レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

207LAP2017.11.8

世界ツーリングカー王者決定戦、勃発!?

「どっちが速いのか!?」日本でもっとも人気のある「SUPER GT」と、過激なレースで知られる「DTM」が雌雄を決する時が実現しつつある。先月のDTM最終戦ホッケンハイム。SUPER GTマシンがデモランを敢行した。DTMマシンとSUPER GTマシンの両方を経験している木下隆之が、期待と課題を検証する。

「ついに実現した模擬バトル…」

 2017年、DTM最終戦ホッケンハイムに集まった15万人に観客の前で、日本最高峰のSUPER GTのGT500マシンがデモランを披露した。はるばる遠征したのはマットブラックのレクサスLC500(2017年開発車両)とMOTUL AUTECH GT-R(2016年仕様)だ。ドライバーはヘイキ・コバライネンとロニー・クインタレッリが務めた。
 迎え撃つドイツ勢は、今年のチャンピオンであるアウディRS5 DTMをはじめ、BMW M4 DTM とメルセデスC63 DTMの3メーカー全てが揃った。
 SUPER GTの2台がコースを1周したのちに、3台のDTMマシンが合流。ポジションを入れ替えながらのパレードランを行なったのだ。

ホンダを除く5メーカーのマシンがホッケンハイムに集合した。近い将来、6メーカーの過激なバトルが実現するのだろう。ⓒDTM

ホンダを除く5メーカーのマシンがホッケンハイムに集合した。近い将来、6メーカーの過激なバトルが実現するのだろう。ⓒDTM

これが本気のバトルだったどれほど興奮したことだろう。日独の喧嘩バトルをすぐにでも観戦したいものである。ⓒDTM

これが本気のバトルだったどれほど興奮したことだろう。日独の喧嘩バトルをすぐにでも観戦したいものである。ⓒDTM

ホッケンハイムにSUPER GTサウンドが響いた。交流戦という形でこの光景を見る日も近い。ⓒDTM

ホッケンハイムにSUPER GTサウンドが響いた。交流戦という形でこの光景を見る日も近い。ⓒDTM

渡独したヘイキ・コバライネンとロニー・クインタレッリを、全てのDTMドライバーが囲んだ。歓迎ムードは高かった。

渡独したヘイキ・コバライネンとロニー・クインタレッリを、全てのDTMドライバーが囲んだ。歓迎ムードは高かった。

 実は、SUPER GTとDTMとのコラボレーションは数年前から模索されてきた。ドイツ国内選手権として覇を競ってきたDTM、過激なバトルで名をはせてきたツーリングカーレースであり、長い伝統を持つ。
 一方のSUPER GTも高度にチューニングされたマシンと熱いバトルで絶大な人気を誇る。このふたつのカテゴリーが手を組み、FIA世界ツーリングカー選手権として昇華させる案が浮上、企画されては消え、なかなか実現には至らないできている。
 それでも炭はくすぶっていた。現在ではプラットフォームや空力パーツは共用化され、マシンの互換性がある。そもそも、共に3メーカー主導でマシンを製作しているわけだから、「ではやりますかっ!!」と、ひとたび薪を焚べれば、炭は一気に燃え盛ると思われていた。その火が、これを機会に再燃かと誰もが期待しても不思議ではない。

圧倒的な人気を誇るSUPER GTは、タイにも進出して成功を収めている。

圧倒的な人気を誇るSUPER GTは、タイにも進出して成功を収めている。

「箱の皮を被ったフォーミュラー」

 まずは、ここで簡単にDTMを説明しよう。

 DTM(ドイツ・ツーリングカー・マスターズ)の発祥は1984年に遡るというから、歴史は長い。当初はグループA規定で行われていた。トリコロールカラーのBMW M30 M3の雄姿は記憶に刻まれていることだろう。
 その後DTMは、より過激な路線へとシフトする。1993年からはFIAクラス1規定になり、排気量2.5リッターのエンジンは高度にチューニングされた。4WDも許され、ABSやコントロールなどハイテクも自由になった。
 参戦を表明したのはメルセデスとオペルと、そしてアルファロメオだった。
 その3メーカー時代がしばらく続いたのだ。そして、それがITCと名を変えて継続する。
 だが、コストの高騰にメーカーも音を上げた。アルファロメオとオベルが撤退。その後、紆余曲折があり、現在の3メーカー、アウディ、メルセデス、BMWで選手権が続いている。
 とはいうものの、まだまだDTMは安泰ではなく、数ヶ月前にメルセデスが2019年からのDTM撤退を表明。フォーミュラEに軸足を移すと宣言したのだ。DTM代表のゲルハルト・ベルガー(元F1ドライバー)は、強気の発言を繰り返すが、DTMの将来が暗雲に包まれていることは確かだろう。そんな状況の中でのSUPER GTとのコラボなのである。

