GRスープラ、LC で挑む2019シーズン ― VLNテスト
2018年VLN9に参戦した「TOYOTA A90」
2018年10月20日、VLN9(ニュルブルクリンク耐久選手権 第9戦)に発売前のあるスポーツカーが参戦を行なった。エントリーリストにはエントラントは「TOYOTA GAZOO Razing」、車両名は「TOYOTA A90」と記載されていた。過去を振り返るとLEXUS LFAもTOYOTA 86も発売前に同様の参戦を行なってきたが、社長の豊田章男はこう語った。
「走りにこだわるクルマはニュルで鍛え、育てないとダメです。テストコースの中でNVHを見ているだけではダメなのです。クルマはもちろん、メカニックやエンジニアの意識改革もしないといけないと思いました」。
つまり、新車開発は極秘が常識の中、トヨタの考えは「戦いの場に出て鍛える」とこれまでとは180度違う考えを用いたのだ。
「楽しくて仕方がない」
TOYOTA GAZOO Racingのテーマカラーである白/赤/黒のカモフラージュ模様による軽偽装が施されたGRスープラは、市販車に安全装備やレースに最低限必要な装備をプラスしたのみ。他の参戦マシンに比べると明らかにノーマル然としていたが、それにも理由がある。この参戦は開発テストの一つである“極限状態”の状況を試すのが目的である。ドライバーはGR スープラの評価ドライバーを担当したヘルフィ・ダーネンスと矢吹久に加えて、モリゾウこと豊田であった。
午前中の予選は計測3周で9分31秒235を記録しエントリー162台中94位。午後からの決勝は残り約1時間でドライブシャフトからグリスが漏れた以外は順調に走行を行ない、総合116位で完走。途中6回のピットストップを行なったが、その理由はトラブルや故障のためではなく、燃料タンクがノーマルのため満タンで4周しか走行できなかったためだ。
レース後、多田は豊田から「楽しくて仕方がない」と言うコメントをもらい、ホッとしたと言う。それはつまり、GRスープラのニュルでの卒業試験の「合格」を意味していた。
2019シーズンの参戦発表とTMGと協業する意義
2019年1月11~13日に開催された東京オートサロンでGRカンパニープレジデントの友山茂樹は昨年のTGRFで発表されていたLEXUS LCに加えてGRスープラでのニュルブルクリンク24時間レース参戦を発表した。また、2月7日のTOYOTA GAZOO Racing 2019年活動計画発表で参戦ドライバー(佐々木雅弘/ウヴェ・クリーン/ヘルフィ・ダーネンス/矢吹久)も明らかになった。ちなみに「人とクルマを鍛える」と言うニュルの活動の基本コンセプトは不変だが、マシンの製作に関してはこれまでとは異なる手法が取られた。これまでニュルの活動は基本的には日本のトヨタ自動車が主体となっていたが、GR スープラはドイツのTMG(Toyota Motorsport GmbH)との協業という新たなトライを行なっている。
ニュルの活動の責任者である金森信明はこう語る。
「TMGは以前からニュルの活動のサポートをしてもらっていましたが、今回はクルマづくりにも協力してもらっています。我々の活動とTMGがカスタマーモータースポーツの検討する中で『ニュルでも試したい』という想いが上手く絡み合ったのが一番の理由です。LCは日本で設計/製作を行ないましたが、GR スープラはTMGをマシンの製作拠点とすると共に、TMGで検討しているアイテムも取り入れながらクルマを製作しています」。
3月16日VLNテストで見えたGRスープラの課題
マシンはVLN9に参戦したモデルをベースにニュルブルクリンク24時間レース仕様へモディファイが行なわれた。具体的にはエアロパーツの追加や安全タンクの装着、更に各部の軽量化などが行なわれている。
3月16日、VLNテストに姿を現したGRスープラ。昨年のVLN9の時よりもレーシングカーらしくなっているものの、ボディカラーはTOYOTA GAZOO Racingカラーではなく量産車と同じアイスグレーメタリックのままだった。
