218LAP2018.4.11
レース版エージシュート アマチュア級プロドライバーがモテモテ!?
FIA(国際自動車連盟)が設定したドライバーズカテゴリーが、モータースポーツに新しいムーブメントを巻き起こしている。マシン性能ではなく、ドライバーの実績や年齢から判断して、参戦カテゴリーを制限しているのだ。木下隆之はアマチュアドライバーに格下げされて大喜び。なんで!?
プロ資格の存在しないプロスポーツ
プロドライバーが存在するのにプロの資格制度がない。モータースポーツ界、七不思議の一つである。
レーシングドライバーには、純粋に走りを楽しむだけのアマチュアドライバーと、レースに出場することで禄を食むプロドライバーが混在するのにもかかわらず、ゴルフやボクシングのように公的なプロライセンスというものがない。
ドライバーのランキングも曖昧でもある。
ゴルフのように獲得賞金で順位をつけることもないし、ボクシングのように該当戦の結果から強さを判断することもない。
レースにはシリーズランキングは存在するから、それを基準にドライビングスキルを語ることはできなくもないが、ランキングはそれぞれのカテゴリーの中での順位である。スーパーフォーミュラでは上位であっても、スーパーGTでは下位に沈むという逆転現象も少なくない。となると本当のランキングはいかがなものでしょ…となる。総合してドライバーの優劣を指し示す尺度がないのだ。
JAFが発給するドライバーズライセンスがひとつの指標となりそうなものだが、成績よりも参戦回数や完走率に影響するものだから、決定的にドライバーの強さ速さを証明するものではない。そんなモヤモヤした雰囲気でモータースポーツは歴史を積み重ねてきたのだ。
ブランパンGTアジアに参戦するマシン軍。世界から走り自慢のマシンが集結する。
ブランパンGTアジアはブロンズドライバーで構成される。それだけにむしろ激戦区だ。
新たなランキングの指標が誕生
だがこの数年、ドライバーズランキングを表す指標として都合のいいシステムが現れた。FIAがドライバーのカテゴリー分けを統一したのである。WECやブランパンGTアジア、あるいはランボルギーニ・スーパートロフェオなどで機能し始めているのがそれ。
ドライバーのカテゴリーが4つに区分されている。大まかな基準は以下。
プラチナ
- F1スーパーライセンスを所有している。
- ル・マン24時間のプロカテゴリー(LMP1/GTEプロ)で勝利の経験がある。
- ワークスドライバーとして自動車メーカーから報酬が支払われ、相当の結果を残している。
- 国際F3000、CART、チャンプカー、インディカー、GP2、全てのFIA世界選手権、グランダムDP etc…で年間トップ5の成績を残した。
ゴールド
- FIAが定める第2カテゴリーのシングルシーター(A1GP、ルノーV6、スーパーリーグ、ユーロカップ、インディライツetc…で年間トップ3の成績を残した。
- DTM、BTCC、スーパーGT、ポルシェスーパーカップetc…で年間トップ3の成績を残した。
シルバー
- 国内選手権、もしくはインターナショナルシリーズで優勝経験がある。
- プロ以外のシリーズ(フェラーリチャレンジ、マセラティ・トロフィー、ランボルギーニ・スーパートロフェオ、ポルシェGT3チャレンジetc…)で優勝経験がある。
ブロンズ
- 30歳以上で初めてライセンスが発給され、シングルシーターの経験がないか、経験の少ないドライバー。
- 以前にシルバーとカテゴライズされていても、30歳以上でポールポジションも優勝経験がない。
- 30歳以前に国際ライセンスを所有していたとしても、1年以上か、5戦以上戦っていない。
プラチナはF1級の世界的な実績が必要だから、プロ中のプロだと言っても異論はないだろう。誰もが憧れる最高峰カテゴリーである。ゴールドは、国内トップの成績が必要だ。これも誇らしいカテゴリーだろう。シルバーもプロ級スキルの証明になる。
