想定以上の高い気温で今年も無念な結果に終わるも
得られたデータは「もっといいクルマづくり」に活かされる
開幕戦ラリー・モンテカルロ、第2戦ラリー・スウェーデン。白い雪に覆われたウインター連戦が終了し、WRCは春季を迎えた。とはいえ、第3戦の舞台はメキシコ。3月でも気温はかなり高く、欧州や日本に生活の拠点を置く人間にとっては夏に近い陽気だ。実際、サービスパークが置かれるメキシコ中央高地のレオンは、朝から気温が20度を越え、日中には30度程度まで上昇する。
「毎年メキシコに来るのが楽しみだ。青い空を見上げ、強い日差しを受けると『ああ、冬が終わったんだな』と気持ちが明るくなる。しかし、週末は昨年よりも暑くなりそうなのが少し気がかりだ」
レッキ(コースの事前下見走行)を終えたヤリ-マティ・ラトバラは、とてもリラックスした表情だった。彼は2016年にラリー・メキシコで優勝しており、出場は今回で12回目。実戦経験は十分にあるが、それでも依然として毎回新たな発見があり、その都度改善を試みているという。そして、ラトバラが予想したように、ラリーウイークは気温が上昇し2018年のラリー・メキシコは「サマーラリー」の様相を呈した。
高い標高と高い気温対策がラリー・メキシコの鍵
昨年、WRC復帰初年度のTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamは、ラリー・メキシコで厳しい戦いを強いられた。高い気温、そして市街地で既に2000mを越え、SS(スペシャルステージ)では2700m前後に達する高い標高が結果的にエンジンに大きな負荷を与え、オーバーヒートを引き起こしたのだ。WRCでは参戦コストの上昇を抑えるため、各ワークスチームが拠点を置く欧州以外での実走テストを禁じている。そのため、他のラリーのように現地で事前テストを行なうことができない。新規参入マニュファクチャラーにとってはそこが難しいところであり、実戦での経験差はそう簡単には埋められない。
しかし、チームはメキシコ初参戦で得たデータを分析し、直後から様々な対策を実施。可能な限りの事前準備を行ない、2回目の出場に備えた。事前テストの場所には春季でも比較的気温が高くなるスペインを選択。今年レギュラーで出場するヤリ-マティ・ラトバラ、オット・タナック、エサペッカ・ラッピの3名がテストを終えた後は、昨年メキシコにヤリスWRCで出場したユホ・ハンニネンが走行を続け、クルマのさらなるブラッシュアップを図った。ハンニネンは今年、テストドライバーとしてチームを縁の下で支えているのである。
チームは、昨シーズンの最終戦オーストラリア終了後、実際にラリーを戦ったラッピのクルマを日本に運び、トヨタ自動車の低圧試験設備で標高変化がラリーカーのエンジンに及ぼす影響を調査した。そして、そのデータを踏まえて様々な対策を2018年仕様のヤリスWRCに施した。事前にできることはすべてやった。しかし、今年のラリー・メキシコは厳しい戦いとなった。
タナックが優勝を狙える総合3位につける
3月8日(木)、ラリーはかつて銀山で栄えた古都グアナファトで幕を開け、オープニングステージとなった市街地コースのSS1では、タナックが2位、ラトバラが4位、ラッピが5位のタイムを刻むなど、チームは幸先の良いスタートをきった。そして、翌9日(金)のデイ2からは山岳丘陵地帯でグラベル(未舗装路)SSがスタート。気温は早朝のレオン市街地ですでに19度と高く、太陽の位置が高くなると29度前後に達した。SSはドライコンディションとなり、道の表面は「ルーズグラベル」と呼ばれる滑りやすい砂利や砂に覆われている。そのため、選手権上位で出走順が早いドライバーたちにとっては不利なコンデイションとなり、選手権下位やスポット出場の選手が有利な展開となった。ラトバラは3番目、ラッピは4番目、そしてタナックは5番目と全員が早めのスタート順となり、非常に滑りやすい路面での走行を強いられた。
タナックにとってメキシコは、ヤリスWRCで臨む初のグラベルラリーだった。しかし、比較的前方のスタート順であったにもかかわらず安定して上位タイムを記録し、デイ2の終盤には3ステージ連続でベストタイムを記録。トップと11秒差の総合3位でデイ2を終えた。その一方で、ラトバラとラッピは序盤からタイムが伸びなかった。ラッピはラリー・メキシコ初出場であり、ラトバラは3番手という出走順が大きく響いた。しかし、それ以上に彼らを悩ませたのは、エンジンの冷却対策だった。ツイスティで低速な上りコーナーが連続するSSでは、エンジンに大きな負荷がかかり、速度が低いため冷却も厳しくなる。「速度」という自然の扇風機が使えなくなるからだ。そして、温度上昇によるエンジンの破損を防ぐため、ある程度の温度に達すると出力を絞る必要がある。そのため、ラトバラとラッピはエンジンのパフォーマンスを落として走らなければならなかったのだ。唯一、タナックは大幅なパワーダウンを免れたが、それにはドライビングスタイルの違いなど様々な理由があった。いずれにせよ、ほんの少しの差が明暗を分けたのは事実であり、改めてラリー・メキシコの難しさが浮き彫りとなった。
