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WRC初開催の難関クロアチア・ラリーで
勝田はトップと戦える速さを証明した
WRCな日々 DAY16 2021.5.12
WRC初開催となった第3戦クロアチア・ラリーは、改めてターマック(舗装路)ラリーの面白さと、難しさを再確認した1戦だった。このラリーを総合6位で走りきった勝田貴元は「今まで経験したことがないような難しいラリーでした」と、クロアチアのトリッキーな週末を振り返った。
「とにかく路面の変化が激しく、舗装の種類によってグリップレベルが全く違いました。日本だと舗装路はどこも大体同じようなグリップレベルですが、クロアチアの舗装路は様々で、見た目が同じような灰色の路面だったとしても、かなりグリップするところもあれば、凍結路のように滑るところもあり、ぱっと見ただけでは判断が難しい路面が多くありました。カッレ(ロバンペラ)がSS1でコースオフした右コーナーもまさにそのような場所で、凍結しているのかと思うくらい滑りました。もし、カッレが1番手スタートでなかったとしたら、他の選手がコースオフしていた可能性もあったと思います」
WRC史上最年少となる20才でドライバー選手権トップに立ったロバンペラは、ラリー初日デイ1を出走順トップでスタート。通常、ターマックラリーでは泥や砂利で汚れる前のクリーンな路面を走ることができる1番手スタートがもっとも有利とされる。しかし、クロアチアのSS1に関する限りそうはならなかった。オンボードカメラの映像を見ると、ロバンペラはまるで路面のグリップに突然裏切られたかのように、ほぼ無抵抗でコースを外れている。つまり、想定と実際のグリップレベルがかけ離れていたのだ。そのコーナーでは3番手スタートのセバスチャン・オジエもコースを外れかけたが、姿勢を崩しながらも何とかギリギリで道に踏み留まった。
「あのコーナーはレッキ(ステージの下見走行)の段階から滑ると分かりチェックしていたのですが、やはりレッキカーで低い速度で走るのと、WRカーでターマック用タイヤを履き全開でアタックするのでは、グリップレベルは大きく異なります。実際、WRカーで走ったらあり得ないくらい滑りましたし、僕にとってあのような路面は始めてでした」
勝田によれば、レッキの時に舗装の状態をチェックし、それをペースノートに書き記しているという。新しく黒っぽい舗装は「ブラック」と表現。ドライならばかなりグリップするが、雨が降ると油分が浮き滑りやすくなる。やや白っぽい舗装は「グレイ」で、ドライではブラックよりも滑りやすい。凹凸が少なくザラザラしていない路面は「スムーズ」。舗装が古くなりつつあり、ザラザラが削られている分だけグリップレベルはやや低い。そして、舗装が古くなってテカテカに磨かれている路面は「シャイニー」と表現。雨が降るととてつもなく滑る、要注意の路面だ。特に滑りやすい路面は「バッド・シャイニー」と記しているという。舗装の状態をペースノートに情報として盛り込むことで、例えば雨が降って路面が見えにくいような状況であっても、ある程度グリップレベルの変化を予想して走ることができるのだ。
このような、舗装の変化によるグリップ変化に加え、ターマックラリーでは「カット」による路面のコンディション変化が大きな問題となる。ヨーロッパには路肩部分が舗装されていない田舎道や山岳道路が多くあり、コーナーを直線的に駆け抜けるインカット走行をすることにより、路肩の土や砂利が舗装路に掻き出される。選手たちは、そのような路肩を使った走りをシンプルにカットと呼んでいる。かつてラリー・スペインなどはカット可能なコーナーが多く、クルマの3/4くらいを路肩部分に落として走るようなシーンが多く見られた。ただ、最近は路肩も舗装が進み、ラリー中はカットを防止するためのコンクリートブロックが設置されるコーナーも増え、砂利をまき散らすような大胆なインカットは、既存のWRCイベントではあまり見られなくなっていた。
ところが、クロアチアのステージは、カット可能な未舗装の路肩がかなり多く、コンクリートブロックもステージによっては少なかった。そのため、レッキの段階から選手はカットによる路面コンディション悪化をある程度予想し、それをペースノートに書き記していた。既にレッキの1走目でもカットによりグラベルが出ていたようだが、2走目ではコンディションがさらに悪化。その後、数日経ってからステージとしてクローズされるまでに、路面コンディションはどんどん変わっていく。そのため、SSがスタートする数時間前にステージを規定速度で走り、選手がレッキで記したペースノートの情報が適切かどうかをチェックする、グラベルクルー(正式にはセーフティクルー)と呼ばれるスタッフが伝える最新の情報を、選手はスタート前にペースノートに反映させてからステージに臨むのだ。
