326LAP2022.10.26
モータースポーツから見る国民性
2022年のF1ワールドチャンピオンに、M・フェルスタッペンが輝いた。2年連続の王者である。昨年の最終戦では逆転王者獲得劇を繰り広げたが、今年は圧勝した。
それにしても印象的だったのは、M・フェルスタッペンの母国で開催されたオランダグランプリの熱狂ぶりである。コースを取り巻くスタンドのほとんどは、オランダカラーのオレンジに染まった。海外レースの参戦経験が多い木下隆之が、モータースポーツから感じた国民性を語る。
オレンジ一色に染めあげられた
それにしても、F1オランダグランプリの熱狂ぶりは凄まじかった。オランダ人初のF1ワールドチャンピオンである、M・フェルスタッペンの人気は圧倒的だ。国民的スターを一目見ようと、30万人を超す観客が集まった。
特に印象的なのは、その応援スタイルである。観客席は、オランダのナショナルカラーであるオレンジ一色に染め上げられた。M・フェルスタッペンが所属するレッドブルのユニフォームを纏ったファンよりも、独自にこしらえたオレンジの衣装が多い。ファンたちはオレンジの旗を振り、オレンジの発煙筒を焚き、それをコース内に投げ込んだ。度々走行が中断したほどだ。
観客席の映像では、ビールジョッキ片手の応援団が目についた。ほとんどが酔客のように映る。オランダは、世界でも有数のダンス王国であり、ヒップホップも盛んだという。アルコールの酔いも重なって、奇声を上げながらダンスをする観客がほとんどだ。M・フェルスタッペンが目の前を通過するときはもちろんのこと、走行のない時間帯でも立って踊る。その旺盛な体力には驚くばかりである。
そして、やや過激なところもある。投げ込まれた発煙筒の煙で、視界がさえぎられる。主催者は発煙等の使用を控えるように通達したというが、その効果があったからその程度で済んだのか、もしくはまったく効果がなかったのか。ともあれ、F1サーカスでコース上に物が投げ込まれるのはオランダ以外にはそうそう見ることがない。
熱狂的なティフォシ
イタリアのフェラーリ愛もヒートアップした。そもそも熱狂的な民族であり、クルマに対する愛情が桁外れに強いことは有名だ。それを表すかのように観客席はフェラーリレッド一色に染まる。
応援がエスカレートして、M・フェルスタッペンへのブーイングが巻き起こったことには驚かされた。M・フェルスタッペンは選手権をリードしており、フェラーリのエース、C・ルクレールにポイントで大差をつけていた。ティフォシと呼ばれるフェラーリファンにとって、M・フェルスタッペンは宿敵であり目の上のたんこぶだ。M・フェルスタッペンさえいなければ…の思いが強い。とはいえ、M・フェルスタッペンが走行を始めると、あるいは勝利が確定した瞬間に、観客席からブーイングが起こるなどレース界では稀である。
エンターテインメントのプロレスや、フーリガンが常態化しているサッカーなどでは敵チームへ浴びせる罵声は少なくないが、紳士のスポーツであるモータースポーツ界でのブーイングは衝撃的だった。
F1ドライバーの最終的な目標は、フェラーリドライバーになることだという。母国イタリア人がフェラーリドライバーになることを希望するのは、想像に難くない。イタリア人ではなくとも、多くのF1パイロットがフェラーリドライバーを夢見る。
ドイツの皇帝M・シューマッハ、S・ベッテルも、F1では赤い跳ね馬のスーツを着た。母国愛が強いはずのフランス人、A・プロストも跳ね馬を駆った。ブラジル人のF・マッサ、R・バリチェロ、フィンランド人のK・ライコネン…。挙げればキリがない。それほど多くのドライバーが、F1の最終目標をフェラーリだと口にする。
だが、憧れのフェラーリドライバーが背負う重圧は凄まじいという。勝てなければ容赦なく叩かれる。ゴシップ誌にはプライベートまで丸裸にされる。フェラーリ愛の代償はけして平穏ではないと聞く。それを思えばM・フェルスタッペンへのブーイングなど、日常のたわいないことなのかもしれない。
国民性が露わになる
僕はたびたび海外でレースをする。特にドイツが多い。ニュルブルクリンクの観客は、ドライバーに対しては基本的に好意的だ。
ドイツ人には、自動車産業に対する自負がある。BMWやメルセデス・ベンツやアウディの国である。世界最高峰のスポーツカー、ポルシェを生み出した国である。M・シューマッハやS・ベッテル、N・ロズベルグなど、多くのF1チャンピオンを生み出した国である。しかも、ドイツには速度無制限のアウトバーンがある。