だが、ブロンズとなるとほとんどアマチュアである。趣味でレースを楽しむ人が該当。ほぼこんな基準でカテゴライズされている。これを持ってプロ資格ともランキングとも言えないけれど、なんとなくイメージはできるのである。
ブランパンGTアジアは、既存のGT3マシンと各メーカーが将来性を注目するGT4マシンで混走形式となる。オレンジ色のゼッケンがGT4の証だ。
ブロンズドライバーが表彰台を独占する。少々年齢層が高いのは、豊富な実績がありながらブロンズにスライドしたドライバーが少なくないからだ。
アマ/アマが激戦区
先日セパンで開幕したランボルギーニ・スーパートロフェオでも、そのカテゴライズが機能している。参加資格は一見単純で、ブロンズドライバーをアマチュアと断定、それ以上をプロと認めた上で、2人のドライバーの組み合わせが求められる。
プロ/プロクラスはシルバー以上のドライバーを二人組み合わせたチーム。プロ/アマクラスは、シルバー以上とブロンズがコンビを組むチーム。アマ/アマクラスはブロンズ同士が組み合わされるチームである。マシンには差はないものの、ドライバーカテゴリーでクラス分けがされているのである。
スーパー耐久でも同様のシステムが採用されているから、ご存知の方もおられよう。
実は、僕が今年参戦を開始したブランパンGTアジアもこのドライバーカテゴリーが当てはまる。なんと、ブロンズ以下のドライバーのみの組み合わせしか認められていないのである。
そう、コンビを組む砂子塾長は、レース界から離れて10年が経過した。改めてライセンスを取得し直したからブロンズドライバーである。豊富な実績があり、未だに一線級の速さを備えているのもかかわらず、アマチュアとみなされたのだ。
では僕はどうかといえば、ブロンズである。実績をそのまま当てはめればゴールドであるにもかかわらず、だ。規則書を読み込んでいて、その文末にあるご機嫌な注釈に気づいた。50歳以上は1ラングダウン。55歳を超えると2ランク、カテゴリーが下がるのである。そう、ゴールドだった僕は、年齢を積み重ねたことで、知らず知らずのうちに2ランク下のブロンズへ格下げになっていた。
55歳になれば身体的に衰えるはずだ。だからいくら実績があっても速さは低下するだろうというのが考えの根底にある。いわばアマチュア。これによってブランパンGTアジアに正々堂々と参戦できることになったのである。
相棒の砂子塾長がブロンズドライバーなんて「反則」との声も聞かれる。だがこれも規則通り。
マシンはバラエティに富んでいるが、BOPによって戦闘力はバランスが保たれている。ドライバーもブロンズで戦われる。
羨望を集めるアマチュアドライバー
実はこれによって、不思議な現象が起きている。
本来ならば、スポーツ選手がすべからくそうであるように、1つでも高いランキングが美徳とされる。ピラミッドの上位が優秀とされる。強いアスリートとしての姿を求めて鍛錬を積んできたわけだから、ランキング上位が賞賛されるのは道理だ。
だが、このシステムによって、ランキングが低いドライバーの方がレース参戦のチャンスを得るという逆転現象が起こっているのである。
昨年末、「BMW Team Studie」が僕へブランパンGTアジア参戦の打診をしてくれた。その時の会話はこうだった。
「木下さんは、ブロンズですか!?」
「いや、ゴールドだと思うけれど・・・」
ドライバーカテゴライズというシステムが存在していることは薄々知っていたけれど、自らのカテゴライズを確認していなかった。
「よく調べてみてください。ブロンズならば、ぜひ一緒に・・・」
「プロではダメなの!?」
「ダメなんです。プロじゃないけどプロ級に速いドライバーがオイシイのです」
慌ててレギュレーションを熟読したら、55歳以上は2ランクダウンという記述が目に止まってニヤリとした。ゴールドの2ラングダウン。憧れの「BMW Team Studie」のメンバーになることができたのである。
2ランクスライドで、晴れてブロンズドライバーに昇格!?
