![レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/blogcolumn_main.jpg)
221LAP2018.6.13
ドM集団が狂喜乱舞する24時間シーズン到来
これまで数々の24時間レースに参戦してきた木下隆之は、自らの性癖をドMだと自覚する。その上で、ニュルブルクリンクやル・マンや、あるいは富士24時間レースでの勝ち方はそれぞれ違いがあるにせよ、本質には違いがないというのだ。それは何故なのか?
24時間祭りは、春うららかなこの季節に始まる
陽春から盛夏にかけての過ごしやすいこの季節は、24時間耐久レース祭りのシーズンとして定着しそうである。
「ニュルブルクリンク24時間レース」が現地ではまだ肌寒い5月。久しぶりの日本開催24時間レースとなった「富士24時間レース」も5月。6月には伝統の「ル・マン24時間レース」が控えている。ベルギーで開催される「スパ・フランコルシャン24時間レース」は7月だ。ほぼツキイチのペースで、24時間レースが行われているというのだから、緑濃く茂るこの時期は、24時間の季節だといってもいいだろう。
やってる側の都合で言えば、降雪の心配もなく(ニュルブルクリンクでは心配だけど・・・)、かといって猛暑でもない。気候的に恵まれたこのあたりが、過酷な24時間レースを開催するには最適の環境なのかもしれない。
その一方で、レース屋なんて基本的にドMである。精神科医がそう診断するかどうかはともかく、好き好んで24時間も同じところをグルグルするのが楽しいって感じるのだから、これはもう正真正銘の被虐性愛者であろう。(そもそも「スポーツ選手ドM説提唱者」だけどね)
そもそもシーズンが始まってまだ間もないというのに、春先から24時間レースに挑もうというのが狂っている。
24時間レースというお祭り事は、レギュラーシーズンが一区切りしたあたりが頃合いのはず。プロ野球のオールスターは夏開催だし、ファン感謝デーも年末だ。三大24時間レースのひとつに数えられる「デイトナ24時間レース」は1月開催だけど、これはシーズン終了を待って・・・というよりも開幕が待ちきれずにやっちまおうってことだから例外とはいうものの、基本的にはシリーズ戦が優先であって、お祭りレースは余興のはず。なのに年末まで待ちきれないのだから、どんだけ24時間好きなのよ、とい思うわけだ。
![5月から7月の間に、世界の主要24時間レースは集中する。環境的に恵まれているからこの時期なのか、あるいはまた・・・。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/01.jpg)
5月から7月の間に、世界の主要24時間レースは集中する。環境的に恵まれているからこの時期なのか、あるいはまた・・・。
![日の丸を背負って戦う。そのナショナリズムだけではない理由がドライバーにはある。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/02.jpg)
日の丸を背負って戦う。そのナショナリズムだけではない理由がドライバーにはある。
![夜を徹して戦う。なぜそうするのか。その理由は左脳では理解不能なのだ。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/03.jpg)
夜を徹して戦う。なぜそうするのか。その理由は左脳では理解不能なのだ。
![ただひたすら、決められたルーティーンを繰り返す。なぜだ?](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/04.jpg)
ただひたすら、決められたルーティーンを繰り返す。なぜだ?
丁か半か? ニュルブルクリンクの勝者とは・・・
ドライバー目線で言えば、そもそもレースの戦い方からしてドMである。
昼間の単独走行でさえ危険なノルドシュライフェを、夜を徹して走ろうなんて正気の沙汰ではない。
ル・マン24時間レースだって同様で、超高速のユノディエールをアクセル床踏みするのだから、ほとんど自殺行為である。
富士24時間も同様で、GT3とST5の速度差は100km/hもある。抜く方は自己責任だが、抜かれる方は無防備に他人に命を預けるわけで、それはもう、どんな医師が診断できなくてもドM以外に考えられないのだ。
どうやったらニュルブルクリンク24時間レースで勝てるか?
それは神のみぞ知るである。この他力本願こそ、ニュルブルクリンクを戦う方法だと思う。
だって、混戦ひしめく中でのアタックは尋常ではない。コーナーのほとんどがブラインドであり、平均速度は驚くほど高く、コースオフエリアはないに等しい。ここを圧倒的に速度差のあるマシンと、悲しいほど技量に差のあるドライバーをかき分けながら、先陣を争うのだからこれはもう狂気である。
ここで戦うことは、マンハッタンの路地裏のストリートファイトのようなもの。不正を監視するレフリーがいるわけでもなく、リングに守られているわけでもない。イチかバチか。丁か半か? 盆にサイコロを振るように、目をつぶって攻め続け、偶然にも生き残ったものがニュルブルクリンク24時間の勝者になる。運を天に任せて攻め続けるのだから、これはもうドMであろう。
チームの戦略はある。だが、イチかバチかという神頼みの要素は拭えない。突進してくる猛牛の大群に飛び込んで、奇跡的にやり過ごした者が勝つ的な運試し。勝者はつまり、もっとも運が強かった奴のことだ。
捨て身のアタックを24時間続けていて、たまたまノートラブルノークラッシュ幸運をただ座して待つ・・・。これに尽きるのではないかと達観している。
これまで僕は20数回も彼の地で戦い、幸運にも何度かクラス優勝ドライバーになってきた。でも、それはクラス優勝であって総合優勝ではない。自身最高位は5位。ゴール直前まで3位を走行していたのが、日本人としての最高位である。その経験があるからこそ感じたことだ。
![ニュルブルクリンクの24時間レースは5月に開催される。だが、肌寒く降雪を記録することもある。とても開催に適した季節だとは思えない。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/05.jpg)
ニュルブルクリンクの24時間レースは5月に開催される。だが、肌寒く降雪を記録することもある。とても開催に適した季節だとは思えない。
