レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

299LAP2021.9.9

大革新の新時代サーキット誕生

F1第13戦がオランダ・ザントフォールトで開催された。先週末9月3日のことだ。
オランダでの開催は、なんと36年ぶりだという。とりもなおさず、その原動力になったのはオランダ国籍であるマックス・フェルスタッペンの活躍だろう。ルイス・ハミルトンとチャンピオン争いを繰り広げており、シーソーゲームの最中のオランダでの凱旋レースになる。英雄を自国で…の思いであろう。それに呼応して、サーキットが新たに作り替えられた。レイアウトには過去の面影を残すが、斬新なコーナーが増えた。なぜならば…。かつてザントフォールトでのレース経験のある木下隆之が語る。

ドライバーの順応性が試される

僕がザントフォールト詣をしていたのは2009年頃。当時トーヨータイヤは世界のGT耐久レースプロジェクトを進めており、まずは欧州遠征の皮切りにザントフォールトを選んだ。コンビを組んだチーム・ラマティンクがオランダをベースに活動していたこともあり、「テストをするならばザントフォールトが適している」というアドバイスがあったのだと思う。
僕ら日本人にとって、ザントフォールトは耳馴染みが薄い。欧州遠征のテストフィールドとしてまず頭に浮かぶのは、ニュルブルクリンクでありシルバーストーンであり、イモラである。ザントフォールトでは1948年から1985年まで34回もF1を開催されていたとはいえ、ジム・クラークが4回の優勝に輝いていた時代のことだ。最後の勝者はニキ・ラウダである。伝統的なサーキットであることは理解できるのだが、まさかトーヨータイヤ欧州制覇プロジェクトのシェイクダウンがオランダのザントフォールトで行われるなど、僕は夢にも思わなかった。

現地に到着してみて、タイヤテストに最適であることが理解できた。コースがあまりにも過激だったのである。
コース距離は一周約4kmと、それほど長くはない。だが、左右に連続してコーナーが続いているばかりか、アップダウンが目まぐるしく続く。コーナーの大半は先の見通せないブラインドコーナーである。しかも、コーナーは激しくカントがついている。イン側に向かって強く傾斜しているのだ。左右のコーナーが連続しており、そのコーナーがそれぞれイン側に向かって傾斜しているということは、つまりコーナーとコーナーの繋がりが複雑にうねっていることになる。それはジェットコースターのようでもあるから、縦Gが襲いかかる。怒り狂う大蛇のようでもある。

さらには、サーキットそのものが黒海に面しており、メインストレートは観光ビーチと並行しているのだ。絶えず海風がサーキットに吹き込んでいる。コース上には常に砂が浮いており、滑りやすい。
特に僕を悩ませたのは、満足にブレーキングさせてくれないことだ。ブレーキングゾーンは前述のようにカントしている。しかも洗濯板のように路面が荒い。しかも砂が浮いているのだから、直線的でさえ満足に減速できないのだ。何度もコースアウトしかけた記憶がある。
僕は常々ドイツのニュルブルクリンクこそ世界一過激なコースと表現しているが、コーナーだけを切り取れば、ザントフォールトこそが世界一過激だと言える。

36年ぶりにザントフォールトでF1が開催される。その決定を耳にしたとき僕は、何かの間違いか、興味本位のフェイクニュースだと思った。とても近代的なF1が走れるコースではないと思ったからだ。
だが、そのニュースはフェイクでも誤報でもなかった。コースは近代的に改修され、新しいサーキットに生まれ変わったのである。そして熱いレースが開催されたというわけだ。

僕はザントフォールトが新たに改修され、近代的に生まれ変わることに二つの思いを抱いていた。一つは、あの大蛇が暴れるような過激なコースレイアウトが改められ、凡庸なサーキットに成り下がってしまうのではないかという心配である。その一方で、新たな発想と施策によって、僕をアッと驚かすようなコースに変身するのではないかという期待である。そして前者は杞憂に終わり、後者は期待を上回った。
コースレイアウトはほとんど踏襲された。その上で、新たなアイデアが余すことなく注がれたのだ。

サーキット設計企業ドローモのプロジェクトリーダー、ヤルノ・ザフェリ氏は、「勇敢なドライバーが勝利することになるだろう」と語っている。それは厳しくバンクするコーナーレイアウトに表現されていた。そもそもカントの厳しいコーナーが連続する上に、さらにバンク傾斜角がきつくなった。最大傾斜角度は18度だという。ツインリングもてぎのオーバルコースや、デイトナ500の最大傾斜角は10度である。その倍以上の傾斜がドライバーを待ち受けているのだ。
18度の傾斜をもつ最終コーナーは、オーバルコースであるインディ500のウイナー、アリー・ルイエンダイクの名を冠している。意識しての欧米ミックス型サーキットなのである。

おのずとコーナーリング速度は高くなる。高い横Gだけでなく、驚くほどの縦Gが襲いかかる。日頃から縦Gに慣れていないF1ドライバーがどう挑むのか興味深かった。
バンク角度のメリットは、コーナーリング速度とトライバーへの負荷を高めるだけではない。パッシングシーンを演出するのだ。
かつて僕もこのコラムで指摘しているが、欧州型のコーナーレイアウトはレースを隊列パレードにしがちな負の傾向にある。一方のアメリカ型オーバルコースは、コーナー入り口でインをキープしたからといっても勝負あったというわけではなく、複数台が並走して先陣を争うことができる。だから、一刻も早くバンク傾斜角度を強めるべきだと提案したことがある。その思いが、ザントフォールトで形になったことは喜びだった。

ヤルノ・ザフェリ氏は、追い越しが容易になるだろうとも予想している。ザントフォールトは道幅が狭く、タイトコーナーが連続していることを理由に、パッシングシーンが少なかった。抜きつ抜かれつのつばぜり合いは少なく、ドライビングミスによるスピンやコースアウトで決着することが多かったのだ。それを改善したという。

興味深かったのは、「コース順応性の高い勇敢なドライバーが勝者になる」と口にしたことだ。新しいコースだから、シミュレーターにデータがない。データは大切に保管していると口にしていた。つまり、ほとんどのドライバーが初走行であり、事前のシミュレタートレーニングができない。いきなりの走行で速く走れるドライバーにチャンスがある。

久しく世界の主要サーキットのデザインは、へルマン・ティルケが担ってきた。セパンやバーレーンや上海や、日本の富士スピードウェイもティルケの筆による。

広いロングストレートがあり、それに続くコーナーは狭くタイトで複雑に曲がり込んでいる。富士スピードウェイ後半の3セクターがその象徴である。だが、このスタイルは定番になるのかもしれない。

結果はご承知の通りだ。誤算だったのは、ザントフォールトの走行経験が豊富なドライバーが勝利したことだ。シミュレーションを封じるという、ある意味デザイナーの狙いだったのかもしれないが、ともあれ、興奮のレースであったことに疑いはない。

キノシタの近況

パラリンピック・オリンピックが終了した。見応えのある競技に興奮が隠せなかった。ちなみに、最終競技はマラソンだ。皇居を周遊する内堀通りには、ランナーの走りを導くガイドラインが記されている。閉幕後もこのガイドラインは、モニュメントとして残して欲しいと思う。

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