DTM最終戦ホッケンハイムには、15万人の観客が詰めかけた。ツーリングカー王国を感じさせる。

DTM最終戦ホッケンハイムには、15万人の観客が詰めかけた。ツーリングカー王国を感じさせる。

2017年DTMは 、アウディが圧倒的に強く、コンストラクターとドライバーズの両タイトルを総なめした。

2017年DTMは 、アウディが圧倒的に強く、コンストラクターとドライバーズの両タイトルを総なめした。

レース後には、熱狂的な観客がなだれこみ、勝者を祝福する。

レース後には、熱狂的な観客がなだれこみ、勝者を祝福する。

レース中に一度、タイヤ交換が義務付けられている。わずか数秒でマシンをコースに復帰させる。ピットワークすらもエンターテイメントだ。

レース中に一度、タイヤ交換が義務付けられている。わずか数秒でマシンをコースに復帰させる。ピットワークすらもエンターテイメントだ。

「交流戦への課題」

「じゃ、やっちゃえばいいじゃない」
 ひとりのファンとしては、世界一のツーリングカー決定戦を期待している。だが、大人の事情がそう簡単ではないのだ。
 根底にはどっちも負けられないと思う。意地がある。日本としても外国勢にコロッとやられるわけにはいかないし、一方のドイツはひときわ自尊心が強いから、極東の島国のマシンに欧州の雄が辛酸を舐めるのはごめんだね、となる。
 そもそも、レギュレーションが異なる。
 DTMに搭載されるエンジンは、これまで4リッターV8 NAだった。それが最大の障害だった。ただ、2019年からはSUPER GTと同じ2リッターターボになる。まずは1つの課題がクリアした。
 だが、問題はタイヤだ。SUPER GTがヨコハマ、ブリヂストン、ダンロップ、ミシュランの4ブランドが参戦しているのに対してDTMは、ハンコックの1メイクである。圧倒的にSUPER GTのタイヤが優れていると言われている。
 そもそもDTMはスプリントレース形式だ。週末に1レースが開催される。途中に、最低1度のタイヤ交換が義務付けられている。スプリントだからドライバー交代もない。ローリングスタートではなく、スタンディングスタートを採用するのも大きな違いである。
 DRSを採用するのも特徴だ。コースごとに決められた区間では、追走するマシンはリアウイングを寝かせてスピードを稼ぐことも許されている。SUPER GTにはない機能だ。
 性能調整にも違いがある。SUPER GTが、獲得した選手権1ポイントに従ってウエイトを積まされるのに対してDTMのパフォーマンスウエイトは、複雑なアルゴリズムによってウエイトが決定される。
 そう、様々に違いがあり、統一規則を厳格に決めないかぎり、日独がイコールでは戦えないのである。それは主催者側も理解していて、それがプラットフォームの共用化でありエンジン形式の歩み寄りなのだが、それ以外に統一しなければならない規則が山ほど残されているというわけだ。