![マシンがトラブルに陥り、優勝がほぼ不可能になっても、走りのペースが緩むことはない。本能がそうさせるのだ。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/06.jpg)
マシンがトラブルに陥り、優勝がほぼ不可能になっても、走りのペースが緩むことはない。本能がそうさせるのだ。
![朝を迎えてもまだ半分を過ぎただけ。これからまだ12時間もある。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/07.jpg)
朝を迎えてもまだ半分を過ぎただけ。これからまだ12時間もある。
![メカニックもドM集団である。レースがスタートする時点で既に不眠不休の場合がある。それでも戦うのだからどこかおかしい。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/08.jpg)
メカニックもドM集団である。レースがスタートする時点で既に不眠不休の場合がある。それでも戦うのだからどこかおかしい。
完全無欠のドライビングロボット
ル・マン24時間レースは、チームスポーツである。ドライバーに高度なスキルを要求することに異論はないはずだが、ドライバーはひとつのガジェットとして、つまりハンドルやブレーキと同じようにクルマを構成する素材の一つになりきることが使命であろう。
背後には天文学的な資金が動き、チームによっては数百人ものエンジニアが徹に遂行する能力が求められる。感情が介在する隙はない。ただのガジェット。
閉所恐怖症の人なら発狂して逃げ出したくなるような閉ざされたコクピットにくくりつけられ、感情を殺し、プログラム通りのドライビングが強いられる。しかもそのプログラムは、冷徹なコンピューターと図面が組み立てたものなのだ。痛いもクソもなく、2スティントも3スティントもシートベルトに縛られるのだから、これを遂行するドライバーがドMでない理由は見当たらない。
![狭いコクピットにくくりつけられると、その存在はもはや一人の人間ではなくひとつのパーツに過ぎない。ル・マン24時間レースの戦い方は、いかに感情を捨て去るかに尽きる。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/09.jpg)
狭いコクピットにくくりつけられると、その存在はもはや一人の人間ではなくひとつのパーツに過ぎない。ル・マン24時間レースの戦い方は、いかに感情を捨て去るかに尽きる。
![準備ができたら、冷徹に送り出される。ただ決められたプログラムに沿って走るだけだ。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/10.jpg)
準備ができたら、冷徹に送り出される。ただ決められたプログラムに沿って走るだけだ。
![いくら万全を期しても勝てない。2018年のトヨタは悲願達成なるか・・・。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/11.jpg)
いくら万全を期しても勝てない。2018年のトヨタは悲願達成なるか・・・。
![燃料は満タンだ。その液体がカラになるまでピットに戻ることは許されない。それまではコクピットで孤独な時間を過ごすことになる。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/12.jpg)
燃料は満タンだ。その液体がカラになるまでピットに戻ることは許されない。それまではコクピットで孤独な時間を過ごすことになる。
BBQなら海でやりなさい
それと比べると富士24時間は平和である。牧歌的な雰囲気が漂う。サーキットは屋台が並ぶ祭りのようになり、肉や焼きそばやカレーの香りに包まれる。ほとんどBBQ感覚である。
ただし、これもどこかが異常じゃなければやってられない。BBQならば湘南ビーチや富士山麓のキャンプサイトでやればいいのに、わざわざマシンを走らせるのには論理的な根拠が見当たらない。しかも、禁酒である。アルコールなしのBBQのどこが楽しいのか意味不明だが、わざわざ好んで挑むのだから頭がどうかしている。
控え室の簡易ベッドに横たわって、腕に点滴を垂らしている姿を見ると、プレイもそこまで来たかとおぞましい。疲労で倒れた後ならまだ治療といえなくもないけれど、走る前からナースに針を刺されているのだから、新手のプレイであろう。
24時間レースは、モータースポーツに欠かせないものとなった。
だが、それぞれ戦い方が異なる。猛獣よろしく命を運に託すのがニュルブルクリンク。感情をすべて捨て去り、ドライビングマシンに徹するのがル・マン。富士はBBQ気分で楽しみ続けたものが勝つ。それぞれのキャラクターが立っていて面白い。
ただ、これだけは言える。それぞれプレイスタイルは異なっていても、ドM集団であることに何ら変わりはないのだ。
![華やかなオープニングセレモニーに裏側では、ドロドロとした戦いが待ち受けている。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/13.jpg)
華やかなオープニングセレモニーに裏側では、ドロドロとした戦いが待ち受けている。
![淡々と周回を重ねる。それに異議を求めたらドライビングが乱れる。たたひたすらロボットになって戦う。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/14.jpg)
淡々と周回を重ねる。それに異議を求めたらドライビングが乱れる。たたひたすらロボットになって戦う。
![ウエットは恐怖である。だがそのウエットを期待しているドライバーもいる。](/pages/contents/jp/blogcolumn/column/images/221/15.jpg)
ウエットは恐怖である。だがそのウエットを期待しているドライバーもいる。
キノシタの近況
6月16日土曜日(21時〜23時)と17日日曜日(20時30〜23時)に「ル・マン24時間」のパブリックビューイングに出演します。場所は東京・台場のMEGA WEB。トヨタ悲願の優勝なるか。その瞬間を共有しましょう。MCは今井優杏さん。土曜日はモータージャーナリストの梅原康之さんと、日曜日は福山英朗さんと国本雄資君。ワイワイガヤガヤやりましょう。