348LAP2023.09.21
「更なる改革を求め…」
一層複雑化が進んでいるモータースポーツレギュレーションによって、レースのハイテンポ化が損なわれているように感じるという。日増しに規則が複雑になり、たびたびレースが中断する。それが安全性を確保するためだというのならば歓迎できるが、ふと振り返ると、本質を見誤った規則のための規則であることに気づく。世界で戦う木下隆之が、レギュレーションのシンプル化を期待する。
最初にゴールしたものが勝者とは限らない
先日のスーパーGT菅生ラウンドでは、GT300クラスもGT500クラスも同様に、チェッカーフラッグをかいくぐったマシンが、レース後の車検で不正が発覚、失格の裁定を受けたという。
嫌疑は、最低地上高の違反。レギュレーションでは、路面とマシンとのクリアランスが、ある数値を満たすように規定されている。
だが、マシン開発者は、空力的な優位性を得るために、可能なかぎり車高を下げようとする。それはあまりに低いから、走行中の路面と干渉し、マシンの底に貼られている金属のスキッドプレートが削れる。それによって、スタート前には規定の数値を満たしていたにも関わらず、ゴール後に測定すると条件に足らず、車両規定違反の裁定を受けるのだ。
その際、悪意があったのか否かは問われず、無条件に数値だけでジャッジされる。つまり、ライバルよりも有利な条件で走っていたことにより、失格となるのである。
灼熱のバトルを制して、チームスタッフと健闘を讃えあい、テレビインタビューでは喜びの言葉を口にし、応援してくれた観客に手を振る。ポディウムで華やかなシャンパンファイトをする。そんな勝者だけが味わえるセレモニーを終えた数時間後に、あれは不正だったと公表される。なんとも間の抜けた結末に、興醒めするのである。
スーパーGT鈴鹿ラウンドでは、レース後数時間してから正式結果が発表された。トップでチェッカーフラッグを受けたそのマシンが、規則に合致しておらずその優勝は無効だとの嫌疑がかけられた。なぜそれが無効の嫌疑をかけられたのか理解できずにいた。主催者とて規則を把握していなかったのである。それほど規則は複雑化しているということである。
トップでチェッカーフラッグを受けたドライバーが、初優勝を遂げたと聞かされたのは、帰りの新幹線の中だったという。
モータースポーツは、道具を使うスポーツであり、イコールコンディションを保つために厳格な車両規則が定められている。その検査は、ゴール後の再車検で特に厳しく実施されるのが一般的だ。ゴール後の順位は「暫定結果」と呼ばれる。シャンパンファイトも、暫定的なセレモニーなのだ。検査が終わるまでの「車両保管」の最中は、技術委員以外は誰も触れることができず、「正式結果」を持ってレースは正式に終了となる。
規則のための規則は必要か?
そもそも、最低地上高の規定は必要なのだろうか。疑問に思うことも少なくない。
誰よりも速いマシンを開発しようと努力をするのがエンジニアの性であろう。それが職業だといっていい。だから車高を下げることで戦闘力が上がるのであれば、それに挑むのが自然の流れだ。
だが、最低地上高には、これ以上低くしてはならないという規定がある。それはなんのための規定なのであろうか。
「規則のための規則」。そう思えてならない。実際に走行中のスーパーGTマシンは、路面に車体を擦りながら走行をしている。ハードなブレーキングや限界ギリギリのコーナリング中では、車体にはピッチングやローリングのモーメントが発生する。それによって、車体が路面を擦る。派手に火花をキラキラさせているのは、車体が路面と接しているからである。つまり、最低地上高はゼロに近い状態で走行しているのである。
おそらく最低地上高を、停止した状態でゼロにしたのでは不具合もあろう。だから限界がある。最低地上高の規定を撤廃しても、特に大きな問題にならないはずだと思うのである。
だったらそれは、「規則のための規則」だ。
ライブ感をそぐライブ
最近のレースには、レース後の裁定に委ねるシーンが多い。ペナルティによる「ゴール後の+○秒加算」などがその例だ。
「トラックリミット違反」
「ホワイトラインカット」
