2018年 LCで挑む新たな挑戦 ― Vol.3 24H
「GAZOO Racingの原点らしいレース。」
ニュルブルクリンク24時間レース決勝を終えたあと、 GAZOO Racing Company President 友山茂樹が語った言葉が今回の挑戦を物語っていた。
LEXUS LCでの参戦は今回が初めてである。
ニュルブルクリンク(以下ニュル)を速く、安心して24時間走り切るためのクルマづくりを、イチから行うことだけでも相当な苦労を要するうえ、今回は将来の市販車への採用を目指して、ボディ・空力・エンジン・サスペンション分野の先行開発技術が投入されたこともあり、全くデータの無い中からクルマづくりを行い臨んだ国内でのシェイクダウンは「全くレースができるクルマではない」とドライバーから評された。
その後、日本国内でのテストで約6,000km、4月に実践テストとして参戦したQFレースまで含め、ニュルで約2,000km、これまで参戦してきたクルマの中では最長の距離を事前に走り込み、データを蓄積し、毎回のテストでの課題に対しメカニックとエンジニアが素早く改善を行なってきた。
ニュルブルクリンク24時間レース(以下24時間レース)だけでなく、イチから行うクルマづくりであるからこそ、ドライバーの思い通りに走る“もっといいクルマ”はどのようにつくっていくのかを体得し、人とクルマが鍛えられるのである。
その成果がQFレース終了後、ドライバーのリーダーである土屋武士選手から「2回のレースを経て着実に前進できた実感がある。」と、コメントにも現れてきた。
その一方で、24時間レースに向けて、まだまだやることはたくさん残っており、ドライバーが「ニュルを気持ちよく走れる」、「ニュルでずっと乗っていたくなる」クルマに仕上げるために、エンジニアはドライバーからのフィードバックを元に日本に戻りアップデート部品の作成、メカニックはドイツに残り24時間レースに向けさらなる改善を行っていた。
5月10日、いよいよ予選1日目がスタート。
松井孝充選手がアタックして8分49秒289を記録し、総合34位。しかし、ドライバーの表情はあまり明るくない。
土屋武士選手は「いい流れではありますが、クルマの仕上がりと言う意味ではまだまだ。24時間レースを走りきるには不安な部分も残っていて、一つ一つ潰していかないといけない。」と語り、走行終了後にドライバー・エンジニア・メカニックが集まり、根本的な解決方法を追及し、予選2日目で改善策をテストすることになった。
予選2日目は、走行の途中で足回りの調整を行うなど、決勝に向けたクルマづくりを行い、予選1日目の課題も改善されたが、決勝のグリッドは31番グリッドと、24時間レースで速いクルマであることの証であるTOP30に入るには一歩及ばずであった。
「結果は結果として悔しいですが、これも実力。決勝は長いので集中力を切らさず臨みたい」チーフメカニックの関谷は、24時間後のゴールを目指し気を引き締める。
迎えた24時間レース決勝。これまでのクルマづくりの真価をニュルに問われる戦いである。しかし、オープニングラップでフロント左タイヤを接触。走行に大きな影響はなくそのまま走行を続けたが、ここから試練が待っていた。
スタートから1時間半後、順調に35位前後で走行を続けていたが、突如「ブレーキがおかしい」と言うドライバーからの無線と共に緊急ピットイン。メカニックは迅速に問題箇所をブレーキホースの取り回しと特定し、部品を交換してコースに戻したが、ブレーキトラブルは命に関わる問題である。原因はスタート直後に発生した他車との接触により、リヤブレーキ周辺の状態が変わってしまったことによるものであるが、予期せぬトラブルもニュルブルクリンクでは起こりえると思い知らされた瞬間である。
その後、リヤタイヤのスローパンクチャーはあったものの、順調に走行を続けていたが、「ギアノイズが大きく、抵抗があり加速も鈍る」ドライバーから報告を受けピットイン。チームはトランスミッション交換が必要と判断し、ピットで交換作業を行った。
実はトランスミッションのトラブルは国内テストでも発生し、改善していたはずだった。しかしニュルはそこを弱点として突いてくるのである。約2時間にわたる交換作業を終え、コースへと復帰。すでにコースは日が落ちてナイトセッションへと突入していた。