「コーナーにどれくらいグラベルが出ているのかを、いろいろな表現でペースノートに記しています」と勝田。まず、少しだけグラベル(この場合は主に乾いた土)が出ている路面は「チップ」。やや多く出ているところは「グラベル」、かなり多く出ているところは「バッド・グラベル」、道のほぼ全面がグラベルで覆われているところは「フル・グラベル」と記す。次に、土ではなくビーズのような小さな石が出ている路面は「ルーズ」、かなり多く出ているところは「バッド・ルーズ」と表現。グラベルに比べてルーズの方が、前走車によって石が飛ばされラッツ(Ruts)ができやすいため、比較的楽観的にとらえられると勝田はいう。通常、ラッツは轍(わだち)を意味するが、ターマックラリーの場合は走行ラインぐらいの感覚だろうか。
この時点でも既に表現が数種類あるわけだが、ここからがさらに重要である。ルーズよりも大きい、消しゴム大の小石が出ている路面は「ストーンズ」、それが全面的に広がっている路面は「バッド・ストーンズ」と表現。何やらロックバンドのようなネーミングだが「ストーンズでラインを外してしまうと『シュパン』と唐突に滑り、飛んでいってしまいます(笑)」と勝田。そのストーンズよりさらに厄介なのが「マッド」。つまり泥のことだが「めちゃめちゃ滑ります。コーナーのインサイドだけにマッドがあったとしても、水分を含んだ粘土質なのでタイヤの全周に広がってへばりつき、次のコーナーまでとれないこともあるので、1番ヤバいです」という。つまり、泥が付着したイン側のタイヤが次のコーナーではアウト側になることで踏ん張りが効かず、滑ってしまうということだ。また、マッドについても「バッド・マッド」、「フル・マッド」と段階があり、フルマッドの場合はそうとう慎重に走らないとコントロール不能になってしまう。
ちなみに、マッドは水分が多いためカットを多用するとタイヤの温度が下がり、特に発動温度帯が高く設定されているハードタイヤでは、ゴム(コンパウンド)が冷えてグリップが一気に低下してしまうので、その点についても注意が必要だそうだ。
ここに記した以外にも路面の状態を表現するワードはまだいくつかあるが、きりがないので割愛する。舗装の状態、カットによる路面の汚れ具合を表現する言葉だけでもこれだけ種類があり、その情報を信じてドライバーは未知なるコーナーに飛び込んでいくのだ。もし、高速コーナーでペースノートに記された情報が違っていたら…。考えるだけでも恐ろしいが、勝田は今回その「まさか」を経験した。初日のSS6、長い右高速コーナーで勝田のペースノートには「バッド・ラッツ」と記されていた。これが意味するのは、路面にグラベルが出てはいるがラインはあるので、そこを通ればタイヤはグリップするということ。ただしラッツは狭いから外さないように注意して走るべし、というインフォメーションを信じ、勝田は5速ギヤで高速の右コーナーに入った。ところが、あるはずのラッツ=ラインはそこになく、路面にはただグラベルが広がっていた。
「ああもうダメだ」と、勝田はコースアウトを意識したという。「でも、何とかギリギリで、奇跡的に道に留まることができました。ただし狭い道でクルマが横向きに止まってしまい2、3回ハンドルを切り返さなければならず、リバースギヤにも中々入らなかったのでかなりタイムをロスしてしまいました」
ペースノートの修正情報は、勝田のドライビングインストラクターであり、ターマックラリーではグラベルクルーを務める、ユホ・ハンニネンによるものだった。恐らく、ハンニネンがステージ開始前に走行した時は、走行ラインがあったのだろう。しかし、前走車によってラインがかき消された可能性が高く、勝田はグラベルでグリップを失ってしまったのだ。
「決して、ユホさんが間違っていたわけではありません」と勝田。「全面にグラベルが広がっていることを想定した安全重視の情報だったら、スピンはしなかったと思いますが、そのようなマージンをとってばかりではあっという間に大きく遅れてしまいます。ラッツがあれば時速20kmくらい速く通過できるので、ある程度マージンを削っていかないとトップの選手と同じ速さで走ることはできません。どれくらいマージンを見ておくべきか、そのバランスは、僕とユホさんがより緊密に連携をとっていくことで、今後さらに改善されると思います」
ターマックラリーにおけるドライバーおよびコ・ドライバーと、グラベルクルーふたりの関係は非常に重要であり、第3、第4の選手といえるほど彼らの責任は重大だ。いわば、ターマックでは4人でラリーを戦っているようなものである。そのため、グラベルクルーは実戦経験が豊富で、なおかつ選手と強固な信頼関係を構築している人物でないと務まらない。TOYOTA GAZOO Racing WRTで2017年に初代ワークスドライバーを務めたハンニネンは、勝田と兄弟のように仲が良く固い絆で結ばれている。次なるターマックラリーは、やはりWRC初開催となる8月の第8戦イープル・ラリー(ベルギー)。イープルもまた、クロアチアと同様非常にトリッキーなターマックラリーとして知られ、勝田にとっては大きなチャレンジとなるが、今回の経験が活かされるに違いない。
