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海外の経験値が求められる
年を追うごとに、高いレベルで闘うことが可能になった日本のレーシングドライバーではある。F1予備軍とも言われる一流の外国籍のドライバーが、鍛錬の場として訪日することも少なくなく、迎え撃つ日本人も善戦している。ある意味で日本は、世界でもっともF1に近い国になったのかもしれない。だからこそ、あえて日本のドライバーは世界で戦ってほしい。これまで世界各地で活躍しており、いまだに海外での活動に軸足を置く木下隆之が、海外レース参戦の必要性を説く。
FIAレースW杯・日本代表メンバーを妄想
FIFAサッカーW杯(ワールドカップ)カタール大会に出場する日本代表選手が発表された。かつて日本代表の不動のディフェンダーとして活躍した森保監督が選出したメンバーには、4度目のW杯出場となる長友をはじめ、吉田や酒井など、ベテランが名を連ねる一方、前回のロシア大会を牽引し、今でも現役で活躍する大迫や原口が選考からもれた。全26名中の7割、19名が初出場となるフレッシュな顔ぶれだった。
特に印象的だったのは、海外で活躍するメンバーが多いことだ。かつて海外のクラブチームで活躍し、現在は戦いの場を日本に求めているプレーヤーを含めると、ほとんどのメンバーが海を渡っている。海外未経験選手は、探すのに苦労するほど少ない。
もし仮に、FIFAサッカーW杯ならぬFIAレースW杯(ワールドカップ)があり、日本代表を決めると仮定した場合、どれほどの海外経験者を選ぶことができるのかと想像してみた。
レースは残念ながら五輪種目でもないし、競技の特性上、代表チームを束ねる必要性が薄い。団体競技ではなく、個人戦的な性格が強い。だからサッカーと比較すること自体が困難であることは百も承知だ。論理が破綻する。
だが、あくまでエンターテインメント的な夢想として想像してみたのだ。仮に僕がレースW杯(ワールドカップ)日本代表監督だったら…を前提に、あれやこれやと思いを巡らせた。
選ぶ条件は海外経験であろう
その場合にはやはり、どれほど海外でのレース経験があるのかを優先するに違いないと思った。というのも、モータースポーツはその国独特の戦い方や風習やルールが存在しており、それにいかに順応できるかが重要だからだ。
あくまでも仮想の話であり、競技内容も形になっていない。だから無益な想像なのだが、海外経験はやはりマストだと思える。
海外に戦いの目を向け、外国籍のチームに所属するには、それなりのスキルと将来性が求められることに疑いはない。これまで日本からも、多くのF1ドライバーを輩出してきた。欧州型モータースポーツの頂点であるF1にアジア人ドライバーは条件的に不利であることを考えれば、けして少なくない人数であろう。アジア人としては日本が最多である。という意味でいえば、けして世界で戦えないわけではないのだが、過小評価されていることにも納得せざるを得ない。
やはりそれは、海外レース経験が問われているからだと思う。
今年の春に僕は、ニュルブルクリンク24時間に参戦する際に、海外チームの門を叩いた。
これまで日本人最多の出場数を誇ってきているのだが、そのほとんどが日本チームだった。スカイラインGT-Rで参戦したスパ・フランコルシャン24時間はイギリスのヤンスピードからの挑戦だったし、トーヨータイヤとの世界耐久転戦はオランダのラマティンクに加わっての参戦だった。その意味でいえば、海外チームとのコラボ経験は豊富だと自負しているものの、やはり主体は日本である。だが今年は、自ら企画書を送りつけるなど無謀とも思えるスタイルでの遠征を企画したのである。
多くのチームに提出した企画書の中で、異口同音に問われるのは海外チームとの経験値である。そして海外レースでの実績だった。
「これまでの海外レース経験を教えてください」
「海外チームの経験はありますか?」
「その時のリザルトは?」
自己セールスする上で必要な、これまでの日本での実績をつらつらと重ね合わせていたものの、日本での実績に感心する素振りはほとんどなかった。彼らが気にしているのはあくまでも海外での実績なのだ。
