モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY19 - WRC初ポディウム登壇も心からは満足できず 勝田がサファリで実感したオジエの「巧さ」

WRC初ポディウム登壇も心からは満足できず
勝田がサファリで実感したオジエの「巧さ」

WRCな日々 DAY19 2021.7.7

ヘルズゲート。地獄の門と呼ばれる大地溝帯(グレートリフトバレー)の底部に広がるその地は、勝田貴元にとって生涯忘れられぬ場所となったに違いない。最終ステージ走行直後、初めて立ったWRCの表彰台で、勝田は世界チャンピオンたちから手荒い洗礼を受けた。マグナムボトルから放たれたいく筋もの泡酒が勝田を直撃し、レーシングスーツはあっという間にシャンパンまみれに。ウイナーはセバスチャン・オジエだったが、ポディウムの主役は総合2位の勝田だった。オジエが、そして前世界王者のオィット・タナック(ヒュンダイ)が、勝田の背中に巨大なボトルを容赦なく突っ込み、勝田はその冷たさに思わずのけぞった。アフリカの強い日差しを受けキラキラと光る飛沫の中、誰もが笑顔だった。

2002年以来、19年ぶりに開催されたサファリ・ラリー・ケニアは、想像を超える過酷な戦いとなった。金曜日にサスペンションの破損で首位ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)から2分近い遅れをとったオジエが、優勝すると予想した者はほとんどいなかったはずだ。しかし、オジエは"Anything can happen”と語り、勝負を諦めはしなかった。その言葉をライブで聞いた時は「何が起こるか分からない」という受動的なニュアンスで受け止めたが、今、改めて考えれば「どんなことでも叶う(だから絶対に諦めない)」という、攻めの気持ちが多く含まれていたのだろう。窮地からの大逆転優勝。たしかに、ライバルたちのトラブルに助けられたのは事実だ。しかし、それも勝負のうち。重要なのは、オジエがネバーギブアップの強い精神で戦い続け、その上でポディウムを争ったドライバーの中で、唯一タイヤを傷つけなかったという事実である。そして、それが勝田の初表彰台初優勝という快挙を阻んだ理由のひとつでもあった。

「正直なところ、嬉しさよりも悔しさを強く感じました。もちろん、初めてのWRC表彰台ですから喜ぶべきでしょうし、周りの人たちが喜ぶ姿を見て僕も嬉しくなりました。でも、自分としては足りない部分が見え、もっともっと改善しなくてはならないと強く思ったラリーでした」

ラリー終了直後も、それから1週間が過ぎてフィンランドで日常生活に戻っても、勝田はサファリでの自分の戦いに心からは満足していなかった。傍目には、素晴らしいラリーを戦い抜いたように見えた。今年に入り向上し続けている、スピードと安定性のバランスはさらにレベルアップし、特に今回のサファリでは間違いなく表彰台獲得に値する戦いをした。ミスがなかったわけではなく、クルマに何度かダメージを負ったのは事実。しかし、それは過酷なサファリの道を走れば誰にでも起こり得ることであり、ライバルも無傷ではなかった。特にタイヤに関しては、最終日にポディウムを争ったヌービルとタナックが前日までにバーストをさせていたのに対し、勝田は最後までパンクと無縁だった。

「今回のラリーでも、最終日のステージにマッチするソフトタイヤを温存しようと、金曜日と土曜日はタイヤの摩耗にかなり気を遣って走りました。実際、ソフトタイヤの山はしっかり残っていて、上手くマネージメントできたと思っていたのですが……」と勝田。「8本残していたソフトタイヤのうち、6本に傷があり、パンクやバーストの可能性があるため使えず、最終日に使うことができるソフトタイヤは2本しかありませんでした」

ラリー最終日の日曜日は、スペアも含め最大6本のタイヤで5ステージ計53.49kmを走るスケジュールだった。ステージ出発前の朝のサービスで、総合2位の勝田にはソフト2本とハード4本という選択肢しかなかったが、総合3位のオジエはソフト6本という、日曜日のステージに完璧にマッチしたタイヤチョイスが可能だった。そして、このタイヤチョイスの差が最終日に18.1秒というリードがありながらも対抗できず、逆転を許す大きな要因となったのだ。オジエはグリップに勝るソフトタイヤで勝田との差をつめ、首位ヌービルのリタイアもあって遂に優勝を狙える総合2位に。その時点で首位に立った勝田との差は0.8秒。タイヤの違いはあまりにも大きく、妥協策としてソフトとハードをミックス装着する勝田に対抗する術はなかった。それでも勝田は遅れを最小限に留めようとベストな走りを続けたが、最終日の中間地点であるSS16でふたりはついに同タイムで並び、続くSS17でオジエが8.3秒差をつけ単独首位に。最終ステージを前に、勝負はついた。

