経験値を積み重ね一歩踏み出せたことで
WRCトップドライバーとの差が縮まった
── WRCに初のフル参戦を果たし、5戦まだ終えましたね。ここまではWRCトップドライバーと互角に戦って、SSベストタイムも記録。第4、5戦の連続4位をはじめ、安定して上位の結果を残すなど、成長が確実にリザルトに現れています。自分ではそれをどのように感じていますか?
勝田貴元選手(以下、勝田):
経験値をしっかり積んで来ることができて、今まではあえて踏み出さなかった領域にも踏み出せるようになってきました。昨年までは、踏み出す前にクラッシュしたりなど、経験が足りていない部分が多かったように思います。今年はチームからの心強いサポートも受けていますし、そういったことも後押しになっています。
とはいえ、昨年までも、それほど慎重に走っていたわけではなく、例えで言うとひとつのコーナーでコンマ1、2秒程度しか遅れていなかったと思うんです。でも、1kmの間に10のコーナーがあったとしたら、10kmのステージでは軽く10秒以上遅れてしまいました。その差が、一歩踏み出したことにより縮まったのだと思います。
── ターマック(舗装路)ラリーでも、グラベル(未舗装路)ラリーでも、SSベストタイムを出せるようになってきましたね。
勝田: 確かにそうですが、WRCトップドライバーの壁は厚くて、全コーナーをギリギリで走り、なおかつミスなくまとめないと、状況によってはお話にならないタイムしか出ないこともありますし、まだ完全には掴みきれていない部分もあります。それでも、これからさらに経験を積むことによって、このラリーのこのステージではこういうプッシュの仕方をするとかが分かるようになれば、週末を通してより高いパフォーマンスを発揮できるんじゃないかと期待しています。やはりアップダウンはどうしてもあるので、ダウンのところをもう少し持ち上げなければならないですね。
クルマのデータを見て状況がイメージできることは
フォーミュラレースでの経験が役立っている
── サーキットレースで培った経験が、ラリーでも生きていると感じる部分はありますか?
勝田: でも活用できていることのひとつは、データロガーの使い方です。F3を戦っていた時に、データエンジニアとクルマの状態を見て、自分がなぜ遅いのか、なぜ速いのか、何が足りないのかなど常に他のドライバーとロガーのデータで比較していました。そして今、WRCで同じクルマに乗るトップドライバーたちと同じステージを走って比較した時に、自分がどこで速かったのかなど、オンボード映像だけではわからない部分も多くあります。それがデータを読み解くことによって、そのイメージがすぐに浮かぶのは、フォーミュラレースをやっていたおかげだと思います。
あと、やはり絶対的なスピード感覚は(WRCでも)高い方だと思います。スピードに対する恐怖心はあまりなくて、だからこそフィンランドやエストニアといった超高速ラリーでは自信を持って走れるし、タイムもいいのかなと思います。他のラリーでも、高速コーナーで自分としてはあまり行けていなかったなと思っても、後で区間タイムやデータを見ると、実際は速かったといったようなことはあります。
── それは、確実にレースでの経験が生きていますね。
勝田: ただ、ラリーの難しいところは、速度とかの数字で見るとサーキットレースの方が少し速いんですけど、感覚的にはラリーの方が速く感じるときもあります。道幅が狭いですし、路面コンディションが安定していないので、例えば同じ100キロでも滑りやすい路面の100キロはかなり怖く感じます。レースで高いスピードに慣れていたからこそ、最初はそのリスクがリスクではないと思っていた部分もあり、それによってクラッシュしたこともありました。最近はその感覚のギャップを自分の経験でなんとなく埋めることができてきているので、リスクをリスクとしてちゃんと捉え、判断できるようになってきています。
── 以前、F1ドライバーがWRCに出た時、スピードを抑えることの方がむしろ難しく、逆に恐怖を感じると言っていました。
勝田: それは分かります。一般の人からしたら不思議に思うかもしれませんが、全開で行った時のほうが、アドレナリンが出るためか気分はいいですし、僕も以前は抑えれば抑えるほど怖くなっていきました。今、ひとつのコーナーで抑えたことにより一体何秒失ったのだろうかと、不安な気持ちになっていました。ラリーはどうしても路面のコンディションが安定せず限界を超えやすいので、抑えるというよりも、本当の限界を見極めないといけないんですが、ラリーでの経験値がないとそれはできず、上手くバランスをとれなかったのだと思います。
5年以上ラリーをやってきて、少しずつステップを踏めていますし、経験を積めば積むほどいいバランスが見えてきているように感じます。ラリーとレースは、どちらもクルマを使うスポーツですし、誰よりも速く走ることは同じですが、競技としては大きく違い、それぞれに難しさがあります。本当に奥が深いなと思いますね。
── サーキットレースと比較して、ラリーのどの部分に凄さを感じますか?