「接触」
レース中の不正な行為は平等に罰せられるべきであることに異論はないが、チェッカーフラッグが振りおろされた後にたっぷりと時間をかけた審議される正式な裁定は、レースの緊張感とは馴染まない。ゴールした順番がそのまま順位になるようなレース形式に改める必要がある。
すでに本稿でも紹介している「ペナルティラップ」は、グッドアイデアだと思う。ドイツのニュルブルクリンクでは、レース中の違反行為をその場で処理するために、大きく旋回する第2コーナーの外側に、60km/hで走行するペナルティラインが設けられている。
レース後に「○秒加算」などというスローテンポな裁定ではなく、レース中にタイムロスをさせるのである。だから「見た目が順位」というレースの基本が残る。
日本でも、モビリティランドもてぎにはペナルティラインがあり、二輪のレースでは活用されている。だが、四輪で採用されていない。その理由が理解できない。
そもそも、レースは規則が複雑化していないだろうか…と頭を悩ませることがある。僕はレース業界に生きる身として、ルールをシンプルにすることで、観客がわかりやすく、レースのダイナミックさを毀損させないルール作りを模索しているのだ。
コース上の安全を確保するためのFCY(フルコースイエロー)は画期的なシステムだと思う。クラッシュやマシントラブルによりコース上に危険な障害があった場合、FCYを発動することで全車120km/hの走行を強いる。これによって、レスキュー隊の作業を補助する。レースの安全性を担保するものだとして大歓迎だ。SC(セーフティカー)が介入して隊列を整えるよりは、はるかに迅速に安全性を確保できる。
ただし、SC介入とFCY介入の違いを納得している関係者は少ない。FCY介入後にSCオペレーションになることもあれば、ならないこともある。やや魑魅魍魎化している。
「そろそろ、SCになるかもしれないけれど、ならないかもしれない」
レース当事者がわからない規則は規則とは言えないような気がする。
「今日の競技長は、SC好きだからなぁ」
審判団の個性に左右される規則も規則とは言えなうような気がする。
FCYは、画期的なシステムだとは思うものの、頻繁な介入はレースのテンポを阻害する。たとえば、コース上のあるコーナーからはるか離れた場所にトラブル車両が一台いただけで、FCYオペレーションを長々と続ける場面がある。
そのコーナーに軽微な危険があるだけで、そのほかのコースは安全だというのに、フルコースを120km/h走行に規制するのは不自然だ。
ファナテックGTチャレンジは、2名でコンビを組むそれぞれのドライバーが連続運転可能なのは25分から35分に規定されているが(ドライバー1名のエントリーの場合はその限りではない)。それほど短いというのに、FCYが発令され、ほとんど走らずにレースを終えることもあるのだ。
「せっかくエントリーしたのに、走った気がしないよ」
そういって寂しそうに帰路につくドライバーも少なくない。
僕がニュルブルクリンクの好例を紹介すると、気触れていると誤解されることが少なくないのだが、それを承知で伝えるならば、ニュルブルクリンクではFCYが発動することはない。コース距離が25.8kmと長く、ある一箇所のストップ車両のために全コースを120km/hにする理由が見当たらないというのが主催者の見解だ。正論である。
ニュルブルクリンクほど長くはないとはいうものの、あるコーナーにぽつんとトラブルマシンが止まっているだけでFCY発令は滑稽である。
「FCY中は休めるから楽できたわ」
レース後に、そういって笑うドライバーを見たことがある。
トラブル現場以外を担当するオフィシャルも同様の気持ちだろう。
その合間にトイレに立つ観客も少なくない。
レースはもっとシンプルである必要がある。レース関係者のひとりとして、これからさらに改善させていくつもりだ。
キノシタの近況
NLSニュルブルクリンク耐久シリーズも終盤に突入。2戦を残すのみとなった。トーヨータイヤGRスープラGT4は、現在ランキング2位につけている。逆転チャンピオンに向けてラストスパートである。応援よろしくお願いします。