358LAP2024.02.21
「前代未聞の移籍群像」
今シーズンのモータースポーツ体制は、ほぼ確定したようですね。ただ、今年は近年稀に見るシャッフルの年になりました。メーカー間を超えて移籍をするドライバーが多かったのです。自身も同様の移籍を経験した木下隆之が語ります。
体制に変更がないF1
2024年も、はや1ヶ月が過ぎました。時の流れは速いもので、まだかまだかと待ち焦がれた今シーズンのサーキットレースはまもなく開幕のようです。
F1のドライバーズラインナップが発表になりました。今年は稀なことに、メンバーの変更はありません。
最大のトピックは、7度の世界チャンピオンを獲得したL・ハミルトンが2025年にフェラーリに移籍することが公表されたことでしょう。最強のコンビだと思われていたメルセデスF1チームと袂を分かつことになったのは驚きです。とはいうものの、赤いスーツに身を包むのは2025年のことです。今シーズンはこれまで通り、メルセデスF1チームのドライバーとして走ります。
2年連続コンストラクター王者のレッドブルF1チームは、M・フェルスタッペンとS・ペレスのコンビに変更はありません。2023年のペレスのパフォーマンスには懐疑的な意見も少なくなかっただけに、あるいはドライバーチェンジがあるかもしれないとも思われていましたが、蓋を開ければ体制は踏襲されます。
角田裕毅は、今年も慣れ親しんだアルファタウリで戦うことになりました。チームメイトはD・リカルドで不動です。二人のパフォーマンスには不満がありません。盤石の体制で2024年を戦うことになったのです。安心して今年のF1を堪能できそうですね。
ただ、メンバーが固定化することで、新鮮味がないことを嘆くファンもいるようです。ドライバーラインナップの変更は、レース展開を予測しづらくさせ、混沌のきっかけになります。それはスポーツの醍醐味として重要な要素です。メンバーの固定化は、ともすれば凡庸なレースになってしまう危険性もあるのです。
新しい才能を発見する喜びも、スポーツの楽しみの一つです。昨年のアルファタウリは、N・デ・フリースの突然の解雇によって、メンバーの入れ替えがありました。レッドブルがサポートするR・ローソンがスポットで参戦し、才能を見せつけましたが、今年のドライバーラインナップに彼の名はありませんでした。
F1は新人を育てるという意味合いで、レースウイークの金曜日に走行をさせなければならないというルールがあります。本番のレースには出場できないのですが、僅かな走行時間でも才能を披露したドライバーが確認できました。誰一人として新人ドライバーの名前がなかったことに淋しさを感じるのも事実ですね。
スーパーGTの移籍は驚きです
2024年のスーパーGTは、多くの魅力に溢れています。昨年ごろからドライバーの新陳代謝があり、若いドライバーが特別なシートを手にし始めていましたが、今年はさらにその流れが加速しました。GT500のラインナップには驚かされましたね。
19号車のTGR TEAM WedsSport BANDOHは国本雄資/阪口晴南のコンビを踏襲します。37号車TGR TEAM Deloitte TOM'Sは笹原右京/ジュリアーノ・アレジの不動のラインナップです。39号車のTGR TEAM SARDも同様に、関口雄飛/中山雄一がステアリングを握ります。盤石の体制だと言えますね。
ですが、その他のチームは、メンバーの入れ替えがありました。
36号車TGR TEAM au TOM'Sは、坪井翔がそのまま残留ですが、新たに山下健太がチームメイトとして移籍しました。14号車TGR TEAM ENEOS ROOKIEで大嶋和也は、ホンダから移籍した福住仁嶺とのコンビとなります。38号車は石浦宏明がエースに昇格。こちらも同様に、昨年ホンダで戦った大湯都史樹を招き入れたのです。
ホンダ勢にも、大幅なシャッフルがありました。5台走らせるうちの一台、100号車だけが山本尚貴/牧野任祐組で変更はありませんが、8号車と16号車の2台体制となるARTAは、8号車は引き続き野尻智紀がドライブするものの、新たに松下信治が加わることになりました。
16号車には大津弘樹が残留し、新たに2021年のGT300クラスに参戦していた佐藤蓮が抜擢されました。
17号車には、塚越広大のパートナーとして太田格之進が加わりました。その太田に代わって64号車に加入したのは、GT500クラスデビューとなる大草りきです。
日産勢にも体制の変更があります。エースの23号車には、千代勝正が移籍してきました。ロニー・クインタレッリと組むことになります。2014年から10年をNISMOで過ごした松田次生は、心機一転24号車に変わり、GT500デビューとなる名取鉄平とコンビを組むことになります。また千代が抜けた3号車には、2023年までGT300クラスで戦っていた三宅淳詞が起用され、高星明誠とのコンビになります。
このように、メンバーが固定化したF1のようなカテゴリーもあれば、スーパーGT500のように大胆なシャッフルを敢行したカテゴリーもあります。どちらが正解なのかは個人の感覚に譲りますが、僕は大幅入れ替えの方が刺激があるように感じます。
