モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY18 - 灼熱の水無月、サルディニア戦 オジエは本来の速さを取り戻した

灼熱の水無月、サルディニア戦
オジエは本来の速さを取り戻した

WRCな日々 DAY18 2021.6.15

パーフェクトウイークエンド。7度世界王者に輝いた最強のWRCドライバー、セバスチャン・オジエの「全て」が発揮された、水無月のサルディニア戦だった。

ドライバー選手権ランキング首位として第5戦ラリー・イタリア サルディニアを戦ったオジエは、僚友エルフィン・エバンスに46秒差をつけて優勝。今シーズン3勝目を飾ったが、実は優勝という結果は「望外」だったようだ。最終ステージを走り終えたオジエは「出走順トップで走るくらいなら、家にいたほうがいいのではないかと思っていた」と冗談交じりで語ったが、スタート前はそれくらい厳しい戦いを予想していたのだ。

出走順トップ。それは、強い者だけが経験する試練。各ラリーにおいてフルデイ、つまり1日を通して何本かのステージを走行する最初の日は、開幕戦を除き前戦終了時点でのドライバー選手権ランキング順のスタートとなる。グラベルラリーのステージは競技車が走行する前、道の表面に「ルーズグラベル」と呼ばれる砂や砂利が広がっているため、出走順が早ければ早いほど不利な路面コンディションになりやすい。滑りやすい砂や砂利を、後から走る選手のために掃き飛ばしながら走らなければならないからだ。ステージの路面によってそのハンデに違いがあり、選手たちはそれを「クリーニングエフェクトが大きい」、あるいは「小さい」と表現する。そしてサルディニアは、クリーニングエフェクトが特に大きい1戦として知られている。だからこそオジエはスタート前、優勝のチャンスはあまりないと考えていたのだろう。

過去7回ワールドチャンピオンに輝いているオジエは、現役選手の中で最もクリーニングエフェクトによる不利を良く知るドライバーである。シーズン序盤で選手権首位に立ち、その後シーズンを通して出走順トップでステージを走ることが多く、後続のライバルのために過去何年間も道の掃除をしてきた。クリーニングエフェクトは、ステージによっては1kmあたり1秒近いこともある。つまり、30kmのロングステージならば、その1本だけで30秒というとんでもなく大きな遅れをとる可能性もあるということだ。

今回のサルディニアの場合、初日の金曜日は4本のステージを各2回走行し、その合計距離は127.40kmだった。そのうちの半分にあたる1走目の4ステージ63.7kmで、オジエはコースオープナーとして路面の掃除役を担った。ステージによっては、全車が1回走行した後の2回目の再走ステージでも、依然ルーズグラベルが残るところもあり、ドライコンディションならば1日を通して出走順トップ選手の不利は続く。状況次第では、初日が終了した時点で首位に対し2分近い遅れをとっても不思議ではなかったが、オジエは、遅れを約36秒差に留めた。

競技2日目以降に関しては、トップカテゴリーのWRカー勢は、前日の総合順位が低い選手からスタートする。これをリバーススタートと呼ぶが、もちろん2日目もクリーニングエフェクトは変わらずにあり、そのためいかに初日を上位で終えられるかが非常に重要となる。改めて前戦のラリー・ポルトガルを振り返ってみると、やはり出走順トップだったオジエは初日金曜日を総合5位で終え、翌日土曜日の出走順は5番手だった。そして今回のサルディニアでは初日を総合3位で終え、翌日土曜日の出走順は8番手だった。このことからも、オジエがどれだけ初日に頑張り、2日目を有利なポジションでスタートできたかが分かる。実際、オジエは「翌日の出走順のために、初日はリスクを冒した」と述べている。

ではなぜ、ポルトガルでは初日に順位をあまり上げられなかったのだろうか? その理由についてはポルトガルのコラムでも書いたが、簡単にいえば事前のテストが降雨でウェットコンディションとなり、ドライコンディションのラリー本番では、サスペンションや駆動系のセッティングが合わなかったのだ。より正確に記すならば、ポルトガルでデビューしたピレリの新しいグラベル用タイヤに、セッティングを合わせ込めなかったということだ。そのためオジエは特に初日の午前中に苦労し、そこからラリーを戦いながら調整を加えタイヤにクルマを合わせていった。その結果、ハンドリングは徐々に良くなり総合2位を獲得したが、それはライバルの脱落もあっての結果。クルマの仕上がりについては完全には満足していなかった。そして、それはエバンスもカッレ・ロバンペラも同様だった。