DTMを迎え撃つSUPER GTマシンは、様々な条件により3秒近く速さのアドバンテージがある。その性能差をどう調整するかも課題の1つだ。

DTMを迎え撃つSUPER GTマシンは、様々な条件により3秒近く速さのアドバンテージがある。その性能差をどう調整するかも課題の1つだ。

日本メーカーがDTMと戦う姿を是非観てみたい。過激さでは一歩も引かない。

日本メーカーがDTMと戦う姿を是非観てみたい。過激さでは一歩も引かない。

加速性能ではSUPER GTに分がある。ただし、DTMはDRSによってパッシングシーンをエキサイティングなものにする。

加速性能ではSUPER GTに分がある。ただし、DTMはDRSによってパッシングシーンをエキサイティングなものにする。

日本の闘将が、欧州勢にどう牙を剥くかも興味の対象だ。

日本の闘将が、欧州勢にどう牙を剥くかも興味の対象だ。

「そこには2秒以上の性能差がある」

 僕がDTMマシンを走らせたのは2014年だから、あれから多少はマシン性能も進化しているとは思うけれど、過激なマシンとはいえ、コントロール性が優しかったことが印象に残った。
 イタリアで行われたテスト日はあいにくの雨だった。本来ならテストをためらわれるコンディションだった。だが、トラクションコントロールもABSも装備されていないマシンを、自由に振り回すことができた。ドライブした僕本人が驚いたほどだ。
 今、思えば、あの過激なDTMマシンを、絶対に壊してはならないという条件下でウエット走行するなんて、決して気持ちいいものではない。だが、走らせているうちに、柔軟な操縦性が身体に馴染んでいったのだ。
 実は、さらに十数年前に、DTMの前身であるITCのオペル・カリブラをドライブしたことがある。場所は、今回デモランが行われたホッケンハイムだ。ハイテクバリバリのマシンだったから、コントロール性を語る以前に、まともに走らせることすら苦労した。その経験が脳裏に刻まれていたから、DTMのドライブにも極度に緊張していたのだが、それすらも杞憂であったことを知ったのである。あの過激なバトルは、柔軟な操縦性があるから可能なのだ。

豪雨の中だから、優れたコントロール性が確認できた。2014年DTMチャンピオンマシンを木下隆之がドライブした。

豪雨の中だから、優れたコントロール性が確認できた。2014年DTMチャンピオンマシンを木下隆之がドライブした。

ダウンフォースは際立っている。DRSを使うなど、空力的寄与度は強い。

ダウンフォースは際立っている。DRSを使うなど、空力的寄与度は強い。

2014年と2016年のDTMチャンピオンであるマルコ・ヴィットマンも来日する日が来るのだろうか。

2014年と2016年のDTMチャンピオンであるマルコ・ヴィットマンも来日する日が来るのだろうか。

これほどの豪雨でもマシンは安定している。強烈なダウンフォースがマシンを路面に押し付ける。

これほどの豪雨でもマシンは安定している。強烈なダウンフォースがマシンを路面に押し付ける。

 今回のホッケンハイムでの走行ではっきりしたことは、このままの状態であれば日本のSUPER GTマシンが圧倒的に速いということである。ほとんどセッティングもせずに、簡単なアジャストだけで走行したにもかかわらず、レースを控えたDTMマシンよりも1秒近いアドバンテージがあった。
 特に、ストレートスピードが優っていたという。DTMがダウンフォースを強めてコーナリング速度を稼いでいるのに対してSUPER GTは、メカニカルグリップでコーナーを稼ぎ、パワーで最高速度を確保する手法なのだと言われている。それには、DTM関係者も驚いたようだった。
 とはいえ、敵対心が湧き上がるというより、歓迎ムードは高かった。特に、2リッターターボ化はDTMも採用するエンジンである。ターボ化によって、F1がそうであるようにエンジンサウンドが魅力的ではなくなるのではないかと心配していた関係者も多かった。だがSUPER GTのサウンドは迫力があると受け取られたようだったのだ。
 そう、規則だけではなく、マインドの点でも両者は歩み寄り始めたのである。

日本のマシンを現地のマスコミが取り囲んでいた。2リッターターボサウンドも好評だったようだ。ⓒDTM

日本のマシンを現地のマスコミが取り囲んでいた。2リッターターボサウンドも好評だったようだ。ⓒDTM

歴代の王者が交流戦に挑む日も近い。いや、早くしないと彼らはF1に巣立ってしまうかもしれない。

歴代の王者が交流戦に挑む日も近い。いや、早くしないと彼らはF1に巣立ってしまうかもしれない。

 11/11、12のSUPER GT最終戦ツインリングもてぎで、SUPER GTとDTMマシンのデモランが開催される。アウディはロィック・デュバルが、BMWはアウグスト・ファーファスが、そしてメルセデスはマーロ・エンゲルが来日しドライブするという。これはどうしても、見逃すことはできない。
 そして同時に僕は、別の興味がある。遥々ドイツから視察に来る関係者は、同時にSUPER GTのあの過激レースを目の当たりにするわけだ。そこで腰を抜かすに違いない。目を白黒させて、過激なバトルの一部始終を観戦することになるはずだ。腰を抜かして退散しないものかと、ちょっと心配している。
 ともあれ、少しでも早く、日独決戦を見てみたいものだ。
 マシンの優劣を見極めたいという思いもある。一方で、どのドライバーが世界で戦えるのかをこの目で確認したいとも思う。
 立川祐路や石浦宏明や、もちろん大嶋和也や国本雄資が惨敗するわけもないが、F1ドライバーの肩書を持つ現役DTMドライバーに割って入る日本人選手をこの目で見てみたいのである。

キノシタの近況

キノシタの近況 キノシタの近況

 東京モーターショーが開催されていた日曜日、東京・お台場のMEGA WEBで「We love cars 2017」が開催された。ホストは豊田章男社長。ゲストはイチロー。ともに車を愛する者の熱いトークが展開された。