これまでは過去の実績や経験がチームの評価だった。評価が高いドライバーから、魅力的なシートは埋まっていく。それがレース界の一般的なパターンだった。だが、ランキングの低いドライバーが重宝される場面もあるというから人生何が起こるかわからない。
「木下さんってブロンズ!? 羨ましいなぁ」
そう言ってゴールドの後輩ドライバーに憧れられることもある。
「アマチュアですか!?最高じゃないですか」
「君はプロなの!? そりゃ残念だねぇ」
「今、一番オイシイのは現役なのに年齢を重ねたドライバーなんですよ」
ランキング上位のドライバーに羨望の眼差しを浴びるなんて、不思議な気分である。もしくは、
「歳をとっているのにいまだに速い人がオイシイんですね」
歳はとってみるものだ(笑)
「BMW Team Studie」は日本チームとして初めてブランパンGTアジアにフル参戦する。マシンは最新のM4 GT4。2台投入する。
初のマレーシア・セパンのレース2では、トップと0.15秒差の2位に輝いた。
レース版エージシュート!?
ゴルフの世界では「エージシュート(Age-Shooting)」と呼ばれる勲章がある。18ホールストロークプレーで、自らの年齢よりも少ない打数でラウンドすることである。50歳ならば50打以下で、60歳ならば60打以下で。70歳ならば70打以下である。
つまり、若くて現役バリバリの25歳のプレーヤーならば65打で回ることはできるかもしれないが25打では回れない。100打で回ることはアマチュアでもたやすいかもしれないが。いくらプロであってもそれを100歳で達成することは困難である。もっとも可能性があるのは60歳代後半だとされている。そのあたりに年齢とスコアのビークが重なる。65歳で65打あたりが狙い目なのである。
過去には、66歳の中村寅吉が65打で回った。ジャンボ尾崎が66歳の時に62打で達成。世界の青木功もやはり65歳の時に65打で優勝、エージシュートを達成したという。年齢を重ねたけれどスキルは落ちていないプレーヤーのみに与えられる勲章なのだ。
どこか頃合いが、ブロンズドライバーに似ていなくもない。動体視力の衰えがなく、心身も充実しているにもかかわらず、年齢を積み重ねてきたドライバーがレース版エージシュートともいえるブランパンGTアジア王者の称号を得る。扱うのがクルマという道具だから、年齢を重ねるに従ってむしろセッティング能力やレースでの駆け引きが巧みになる。レース戦略に長けてくるのに年齢だけで降格されるのはとっても都合がいいのだ。
レース2、ゴール直後。BOB鈴木代表と砂子塾長に迎えられた。
ブロンズドライバーの時代到来
なぜ、ブロンズのみのカテゴリーが盛況なのか。理由は世界の経済的環境と高齢化が関係している。
年齢を重ねても、シニア層は元気である。平均寿命の高さだけでなく、心身ともに元気なシニア層は多い。縁側で盆栽にハサミを入れるシニア…というイメージはもはやなく、いつまでも若々しい。そんなシニア層の活躍の場なのだ。
経済的にも豊かなシニア層は少なくない。若い頃にビジネスを立ち上げ成功し、ようやく自分の資金的余裕と時間ができた世代のために、ブロンズシステムが機能している。
いわゆる「持ち込みドライバー」というアクティブな富裕層に、モータースポーツが支えられてもいるのだ。
だったら僕は今からそれを目指そう。ビジネスを成功させて豊かになるのは無理そうだけれど、自己鍛錬を怠ることなく精進していれば、シルバーやゴールドより速いブロンズドライバーで居続けることは可能だ。
僕はまだ、20代の頃と何ら変わらぬドライビングスキルがあると思っている。予選一発だって、目の覚めるようなタイムを叩き出せる自信はあるし、24時間レースですら苦もなくこなせる。
朝まで飲んでもスッキリとしているし、老眼鏡も必要ない。現役バリバリの若手から、めんどくさがられるジジイになるのも悪くはないと思う。(笑)
キノシタの近況
ブランパンGTアジア開幕戦(4/14)は、若いドライバーを執拗に攻撃して4位と2位になった。初戦にしてはまずまずの成績だったと思う。スーパーGTチャンピオンチームの「BMW Team Studie」にとっても勝手のわからぬレースだったけれど、もはや戦闘力に疑いはなく、いきなり強さを発揮した。今年のチャンピオン、間違いないね。ポジティブシンキングなのも、ブロンズドライバーの強みか!?(笑)