そこでチームは、本来第6戦サファリラリー(ケニア)用に行なう予定だったスペインでのグラベルテストを、一部サルディニア向けに変更。サルディニアの道と似た路面のテストステージを探し、そこでハンドリングの改善をはかった。ポルトガル戦で問題となったのは、クルマが曲がりにくい、つまりアンダーステアが強いことであり、それを解消するためのセッティングを選手とチームは探した。そして、結果的にかなり満足できるセッティングに行き着いたが、それは劇的な変更ではなく、スプリングとアンチロールバー(スタビライザー)のバランスを見直すという、ファインチューンレベルのものだった。その、小さなセッティング変更が、しかしオジエのサルディニアでの躍進に繋がった。

オジエだけでない。ポルトガルではクルマのハンドリングに悩み続けたロバンペラも、初日金曜日の朝から非常に速く、首位のオィット・タナック(ヒュンダイ)に迫るタイムを並べた。残念ながら、ロバンペラはその後技術的な問題によりSS4でクルマを止めデイリタイアとなってしまったが、ハンドリングの悩みが解消されたのは、今後に繋がる収穫と言ってよい。

オジエは、不利なトップスタートにも関わらず、ライバル勢に対する初日の遅れを最小限に留めた。各ステージの走行後「クルマに関しては満足している」と述べていたが、実際のところ3日間で変えたのは車高くらいのもので、サスペンションやデフのセッティングは変更しなかったという。それくらい、テストで導き出したセッティングにオジエは満足していたのだ。

とはいえ、初日首位のタナックとのタイム差は、約36秒と少なくはなかった。前戦ポルトガルを落としたヒュンダイ勢は必勝を期してサルディニアに臨み、タナックもクルマの仕上がりに自信を持ってドライブ。その結果、タナックとオジエのタイム差はポルトガルよりもむしろ開いた。前世界王者で、WRC最高のドライバーのひとりであるタナックは初日、オジエより後方の4番手からスタートし、ルーズグラベルが掃けつつある路面を走った。そう考えればタナックが普通に走る限り、オジエがどう頑張っても対抗することは難しく、ポルトガルにしても、サルディニアにしても、初日のタイム差は想定内だったに違いない。オジエが重視していたのは初日の総合順位であり、そこでトップ3につけていれば、たとえ優勝は難しくとも2位には入れると考えていたようだ。

実際、オジエは金曜日を総合3位で終え、8番手スタートとなった2日目の土曜日は朝2本目のステージでベストタイムを出し、総合2位に浮上。そこまではほぼ計画通りだったが、タナックが大きな石を踏んでデイリタイアとなったことにより、首位に立った。ライバルに何かが起きた時に、首位に立てるポジションにつけていたからこそ、チャンスを掴んだのだ。不可解なのは、その時点でトップを快走していたタナックが、総合2位オジエに対して約41秒という大差をつけていたにも関わらず、ペースを落としていなかったことだ。もう少し確実性重視のアプローチで走っていれば、もしかしたら石を避けられたかもしれない。オジエが序盤1、2番手のタイムを刻んだことで、ペースを落とすには早すぎると思ったのだろうか? チームメイトのエバンスを含め、オジエに追われる立場となったドライバーが、昔からミスをしやすいのは確かである。ライバルの目に、後方に迫るオジエは不気味な「魔王」として映るのかもしれない。

かくしてオジエは今シーズン3回目の優勝と、サルディニア4回目の勝利を手にした。一方、エバンスは総合2位でフィニッシュしTOYOTA GAZOO Racing WRTはシーズン3回目の1-2フィニッシュを飾った。エバンスがオジエよりひとつ後ろの出走順だったにも関わらず、初日に遅れをとったのは、テストで導き出したものとは、やや異なるセッティングで走ってしまったからである。それを元に戻して臨んだ土曜日以降は速さを増し、何本もベストタイムを刻んだ。しかし、土曜日のデイ2終了時点で首位オジエとの差は38.9秒と大きく開いており、自力での勝機はほぼなかった。初日のセッティングを見誤らなければ優勝も狙えただけに、エバンスにとっては少々残念な週末となってしまった。

もっとも、ボーナスポイントがかかる最終のパワーステージでは、ウォータースプラッシュ(川渡り)でエンジンに水が入ってしまいクルマがストップ。再スタートを切るまでにかなりのタイムロスを喫した。あのままエンジンが吹けなければ、またその前までに総合3位のティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)に対して大きなリードを築いていなければ、表彰台すら逃していた可能性もある。エバンスだけでない。オジエもまた同じウォータースプラッシュを通過後エンジンがミスファイヤを起こし、その後しばらくフルパワーで走れなくなってしまった。エンジンの吸気系には、水を吸い込まないようにするためのバイパスが設けられており、吸気経路をコ・ドライバーが室内のボタンで切り替えることで、設計上は水が入りにくい構造になっている。確かにウォータースプラッシュの水量がかなり多く、またクルマのフロント部にダメージがあり、水がエンジンルーム内に浸入しやすくなっていたのかもしれないが、彼らにとっては最後の最後で勝負を失いかねない状況だった。チームは、今後に向けてさらなる対策を講じる必要があるだろう。