実は、そのスピンの前にも、勝田はSS4でジャンクションをオーバーシュートし、その際クルマが土手に当たってタイヤの空気が抜け、大幅にタイムをロスした。映像では単なるドライビングミスにも見えたシーンだったが、実際はそうではなかったようだ。
「ジャンクションの前のセクションで、ジャンプをして右コーナーをカットするところにグラベルが少し出ていて、2回目の走行に向けてペースノートを修正しようと『チェック』と(コ・ドライバーの)ダン(バリット)に伝えたんです。しかし、そこからジャンクションまでの区間が短く、なおかつ読み上げなければならない情報が多かったためペースノートのコールが混乱し、気がついた時にはジャンクションに差しかかっていました。しかも、悪いことにそのジャンクションは路面が特に滑りやすく、オーバーシュートしてしまったんです。いくつもの不運が重なってのミスでした」
つまり、勝田は全開でステージを走りながらも、午後の再走ステージに向けてペースノートを修正しようとしたのだ。これは、今回に限らず常に行っている作業である。しかし、運悪くコ・ドライバーが修正を反映する時間的余裕がないほどタイトなセクションだったのだ。「さすがだったのは、最後にダンが他の細かい情報を全て飛ばし『直角の右!』と1番重要な部分だけをコールしてくれたんです。だから、タイヤのエアー抜けで済んだともいえます」
以上のように、勝田は初日にやや大きなミスをふたつしたことにより、タイムをかなり失った。しかし競技2日目、気持ちを入れ換えた勝田は午前中のSS10でベストタイムを刻んだ。昨年の最終戦ラリー・モンツァの最終ステージ「パワーステージ」で、勝田はキャリア初のベストタイムを刻み、その速さをアピールした。しかし、クロアチアでのキャリア2回目となるベストタイムは、そのモンツァ以上に価値があるものだった。多くのトップドライバーが優勝をかけて、マキシマムアタックをしている中でのベストタイムだったからだ。全力で走るオジエやエバンス、そしてライバルチームのエース級ドライバーよりも、勝田は全長約21kmのロングステージで速かったのだ。
それだけではない。そのSS10の再走ステージであるSS14でも勝田はベストタイムを刻んだ。これは、1回目よりもさらに価値のあるステージベストだといえる。なぜなら、1回目の走行時よりも路面のコンディションが全選手イコールに近く、しかもかなりトリッキーな状態で刻んだベストタイムだからだ。
「1回目は、いいリズムではありましたが、それほどマキシマムプッシュではなかったのでトップタイムを出したという感覚はなく、他の選手とのタイム差を見てむしろ驚きました。そして『1回目は走行順がはやく、比較的良好な路面コンディションだったから速く走れたのだろう』と周りに思われるのが悔しかったので、2回目は少し意地になって全開でアタックしました」
そう、勝田は実力を出し切ってベストタイムを奪ったのだ。間違いなく、彼のキャリアベストの走りだったといえる。21kmという長く難しいステージで、激しい優勝争いが繰り広げられる中で2回のベストタイムを刻んだことにより、勝田は今後トップレベルで戦える可能性をしっかりと示した。ついに、日本人ラリードライバーがこのレベルにまで来たかと、僕はクロアチアから遠く離れた夜の鈴鹿サーキットで、思わず快哉を叫んだ。
最終日は、ブレーキに少し不具合が発生していたこともあり、確実性をとって最後はペースを落としたが、それでも開幕から3戦連続の6位フィニッシュでしっかりとポイントを獲得した。速さだけでなく、安定性も以前に比べて格段に高まってきている。今後、さらに速いスピードを保ち続けようとすれば、ミスも増えるかもしれないし、総合力はワークスのレギュラー勢にまだ届いていない。しかし、だ。勝田は確実にパフォーマンスを上げている。これからしばらく続くグラベル戦で彼がどれだけ成長するのか、楽しみでならない。
古賀敬介の近況
クロアチア・ラリー、コロナ禍で取材に行くことができませんでした。初めてWRCが開催されるイベントを取材する時は、いつも本当にワクワクしますし、個人的にクロアチアは昔から行きたい国のひとつだったので、とにかく残念でなりません。その週末、僕はスーパーフォーミュラの取材で鈴鹿サーキットにいたのですが、昼はレース取材、夜はWRCをライブ映像でフォローしていたので週末は連日2時間くらいしか寝ませんでしたが、どちらも非常に素晴らしい試合だったのでアドレナリンが出まくり、まったく眠くなりませんでした。また、ラリー終了後に勝田選手に1時間も電話取材に対応してもらい、ここで書ききれないくらい面白い話をたくさん聞かせてもらったので、非常に充実した週末になりました。