352LAP2023.11.22
「古巣に恩返し。連帯貢献金という制度」
プロスポーツを彩るスター選手は、どのように育ってきたのだろうか。大谷翔平の野球グローブ寄贈に始まって、多くのスタープレーヤーが後進に期待を込める。ベテランになった木下隆之が自嘲を含めて語る。
野球を楽しむために
「大谷翔平が約6万個の野球グローブを、全国の小学校に寄贈」
このニュースを耳にして、「さすが世界の大谷だわ」と感心したのは僕だけではないだろう。さらに、在籍するエンジェルスでFA権を行使し、他球団に移籍するという話題で大リーグは持ちきりである。
移籍金は750億円とも800億円とも噂されている。年棒その他の待遇は非公開だけど、人の財布の中身を知りたいのは人情。しかも、その数字が大きければ大きいほど話題は盛り上がる。というわけで、予想する年棒は天文学的な金額に跳ね上がるのは世の常だ。
現在の年棒が約30億円だというから、大谷翔平が夜寝て朝起きるたびに、つまり一日に800万円ほどを稼ぐ計算だ。
今年の彼は投手として10勝をあげ、打者として44本のホームランを打った。30億円を勝ち星で割ると、1勝=3億円という計算になる。1ゲームで約100球を投げたと仮定しても1球=300万円である。30億円を44本で割ると、ホームラン1本=約6800万円。これはもう人類にとって天文学的な数字だと言っていい。
たいそう性格の悪い僕は、他人の稼ぎに嫉妬深いのである。大谷翔平の年棒を聞いて羨ましがり、こうして日本でセコセコと電卓を叩いて羨ましがり、そんなに稼いでどうするのって妬んでしまうのだ。
それでも大谷翔平には頭が下がる。巷の噂によるとお金に対する執着はないそうで、物欲もない。野球をするために必要な投資以外は慎ましい生活だという。両親も両親で、家をプレゼントしようとしたら、このままで充分だと拒否されたという。
そうそう、その大谷翔平がグローブを寄贈したのは約2万校であり、北海道から沖縄までの全国に渡る。
それぞれに3個ずつを配布。キャッチボールをするには2個でも足りるのに3個にした理由を大谷翔平は、左利き用も含めたとしている。なんという心優しい気配りなのであろうか。「野球しようぜ」とのメッセージが添えられているという。
過去にも大成したスポーツ選手が、母校に金品を寄贈したケースは少なくないが、全国一律3個ずつ、合計6万個とは聞いたことがない。
ふたたびセコい僕は、それは果たしていくらなのだろうかと電卓をカチカチしたくなった。ネットをめぐると一般的な小学生用野球グローブは、1個1万円ほどだそうで、つまり6億円に達するというのだ。
このグローブが多くの野球少年少女を生み出すのだろう。野球界に対する貢献度は計り知れない。
育ててくれた恩返し
サッカー日本代表として活躍する伊東純也の母校、神奈川県立逗葉高校には「JJ食堂」がある。サッカー部員が食事を摂る場所だそうで、伊東純也が高校卒業後に進学した神奈川大学の「神大」と「純也」の頭文字から「JJ食堂」と命名された。
食堂が伊東純也の名を冠することになったのは、その偉業を評価してのことだけではなく、国際サッカー連盟が定めた「連帯貢献金」制度によるという。
国際サッカー連盟は、プロサッカー選手が移籍する場合、移籍先のクラブが優秀な選手を育てたクラブに対して対価を支払うシステムがある。移籍金のうち、12歳から15歳まで所属したクラブには在籍一年ごとに移籍金の0.25%、16歳から23歳までのクラブには0.5%が配分されるという。
伊東純也の移籍によって、16歳から18歳まで過ごした逗葉高校に、都合3年分の連帯貢献金が支払われたことになる。学校はその費用を食堂の内装費に充当し、感謝の気持ちを込めて「JJ食堂」と命名したわけだ。
もはやこうなると、卑しい僕は無意識に電卓を叩いてしまう。ベルギーのヘンクからフランスのスタッド・ランスに移籍した伊東純也の移籍金は約14億円とされるから、逗葉高校には1千50万円が貢献支援金として支払われたことになる。食堂の内装費どころか、金ピカのナイフ&フォークが揃っていそうである。
ちなみに、かつてドイツ・ブンデスリーガーのドルトムントから・イングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドに移籍した日本代表の香川真司は、約15億円の移籍金だったという。香川真司を育てたFCみやぎバルセロナは、配分された連帯移籍金でクラブ専用のグラウンドを造ったという。
スター選手が子供たちのプレー環境を整えることにより、また新たなスター選手を育てる。それがサッカープレーヤーのレベルを引き上げる。理想的な好循環であろう。
世界的にサッカーは、経営システムがもっとも整っているスポーツだと思っている。この例がそれを証明しているのではないだろうか。
レース界はスポンサードという形で
レース界はどうであろうか。
残念ながら全体を統括するような公的な団体はなく、したがって連帯貢献金などという美しいシステムは存在しない。
ただし、私的な支援金のような形で育てのチームに貢献しているドライバーもいる。あるいは自ら幼少の頃に走った地元にカート場を整備したり、ヘルメットやグローブを寄贈するなど、次世代のレーシングドライバーを育てるための活動は少なくない。だが、それは個人的な気持ちの範疇であり、公的なシステムではないのが現状だ。
トヨタが開催しているTGRドライバー育成制度など、資金力がある自動車メーカーが次なるスター発掘のためのシステムを進めてはいる。
ディクセルは、スカラシップ制度を充実させている。
あるいは、個人的に才能と意欲があるドライバーを支援しているスポンサーも少なくない。そもそもドライビングスーツに貼られているワッペンは、個人的に支援してくれているスポンサーへの恩返しの表れなのだ。
公的団体の連帯貢献金とは異なる慣習によって、資金が環流されているのだ。
伊東純也を育てた逗葉高校も、香川真司の基礎を作ったFCみやぎやバルセロナも、連帯貢献金のために育てたのではないとコメントしている。それが食堂やグラウンド整備費に充当され、次世代の育成につながることは素晴らしい。
もっと正直に言えば、連帯貢献金目当てに選手を育てることも、功罪があるにせよ否定するものではないと思う。
金銭が動くのがプロスポーツの定義のひとつならば、チーム運営のための後進を育てる。そしてそこでの投資が循環してプロスポーツ界を盛り上げるからだ。やましいことではない。
実は僕も、将来スター選手になり連帯貢献金なる資金が戻ってこないものかと、レーシングカートを提供したことがある。無償でドライビング支援もしてきた。
その後輩はそれなりに巣立ちつつある。連帯貢献金システムという存在を突きつけてみようかと思っている。
いや、そんな卑しい自分には、無縁であろうwww。
キノシタの近況
先日のD1グランプリ最終戦を観戦した。チャンピオン争いは混沌を極めていた。そんな中トーヨータイヤ勢が圧勝のまま大会を制した。そんな激しい戦いを観戦している中で、新しい発見をすることができたのは幸運だった。その話題もまたいずれこのコラムで紹介します。