TGR WRCチャレンジプログラムの勝田貴元は、前戦ポルトガルに続いて自己最高位の総合4位でフィニッシュした。これで開幕戦から6戦連続で入賞し、毎戦ポイントを獲得。ドライバー選手権では4位のタナックと僅か1ポイント差の5位に上がった。サルディニアには昨年もヤリスWRCで出場したが、コースオフと宙を舞う大クラッシュでリタイアに終わった。勝田にとっては昨年あまり相性が良くなかったイベントであり、サバイバル色の強い1戦であるが故に、今回はきちんと最後まで走りきることが大きなテーマだった。

勝田は、序盤からスピードと確実性のバランスを上手くとり、チャンスを伺い続けた。自力でポディウムを狙えるだけのスピードはなかったが、トップ選手との経験の差を考慮すれば、やや保守的なアプローチはこのラリーでは正解だったといえる。そして、勝田とコ・ドライバーのダニエル・バリットが置かれていた困難な状況を知れば、総合4位は望み得る最良の結果だといえよう。

日中の気温が30度に迫った今回、バリットは車内で暑さに苦しんだ。金曜日の午後から体調があまり良くなく、途中棄権も考えながらステージを重ねていった。ドライバーと同様、体調が万全でなければペースノートの読み上げも完璧にならず、小さなミスもいくつかあったようだ。しかし、それでもバリットは自分の仕事を何とか最後まで成し遂げようと全力を尽くし、勝田はバリットになるべく負担をかけないようなドライビングを実践し続けた。特に、最終日の日曜日は、体調が少しでも悪くなったらすぐにリタイアをするつもりでいたという。幸いにして総合5位の選手とはタイム差が大きく開いていたため、勝田はバリットの様子を見ながら負担をかけない走りを続け、総合4位で完走を果たしたのである。フィニッシュ後、勝田は厳しい状況にも関わらず最後まで共に戦い抜いたバリットに、感謝の気持ちを伝えた。

2戦連続の総合4位という好成績にも関わらず、勝田はあまり満足していないようだ。「結果としてのWRC総合4位は決して悪くないと思いますが、正直な気持ちとしては、ポルトガルにしてもサルディニアにしても4位は、嬉しさより悔しさのほうが強いですね。同じ4位でも、やり切っての4位だったらまた違うと思います。そういう意味では、クロアチアでの6位の方がまだ納得できました。ただ、心からの達成感を得たラリーはまだありません。全てのステージをミスなく走り切れた時に、初めて達成感を覚えると思います。早くそうなるように、もっと頑張って自分のレベルを上なくてはならないと思っています」

勝田が求めているのは、単なるリザルトの数字ではない。もちろん結果は良いに越したことはないが、それ以上に戦いの内容に拘る。出走順や路面コンディション、ステージの難易度に関わらず、全てのステージでトップドライバーと互角に戦えるようになるのが、勝田の目指すところ。1、2本のステージで彼らより速く走れたとしても、それをラリー全体を通して続けられなければ優勝はおろか、自力でのポディウム獲得も難しいことを勝田は理解している。

「それでも、今回きちんと最後まで走り切り、このラリーに対する苦手意識をゼロにすることができたのは大きいです。また、来年のための準備をしっかりとできたのも収穫です」と勝田。難所サルディニアでスピードと安定性をきちんと両立させたことにより、引き出しの数がさらに増えた。そして、これから臨むラリー、特に彼が得意とするエストニアやフィンランドといった超高速グラベルイベントでは、今まで以上に真正面から表彰台を狙うことができるはずだ。

古賀敬介の近況

ここ1ヶ月サーキットレースの取材もなかったので、ステイホームでリモート取材や原稿書きを進めていました。このご時世、外で楽しく食事をするような雰囲気ではないので、家で料理を作ることが多くなり、最近はいかに上手くステーキを焼くかを研究しています。オーブンやグリルなどいろいろ試した結果、普通にフライパンを使って上手に焼けるようになり、家族にもなかなか好評です。ということで、自分の近況写真にかえてステーキの写真でも。リーズナブルながら満足できるお味でした。

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