3S-G搭載であることを知って驚いた。そしてこう想像した。チームはタイランドに本拠を置くトヨタ系名門「Team arto」だった。TRDタイランドが全面支援する。今年からTOYOTA GAZOO Racingのアジア戦略の旗艦チームとしてTOYOTA GAZOO Racingの一翼を背負う。マシンはタイの主力車種アルティスだ。東南アジアでは3S-Gの設定があるのだと解釈したのだ。
名機3S-Gを搭載して戦った2017年のニュルブルクリンク24時間。
FFに搭載可能な最強のパワーユニットは、ライバルに後塵を浴びせた。
だが、早合点だった。アルティスは3S-G搭載車ではない。チームがレースでの戦闘力を上げるため、あえて3S-Gを選び換装したのである。
「トヨタのFF用で、あれ以上パワーが出るエンジンは3S-G以外に見当たらなかった」
チームオーナーは、3S-Gを選んだ理由をそう説明した。
「過酷な24時間レースを戦うには、実績のある3S-Gが理想的だった」
そうも付け加えた。
3S-G選択の理由を知ると、誰も納得してくれる。消極的選択ではなく、勝つために選ばれたエンジンだったのだ。
「3S-Gは数々の伝説を残した」
「3S-G」
古くからのレース好きなら郷愁を誘うその歴史は、1984年に始まる。直列4気筒2リッターが基本とされ、長い間トヨタの歴史を支えた心臓部だ。
正確に言えば以下となる。
【形式名】3S-G
【シリンダー配置】直列
【シリンダー数】4気筒
【動弁機構】16バルブDOHC
【排気量】1998cc
【内径×工程】86mm×86mm
時代背景や過給機の有無によってパワーは異なるけれど140psから始まった3S-Gは260psあたりに達した。
驚くのは、誕生以来、乗用車であれスポーツカーであれ、多くのトヨタ車に搭載されたことだ。調べがついていないが、生産台数では世界でも上位に入るに違いない。だって、世界トップの販売実績を誇るトヨタの中で、FRだけでなくFFや4WDまで設定があったのだから相当に数になるはずだ。世界一の生産台数であるかもしれないと思い根拠はそこだ。
しかも、トヨタのモータースボーツエンジンとして活躍しまくった。僕が日産エンジンでF3を戦っていた時代に、一大勢力だったのは3S-Gを搭載するトヨタ勢だったし、JTCC全日本ツーリングカー選手権を戦うようになると、3S-Gを積むカローラに散々進路を塞がれた。
僕がGT選手権でスープラGT500に乗りはじめると、一転して3S-Gが強い武器となる。スープラGT500でニュルブルクリンク24時間に挑戦したスープラGT500も、3S-Gを積んでいた。日本人最高位の3位を走行したのは、3S-Gの強烈なパワーがあったからだ。
それだけではなくて、グループCでも3S-Gは活躍したし、WRC世界ラリー選手権で王者になった時も3S-Gだった。
そう、トヨタの歴史は3S-Gなくして語れないのである。そんな名機を、2017年の今年、僕がニュルブルクリンクで走らせたなんて、これも何かの運命だと思っている。
伝統を感じさせる超高回転ユニットは現役だった。
伝統と実績が、難攻不落のニュルブルクリンクでも縦横無尽に走った。
「複雑怪奇の数字と欧文の羅列にも意味がある」
一方で、トヨタのモータースポーツを支えてきた代表的なエンジンに「4A-G」がある。AE86に搭載されたことで一世を風靡した。3S-G同様、各地で足跡を残した。
排気量は1.6リッターだったから、軽量コンパクトなホディとの相性も良かった。AE86で披露した強烈な吹け上がり神話もあり、走り好きのハートをぐっと握って離さないできたのだ。
これも名機4A-G。ほとんど芸術品である。
というような想い出をある日、トヨタの最新エンジンを手掛けるエンジニアと話していた。新型レクサスLSの開発責任者であるA氏と、そのパワーユニットを開発するY氏とである。
「4A-Gはいいね」
「AE86だからね」
「4A-GEUも良かった」
「RB26DETTは!?」
「26で8500だからね」
「S20もいってた」
「KPGC10ね」
「KPGC110もね」
「R380でしょ!?」
「4G63は!?」
「CN9Aね」
「ならF20Cの上でしょ」
「AP1ね」
「AP2よりね」
「84.0mm!?」
「90.7mmね︎」
ほとんど記号と数字ばかりで、これなら何処かの国の言語の方がわかりやすい。呪文を唱えているのか、気でもふれたのかと勘違いされることだろう。数字や記号に強い理工系のエンジニアと話していると、大概こんな魑魅魍魎とした展開になる。
S20エンジンは、日産のモータースポーツを支えた。KPGC10スカイラインGT-Rのパワーユニットとして一世を風靡した。
直列6気筒、2000cc、ウエーバーキャプ3連装。ツインカム。4バルブ。考えられる技術を全て投入した。
S20はR380のエンジンとして活躍したGR8をルーツに持つ。
エンジニア言語を意訳するとこうなる。
「4A-G型のエンジンは素晴らしかったですよね」
「AE86型のレビン/トレノに搭載されていたエンジンですからね」
「4A-GEUに燃料噴射装置が変わっても性能は高かったですよね」
「ツーリングカー選制したR32スカイラインGT-Rの、RB26DETTエンジンはどんな印象ですか!?」
「2600ccの排気量で8500rpmもの回るんだから驚異的ですよね」
「名機と言うならば、日産のS20型DOHCエンジンも大活躍しましたね」
