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レース中に12時間におよぶAT交換。
結果以上に、トヨタが手にした成果。

2016/07/05
  • text by 大串信
ニュルブルクリンク24時間レース

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レース中に12時間におよぶAT交換。
結果以上に、トヨタが手にした成果。

  • 2016/07/25
  • text by 大串信
  • ニュルブルクリンク24時間レース
自分たちはなぜレースに挑むのか――改めてそのことを痛感させられたのが、今年のニュルブルクリンク24時間レースだった。

 順調に走っていたTOYOTA C-HR Racingに異変が生じたのは、スタートから19時間経ち、朝を迎えた午前10時半頃のことだった。クロスオーバー車両での参戦という、レースの常識を覆す挑戦を託されたC-HR Racingのチーフメカニック・大阪晃弘は、考えられる限りのチューニングを施したC-HR Racingの耐久性に気を配り、無理をせず、できるだけコンスタントに周回を重ねる作戦で、その時点まで順調に周回を重ねていた。

 C-HR Racingは排気量1750ccまでのターボ過給エンジンを搭載したクラスに参戦していたが、搭載したエンジンの排気量はそれよりも小さく、ライバルに対して非力は否めない。それならば必要以上の燃料は積まず、ギリギリの軽量化をして1スティント11周のペースを守り、ピットストップの回数を減らす作戦で対抗しよう。大阪はそう考えて、チームもドライバーもその作戦通りレースを運び、クラス2番手のポジションを確保しつつあった。

 ところが朝、突然C-HR Racingから「コース上で止まった」と無線が入った。その瞬間、大阪は「極限までチューニングしたエンジンが壊れたのでは!?」と危惧した。チームは、万が一エンジンが壊れても、ピットで新品に交換してレースを続行するための練習を重ねて本番に臨んでいたのだ。

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コース上で停止したクルマは……ガス欠だった!?

一報を受けたチームは、即座にエンジン交換の準備に走り出した。

 ところがコース上に停止したクルマの中にいるドライバーと無線でやりとりしている間に、どうも様子がおかしいことに大阪は気づいた。そこで回収されてピットへ戻ってきたクルマに、とりあえずガソリンを追加してエンジンをかけてみると、問題なくクルマは生き返った。単なるガス欠だったのだ。緊迫して動き出したメカニックたちの戦闘態勢は、幸いなことに空回りに終わった。

 ガソリンを給油してクルマをコースへ送り戻したとき、大阪の目からは涙が溢れてきた。

 レース本番直前に急遽採用が決まったドライバーだったため、確かに彼は綿密な燃費データを持ってはいなかった。念のため1周前に給油ピットインさせようかと迷ったが、予想以上に良いペースで走っていたので、欲が出てピットインをさせなかった。その周にガス欠が起きたのだから、給油量と給油のタイミングを決めた自分のミスだ。

レースでは、クルマを鍛える、人を鍛える。

「自分の判断を誤ったためにドライバーにもチームにも迷惑をかけて責任を感じた」と大阪は言う。だが同時に、レース中にエンジンを交換するというハードワークを新人ばかりのチームに強いることをしないで済んだという安堵感も涙の原因だった。

「レースの結果は、我々の直接的な目的ではありません。クルマを鍛える、人を鍛えるという点では、本当にしっかりとC-HR Racingのポテンシャルを見極めながら必要な改良・改善を進めることができました。この経験は、次に出すクルマに活かせると思います。経験のない若いメカニックも成長してくれましたし、手応えを感じているはずです。昨年の12月からクルマをつくり始め、意味のある半年だったと思います」と、大阪はC-HR Racingと共に過ごした日々を振り返った。

あえてレースに不向きなATを採用した理由とは?

