レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

340LAP2023.05.24

「アクションカメラが起こした革命」

モータースポーツの魅力を、いかに多くのファンの方々に伝えるか…。これは、木下隆之をはじめとするメディア関係者の永遠のテーマかもしれない。
活字による情報の伝達は、古くから重要視されていた。さらに、映像機材の発達により、より深くモータースポーツをリアルに伝える術を得た。特に高性能な小型のアクションカメラの出現は、映像にモータースポーツの臨場感を盛り込むことに成功している。  F1やWRCでは、世界中から選ばれたほんの一握りのドライバーしか見ることのできないコース上での様々なアクションを、画面を通じて観ることができる。これはもう革命と言っていいだろう。
これまで戦う立場とメディアの立場を両立してきた木下隆之が、報道の進化を語る。

より小型化されたカメラが見たものは…

最近のF1は、アクションカメラを積極的に活用しているように思う。
マシンに組み付けられたカメラの映像は、リアルタイムで世界に配信される。あたかもドライバーになった気分で、レース中の出来事を体感できる。
カメラはレース中の出来事だけを捉えるのではなく、アングルを変えるだけで、絶えず上下動するサスペンションの動きや、風を受けてしなるウイングの角度すらも確認できるようになった。
最近では、レース中のタイヤコンディションの変化、トレッド表面の損傷具合をも確認できるほどに鮮明だ。
「グレイニングが発生していますね」
「これはもう、相当にグリップダウンしていますよ」
「特にアウト側の損傷が激しいので、ハンドルを切った時に厳しいですね」
繊細なドライバーが感じるよりも早く正確に、テレビの前のファンが確認できるのだ。

数年前のF1でのこと。とあるチームのウイングが規則に反しているのではないかという嫌疑がかけられた。速度が高まるとウイングの角度がフラットになり、空気抵抗を減らす。減速すると、角度が増すことでダウンフォースを生む。F1では走行中のアクティブな空力調整は禁止されている。そんなチームの極秘を、アクションカメラにより白日の元に晒されてしまったのだ。
これまでは、走行中の微細な変化を他のチームが確認することなどできなかった。だが、アクションカメラの映像が、そんなわずかな動きも露わにしてしまうのである。

さらに最近は、「ドライバーズアイ」というシステムが浸透しつつある。インカー映像がマシンに取り付けたカメラが捉えたものであるのに対してドライバーズアイは、その名から想像できるように、ドライバーの視線に近い映像を届けようというものだ。
ヘルメットに取り付けたアクションカメラが撮影することで、つまり、ドライバーが首を傾ければカメラも傾く、ドライバーが首を捻って再度ミラーを確認すれば、カメラアングルも追従する。ドライバーがその瞬間に、どこに視線を送っているかでさえも分かる。これほどの臨場感はない。

レーシングマシンのサスペンションは相対的に硬いから、マシンは小刻みに跳ねる。ヘルメットに組み付けられたカメラも同様に、激しく跳ねる。
人間の脳はとても高性能だのようで、瞳が捉えた映像のブレを補正する機能がある。実際にドライバーの脳が認識した映像はあれほど荒れているわけではないのだが、臨場感という点では歓迎できる。

インカー映像やドライバーズアイが進行方向正面を報道しているのに対して、逆向きにカメラを設置することでドライバーの表情を捕捉することもできる。
不幸なことにF1パイロットは瞳の見えないバイザーを装着しているから、視線は判断できない。エンターテインメント性に進化的なF1では、いずれクリアバイザーの装着が義務化されることだろう。そうなれば、ドライバーの苦悩や喜びや、あるいは恐怖に歪む表情や怒りの感情が、ライブ感を伴って知ることができるようになるに違いない。

巨大なカメラを背負っていた

もうすでに30数年前のことになるのだが、僕がF3ドライバー時代に、レーシングドライバーを主人公にした映画の吹き替えドライバーを担当したことがある。
稲垣潤一主演、永島敏行、名取裕子、田中美佐子、織田裕二など豪華な出演陣の、1987年公開の「愛はクロスオーバー」である。
真夏の仙台ハイランドのロケでは、僕がドライブするF3マシンのフロントカウルを取り外し、太い角材で櫓を組んだ。建築現場の足組のような角材をジャングルジムのように張り巡らせ、そこに数十kgはあろうかという本格的な、テレビスタジオにあるような大きなカメラを載せる。アクションカメラがない時代は、そうしてライブ感ある撮影をしていたのだ。