「1969年にデビューしたKPGC10型スカイラインGT-Rに搭載されていたエンジンですよね」
「いや、1973年に誕生した2代目のKPGC110型スカイラインGT-Rに積まれていたのもS20型エンジンです」
「元々GTプロトレーシングカーのR380のために開発されたエンジンですよね!?」
「それでは、三菱の4G63型エンジンはどうなんでしょう!?」
「CN9A型ランサーエボリューションに搭載されていましたね」
「ならホンダのF20C型2リッターエンジンの高回転特性は素晴らしかった」
「初期のAP1型に積まれていた時には高回転まで弾けたね」
「後期型のAP2型は低回転トルクを重視したからちょっと高回転が苦手になりましたね」
「ピストンストロークは84.0mmでしたっけ!?」
「ボアは共通だけど、ピストンストロークを90.7mmまで延長してトルク型にしましたからね︎」
といったところだろう。
全戦全勝で世界を制したR32スカイラインGT-Rは、名機RB26DETTを搭載していた。
レギュレーションを熟読し、勝つために選ばれた排気量とツインターボ。
エンジニアとの、ほとんどオタク言語での会話が一巡りした頃、エンジン型式名の話になった。果たしてその記号にはどんな意味があるのだろうかと。
この業界特有だと思うけれど、部署や役職を欧文や数字で表すことが少なくない。最高経営責任者はCEO(chief executive officer)なことは、最近新聞で頻繁に目にするからわかっている。いわば社長のことだ。最高執行責任者はCOO(chief operating officer)だ。
トヨタの開発総責任者はCE(chief engineer)だけど、日産になるとCVE(chief vehicle engineer)。
エンジン名称はもっとわかりにくい。
「4A-Gってなんの略でしょうね!?」
実際に、その場にいたエンジン開発担当者ですら、語源はわからなかった。
「さて…」
なのである。
「運命なのか偶然なのか…」
と、その時、スマホでごそごそしていて僕はあるページで指を止めた。SUPER GT500のエンジン型式を調べていたら、なんと意味深な記号を目にして腰を抜かしかけた。
「RI4AG」
トヨタの名機「4A-G」と共通のDNAを意識した。何かの導きを感じたのだ。トヨタが開発したスーパーフォーミュラのエンジンは「RI4A」だ。ルーツは、86に搭載していた「4A-G」にあるに違いない。そう想像した。
スーパーフォーミュラのパワーユニットは、直列4気筒2000ccをギャレット製のターボチャージャーで過給する。乾燥重量は85kg。レース専用エンジンだけあって驚くほど軽い。それでも最高出力550psを絞り出す。
4気筒である。レース専用とはいえ、どこかで4A-Gとの結びつきがあっても不思議ではない4A-Gは1.6リッターだったけれど、何やら因縁を感じたのである。3S-Gが未だにニュルブルクリンクを戦っているように、4A-Gもモータースポーツで現役なのかと…。
SUPER GT500専用エンジンには「RI4AG」の名が与えられている。名機「4A-G」をルーツに持つと誰もが考える。
SUPER GT500用エンジンは、強力なパワーを炸裂するだけでなく、コンパクトであり軽量だ。そこにも「4A-G」の哲学と近似性がある。
2017年スーパーフォーミュラ王者に輝いた「RI4A」エンジンは、その成績が物語るようにライバルであるホンダを圧倒した。
すわ、記号と数字で盛り上がっていたメンバーのY氏が、レース用エンジン開発担当に問い合わせて詳細を確認した。
僕らの中で、期待が盛り上がった。
ほどなくして送られてきた返信メールには…。
R…レーシングの意味で、全てのレース用エンジンの頭につく。
I…「Inline(直列)」の「I」で型式を表す記号。
4…気筒数、4気筒なので「4」
A…上記の法則でで名前をつけたエンジンシリーズの最初のエンジンなので「A」
G…SF用が「RI4A」なので、GTと区別する為に「G」を付加。
備考欄の文字はこうだった。
「⇒くしくも「4AG」という並びになったのは偶然の産物です」
がっかり…。
そう、4A-Gはスーパーフォーミュラのエンジンとして一線で活躍しているわけではなかった。それは偶然だったのである。
ただし、僕は心地よい感動を覚えていた。その名称は偶然だったにせよ、いや、偶然だからこそ因縁めいた何かがあるのだと。それを運命というのかもしれない。
数字と記号の組み合わせで深酒できるのは、僕らがよっぽどクルマ好きだからだろう。その晩の酒の肴が「4A-G」だったことは、そのエンジンが僕らのハートの中に深く何かを刻んできたからに違いない。
こんなたわいもない話題で盛り上がれる自分も悪くはない。
二度目の年間王者を獲得した石浦宏明は、優れたドライビングスキルと最強のエンジンを持っていた。
SUPER GT500で猛威を振るうレクサスLC500のパワーユニットにも、偶然とはいえ「4AG」文字が…。
キノシタの近況
レクサスLS500/LS500hの誕生が待ち遠しい。これまでなんどもドライブしてきただけに、その素晴らしさを理解しているつもりだ。東京・裏原宿に突如として現れた特設ガレージリビングでの「LSトークショー」を観たから余計に焦らされた感じです。
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