熱かったストーブリーグ
ストーブリーグのシート争いは混沌を極めます。モータースポーツのトップカテゴリーは、ドライバーズシートの数が限られています。ピラミッド型ヒエラルキーの頂点ですから、栄光のシートが豊富にあるわけもないのは当然ですが、それにしても数が少ないのです。
プロ野球は6球団あり、一球団に70名を支配下選手として登録できます。6球団ですから840名がプロ野球選手を名乗ることができるのです。
しかも、1ゲームで最少でも9名がグラウンドでプレーできます。セ・パそれぞれの対戦が125試合。交流戦が18試合。合計で142試合が開催されています。多くの選手がプレーする機会に恵まれます。
サッカーのJリーグは、J1、J2、J3それぞれ20球団があり、それぞれが30名ほどの選手と契約しています。単純計算で1800名が契約選手となるのです。J1に限定しても、600名がトッププロとしてピッチに立つことになります。
1球団が、1ゲームに最低でも11名がメンバー入りしますし、リーグ全体で年間に306試合が組まれていますから、チャンスは豊富ですよね。
ですが、レースの開催数は一桁ですし、スーパーGT500に限れば前述したようにトヨタは6チーム12名、ホンダは5チーム10名、日産は4チーム8名にしかシートが与えられません。
しかも、年間8レースです。極めて限られた人数が8回のビジネスチャンスにかけることになるわけです。
プロレーシングドライバーはスーパーGT500だけではなく、スーパーフォーミュラやスーパーGT300、あるいはWECや海外のレースなどを掛け持ちすることも可能ですから、一概に比較するのも不公平かもしれませんが、モータースポーツの頂点で戦うのはほんの一握りの狭き門であることは確かなようですね。
玉突き状態
ストーブリーグの移籍は、水面下で行われることが多いようです。レースの場合極めて限られたシート争いですから、実力だけではなく運も左右します。チームが劇的に増えることは考えづらく、必然的にシート数も限られてしまいます。誰かが抜けたシートにどう収まるか、パズルのピースをはめ込むようなそんな作業でもあるのです。
今年のF1のドライバーラインナップに変更がなかったのは、主にチーム間移籍が少なかったことも関係しています。F1では複数年契約をする傾向が強いですから、新陳代謝も限られています。S・ペレスがレッドブルから移籍するのではないかと噂されており、その噂によって大幅な移籍合戦を期待していたのですが、最強チームであるレッドブルが体制を継続したことで、おのずと他のピースも埋まってしまったともいえるのです。
という意味でいえば、来年のF1の移籍合戦は混沌を極めると思われますね。なんと言っても史上最多7度の世界チャンピオンを獲得したL・ハミルトンがフェラーリに移籍するのですから、空いたメルセデスのシート獲得争いが激化します。
ハミルトン加入によりフェラーリから離れるC・サインツの動向も気になります。契約最終年度のS・ペレスもレッドブルを離れるとなると、そのシートに収まるのはD・リカルドなのか角田裕毅なのか、あるいは子飼いのL・ローソンなのか…。
限られたシート獲得争いは玉突きでもあります。トップドライバーの移籍が起爆剤となり、混沌を極めるというわけです。
メーカーの垣根を超えて
スーパーGT500最多ポールポジションの最速・立川祐路が引退したことが起爆剤でしたね。空いた38号車のシートに大湯都史樹がおさまりました。メーカーを超えた移籍群像が繰り広げられたのです。
これまでは一般的に、メーカー間の移籍は珍しいものとされてきました。メーカーは一人のドライバーを長い目で育てます。しかも最近は育成プロジェクトが充実していますから、メーカーを超えた移籍は難しいものです。「時間をかけて育成したのに飛び立たれてはたまらんわ」というわけです。ホンダならホンダ、トヨタならトヨタというように、メーカー内で将来の戦力を作り込むのが常態化しているのです。
メーカードライバーは開発にも参画することがあります。そこには公開できない秘密があり、それが他メーカーに漏れることを嫌います。
僕のメーカーとの契約書にも「ここで知り得た情報は、契約満了後も口外しないこと」といった文言が記されています。という意味もあり、メーカーを超えた移籍は現実的ではないのです。
F1の世界も同様で、レットブルもフェラーリもメルセデスも、それぞれが育成システムを完成させており、そこから飛び出すのは簡単ではありません。
ですが、近年稀に見る移籍が繰り広げられました。今年のスーパーGT500の移籍はレース史に残るシーズンとして刻まれるかもしれませんね。メーカー間を超えた移籍によって、レースがヒートアップしたシーズンとして…。
キノシタの近況
3月からニュルブルクリンクのシリーズ戦が始まります。今年は日本人初の全戦エントリーを計画しています。僕の移籍はありませんでしたね。応援よろしくお願いします。