314LAP2022.4.20
最終ラップアタックの美学
F1第3戦オーストラリアGPはフェラーリをドライブするC・ルクレールが完璧な勝利を奪った。ほとんどの公式テストでトップタイムを連発。予選でポールポジションを奪い、決勝でも一度もトップを譲らずに快走。その勝利に花を添えるようにファステストタイムを最終ラップに叩き出して優勝してしまったのだ。かつて最後の最後にファステストを狙ってきた木下隆之が、最終ラップの最速美学を語る。
勢力図激変の2022年
今年のF1は、開幕戦からフェラーリが好調である。この数年はかつての輝きを失い、常勝が求められる伝統のチームの面影がなかったものの、2022年からの大幅な車両規則の変更が追い風になり、圧倒的な速さを披露している。
すでに、2022年のF1チャンピオンは、ルクレールに確定との予想も飛び交っているほどに強い。最後までこの調子が維持するのは容易いことではないことは承知していても、その速さは頭抜けている。
F1のマシン開発には多額の資金と時間が必要だ。だから、これまで絶不調のマシンが今後、突然速くなることは考えにくい。2022年用に設計したマシンの方向性がまったく間違っていたとしても、修正するには数ヶ月かかる。その頃にはライバルもさらに先に進んでいるのでもう手遅れなのだ。
ただ、2022年の車両規則がこれまでのセオリーを裏切ることも考えられる。マシンの方向性が根本的には間違っておらず、些細なことが理由で性能が発揮できない場合は修正も可能なのだ。今年のF1流行語大賞にいきなりノミネートされた感のある言葉に”ポーパシング”がある。マシンが上下に跳ねてしまうことで、安定してダウンフォースが得られない現象だ。マシン下面に流れる風が不安定になる。グランドエフェクト、つまり地面効果でダウンフォースを獲るF1マシンには致命的な現象なのだ。
古今東西、マシンが跳ねることは悪いとされている。その原因は、タイヤのサイドウォールバランス、バネとダンパーのアンバランス、サスペンション設計など、様々な原因が考えられるが、タイヤが13インチから18インチに変更になり、つまり扁平率が極端に変わることでマシンが跳ね気味になる。グランドエフェクトに頼るF1ではすぐに解決しなければならない課題なのだ。
しかしそれは、ちょっとしたことで解消する可能性がある。グランドエフェクトの微調整で、ポーパシングが霧散する可能性だって否定できない。実際にポーパシング対策を完了したコンストラクターが現れた…といった報道を目にする。真意はともかく、ちょっとした空力付加物の細工が決め手となる可能性だってなくはない。昨年までの速さが嘘のように影の存在になっていても、突然復活するかもしれないのだ。だから「ルクレール、チャンピオン決定」と簡単にことが運ぶとは限らない。
ルクレール、チャンピオン説の理由
とはいうものの、僕自身も「ルクレール、チャンピオン決定!」と叫びたくもなる。というのも、その速さには一点の曇りもないからだ。そう確信したのは、オーストラリアGPの最終ラップにファステストを叩き出したからである。
ルクレールは後続を大きく引き離していた。2位を走るS・ペレスとの差は20秒にまで開こうとしていた。もはや優勝は手中に収めたに等しい。その20秒も、レース終盤のセーフティカー介入後に稼いだギャップである。それまでのリードをすべて奪われた後の再スタートで稼いだタイム差なのだ。セーフティカー介入がなかったら、どれだけ引き離していたのだろう。多くのマシンを周回遅れにしていたはずだ。
そして驚いたのは、最終ラップのファステスト狙いが、余裕だったことだ。
「ファステストを狙ってもいいか」
レース終盤にルクレールは、無線を通じてチームにそう問いかけている。
「いや、やめておこう。君はすでにファステストの権利を得ているのだから」
チームは安全策をとった。
F1規則では、レース中のファステストタイム、つまり最速タイムを叩き出したドライバーに対して「1ポイント」が与えられる。その1ポイントを獲るために、ドライバーはレース中のどこかで一周だけのアタックをする。だが、それは限界ギリギリまで攻めることを意味する。スピンの危険性もある。マシンに負荷をかけることでもある。チームが怯えたのも無理はない。
ルクレールはすでにファステストの権利を得ていた。これ以上、攻めたとしても得るものはないのである。だが、ルクレールは最終ラップにアタックを敢行した。そして見事にファステストタイムを記録したのである。
最終ラップ最速の意味
“ルクレール、チャンピオン説”に賛同せざるを得ないのは、最終ラップに余裕でトップタイムを叩き出したことにある。それはつまり、周回中に劣化するマシン性能を最小限に留めていたことを意味するからだ。
マシンは走行を続けると性能低下する。予選アタックにはすべてのドライバーが新品タイヤで挑むことからも想像できるように、タイヤは周回で性能低下する。ダンパーも発熱で劣化する。F1はカーボン製モノコックとはいえ、発熱によってボディ剛性は低下する。といったように、マシンは走行開始直後が最も戦闘力が高い。
ただし、レース後半は燃料が減り、マシンが軽くなる。だからラップタイムはレースが進行するにつれて短縮されていくのだ。つまり、マシン劣化と軽量化のバランスが整っているマシンが後半でも速いことになる。
口はばったいようだが、スーパー耐久でランサーを走らせていたころ、最終ラップにファステストを叩き出すのが決まり事になっていた。
「ファステスト狙っていいですか?」
「やめてください。後続とのタイム差は十分にあります」
と言われながら、最終ラップに最速タイムを叩き出す。それが快感だったのだ。
実はそれは、無謀なことではない。最終ラップに最速を記録するためには、マシンの劣化を抑えておかなければならない。特に、マシンの性能低下が著しいスーパー耐久では、ブレーキを温存し、タイヤの劣化を抑えながら、前後均等にバランスよく温存しなければならない。
だから僕は、最終ラップのタイムアタックに拘った。スタートした瞬間からゴールまでのシナリオを描く。マシンの劣化を予測する。ウイークポイントを感じる。その上で、最後まで性能が低下しない走り方をするのである。
これは、虚栄心ではなく、マシン劣化を抑えるために自らに課した課題でもある。「後半のことを考えて走れよ」その褒美なのである。
ライバルへのアピールにもなる。最終ラップでのファステスト記録は、ライバルにとっては屈辱であろう。今後混戦する場面があったとしても、ライバルの脳裏には、バランスを整えながら余裕で走行するルクレールの怖さが蘇るに違いない。
ルクレールの最終ラップアタックは、シーズンを見据えた渾身のアタックなのだ。僕が“ルクレール、チャンピオン説”に賛同する理由はそれだ。
同時に、2022年SUPER GT開幕戦を圧倒的な速さで制したのが、エネオス ルーキーのGRスープラである。予選でポールを奪取、決勝でも後続をまったく寄せ付けず、スタートを担当した大嶋和也は17秒ものアドバンテージを築きステアリングを譲った。ファステストも記録した。
ルクレール同様、今年のチャンピオン候補である。
キノシタの近況
このコラムがアップされる日が、クラウドファンティング「木下隆之のニュルブルクリンク24時間レース挑戦プロジェクト」の最終日である。ドイツのセミワークスチームとの契約にはそれなりの資金が必要である。そのための援助を募っていたのだ。絶対にニュルブルクリンクには挑戦するつもりです。僕の夢を叶えてくださる企業様、サポートをお待ちしております。