レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

366LAP2024.06.19

「史上最短の24時間レース」

2024年のニュルブルクリンク24時間は、ニュルブルクリンク史に残る「珍レース」として刻まれそうです。混乱に次ぐ混乱で、近年稀に見るトリッキーなレースになってしまったのです。ニュルブルクリンク最多出場でかつ、日本人最高位記録を持つ木下隆之は今年も参戦。その様子を回想します。

摩訶不思議な24時間予選レース

これはもう、悲劇でもなく喜劇でもなく、常識を超えた前代未聞の不思議なレースだと言っていいかもしれませんね。
もちろん、レースとしての魅力が欠けているわけではありません、むしろその逆です。そもそも常識を超越しているニュルブルクリンクですから、多少、不思議なことが起こっても驚きませんし、それこそがニュルブルクリンクなのです。エキセントリックであるからこそ世界から注目されているのです。という意味では、より一層ニュルブルクリンクの知名度を高めることになったのかもしれません。

そもそも、6月2日からの決勝レースが開催される約1ヶ月前に「ニュルブルクリンク24時間予選レース」が開催されています。
一般的に予選とは、レーススタートのグリッドを決定するためのタイムアタックという意味です。通常であれば、決勝スタートの前日にスケジューリングされるのですが、それが本番の1ヶ月前というのですから、不思議ですよね。
さらに不可解なのは、予選と命名しておきながら、24時間耐久レースであることです。
「それじゃ予選ちゃうやんwwww」
しかも、本番のニュルブルクリンク24時間レースには、まったく影響しません。スターティンググリッドとも無関係ですし、参加資格に影響することもありません。24時間レース本番の前日には”正式”な予選があります。だったら24時間予選レースとはなんなのでしょう。

そこには大人の事情があるようです。今年のニュルブルクリンクは主催者が分断し、その権力闘争の影響を受けています。結果的にはNLS(ニュルブルクリンク・ロングディスタンス・シリーズ)全8戦とNES(ニュルブルクリンク・エンデュランス・シリーズ)全4戦にそれぞれ分かれて運営することになったのです。
とはいうものの、NLSが相変わらず大盛況だったにもかかわらず、NESには参加台数が集まらず、第1戦も第2戦も中止になりました。最終的には、今年のNESは全戦中止が発表されています。
僕は今年ニュルブルクリンク選手権全12戦と、特別戦であるニュルブルクリンク24時間に参戦することを宣言しましたが、件の状況によりNLS全8戦+特別戦の合計9戦にとどまることになってしまったのです。出鼻をくじかれた感覚ですね。

そもそも、ニュルブルクリンク24時間レースのスターティンググリッドを決める“正式”な予選は、レース前々日の昼間に2時間設定されており、夕方から夜にかけて5時間の走行が許されています。前日の午前中には4時間の予選があるのです。予選が合計11時間も設定されているのです。
その代わりに、公開練習の時間はありません。いってみれば公開練習中のタイムが監視されており、そのタイムを公式予選タイムとし、スターティンググリッドを決めるのです。たくさん周回して、セッティングして、ドライバー交代して…。本番までに様々なテストを繰り返しますが、その何処かで記録した自己ベストが公式的な予選タイムとしてカウントされるのです。
まあ何から何まで不可解であり、ダイナミックですよね。ニュルブルクリンク24時間に魅力を感じて参戦してくる日本人ドライバーは少なくありませんが、そのトリッキーなスケジュールに戸惑っているようです。日本のスタイルとは大きく異なりますからね。

危険度を増したニュルブルクリンク

第52回目となるニュルブルクリンク24時間は、華やかに開催されました。エントリー台数は130台です。僕が参戦するSP10クラスはGT4マシンに限定されているにもかかわらず、15台の精鋭が集まりました。最速のGT3マシンに限定されたSP9クラスには、24台の猛者が集結しました。GT3に準じたGT3プロクラスも盛況です。
観客動員も桁外れです。周辺を埋め尽くす観客は24万人に達したといいますから、その規模の大きさが理解できるでしょう。昨年は確か23万人でしたね。例年、常識を超えています。
レースウィークの降雨確率は100%でしたから、観客の減少を予想していましたが変わらず、ドイツ人の観戦意欲は旺盛です。雨や雪などで観戦計画を変更することなどなさそうですね。

