レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

344LAP2023.07.20

「F1電撃解雇劇に思う、ドライバー解雇について…」

プロスポーツ選手にとっての非情な解雇は、古今東西、枚挙にいとまがない。チームに所属していたとしても、その空間は生涯約束されたものではなく、選手は実力が証明できなければ、もしくは雇用主が選手の実力を見抜けなかった場合には、解雇を宣告されることも少なくない。これまで、多くの解雇宣告されたドライバーを見てきた木下隆之が語る。

突然の解雇宣告

「アルファタウリF1チームがニック・デ・フリースを解雇」
このニュースを耳にしたときに、あまりにも突然の決断に驚きを隠せなかった。その一方で、予想通りに感じたのも本心だ。
デ・フリースは、2023年から角田裕樹のチームメイトとしてアルファタウリF1に加わった。これまで10戦を戦ってきた。だが、期待されたほどの速さを見せつけることができなかった。解雇を宣告したのは、レッドブル系ドライバーのマネージメントをするヘルムート・マルコ。彼の言葉によると「ニックは角田より、全てのレースで0.3秒遅かった」と解雇の理由を口にしているそうだ。
F1参戦3年目になる角田は、今年になって目覚ましい進歩を遂げたように思う。僕はすべてのレースを金曜のフリープラクティス1からテレビ放映を通じて観戦しているし、各方面にアンテナを張っているつもりだ。とはいえ、現地に足を運んでいるわけではなく、関係者から生の声を聞いたわけでもない。だから、あくまで報道されている情報と、グローバル配信されるラップチャートなどからの判断にはなるのだが、確かにエースドライバーとしての速さと安定感を身につけ始めていると思う。
その角田と比較すると、デ・フリースは多くの場面で角田に劣っているし、決勝の順位も低い。開幕からイギリスGPまでの10戦で、チームにポイントをもたらしたのは角田の2ポイントだけで、デ・フリースはいまだに0ポイントだ。“今の”角田と“今の”デ・フリースを比較すれば、確かにデ・フリースは結果を残しているとは思えないのだ。

ただし、それは“今の”という注釈付きでの話だ。初年度の角田は、チームメイトよりも多くの点で負けていた。クラッシュが多く、レース中に激昂して声を荒らげてチームへの不満を叫ぶことも少なくなかった。ドライバーとしての将来性に疑問を感じたのも事実だ。だが、3年間F1を続けることで彼は成長したように思う。だとすれば、デ・フリースにも、3年間の猶予を与えてもいいような気もする。

とはいうものの、レースの世界がそれほど甘くはないことも承知している。多額のスポンサーマネーが動き、世界各国が注目しているのがF1である。世界最高峰のモータースポーツであることに疑いはないだろう。世界各国のレーシングドライバーが一度はF1を目指すに違いない。しかもドライバーに与えられたシートは、2023年現在で“20”だ。たったの20席である。その椅子を巡って熾烈な競争が繰り広げられており、戦いに勝ち残ったドライバーだけが得られるシートなのだ。だが、それはまだトップ20になったにすぎず、その先にはさらに19名の猛者を駆逐せねばならない。デ・フリースは世界のトップ20にはなったが、頂点を目指せるドライバーではないと判断されたわけだ。

非情の世界

デ・フリースには、いくつかの不運が重なったのだと思う。
まず、前評判が驚くほど良かったことだ。彼は、F1の下部組織であるF2でチャンピオンを獲得した。だが、そのままF1に昇格することができなかった。その代わりにフォーミュラEに参戦。そこでもいきなりチャンピオンを獲得。デ・フリースの評判は一気に高まった。F1界がデ・フリース獲得に動き出す。

しかも、コロナ感染で出場資格を失ったアレキサンダー・アルボンの代役として参戦した昨年のイタリアGPで、デビューレースにもかかわらず、9位入賞を果たした。戦闘力の劣るウイリアムズでのポイント獲得は、とてつもない衝撃だったのだ。
そんなデ・フリースに、F1界は獲得に動いた。見事、彼との交渉権を得たのはレッドブルのジュニアチーム、アルファタウリだ。これほど速いのだから、おそらく角田を簡単に負かしてしまうに違いない。関係者の多くがそう思ったはずだ。だが、そうはならなかったというわけだ。

しかも、彼が不運だったのは、デ・フリースであったことだ。アルファタウリは、レッドブルのシートに収まるべきドライバーの発掘を担っている。後半で紹介するが、ピエール・ガスリーやアレキサンダー・アルボンは、ジュニアチームでの実力が認められ、トップチームのシートを得ている。つまり、デ・フリースに与えられたシートは、角田に勝てば納得できるのではなく、マックス・フェルスタッペンと互角に勝負できるドライバーである必要があったのだ。
レッドブルのジュニアチームであったことは、別の意味では幸運であろう。アルファタウリで活躍すれば、トップチームへの移籍の道が整っているのだから。角田より速く走りさえすれば、世界チャンピオンを輩出している最強マシンが与えられるのだから。これほど幸運な環境はないだろう。だからこそ、冷徹な解雇宣告である。