勝田: ラリーは公道を使うので、整備されていない道も走ります。天候で路面コンディションが変わるのはレースも一緒ですが、土、雪、舗装など色々なコンディションの道を、必ずしも路面に合っていないタイヤで走ったりとか、舗装路なのに土や砂利が出ていたりとか、突然に雹(ひょう)が降っても走り続けます。そのような状況では、やはりクルマを信じて、ペースノートを信じて、それを読むコ・ドライバーを信じないと走ることができません。ラリードライバーになる前は、そういうところがすごいなと思っていましたし、自分には絶対にできないと思っていました。結果的に、僕もラリー側の人間になってしまいましたけど(笑)。
今年、大きなアクシデントがないのは
ペースノート作成時点で冷静にトライできるところと
できないところを判断できるようになったから
── ラリーをやってきて、危なかったと感じたシーンはありましたか?
勝田:
何度もありますが、もし3つ挙げるとしたら、ワースト3位は、昨年のサルディニア(第6戦ラリー・イタリア)の最終日のクラッシュですね。山頂あたりで、10メートル奥にはとんでもなく急な崖があるところでクルマが跳ね上げられ、縦方向に転がってしまいました。うまくフリップ(宙返り)が決まって着陸しましたが、あれはもう2度と経験したくないです。横方向に転がったことは何度もありますが、あんなに高く舞い上がったのは初めてでした。
ふたつ目は、2018年のラリー・フィンランド(第8戦)です。アクセル全開でジャンプを飛び、時速130kmで着地した時にパワステが壊れ、ステアリングが効かなくなりました。コーナーの外側に大きな岩が見えた時は『これは終わった』と思いました。
── 当時はトヨタのクルマではなく、WRC2のR5カーでしたね。ジャンプの着地でハンドルが効かなくなるなんて、考えただけでぞっとしますね。
勝田: でも、ワースト1は、2017年末にスペインの国内選手権でクラッシュした時です。時速130kmで高速コーナーに進入した時、微妙にインカットできる部分があったのですが、けっこう砂が出ていて、それに乗ってアウト側にコースオフして、コンクリートで固められた土手に突っ込みました。スピードが130kmから一気にゼロになり、あのときは本当に死を覚悟しました。3、4日のムチウチ程度で済みましたが、かなり危険なクラッシュでしたね。他にも、まだいろいろありますが?(苦笑)
── まあ、これくらいにしましょうか(苦笑)。でも、そんな激しいクラッシュを経験しても、すぐに次のラリーは全開で走れてしまうのは、一体どのようなメンタリティなのでしょうか?
勝田:
ちょっとおかしいんですよね、きっと(笑)。レースをやっていた時から、ラリードライバーっていい意味でおかしいなと思っていましたが、自分もそうなってしまったのかなと(苦笑)。もちろんクラッシュしないように一番速く走ろうと、万全の準備をして臨みますが、それでも起きてしまう時はやはりあるんです。だからといって、怖くて行けないとか、走りたくないとは全然思いません。
ただ、(ワースト2に挙げた)フィンランドのクラッシュは少しトラウマになりました。自分のミスではなく、自分が思ったこととまったく違う動きをクルマがした記憶がなかなか抜けず、その後2、3ヶ月くらいはジャンプを思い切り飛べなかったですね。
── 今でも小さなミスはあると思いますが、今年はリタイアに繋がるようなドライビングのミスは出ていませんね。それが好成績の続く理由のひとつだと思いますが、ご自身でどう考えますか?
勝田: 昨年までは、トライしてはいけないところで、トライしていた部分もありました。今年はペースノートを作る時点で、冷静にトライできるところとできないところを判断していて、ダメだったとしても何とかリカバリーできるところを選んでトライしています。そういったことを、経験を積んで判断をできるようになった結果だと思います。
<後書き>
後編では、進化したペースノート作りや信頼できるグラベルクルーの話、そして昨年の王者であるオジエとの競り合い、勝田選手自身の強みと今後の課題など、引き続き勝田選手に語っていただきます。そして、最後には第6戦サファリ・ラリー後の勝田選手を古賀敬介さんがレポートします。次回もお楽しみに。(後編は 9月8日 公開予定)