午前中の走行を終えた時点でエンジニアは熱によるパワーダウン問題を解決すべく、日中のサービスで対策を打った。その効果もあって午後のSSでラトバラはペースを上げ、SS8終了時点で総合7位につけていた。しかし、残念ながらオルタネーターにトラブルが発生し走行不可能に。また、ラッピはSS7でコースオフしリタイアと、デイ2では2台が戦列を離れることになってしまった。それでもタナックが首位と11秒差の3位につけたことは、ヤリスWRCに十分な戦闘力があることの証明であり、出走順が6番手となるデイ3にタナックとチームは大きな期待を抱いて臨んだ。
トラブルを乗り越え連続SSベストタイムを記録
しかし、デイ3のオープニングステージであるSS11で、タナック優勝の可能性は消えた。ターボにトラブルが発生しパワーが上がらなくなってしまったのだ。そしてSSを走り終えたタナックはリタイアを決断。チームにとって、最悪といえるシナリオになってしまった。問題を解決し、デイ2で再出走を果たしたラトバラは、出走順が前日よりもさらに早い2番手と不利な戦いが続いたが、ペース自体は決して悪くなかった。また、ラッピも初めてのメキシコで多くの経験を積み重ね、確かなる成長を示した。そして、最終日のデイ4ではラトバラが今大会初のSSベストタイムを記録し、クルマを修復し再出走を果たしたタナックが、最終SSのパワーステージを含む2本のSSを制するなど、ヤリスWRCは高いパフォーマンスを発揮した。しかし、結果はラトバラの総合8位が最高位。ラッピは11位、タナックは14位と、非常に残念な結果となってしまった。
自然相手の競技だからこそ難しく、そして挑む理由がある
入念な対策を施してラリーに臨んだにもかかわらず、今回も序盤は熱問題でクルマ本来の力を発揮させることができなかった。エンジン破損という最悪の状況を避けるために、出力を絞るセーフモードの設定がやや甘かったといえる。結果論ではあるが、あと少しだけリスクをとり、高い温度域でも最大のパフォーマンスを発揮させ続けるべきだったのかもしれない。また、オルタネーターやターボに発生した問題の原因究明はこれからとなるが、去年以上に高かった気温が影響した可能性は高い。いずれにせよ、想定していた以上に気温が上昇したことが諸々の問題を引き起こしたと考えられ、チームは改めて自然を相手にする競技の厳しさを実感した。しかし、それこそがトヨタがラリーに挑む理由であり、今回の経験は「もっといいクルマづくり」に必ずや活かされる。
RESULT
WRC 2018年 第3戦 ラリー・メキシコ
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム |
---|---|---|---|---|
1 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | フォード フィエスタ WRC | 3h54m08.0s |
2 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +1m03.6s |
3 | クリス・ミーク | ポール・ネーグル | シトロエン C3 WRC | +1m19.2s |
4 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +1m38.4s |
5 | セバスチャン・ローブ | ダニエル・エレナ | シトロエン C3 WRC | +2m24.6s |
6 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +9m03.0s |
7 | ポントゥス・ティディマンド | ヨナス・アンダーソン | シュコダ ファビア R5 | +10m24.7s |
8 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +15m37.1s |
9 | ガス・グリーンスミス | クレイグ・パリー | フォード フィエスタ R5 | +17m09.3s |
10 | ペドロ・へラー | パブロ・オルモス | フォード フィエスタ R5 | +24m18.1s |
11 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | トヨタ ヤリス WRC | +30m57.8s |
14 | オット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | +1h02m42.8s |