レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

367LAP2024.07.11

「大歓迎のドライバー高齢化」

人類の寿命の伸びを象徴するように、社会の高齢化が進んでいます。企業の退職年齢も引き上げつつあるといいます。スポーツ選手も同様で、選手の寿命は長くなっています。自身、最高年齢記録を更新中の木下隆之がレース界の高齢化を語ります。

いつまでも貪欲に…

プロフットボールプレーヤーの三浦知良が、JFLアトレチコ鈴鹿に期限つき移籍しましたね。所属はJ2横浜FCですが、2023年にはポルトガル2部のオリベイレンセに期限付き移籍しています。2年ぶりの日本復帰になります。すでに年齢は57歳になっていました。
キングカズの国内復帰記者会見での言葉が、僕のハートに突き刺さりました。
「1試合でも1分でも多く出たい」
素直に気持ちを語っています。アスリートとして当然の欲求です。体が動くうちはサッカーをしていたい。そんな思いなのでしょう。
僕が特に印象に残ったのはこの言葉です。
「ベテランらしからぬプレーをしたい」
「ベテランの檻にとどまりたくない」
それはつまり、いつまでも貪欲にゴールに迫りたいという思いでしょう。
「どんな三浦知良を見せたいですか?」記者からのそんな質問に対する回答が、僕の刺激になりました。
「ほかの選手と比べると明らかに年上だが、ベテランらしいプレーとかよく言われるけれど、逆にベテランらしくないプレーをできたらいいなぁと思っています」
「1対1の仕掛けで勝負するとか、ゴールに向かっていく気持ちだとか、自分でなんとかしてゴールをあげる。それを望んでいます」
それは偽らざる本音でしょう。
ベテランになると、競技を俯瞰的に捉えることを要求されます。貪欲にゴールを目指すことよりも、後輩の才能を伸ばすことが期待されます。必死になってピッチを駆け回るよりも、体力を温存しながらチャンスを掴み取る収穫が求められます。ですが、そんなベテランらしいプレーではなく、10代の頃のように貪欲にシュートを打ちたいのでしょう。

国民的スーパースターのキングカズと比較するのもおこがましいのですが、僕もこの年齢までレースを続けてきていて、最大のモチベーションは似ているような気がしています。
チームトーヨータイヤの監督には再三にわたって「一周でも多く走らせてくれ」と伝えています。
カズが語った「ベテランらしくないプレーをしたい」も共通しています。さすがに40年もレースを続けてきており、トヨタ、日産、三菱、ホンダと自動車メーカーに籍を置いてきました。タイヤメーカーのワークスカラーで走った時期も少なくありません。そこまで経験を積むと、ベテランらしさを求められます。ですが、僕の本心はそんな老獪なレースなど望んでいないのです。
僕がニュルブルクリンクに魅せられ、彼の地に挑んでいるのがその証拠です。
スーパー耐久では、マシンを物理の法則の中にとどめて無駄なく速く走らせるテクニックが求められます。スーパーGTでは、バトル中の駆け引きで勝敗が決まります。これまでスーパー耐久でもスーパー耐久GTでも勝利を重ねてきましたが、今になって気持ちが満たされないことに気がついたのです。
レースを始めた頃にこだわった「誰よりも奥までブレーキングを遅らせたい」「誰よりもアクセルペダルを踏みつけていたい」「視界が不良になっても、誰よりも全開で走っていたい」そんなドライビングが封印されていたからです。

そんな純粋な欲求が満たされるのがニュルブルクリンクなのです。トラックリミットがどうのこうのとか、スタートラインまで抜いてはダメですよとか、そんなオテテツナイデヨーイドンがないのです。競走ドライバーとしての本能的な欲求がニュルブルクリンクでは満たされるわけです。
カズが語った「1対1の仕掛けで勝負するとか、ゴールに向かってくる気持ちだとか、自分でなんとかしてゴールをあげる。それを望んでいます」と似ていると思ったのです。

チームの心意気

素晴らしいと思うのは、そんなカズと契約したチームの心意気です。
アスリートに限らず、人は年齢でレッテルを貼りたがります。もう年だからダメでしょとバイアスをかけてしまうのです。
そんな人の特徴は、自らの能力が低下している方です。自分がそうだから相手もそうに違いないと決めつけてしまう。悲しいことですよね。
「バッターとピッチャーの両立は無理でしょ」
「背中を向けて投げるフォームはダメでしょ」
そうバイアスをかけてしまう方は、大谷翔平や野茂英雄の活躍をどう見ていたのでしょうね。過去の経験を当てはめようとしてしまう。
やや話が逸れたような気がしますが、57歳になったからもうサッカーはできないはずだ…は、そう発言する人がサッカーをできなかったからですね。もう引退したほうがいいと恥ずべき助言をした記者がいましたが、あなたはできないかもしれませんが、カズができないとは限らないんです。余計なお世話ですよね。

