// 2021 season

モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY6 - 地中海の宝石、魅惑のサルディニア島

地中海の宝石、魅惑のサルディニア島

WRCな日々 DAY6 2020.6.5

かつてイタリアはWRCの「センター」だった。サンドロ・ムナーリ、ミキ・ビアジオン、アッティリオ・ベッテガ、ジジ・ガリといった素晴らしいドライバーを多く輩出し、ビアジオンはワールドチャンピオンに2回輝いた。また、フィアットとランチアは珠玉のラリーカーを世に送り出し、フィアットは3回、ランチアは10回もマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。ランチアの10回は今なおWRC最多記録であり、ストラトスとデルタは当時最強のラリーカーだった。そのランチアと、トヨタはグループAの時代に激戦を繰り広げ、1993年に日本メーカーとして初めてマニュファクチャラーズタイトルを獲得。カルロス・サインツはセリカGT-FOURで世界王座に2度輝いた。ランチアというイタリアの巨人に正面から勝負を挑み、勝利を手にしたことによって、トヨタは知名度とブランドイメージを大きく高めたといわれる。

選手やクルマの活躍だけでない。ラリーについてもイタリアは魅力的なWRCイベントを開催し続けている。地中海に面した音楽の町、サンレモを中心とする「ラリー・サンレモ」は、1973年のWRC初年度からカレンダーに含まれ、2003年まで開催された。遠く離れたトスカーナ地方まで足を延ばす壮大で素敵なラリーだったが、2004年にWRCは開催地を南に移した。地中海の中央に浮かぶ、サルディニア島である。花のラリーと呼ばれたサンレモも美しいラリーだったが、現在の「ラリー・イタリア サルディニア」はさらに麗しい。個人的には、WRCでもっともべっぴんさんだと思う。

WRCが行われるのは、島の北部。コスタ・スメラルダ(=エメラルド海岸)と呼ばれるシーサイドリゾートを含む、サルディニア島を代表する観光エリアがラリーの舞台になる。サルディニア島はとにかく自然豊かで、息を呑むほど美しい海だけでなく、険しい岩山や、緑溢れる森など、のんびりと休日を過ごすには最高の島だ。そのためイタリアだけでなく欧州各国の王族、政治家、芸能人、スポーツ選手が別荘を構え、特にコスタ・スメラルダ一帯は超高級別荘地として名高い。そのコスタ・スメラルダの代表都市オルビアを中心にラリーは行なわれていたが、現在は島の北西部アルゲーロがホストタウンを務める。アルゲーロもまた周辺に美麗なビーチが点在する港町で、水着を持たずに訪れる外国人は、僕らWRC取材陣だけかもしれない。

サルディニアのステージは、まるで絵画のよう。荒々しい岩山、コルクやオリーブの森、エメラルドの海。たとえラリーカーが走らなかっとしても、何時間でもその場所にいたくなる。僕ら写真を撮る人間は、ステージが始まる2時間くらい前から撮影場所でスタンバイしているが、その待ち時間でさえも愉しい。鳥のさえずりに耳を傾け、草や木が発する甘い香りの空気を味わい、空と海の蒼さで気持ちを鎮める。あまりにも気持ち良すぎて眠りに落ち、ゼロカーの爆音で飛び起きたことも1度や2度ではない。サーキット取材では体験できない、ラリーならではの贅沢な待ち時間だ。

しかし、ひとたび走行が始まると状況は一変する。ラリーカーが巻き上げるおびただしい量の砂ぼこりで視界はゼロになり、それがひいた時にはカメラマンもお客さんもみんな全身真っ白に。とにかく砂の粒が細く、容赦なく耳や鼻の穴に入ってくる。タオルやマスクで顔を覆っておかないと、後で大変なことになってしまう。取材が終わってホテルに戻りシャワーを浴びると、床はアサリの砂抜きをした後のようにジャリジャリに。20年間のラリー取材で、僕は一体どれくらいの砂を体内に取り込んでしまったのだろうか? 昔、年始にアフリカでダカールラリーを取材し、砂漠の中で2週間近く過ごした。その後WRCモンテカルロを経て2月にスウェーデンを取材した時、鼻をかんだら大量の砂がティッシュについていた。まったくもって汚い話で恐縮だが、サハラ砂漠の砂が、1ヶ月以上を経て雪のスウェーデンで出てきたのだ。「君たちいったいどこに隠れていたの?」と、しばし立ち尽くしたことを思い出す。

閑話休題。サルディニアのステージはグラベル(未舗装路)で、全体的に砂が多く非常に滑る。しかし、その砂の下には硬い岩盤があったり、石が隠れているのでタイヤは摩耗しやすく、パンクの危険性も高い。タイヤにはかなり厳しいラリーといえる。また、道幅は全体的に狭く路肩には木や岩が迫り、それでいてハイスピードなコーナーも多いため、僅かな姿勢の乱れがクラッシュに繋がる。WRCの中でも、精度の高いドライビングが求められる1戦だ。

昨年、TOYOTA GAZOO Racingワールドラリーチームのオィット・タナックは、最終日の最終SSまでラリーをリードし、優勝まであと1歩と迫った。その最終SS「サッサリ〜アルジェンティエラ」は地中海に面したWRC屈指の美しいステージで、海水浴をしながらラリーを観戦できるという、お客さんにとっては極楽のような場所だ。2017年、当時Mスポーツ・フォードのタナックはそのステージで記念すべきWRC初優勝を決め、トップドライバーの仲間入りを果たした。彼にとっては素晴らしい思い出の場所だが、一転、昨年は失意の場になってしまった。パワーステアリングにトラブルが発生して大きく遅れ、ほぼ手中に収めていた優勝を逃し総合5位でラリーを終えた。フィニッシュしたタナックは憔悴しきり、正視できないくらい落ち込んでいた。アルジェンティエラの海の蒼さは、タナックにとって生涯忘れ得ぬ色になったに違いない。

2017年のデビュー以来、ヤリスWRCは多くのラリーで勝ってきた。しかしポディウム最上段未踏のイベントもあり、サルディニアもそのひとつ。今シーズンは、過去3勝の実績があるセバスチャン・オジエが加入し優勝が期待されていたが、残念ながら新型コロナウイルスの影響によって、6月開催予定だったラリーは延期された。ヨーロッパの中でもイタリアの罹患者は多く、終息にはまだしばらく時間がかかりそうだ。今季、サルディニアが開催されるという保証はない。しかし、今なによりも大切なのは人々の健康である。サルディニア島には、多くの友人が住んでいる。彼らは本当に陽気で、いつだって盛大に歓迎してくれる。ラリーが始まる前は、ボートツアーやディナーに招待してくれて、素晴らしい時間を共に過ごした。ホームパーティーでは家族全員で暖かく迎えてくれ、その時おばあちゃんが作ってくれたアサリのパスタは最高に美味しかった。そんな、素晴らしい思い出が次々と頭に浮かび、改めて思った。サルディニア最大の魅力は、海でも山でも食べ物でもなく、人々の暖かい心だと。この厳しい状況で、友人とその家族、そして全ての人が健康であることを、心から願う。

古賀敬介の近況

ステイホーム中につき食事は基本的に家でいただいてますが、最近は気分転換を兼ねて台所に立っています。ポルトガル、サルディニアと2戦連続でシーフードが美味しいラリーに行けなかったので、今宵は魚料理に挑戦。料理といってもオーブンで魚を焼いただけなのですが、オリーブオイルとレモンをかけ、サルディニア産の白ワインと一緒にいただけば気分は地中海。ベランダでオリーブの木でも育てようかな?