日が変わり、深夜2時ごろから激しい雨が降り始めた。雨足は非常に強くウエットタイヤでも厳しいくらいの路面状況であり、コース上ではクラッシュやコースアウトが続出した。そんな中、ドライバーから「エンジンの加速が悪い」と言う報告を受け、ピットに戻して故障診断・対策を行ない、再度コースへと送り出した。
しかし、夜が明け始める5時ごろ、再びドライバーより「エンジンが全くふけない」と無線が入ったため車両をピットに戻した。
雨が強くなった事で、吸気口から入った水滴がエンジンへの吸気を阻害している事が原因であった。そのため必要な部品を交換し、再度車両をコースに戻した。
しかしその直後に、今度は「エンジンが停止してストップしてしまった」とドライバー無線が響く。ピットに近いグランプリコース内での停止であったため、すぐ牽引されピットに戻ってきた。原因は予想以上の雨による水の侵入が原因だった。先ほど対策した部位より、更に奥にまで雨の影響が及んでいたのである。メカニックは吸気ダクトに水が入らないように、LCの特徴の一つであるスピンドルグリルの上半分にテープで目張りを施した。レース前にチーフメカニックの関谷が語った「不安は事前にウエットでのテストができなかったこと」にニュルが容赦なく牙をむく。
「LCは新規モデルですし、これからの新規技術のトライもあるので、これまでよりも早い段階で車両開発も行ないましたし、テストも今まで以上に行なってきました。しかし、これが現実です。ただ、このトラブルを克服した結果、若いメカニックやエンジニアがこの経験から何を得ることができたかが重要ですね。彼らには凄く勉強になったと思います」
トラブルが収束したあとにチーフメカニックの関谷は語る。
また、あるエンジニアも「今回トラブルが起きた部品の一つは実績があったパーツでしたが、ニュルの厳しい条件では問題が起きてしまった。つまりここでは実績すら覆されます。悔しい気持ちはありますが、今後に生かせることだと思うといい経験だったと思っています」と、この場所でクルマ作りを行う意味を改めて理解していた。
トラブルを出し切ったLCはその後順調に走行し、濃霧のため12時から2時間のレース中断を経て、5月13日の15時30分、チェッカーフラッグを潜り抜けた。
エンジニアリーダーのトヨタ自動車社員、緒方は「悔しい事はたくさんあったが、得る事もたくさんありました。ただ、エンジニアはここで終わりだと思っていません。今後のもっといいクルマづくりに繋げていきたい」と目には涙が溢れていた。
チーフメカニックの関谷は「悔しい気持ちはありますが後悔はしていません。ここ最近の参戦では決勝でもトラブルなくスムーズに走り、結果を残していましたが、2008年から2011年くらいの、テストでトラブルが出ないのに、なぜニュルで?と言われながらやっていたことを思い出しました。でも負けたままでは終われません」
レース中、チームが心配で何度もピットを訪れていたGAZOO Racing Company Presidentの友山は「一時はどうなるかと思ったが、とにかく完走できてよかった。やはりニュル、新参者マシンには本当に厳しい。でも、振り返ると2007年の初参戦当初も壊れて直しての繰り返しでした。そういう意味では12年目でGAZOO Racingの原点らしいレースでした。今回の経験で何を学んだのかが重要です。皆が一つ一つ、新たな目標を定めて突き進んでほしい」ニュルブルクリンク24時間レースの参戦の意義は2007年から変わらず、様々なトラブルを乗り越え、そこから学び、もっといいクルマづくりの糧とすることである。
結果は97LAPを走って総合96位。チームはこの結果と引き換えに多くの事を学んだ。
メカニックは、なぜドライバーが厳しい評価や指摘をするのか、本当の理由がニュルに来て理解できた。
ニュルを命がけでアクセルを踏むためには、クルマとの信頼関係が重要になる。細かい部分が気になり、過酷なコースに挑む集中力が削がれることなく、ニュルを安心して走ることができれば、世界中の道で通用する。この経験が今後の市販車の開発に生きていくのである。
一方エンジニアは、これからの市販車へフィードバックができる技術にしていくことがミッションである。
今回のLCに盛り込まれていた未来に繋がる先行開発技術を、ニュルブルクリンク24時間レースという最も厳しいテストコースで実戦投入し知見を高めたことで、今後の市販車開発への道筋となったはずだ。
ニュルブルクリンク24時間レースの挑戦は「もっといいクルマづくり」のゴールではなく、スタートラインなのである。