ニュルブルクリンクは高速化の傾向にあります。以前は趣味で参加するアマチュアを多く受け入れていました。自宅の納屋で埃をかぶっていたビートルやミニクーパーを引っ張り出し、クルマ好きの仲間でコツコツとレーシング仕様に仕立てた…そんなのどかなマシンで参戦するチームも少なくありませんでした。ですが、現在では最低速度の規制が厳しくなり、排気量2リッタークラス以下のマシンを排除しているようです。ローパワーのマシンの門戸を閉ざしつつも、最速のGT3を受け入れているのですから、つまりそれはニュルブルクリンクの高速化ですね。

翻弄されたニュルブルクリンク

さて、第52回目となる今年のニュルブルクリンク24時間レースは、ニュルブルクリンク特有の目まぐるしく変化する天気に翻弄されました。
晴れから雨、雨から晴れ…。抜けるような青空に白い雲がのどかに浮かんでいたのも束の間、突然その白い雲が黒に変わり、大粒の雨が路面を叩く。あるいは、雨の肌寒さに震えていると、真夏のような強い日差しが路面を突き刺すといった具合です。コロコロと猫の目のように空の色が変わったのです。

ですから、我々のチームは、やれスリックタイヤだ、やれウエットタイヤだと、右往左往させられました。
ニュルブルクリンクではコースの特殊な事情により、タイヤウォーマーは必需品です。冷えたタイヤでノルドシュライフェに挑むのは危険だからです。タイヤを組み替えるスタッフやウォーマーを管理するメンバーが大勢いるのですが、保温が間に合わずにコースインさせられることもあったほどです。

欧州の中央部に位置するドイツですが、北部は海洋性気候であり、中南部は大陸性気候です。ここニュルブルクリンクは位置的に中西部に属するということもあり、寒暖の差が激しいようです。しかもアイフェル地方は丘陵地帯ですので、いっそう雨風が不安定です。天候がコロコロ変化するのはそれが理由なのです。
ちなみに、デュッセルドルフやミュンヘンに住む知人に聞いても、ニュルブルクリンクの天候は読めないといいます。特殊なエリアなのかもしれません。

 

2日間の予選のすべてがドライからウエット、ウエットからドライへと目まぐるしくコンディションが変化しただけではなく、その不安定な天候は決勝日になっても同様でした。
スターティンググリッドに並ぶマシンは、ウエットタイヤ装着派とドライタイヤ装着派に二分されていたのです。天候が予測できないからです。
我々トーヨータイヤは2台のGRスープラを走らせていることを武器に、僕はスリックタイヤでスタート、僚友はウエットタイヤでレースを開始させました。どちらかが当たるであろうというわけです。ギャンブルですね。

あいにく雨足が強くなり、僕のギャンブルははずれました。スリックタイヤを断念した僕は緊急ピットインでウエットタイヤに交換、猛追を余儀なくされたのですが、7時間を経過した時点で霧が発生、その霧はやがて濃霧になり視界を奪ったために赤旗により中断。結局はそのまま24時間が経過し、レース終了となってしまったのです。
結果として我々は11位グリッドから5位にまで躍進し、ここからさらに追い上げる予定だったのですが、興醒めのレース終了です。「世界でもっとも過激な24時間レース」は「ニュルブルクリンク史上最短の24時間レース」になってしまいました。完全なる不完全燃焼ですね。

ただし、パドックの雰囲気はむしろ盛り上がっていました。波瀾万丈な急展開も、いかにもニュルブルクリンクらしいからでしょう。常識を超越していることがニュルブルクリンクの個性であり存在意義なのです。破天荒であればあるほどニュルブルクリンクらしいのですね。
走りへの飢餓感は耐え難いものがあります。おそらく来年は今年以上のドライバーとマシンが、欲求を満たすために集まってくるに違いありません。
今から楽しみです。

キノシタの近況

開発のための参戦でもあるトーヨータイヤにとって、ドライだけではなくウエットタイヤのテストにもなったことは幸運でした。これまで新スペックを持ち込んでも走る機会がなくモヤモヤとしていたからです。結果、性能の高さが確認できました。

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