今回はシェイクダウンと言うことで、まずはしっかりと各部が機能するかのチェックがメインの走行だ。ドライバーのヘルフィ・ダーネンスと矢吹久、ウヴェ・クリーンが順調に周回を重ねる。午前中の走行は特に問題は起きなかったが、午後の走行時にトランスミッションのトラブルでノルドシュライフェの途中でストップと無線連絡。そのままローダーに積まれてピットに戻ってきた。エンジニア/メカニックが原因を探ったが、現場での対策は無理……との判断でテストはここで終了。チーフメカニックの田中に今回のテストの成果と反省点を聞いてみた。
「ATをはじめ細かい問題トラブルはいくつか起きましたが、今回は組み上がったモノがシッカリと動作するかの確認がメインでしたので、むしろテストで課題が出たことはいい収穫だと思っています。ATのトラブルの原因はつかめていますので、次回のテストまでに計測器を搭載して検証し対策を行なう予定です。また、今回はニュルが初と言うメンバーもいましたので、『この場に触れる』と言うこともいい経験になったと思います」。
ドライバーの矢吹にも同じ質問をしてみた。
「まずはしっかりと動くことが確認できたのが大きいです。サスペンションはバネ/ダンパー共に計算上のセットから少しだけ調整しましたが、走り易くなっているのでテストを重ねていけばいい感じになると思います。気になったのは空力で、エアロパーツ装着でVLN9の時より安心感が出た反面、最高速は逆に落ちてしまったので、そのバランスをどう取るか調整する必要があります。
また、ATのトラブルは私の走行中に起きましたが、むしろテストで出てよかったです。過去にテストで何も起きずに決勝でトラブルが起きたケースも何度かあったので。トラブルを洗い出し、一歩一歩ステップアップしていくことがクルマづくりには重要です」。
2年目を迎えたLC
一方、今年で2年目の参戦となるLEXUS LC。昨年は事前のテストや予選もトラブルフリーだったが、決勝はトラブルが発生した。その反省を活かしマシンを大幅アップデート。外観は昨年のアップデート版に見えるが、中身はフルモデルチェンジ級の変更を実施。
エンジンは昨年同様にV8-5.0Lをベースに排気量アップに加え高速燃焼技術などが盛り込まれた「2UR-GSE改」を搭載するが、2019年仕様はリストリクターに合わせたトルク特性にすることで、ロスを最小限に抑えると共に乗りやすさもアップしていると言う。
エンジン搭載位置はより車体中心付近に近づけられると共に、より低く配置するためにサブフレームを廃止、エンジンを構造部品(ストレスメンバー)として利用する。トランスミッションはトランスアクスル化され車体後方に配置することで、前後重量配分の適正化も行なわれている。また、サスペンション周りもすべて見直しが行なわれコンポーネントは一新。更にドライバーの運転支援アイテムとしてレクサスESに採用の「電子アウターミラー」のアップデート版も搭載している。
今回のVLNテストはレーシングドライバーの蒲生尚弥選手と凄腕技能養成部の平田泰男がドライブ。午前/午後共にトラブルフリーで順調にテストを重ね、途中で仕様の異なる部品の付け替えも行なった。 チーフメカニックの関谷利之は「全て順調に進みました。昨年はノーマルの素性を活かしたマシンでしたが、今年はそこから一歩先に進めています。昨年はトラブルに悩まされましたが、今年は想定するトラブルは全て対策済みです。ただ、今の状態がベストだとは思っていません。次回までに更なる改善を進めていきます」と語った。 では、昨年のマシンと比べて何か違うのか? 蒲生選手はこう分析する。 「今だから言えますが、昨年のモデルは決して乗りやすいクルマではなく、ある意味クルマと格闘しながらのドライビングが求められましたが、今年のモデルはドライビングが楽なのに速いと言う特長を持っています。事前テストでそう感じていましたが、ニュルでの印象も同様でした」。
どちらのマシンも今回のテストで得たデータを元に、反省や課題を短期間での作業となるが車両にフィードバック。VLN1(LCのみ)、VLN2(GRスープラのみ)、VLN3、そしてQFレースに参戦し、ニュルブルクリンク24時間レースに向けた更なるステップアップを行なう。