ヘルムート・マルコは、10戦を戦うあいだに進歩が感じられなかったことも、解雇の理由にしているという。アルファタウリでF1デビューして3年目の角田と横比較するのは酷かもしれないが、それでも確実にその差を縮めていく、あるいは時には目の覚めるような速さを披露する。それは関係者によっては「将来性」となって映る。
だがデ・フリースは、安定して角田より遅かった。あくまで想像でしかないのだが、それはもしかしたらデ・フリースがこれまで数々のチャンピオンを獲得してきており、しかも28歳になっていた。まだまだ速さが陰る年齢ではないが、逆にいえばすでにドライバーとして完成されてしまっていたからなのかもしれない。
F1のコクピットは世界のトップ20名にしか与えられない栄光のポジションだが、それはまだ世界一を目指す権利を得ただけだとも言える。世界チャンピオンになる資格があるのか否かが試されるオーディションという性格でもあるのだ。だが、仮にポイントランキングが最下位であっても、将来性がきらりと見え隠れしていたのであれば解雇にはならなかっただろう、そう、彼はすでに成熟し過ぎていたのだ。

デ・フリースがF2チャンピオンを獲得した翌年にF1に乗っていれば、まったく違ったレーシングドライバー人生になっていたかもしれない。
だが、モータースポーツ界は複雑なパズルを埋めるようなゲームであり、実力だけではそのピースははまらない。金、コネ、運。すべてがパチンとはまる瞬間が自らの絶頂期と重なったドライバーだけが、世界の頂点に立てるのだと思う。酷な世界である。

レースはF1だけがすべてではない

それは今、デ・フリースが思い描いていたドライバーストーリーとはちょっと違っていただけなのだと思う。極東の島国の僕のことなど彼は知るよしもないし、そんな僕だから慰める気もないし、それほど彼のことを知っているわけではない。だけど、次にはまた明るいドライバー人生が待っているのだと思う。

今回のデ・フリースと同じレッドブル系チームの騒動を引き合いに出すのならば、ピエール・ガスリーの浮沈も結果的にはいい方向に進んでいるように思う。
2018年にレッドブルのジュニアチーム的なトロロッソ・ホンダで活躍した彼は、翌年の2019年に優勝を狙えるエースチーム・レッドブルに昇格した。だがそこには最強のフェルスタッペンがいた。彼とのタイム差は明確であり、シーズン終了を待たずベルギーGPでふたたび、二軍扱いのトロロッソに降格させられたのだ。
だが、トロロッソ降格翌年の2020年イタリアGPでは、トロロッソ改アルファタウリとなった中堅チームで優勝を飾っている。
しかもアルファタウリとの決別を選び、2023年の今年はアルピーヌでポイント獲得、シリーズランキングは11位につけている。彼にとって、レッドブルファミリーから離れることが成功の道筋かもしれないのだ。

2019年、ガスリーがレッドブルからトロロッソに降格させられたことで空いたシートには、フォーミュラEに戦いの場を求めていたアレキサンダー・アルボンが収まった。だが、特殊なドライビングスタイルのフェルスタッペン仕様には、ガスリー同様アルボンも馴染むことができず成績は低迷。レッドブルでの生活は1年半で終了。
それからのアルボンもセカンドドライバー契約がせいぜいで、実戦から遠ざかっていた。もう終わったのか。そう評価されてもいた。
ところが、代役としてのスポット参戦で結果を残し、2023年はウィリアムズのエースに昇格。アルファタウリとテール争いをしていたのにもかかわらず、すでに11ポイントを獲得。いまではマシンにさえ恵まれれば、優勝を狙えるドライバーであることを証明した。

そう思い返してみると、最近のレッドブル陣営は非情な人事で話題をさらうことが多い。とはいうものの、冷徹でありドライだからこそ不動のチャンピオンチームに君臨しているのかもしれない。

2021年の最終レースでは、ペレスに強引なブロックをさせてまでしてフェルスタッペンに初のタイルをたぐり寄せた。人間味がなく、ダーティーなチームスタイルだと嫌う人も少なくない。それでもトップ以外は敗者に過ぎないのが、この世界の道理である。

ちなみに、レッドブルから降格させられたガスリーの後任には、セルジオ・ペレスが招聘された。だが、そのペレスもチーム内での立場が危うい。デ・フリース同様に、シーズン途中での解雇も囁かれている。残酷な世界である。

ここでレッドブル陣営の非情な人事を酷評する気はない。これは合法的であり、この世界はそんなものである。たまたまタイミングが悪かっただけかもしれない。他のチームに移籍して花が咲いたドライバーも少なくない。もっといえば、レースはF1だけではないのだ。
F1界と肌が合わずにINDYに戦いの場を移し、そこで開花したドライバーも少なくないし。WECだって、NASCARだって魅力的であろう。DTMもニュルブルクリンクも捨てたものではない。実際にアルボンはF1の出世ルートから一旦はずされたのちにDTMに参戦。そこからまたF1の世界に返り咲いた。そっちの方が稼げるかもしれない。楽しいかもしれない。

デ・フリースの今後の活躍に期待したい。

キノシタの近況

大阪府は豊中市宮山町にある春日神社にお参りに行ってきました。大阪国際(伊丹)空港から近いこともあって、このところ頻繁に参拝する機会に恵まれている。聞けば勝負運にもご利益があるという。これから日参することになりそうです。

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