幸運なことにトーヨータイヤは、安易なバイアスで物事を判断するような会社ではありません。
「速ければ64歳でも雇いますよ」
そういってくださる。プロスポーツ選手なので、成績がすべてです。タレント性も含めてプレーヤーには価値があるわけで、そこには年齢による差別はないのです。
いやむしろ、高齢のドライバーが勝てるのならば、それはタイヤが高性能であることの証明になります。
「木下でも勝てるんだからタイヤがいいに違いない」
というわけですwww。
トーヨータイヤにとっても僕が高齢であることは好都合かもしれませんね。(言質をとったわけではありませんが…)

世界の大国ですら

アメリカ大統領選挙が4ヶ月後に迫っている今、81歳になるジョー・バイデン大統領とドナルド・トランプ元大統領の舌戦が繰り広げられています。
バイデン下ろしのポイントは、81歳という年齢にフォーカスが当てられているようですね。討論会の枯れた声質や、時折物事を思い出せずに言葉に詰まる様子など、オウンゴールのようなシーンも見掛けますが、トランプにとっては81歳という年齢に爆弾を投下したようなのです。といってもトランプ元大統領も77歳ですけどね。敵に唾を吐けば自分に降りかかってきそうですが、そんなことは構わず言い争いをしています。
「俺はゴルフのハンデ6なんだ。すごいだろ」
「そんなの嘘だ。その体じゃたいして飛びやしないんだろう」
「俺は運動神経がいいんだ」
「ウソだろ、だったら勝負するか?」
「やったろうじゃないか」
まるで子供の喧嘩ですね。これが大統領選挙のための討論会だというのだから、目糞鼻糞を笑うでしょう。ともあれ、政策に関してではなく、年齢が話題になっているのは笑い物です。

外観の若々しさについて

韓国では美容整形が流行っています。韓国では老けてみえるという理由で社会から阻害される傾向が強く、アンチエイジングの手術を受ける人が増えているのだそうです。目の周りのたるみをとるなどのプチ整形手術の3割が男性で、50代を超える男性が大半だというのですから驚きですね。
韓国を旅すると、同じ顔の女性を多く見かけます。まるでアイドルのようなキュートな顔なのですが、女性の理想の整形手術をしてしまうことで、顔が似てしまうのだそうですね。
僕のような高齢になると、韓国アイドルの顔の見分けがつきません。女性だけではなく男性も、美容整形をすると似てしまうからです。
ここでも年齢に対するアンチテーゼが根強いのでしょう。

ただ、若いとか老けているとかよりは、内面こそが重要な気がします。綺麗事を言うようですが、若いのに覇気がなく老けている男性もいますし、年齢を重ねているのに若々しい男性もいます。美容整形などで形だけを整えても。行動や発言なでが磨かれていなければ魅力的な大人にはなれません。

史上最高齢ドライバーを更新し続けます

確かなデータがあるわけではありませんが、僕も気がつけは最高齢ドライバーになってしまったようです。国内でも海外でも齢64になってまだ現役にこだわり続けているドライバーの存在など、まず耳にすることはありません。
趣味としてレースに参加しているドライバーの中には、僕より高齢者はいるようです。今年のニュルブルクリンク24時間のエントリーリストを確認すると、たった一人74歳のドライバーが登録されていました。プロかアマチュアかも不明ですし、実際に走ったのかエントリーリストに名を乗せただけなのかは不明ですが、僕よりも11歳も高齢ドライバーが存在していることは励みになりますね。
年齢は記号でしかありません。キングカズのように、いつまでも貪欲にタイムにこだわるドライバーでいたいものです。

キノシタの近況

欧州はサマーバケーションの季節を迎えています。ですが、レース界は例外のようで、8月3日にはNLSニュルブルクリンク6時間レースが開催されます。さすがにいつもは涼しいニュルブルクリンクも、真夏ともなれば相当に暑いのでしょうね。頑張りますね。

OFFICIAL SNS

国内外の様々なモータースポーツへの挑戦やGRシリーズの情報、イベント情報など、TOYOTA GAZOO Racingの様々な活動を配信します。

GR GARAGE

GR Garageは、幅広いお客様にクルマの楽しさを広めるTOYOTA GAZOO Racingの地域拠点です。

OFFICIAL GOODS

ウエアやキャップなどチーム公式グッズも好評販売中。