310LAP2022.2.22
いつまでも野蛮なサーキットであって欲しい
ニュルブルクリンクがコース改修作業の真っ最中だという。ドイツ北西部、比較的気温の低いニュルブルクリンクは、標高の低くない小高いアイフェル地方にあることで、冬季にコース閉鎖されることが少なくない。3月頃のレースは頻繁に、降雪のために中止の憂き目に遭う。5月でも降雪を観測することも少なくない。つまり、シーズンオフのこの期間を利用して、強者どもの春の訪れに備えているのである。ニュルブルクリンクを深く知る木下隆之が、コースの特別性を語る。
知人から届いた不穏な情報
ニュルブルクリンクが改修されているとの情報が僕の耳にとどいても、特に驚くことはなかった。情報源の主はドイツ在住の知人であり、コースが手直しされていることに対して僕がさぞかし驚くに違いないと、まるで緊急ニュースであるかのように慌てて連絡をよこしてくれたのだ。だが、僕にとってそれは想像の範囲。
「へぇ〜、そうなんだ…」
長野県白馬の山に大雪が降ったとか、近所の公園に住み着いた野良猫が春にうるさいと言ったような、予想されたこと。さして驚くことなく受け流した僕のローテンションに、友人はちょっとつまらなそうにした。
「驚かないのか?」
「いや、まあ、それは大変だね」気を遣って、ちょっと困った顔をするのが精一杯だった。
ニュルブルクリンクのノルドシュライフェ(旧コース)は20.8kmと長い。とても多くのドライバーが、あるいは刺激を求めたライダーが集う。世界的に人気があるからだ。
レースも頻繁に開催されている。3月には降雪による中止が考えられるにもかかわらず、それでもシーズン開幕は3月。冬の最中にレーススケジュールに組み入れられる。
過去に何度も3月に、せっかくドイツにまで遠征しておきながらニュルブルクリンク4時間耐久レース中止を経験している。けして少なくない渡航費を使ってやってきても、スキー場であるかのような白銀を目にすれば、中止の判断にも納得せざるを得ない。それでもレースを開催するのは、そうしないとすべてのレースが処理できないからだ。
さらには、そんな過密スケジュールの合間を縫って、自動車メーカーがコースを占有。市販車のテストを繰り返す。そうしてコースを痛め続ければ、改修も必要だろう。
北アルプスに雪が降り、春になれば猫は恋に落ちる。それが当然のことであるのと、ニュルブルクリンクが冬季に改修されるのは同じことなのだ。
荒れたままでもいいという思い
とはいうものの、僕にとってコース改修はけして喜ばしいことではない。ニュルブルクリンクの路面がスラットに整えられ、走りやすくなることを僕は求めていなからだ。ニュルブルクリンクのコースは適度に荒れているからこそニュルブルクリンクなのである。
自動車メーカーが頻繁にニュルブルクリンク詣でを繰り返すのは、コースが公道と同様に荒れているからであり、それゆえに短期間で公道数万kmの走行に匹敵するデータが得られることに意義を見出している。
世界の主要な自動車メーカーは自前のテストコースを持っている。だが、ニュルブルクリンクはいくつかの丘をまたぐ。三つの村を取り囲む。広大な敷地を有する20.8km。だからこそ、ここでしか成立しない濃いテストが可能なのだ。だから遥々、予算を投じて遠征するのである。
だというのに、綺麗に整えてしまってはニュルブルクリンクがニュルブルクリンクでなくなる。
レーシングドライバーにとってもニュルブルクリンクは特別である
僕のようなニュルブルクリンクに魅せられたドライバーにとっても同様である。路面が荒れているのならば、いかに突き上げに対して柔軟なサスセッティングを導き出すかに苦心する。それが学びになる。ギャップに足をとられてジャンプしてしまうのであれば、いかに正しくコントロールするかが経験になる。いかにジャンプしないラインを発見するかも楽しみのひとつだ。
さらにいえば、危険とチャレンジングは同意であることだ。危険に怖気付くのならば黙って旅支度を整えて帰ればいい。アウトバーンで2時間も走ればフランクフルト空港に着く。そこでビジネスシートでもファーストシートにでも座っていれば、安楽のまま帰路が楽しめるだろう。
動物的な感覚で言うならば、怖いから楽しい、恐怖にふりえるからアドレナリンが快感となる。体内で快楽物質を分泌される。マラソン選手が酸欠と乳酸に戦いながら足を進めるとき、独特の浮遊感に包まれると言う。ランナーズハイだ。ニュルブルクリンクのコースには、危険の裏側にドライバーズハイがある。快楽成分は、ゾーンと言っていい。コース改修はそんなドライバーにとっての快感を奪ってしまう危険性があるのだ。
かつてメルセデスがニュルブルクリンクでテストを開始した頃、後半の2kmにおよぶ直線の直後に高速ブラインド左コーナーの改修を提案した。
「我々が費用を負担するからそのギャップを取り除いて欲しい」
そう進言したと聞いている。
確かにそこには大きなコブがあり、差し掛かるマシンを激しく離陸させる。僕がR32型スカイラインのニュルブルクリンクテストの写真に、空中でカウンターを当てながら旋回しているシーンがある。時速280km/hである。
メルセデスの補助により改修された後は、マシンの熟成が楽になった。そこそこのサスペンションで問題なくクリアできるようになってしまったからである。イージーフラットアウトのコーナーになったことで、最高速域での空中カウンターステアの快感が得られなくなった。
全面舗装はしない
とは言っても、1周が20.8kmもあるから、全面をローラースケートリンクのように隈なく平すことは困難である。明らかな凹凸のみの修繕するにとどめる。それがまた新たなギャップを生むから、ニュルブルクリンクはいつまでもニュルブルクリンクであり続ける。
ドイツの舗装は、気質を表す。長方形のシートを進行方向に向かって敷き詰めるかのように、長方形で補修する。
しかも、この点ばかりはドイツ人気質には反するのだが、舗装の質がまちまちなのだ。レース用舗装があり、アスファルトがある。コンクリートを敷き詰めた区間もある。だから路面ミューは様々であり、水捌けもまちまちである。
僕はまずファーストドライブで、路面の補修部分の確認をする。補修剤の確認。グリップ状態や突起の有無を知ることが、ニュルブルクリンク攻略の第一歩なのである。
今年もニュルブルクリンク24時間参戦を希望しており、いまスポンサー獲得活動の真っ盛りだが、実現した暁にはいつものように、まずコース確認することから始めることになるのだろう。
スポーツ施設が綺麗になり整うことに反対意見があるというのだから、ニュルブルクリンクはつくづく特殊なサーキットだと思う。ホスピタリティや安全レベルが充実することは大歓迎だが、いつまでもちょっと野蛮なサーキットであって欲しいと願うのは僕だけだろうか。
キノシタの近況
山の天気はコロコロ変わりますね。あれほど晴天だったのに、突然の吹雪。でも、こっちにも考えがある。晴天では2本板のスキー。雪が積もれば横乗りのスノーボード。得手不得手を使い分けます。