F3マシンのフロントにそんな大きなカメラを組み付けるのだから、当然マシンは満足に走らない。万が一の脱落を心配して速度は50km/hに抑えられた。50km/hでフォーミュラーマシンがバトルをする…という、今ではちょっと滑稽に思える映像なのはご愛嬌だが、それでも当時としては画期的なシステムだった。今だったら複数のアクションカメラを組み込んで、300km/h級の迫力の撮影ができるというのだから、カメラの進歩は大いに歓迎できる。

ただ、アクションカメラがモータースポーツの報道の方法を画期的に変えたものの、まだまだ障害がある。撮影そのものが簡単になったことで、レースというエンターテインメント的コンテンツが安易に流失してしまうことだ。
今では、誰もが所有しているスマホの高性能カメラで撮影した映像が、すぐにネット上に公開されてしまう、リアルタイムで世界に配信することも可能で、伝統的に主催団体が有する権利、放映権が侵害されてしまう。それを嫌って主催者は、許可なくインカー映像を配信することを禁じている。
主催団体は放映権を、放映権料の見返りとしてエンターテインメント会社に譲渡している。だというのに、勝手にアクションカメラの映像を垂れ流しされてしまっては、放送権料が得られないから困る、というわけだ。

スバルの取り組みは歓迎したい

僕がいつも感心しているのは、スバルの取り組みである。
たとえばスーパーGT。「SUBARU On-Tube」では、孤軍奮闘しているスバルBRZに搭載したインカーカメラの映像をリアルに流している。
特設スタジオにはMCと解説者がいて、ピットにはカメラクルーを配置している。マシンにはアクションカメラが組み込まれており、その映像がスタート前からゴールまでほとんど途切れることなく配信されているのだ。
スタートドライバーが乗り込む仕草、スタート進行に合わせたエンジンスタートの手順、フォーメーションラップでのタイヤ発熱のためのアクション、もちろんスタート直後の混乱、激しいバトル、感動のゴールシーン…。すべてを隠すことなく配信してくれている。これには興奮する。

スバルは、こうしたメディア活用には抜群のセンスを発揮する。継続的に参戦しているニュルブルクリンク24時間の配信にも積極的である。報道番組らしい体裁を整えながらも、一方でピットに設置したカメラの映像を24時間途切れることなく配信してもいる。ただピットで作業するスタッフの動きだけを追っている映像だが、現地に足を運べないファンを共に闘う気分にさせてくれるのだ。

もちろん放映に関する権利を得てのことだが、スーパーGTやニュルブルクリンクに参戦しているスバル車は一台のみであり、無尽蔵な広報予算があるわけではないだろう。だが、ファンに寄り添う配信姿勢には感動する。

実は、僕はスーパーGT開催後にレースを振り返るために、「SUBARU On-Tube」をメインに鑑賞している。事務所に備えた三画面モニターのうち、メインモニターに「SUBARU On-Tube」を映し、サブモニターで音声をミュートにしたJスポーツで大まかなレース展開を確認する。さらにもう一枚の画面にはラップチャートを流す。それが、僕がもっともレースを詳しく知るシステムなのだ。

Jスポーツがメインに報道するのは各クラスのバトルにフィーチャーした映像であり、スーパーGTの激しさを知るには最高のコンテンツであろう。だが、トップ争いから離れたマシンの状況も知りたい。スバルBRZのインカー映像は、スバルチームの健闘ぶりだけではなく、いわばコース上の走るカメラとして周囲の展開を知ることも可能なのだ。次々にパスしていくGT500の感覚、順位、挙動…。実に参考になる。
一挙手一投足が晒されているドライバーの山内英輝と井口卓人は気恥ずかしいだろうが、それでも応援してくれている人のために配信を承諾してくれている。こんな姿勢が愛されている理由だろう。

技術の進歩は止まることを知らない。年を追うごとにカメラは小型化され解像度を増し、よりリアルにモータースポーツの形態を変えていくに違いない。
近い将来、自宅のソファーがバケットシートに座っているかのように動き、画面には全方位的にリアル映像が届けられる。そんなドライバーの感覚を疑似体感できる時代が来るに違いない。

キノシタの近況

 トーヨータイヤを履くGRスープラGT4でのニュルブルクリンク24時間は、近年稀に見るハイスピードでしたね。タイヤがグリップしていたので、自己最多周回数を記録。それでもクラス5位なのは、M4GT4とアストンマーチン・ヴァンテージGT4が速すぎたからだ。
凄く疲れたけれど、内容の濃いレースでした。

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