基本的なルールは万国共通だ。イエローフラッグが追い越し禁止を意味し、レッドフラッグがレースの中断であることに違いはない。だから、とりあえずレースを戦うだけでいいのならば、初渡航でのレースでも消化することはできるだろう。
だが、たとえば日本やF1のように、トラックリミットに対して厳格にペナルティを科すカテゴリーがあれば、ニュルブルクリンクのように無頓着なレースもある。接触に対して寛容なカテゴリーもあれば、厳しく罰するまた別のカテゴリーもある。
一台がスピンして、ガードレール付近のほとんど安全な場所に停止しただけでFCY(フルコースイエロー)、あるいはSC(セーフティカー)発動で競技を中断させるカテゴリーがあれば、ニュルブルクリンクのように、激しいクラッシュが発生してもそのまま続行させるカテゴリーもある。
小雨が降ってきただけでSC対応することがあれば、豪雨でさえもレース続行するカテゴリーもある。
競技規則書の行間を読むのはもちろんのこと、その国々の習慣やマナーや、そもそも根底の考え方を理解していないと戦えないのだ。
そしてそれは、ドライビングの幅になる。
民族的な性格がレースに表れることがある。ドライバーが育った国民性がドライビングスタイルを変えることもある。競技規則やルールやマナーだけではなく、そのドライバーごとの個性にドライビングをアジャストすることも必要なのだ。
海外経験な豊富なドライバーは、それだけ引き出しが多いのである。
柔軟な発想が勝利を呼び込む
かつてメーカー契約時代に、レーシングカーの開発テストを担当した。それは、ブラジル選手権を戦うためのマシンだった。30年ほど前のことだったと思う。
そのマシンには、とても特殊な細工がしてあった。右から順にアクセルペダル、ブレーキペダル、クラッチペダルと並ぶはずのペダルレイアウトが、なんと、右からアクセルペダル、中央がブレーキペダルではなくクラッチペダルに、そして左端がブレーキペダルだったのだ。つまり、ブレーキとクラッチが入れ替わっていたのである。
その理由はのちに知ることになる。ブラジルではツーリングカーでも左足ブレーキを使っていたのだ。現代の2ペダルマニュアル時代ではない。しっかりと3枚のペダルが並ぶ時代である。日本では、まだ誰もツーリングカーを左足ブレーキで走らせようとしていなかった。
海外の先進性を知ったのである。
やはり、30年ほど前のことだ。富士スピードウェイで国際レースが開催された。海外から強豪が大挙して遠征してきており、それを日本勢が迎え撃つという構図だ。
決勝当日は、あいにくの豪雨に見舞われた。となれば、日本勢が有利なことは明白だ。どこに水深のある川があり、どこに深い水溜りがあるのかを知っているからだ。地元の理は、悪コンディションであればあるほど明白になる。
だが、レースが始まってみると、形勢は逆転した。海外勢は迷うことなく、日本人ドライバーが誰も通らないラインを走行し、ことごとくトップタイムをマークしていく。
具体的にいうならば、左ヘアピンから高速右コーナーの300Rだ。ヘアピンを「アウト・イン・アウト」のセオリーを無視して、「アウト・イン・イン」で立ち上がっていく。その先の300Rに対しても、日本人がヘアピン立ち上がりでコース幅の右サイドを行くその脇を、左サイドのギリギリを舐めながら駆け抜けていくのだ。
現在で言うところの、通称「ウエットライン」である。コーナーの屈曲を緩くすることで旋回速度を稼ごうとするのではなく、水深の浅いラインをトレースしていたのだ。
日本のサーキットに慣れた日本人ドライバーにとっては、考えもしないラインである。日本のレースだけを長く続けていると、発想の柔軟性が衰える。凝り固まった固定観念が走りの進化を止めてしまうのである。
海外で戦わなければスキルが進歩しなくなる。僕は危機感を覚えた。
サッカー日本代表の森保監督がこれほど多くの海外組を招集したのには、プレーヤーとしての幅の広さや順応性に期待をしたからに他ならない。世界と戦うことになるW杯は、高度な順応性が求められるからだ。
日本で好成績を収めているドライバーには、海外レース参戦を期待したい。
キノシタの近況
高校の同級生に「ニュルブルクリンク24時間の祝勝会」をしてもらった。コロナ禍で開催が遅れてしまったけれど、卒業以来はじめて再会するメンバーも来てくれた。みんないいおじさんになっていた。嬉しいですね。