このように、改めてラリーを振り返れば、勝田とオジエの勝敗を分けたのは、ソフトタイヤのマネージメントだったといえる。ふたりとも、摩耗が少ないソフトタイヤを最終日に残していた。しかし勝田のタイヤはその多くが石で切り傷がつき、オジエのタイヤはそうではなかった。摩耗のコントロールではWRCで1、2を争う上手さのオジエだが、今回のサファリに関してはタイヤを傷つけない走りができていたのは彼だけだった。大きな石が転がっているようなコーナーではクルマをあまりスライドさせず、一番弱いサイドウォールが傷つかないような走りをしていたのではないかと、勝田は僚友の走りを分析する。また、本当にパンクのリスクが大きいところと、そうではないところの見極めも抜群に上手かったようだ。同じ土俵で戦い、最後の最後まで激しく順位を争ったからこそ、勝田はオジエとの実力差を痛感し、初表彰台にも関わらず悔しい気持ちになったのだろう。

キャリア終盤を迎えたオジエにとって、伝統のサファリ・ラリーはどうしても1度は出て、勝ちたいラリーだった。最終ステージを走りきったオジエは満面の笑顔を浮かべ、マサイ族の人々がジャンプで勝利を祝福する中、ヤリスWRCのルーフに立ち念願のサファリ・ウイナーとなった。彼の、14年に及ぶWRCキャリアの、間違いなく記念碑となる1勝だった。TVカメラに向かってサファリ優勝の喜びと強い思いを語ったオジエは、敗れし勝田に対する称賛の言葉も忘れなかった。「今日はタカにもおめでとうと言いたい。彼は素晴らしい戦いをしたし、良くやったと思う。最後に彼をつかまえるのはそう簡単ではなかったよ」

7回世界王者に輝いた生ける伝説、オジエのこの言葉は、勝田にとって今後の励みとなるに違いない。心からは満足できなかったとしても、世界チャンピオンと最後まで優勝を争い、初表彰台を2位で実現したのだ。参考までに記すと、勝田にとってはWRC 34戦目、トップカテゴリーのWRカー 13戦目での初表彰台だった。前世界王者のタナックがどうだったかといえば、WRC 29戦目、トップカテゴリー 13戦目だった。しかし、2位獲得となるとWRC 60戦目、トップカテゴリー 37戦目である。ちなみに、現在のチームメイトであるエルフィン・エバンスはWRC 28戦目、トップカテゴリー 18戦目で初表彰台。WRC 35戦目、トップカテゴリー 25戦目で2位を得た。つまり、ここまでのところ勝田は偉大なるWRCトップドライバーたちに引けを取らない成長曲線を描いているといえよう。もっとも、WRC 15戦目、トップカテゴリー 8戦目で2位を獲得したオジエや、WRC22戦目、トップカテゴリー2戦目で表彰台に立ったカッレ・ロバンペラとというドライバーもいるが。

「初めての表彰台に、セブとオィットさんという世界チャンピオンたちと一緒に立てたのは僕にとって素晴らしい経験でした。セブは僕と優勝を争いながらも、気をつけるべきコーナーや路面の情報を教えてくれていました。また、オィットさんもライバルチームでありながらも、ラリー中にいろいろ声をかけてくれたり、アドバイスをしてくれました。彼らには本当に感謝しています」

勝田のその言葉を聞けば、表彰台でタナックが勝田を抱きしめ笑顔で祝福したことも、オジエが健闘を称賛し勝田を執拗にシャンパン攻めにした理由も分かるというものだ。2年前、勝田は当時チームメイトだったタナックから多くを学び、ラリーに対するアプローチやスムーズなドライビングのヒントを得た。そして今、テストでオジエのサイドシートに乗り、タナックとはまた違うスタイルのドライビングを知るなど、多くの学びを得ている。これ以上はない恵まれた環境にい続けているのは確かだが、その環境に甘んじることなく、どん欲に成長しようという姿勢が明確に見られるからこそ、世界チャンピオンたちは手を差しのべ、包み隠さず全てを与えようとするのだろう。

総合2位以上のリザルトはひとつしかない。次に勝田が目指すべきはもちろんポディウムの最上段であり、これから臨むシーズンの後半戦には、昨年彼がトップと戦えるスピードを示したラリー・エストニアと、第2の地元イベントであるラリー・フィンランドが待つ。超高速グラベルラリーを得意とする勝田にとっては改めて実力を示すチャンスだが、楽観視はしていない。

「確かに好きなラリーではありますが、サファリのようにサバイバルラリーではなく、みんな全開で走り続けるラリーなので厳しい戦いになると思います。そこで無茶な走りをするのではなく、今の自分の力を全て発揮できるような戦いができれば、いい結果がついてくるのではないかと考えています」と勝田。表彰台に上がり、周囲の期待値がさらに高まる状況ではあるが、勝田は極めて冷静だ。「その瞬間」が訪れる日を、僕らもあまり前のめりにならず、リラックスして待つとしよう。

古賀敬介の近況

勝田選手の初表彰台獲得という歴史的な瞬間を、今回も現地ではなく日本の仕事場でライブ映像で見ていました。この目で活躍を見ることができなかったのは残念でしたが、表彰式の直後に電話でホットな声を聞くことができました。僕としては意外でしたが、今回の原稿にも書いたように優勝を逃したことを悔しがる気持ちが強く伝わってきて、それが何だかとても嬉しく感じられました。そのような気持ちがある限り今後さらに速く、強くなるでしょうし、表彰式のてっぺんに立つ時は、僕も絶対に生でその姿を見たいと思いました。それにしても、サファリに行きたかったなあ……。

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