レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

302LAP2021.10.28

レクサスとエアレースの関係

2021年10月某日、レクサスは株式会社パスファインダーとチームパートナーシップ契約を締結すると発表した。パスファインダーは、エアレースパイロットの室屋義秀選手が代表を務める会社である。つまり、陸で存在感を誇るレクサスが、空のモータースポーツに進出するのだ。室屋選手とも親交が深い木下隆之が語る。

室屋選手との関係

レクサスがエアレースパイロット室屋義秀選手とパートナースポンサー契約を締結したのは2016年のことだ。当時、「レッドブルエアレース」が世界転戦形式で開催されており、そこに日本人でただひとり、室屋選手が参戦した。
千葉県幕張で日本大会が開催されており、高い旋回技術を持つ室屋選手が優勝。僕はそのプロジェクトに深く携わっていてこともあり、現地でそのレースを観戦している。
その後もレクサスと室屋選手との関係は続き、2021年の今年、両者はさらなるステップに進んだのである。

エアレースはいわば「空中のF1」と言われるほどの高速競技である。高度なテクニックが要求されるのはもちろん、パイロットの身体にも強烈な負担がかかる。
ただし、F1のように数機が先陣を争うのではなく、順番に定められたコースに挑み、そのタイムを競う。だから「空中のジムカーナ」と呼ぶのが正解のような気がする。
海上に(一般的には海上にコースが設置されビーチから観戦する)高さ数十メートルのパイロンが浮かべられ、そのパイロンの間を縫うように飛行する。最高速度は約300km/h、コースは一般的に20秒から30秒でスタート&ゴールできるように設定される。空中で宙返りをするセクションがあったり、水平飛行では翼がパイロンに触れてしまうセクションもある。急旋回したり垂直飛行したり、あるいは斜めになったり反転したりと、曲芸飛行のようなのだ。

機体とパイロットに加わる最大Gは10Gにも及ぶ。というより、急旋回時には10Gを超えるストレスがパイロットに加わることもあり、危険であることから、10Gを超えての急旋回は禁止されている。そのギリギリをコントロールするのだ。
室屋選手は、このギリギリの10G寸前の旋回に長けている。宙返りが最大の武器なのだ。

ちなみに、僕もエアレース用の機体を操縦した経験がある。テケテケと遊覧飛行のように穏やかな1Gほどの旋回でも、首や腰に強い負担が襲った。脳内の血液が偏り、視界がぼんやりと薄れていくばかりか、頸椎や脊髄が粉々になりそうになったほどである。その意味では「三次元のF1」と表現するのが適切であろう。

そんな「三次元のF1」をレクサスがサポートするのは、単純な宣伝効果を狙ったものではない。室屋選手とレクサスとの契約当初は、セレブ感漂うイベントとレクサスの顧客との親和性を狙っていたが、翌年の2017年には、互いに技術研鑽を開始した。機体の操縦桿にレクサスの感性部分の技術を盛り込んだ「操縦桿グリップ」を組み込み、あるいは空力解析することで「新ターン」を開発するなど、航空技術とクルマを一つの思想で繋げたのである。

操縦は簡単である

誤解を承知で言うならば、エアレースの操縦はとても簡単である。自動車のサイドブレーキのようなレバーがスロットル、それによって速度をコントロール。股の下から伸びる操縦桿を右に倒せば右旋回、左に倒せば左旋回、手前に引けばバク転の要領で旋回、前方に倒せば前のめりになる。一言で説明するならばそれだけである。
離陸はそれほど困難ではなく、いったん上空に飛び立ってしまえば、障害物はないから、自由に空中回転することも容易なのだ。実際に、セスナの操縦を何度か経験したことがあるだけの僕が、360度空中旋回できたことで理解してくれるはずだ。もちろん、着陸がとても難しいことは想像の通りだ。
ただし、競技でそれをやるのは別の話である。F1にはアクセルとブレーキとハンドルしかなく、だから操縦は簡単だと口にしているのと同意で、実際に限界ギリギリに挑むのは困難である。エアレースに参戦しているパイロットの多くは軍人上がりであり、戦闘機で訓練を受けた経験者で占められている。コンマ1秒以下の判断や、コンマ1ミリの精度で操縦するのだからこれはもうアクロバティックな世界である。

そんな世界で戦う室屋選手とのパートナーシップは、レクサスの技術的なトライでもある。過酷なエアレースで得られる空力、冷却、軽量化の技術を、カーボンニュートラルに向けたレクサスのクルマ作りに生かすことが狙いなのである。

そう思えば、レクサスのエアレース進出の意味に納得する。F1マシンは誰にでもドライブ可能な代物ではないが、空力、冷却、軽量化などは市販車へ直結する技術。同様に、空を舞う機体からも有用なノウハウが得られるのである。
瞬間的に正確な操作は、地上を走る市販車も同様に求められる。そのための感性的な作り込みにも親和性があるのだ。
レクサスは新たに空の世界にも目を向けた。ともすれば突飛な発想であるものの、至極当たり前のプロジェクトなのかもしれない。

キノシタの近況

空のF1とは全く速度感が異なるが、ランドクルーザーでのクロスカントリーはそれはそれで難しい。マシンを操る喜びは、速度とは無縁なのである。

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