一方、LEXUS RCのチーフメカニックを務めていた高木実も同様の状況に直面した。

 高木はTOYOTA GAZOO Racingがニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦を開始して以来10年にわたって現場でドライバー・メカニックとして闘ってきたベテランメカニックで、LEXUS RCとしては2年目。万全とは言えないまでも、十分な用意をして臨んだレースだった。

 じつはLEXUS RCは、前哨戦であるVLN2でトラブルを起こしていた。LEXUS RCが搭載しているのは、ニュルブルクリンク24時間レースに参戦するために、あらゆるチューニングを施しパワーを増大させたエンジンと、これに対応させた7速オートマチックトランスミッション(AT)である。改良は一品物ではなく、量産を意識し、トルクコンバーター式AT及び本体に工夫が施されているものの、「レースには不向き」とあきれられたコンポーネントでもある。

 だがTOYOTA GAZOO Racingには、「市販車を鍛え、将来の開発に活かす」という大きなテーマがある。もちろん高木は国内で耐久性を確認はしているが、全長25km、大小170個以上のコーナーを持つニュルブルクリンクは、国内のテストでは再現できない負荷のかかるサーキットである。結局VLN2では、ATにトラブルが出てLEXUS RCはスタート直後にリタイアを喫してしまった。

二度目のトラブルで、12時間はかかる作業を指示。

 ATのレース仕様化には社内外の技術者たちも協力を惜しまず、本番のニュルブルクリンク24時間レースのために熟成が重ねられた。だが、やはり本番でもVLN2同様の、トラクションがかからないというトラブルがスタートして1時間も経たない段階で発生してしまった。

 高木たちメカニックはピットへ回収されてきたクルマに飛びつき、トラブルの原因を突き止めようとするが、回収中の移動で性能は復帰し、雨・雹による中断の3時間近くをチェックに費やすも、データ上も外観も異常がなく、原因の特定に至らなかった。自然にトラブルが復旧したため、高木は不安を抱えながらもクルマをコースへ送り戻した。

 しかし夜も更けた24時近く、LEXUS RCに再びトラクションが抜けるというトラブルが発生し、クルマはピットへ舞い戻ってきた。今回はもう自然に復活することはなかった。高木は目視できない内部で何かが起きていると判断、トランスミッション交換を決断した。レースはまだ半分以上残っている。復帰して走らせ続けるための原因追及とトランスミッション交換にはおよそ12時間かかるだろう。だが順位は問題じゃない。レースに復帰して、チェッカーフラッグを迎えることが重要なのだ。

ただ単に交換して走れれば良い、というわけではない。

 担当するメカニックたちは、社内のさまざまな部署から選ばれた凄腕技能養成部の若手社員。前もってさまざまなトラブルに対応するトレーニングを積んでいたので、トランスミッション交換自体は想定内だが、今起きているトラブルは原因が不明だ。

「ただ単に交換して走れるようにすればいいだけではない。原因を解明して、今後に活かすためデータを全部チェックして残さなければなりません。しかも作業者の安全にも気を配る必要があります。だからその分、時間をかけました」(高木)

 エンジンを実際に下ろし始めたのは夜中の2時。クルマが走行可能になったのは昼の12時のことだった。1分1秒を争うレースの現場で、クルマを止めて作業をするメカニックは、精神的にも肉体的にも過酷な状況に置かれる。迅速に手際よく、しかもミスなく完遂しなければならないからだ。高木はそれを管理しながら、焦る心をおさえて将来のためのデータを残しながら、作業を進めていった。そこでは観客席からは見えない闘いが繰り広げられていたのだ。

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レース結果には記されないが、大きな成果を得た。

12時間近くの作業を経てLEXUS RCは再びコースへ復帰した。

 作業をやり遂げたメカニックたちは、悔しさと達成感と疲労で泣きじゃくったという。高木はその中に、社内技術者の姿を見つけた。本来ならばベースとなる市販乗用車をレースに投入した場合、後方支援に回り、レースの現場に顔を出さないが、10年目の節目を迎えた今年、社内技術者も、知見を物にするために加わり、現場のメカニックと一緒になって闘い、涙を流したのだった。

「結局、その後リタイアはしたものの、少しでもいいクルマをつくろうとみんなが一丸になれたことが、一番嬉しかったし感動しました。クルマは完走させられなかったけど、人は完走したんだなと思いました」(高木)

 今年のニュルブルクリンク24時間レースで、TOYOTA GAZOO Racingは、レース結果には記されない部分で、確実にクルマを鍛え、人を鍛えるという成果を残したのである。

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