そもそも自尊心が強い国民性でありながら、モータースポーツへの貢献度は高い。自国への愛はただならぬものがある。世界一の自動車王国であり、世界一モータースポーツに長けているのだと信じて疑わない節がある。
ただ、だからと言ってあからさまに外国人ドライバーに罵声を浴びせることはない。本心では母国愛が強くても、振る舞いは紳士的なのだ。
ニュルブルクリンク24時間レースには、20万人を超えるキャンパーが集結する。走行の合間には、コースが開放される。路面には夥しい落書きが記されていることでも有名だ。ひとたびレースが再開されると、観客たちは潮が引くようにコース外に戻ってレースを邪魔することはない。
ドイツは世界でも有数のビール消費量を誇る。しかも夜を徹しての24時間レースである。キャンプ感覚でレースを観戦する。走行をしていても、アルコールの匂いを感じるほどだ。
だからヒートアップした観客は音楽を大音量で響かせ、花火を打ち上げる。お祭り気分なのだ。だが、オランダGPのように発煙筒をコース内に投げ込むようなマナーの悪さはない。その点では、いたって紳士的なのだ。
今年のニュルブルクリンク24時間レースで、僕はスタートドライバーを担当した。いつものようにフォーメーションラップに進んで驚かされたのは、観客がコースサイドを埋め尽くしていたことである。フェンスを越えてコース内に侵入していたのだ。
ただしそれは、乱入していたのではない。主催者が開放したのだ。
しかも驚きは、アスファルトのコースには誰一人して一歩も足を踏み入れていないことだ。コースオフエリア、つまり、芝生や砂利の部分にしか踏み入れていないのだ。だからフォーメンションラップには支障がない。
しかも、コース内で僕らを取り囲んだ観客は、レーススタートが迫ってくるやいなやコース外に退散するのである。レースは完璧な形でスタートが切られた。この秩序の守り方には感心する。
これが他の国々だったらどうなっていただろう?
アジアはアジアらしく…
微笑みの国タイの国民は総じて優しい。特に日本人へのリスペクトは強いと聞く。実際にタイのチームに招かれてレースをした時にも、何ひとつ不自由なく、丁寧に対応してくれた。
タイ人にとっての日本人は、経済的にも自動車産業的にもアジアの勇だという認識だという。仏教国だとの思いも共通するらしい。隣国マレーシアやインドネシアにはただならぬライバル心があるというが、日本人には好意的だった。
そもそもタイのモータースポーツは、日本でのそれよりもイメージがいい。有名なレーシングドライバーは国民的な人気があるという。頻繁にテレビ出演がある。アイドル並みの人気レーサーもいるという。
中国の観客は特異である。モータースポーツに対してはことさら特別視しているようで、憧れの存在ではあるようだ。
だが観客のマナーが異質である。欧米のように奇声をあげることはなく、いたずらに騒ぎ立てることもない。ほとんど無言で整然と応援する。ただ、静かにレースを観戦している様子からはモータースポーツ愛は感じられないのだが、それが中国人スタイルだという。上海の友人がそう教えてくれた。
誇らしき日本
3年ぶりのF1日本グランプリを待ち焦がれた人は多かった。鈴鹿サーキットには、熱狂的な観客が集結した。
スタンドを埋め尽くす観客席をとらえた映像からの印象も、日本人特有のもののように感じた。子供の数が多い。つまりそれは家族連れである。ビールを浴びて発炎筒を焚くのとは異なり、整然と静かに熱狂している…といった雰囲気だった。
それぞれが趣向を凝らした衣装なり応援グッズを纏っていたのも微笑ましかった。流行りはかぶり物のようだ。キャップにレーシングマシンのウイングを取り付け、それをDRSのように開閉できるようにするという凝った細工も良かった。
まるまる全身をご贔屓のドライバーに似せてレーシングスーツを着る。ヘルメットを被ったままの観客もカメラに抜かれていた。まるで「ものづくり日本」を象徴するかのようだったのだ。
もちろん紳士的な応援スタイルである。レースはあいにくの雨に祟られ、氷雨の中2時間以上も待たされるという酷な状態だったが、いつ始まるともわからず、場合によってはレース中止もあり得る状況でも、暴動のような素振りはまったくなかった。紳士的な国日本を世界にアピールしたことだろう。
モータースポーツで世界を転戦すると、それぞれの国民性を知ることができる。そう、さまざまな国で人気があるモータースポーツが誇らしい。
キノシタの近況
NLS第8戦、ニュルブルクリンク4時間耐久レースに参戦した。トーヨータイヤが走らせるGRスープラGT4のステアリングを握ったのだ。成績は・・・。マシンの性能の高さを確認したのである。