モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

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8年ぶりWRC開催のアクロポリスで
20歳のロバンペラが見せた成熟の走り

WRCな日々 DAY22 2021.9.22

SS3で首位に立つと、最後まで余裕で順位を守り通し優勝。ステージウイン8回、そしてトップカテゴリー参戦2年目での2勝目。WRC第9戦アクロポリス・ラリー・ギリシャは、カッレ・ロバンペラというドライバーの才能に改めて驚かされた1戦だった。しかし、それだけでなくこの歴史的なイベントは、トップドライバーたちの「凄み」を実感したラリーでもあった。

個人的に、アクロポリスは大好きなラリーのひとつである。大きな石がゴロゴロ転がる荒れたグラベル(未舗装路)ロード、無機質なグレーの山肌と吸い込まれるように神秘的なブルーの海、ルート沿いに点在する古代遺跡、人々の熱狂。目を閉じれば素晴らしい光景が頭の中に広がり、青空の下笑顔でトロフィーを掲げる勝者たちの顔が浮かび上がる。みんなその時代のトップドライバーで、ワールドチャンピオンも多い。そして今年、8年ぶりにWRCとして開催されたアクロポリスで、20歳のロバンペラがウイナーズリストに加わった。TOYOTA GAZOO Racing WRTのヤリ-マティ・ラトバラ代表は「このラリーで勝つのに10年もかかった」と、2013年に優勝した際、感慨深げに語った。しかし、同じフィンランド出身のロバンペラは、初出場でさらりと勝ってしまった。そこで今回は、なぜ彼がアクロポリスで圧勝できたのかを考察したいと思う。

ラフ&タフ。アクロポリス・ラリーの特徴を表現する時に、必ず用いられるフレーズだ。日本では昔から「悪路ポリス」などとも呼ばれてきた。道がとんでもなく荒れていて、パンクやサスペンション破損は日常茶飯事。30度を軽く越える気温は、エンジンと選手を容赦なく痛めつける。かつては、何よりも耐久力が求められる1戦であり、そのためアクロポリス=サバイバルラリーというイメージが浸透している。しかし、近年のアクロポリスはそれほどラフ&タフではなかった。路面コンディションは年々良くなり、特に今回のアクロポリスは映像で見ても、ドライバーのコメントを聞いても路面はそれほど荒れていなかったようだ。驚くべきことに、トップドライバーに関してはパンクやサスペンションの破損はなかったが、それは主催者が頑張って道を整備し、重機を入れて道をならしたからかもしれない。僕個人としては、ラフ&タフのキャラクターが薄まってしまい少し残念に思ったが、選手にとっては歓迎すべきことだっただろう。とくに、ロバンペラにとっては。

フィンランドの森でドライビングテクニックを培ったロバンペラは、ハイスピードなラリーを得意としている。これまでに2回表彰台に立ったスノーラリーも、今年の第8戦で総合3位を獲得したターマック(舗装路)のイープル・ラリー・ベルギーも、そしてWRC初優勝を飾った今年のラリー・エストニアも、全て超ハイスピードラリーであり、いずれもイベントの平均速度は110km/hを越えていた(今年のエストニアは109.92km/hだったが、まあ約110km/hということで)。WRCの平均速度ランキングで年間トップ3に入るラリーばかりである。超高速ラリーのステージは大体において路面コンディションが良く、タイヤの磨耗やパンクをそれほど気にすることなく走れる。ドライバーのナチュラルスピードが発揮されやすいラリーともいえるが、天性のスピード感覚を備えるロバンペラは、そういったラリーで抜群に速い。

その一方で、荒れた路面のラリーや、ツイスティなセクションが続くテクニカルなラリーではこれまでやや苦戦することが多かった。ドライビングスタイルがかなりアグレッシブであるが故に、タイヤにかかる負荷が大きく、磨耗が進みやすいためだ。スピード感覚はピカイチながら、タイヤのライフマネージメントに課題があるとも言われてきた。ところが、平均速度が約84km/hと、ここまでのところ今シーズン最も遅いラリーだったアクロポリスで、ロバンペラは圧巻の速さを示した。一体なぜか?

まず、前述のように路面のコンディションがかなり良く、低速区間もあったが中高速区間も少なくなかったこと。パンクや磨耗をあまり気にせず、アクセルをベタ踏みできるセクションが意外と多かった。また、今年の大会はかなり気温が低く、高温によるタイヤの磨耗をそれほど気にする必要がなかったようだ。そしてもうひとつ、ピレリがメインとして持ち込んだのが、耐磨耗性に優れるハードタイヤだったことも、ロバンペラにとっては有利な要素だった。通常、路面がラフで気温も高いアクロポリスでは、ハードタイヤがベストマッチする。そのためピレリは1台のクルマにつきハードを32本、ソフトを8本準備し、その中から最大32本を選ぶシステムだった。

ところが、今年のアクロポリスは気温が異常なほど低く、しかもラリーウイークの前半に大量の雨が降り、路面の多くがぬかるんだ。ラリー本番でもまだ濡れていたり、ぬかるんでいたりする路面が残り、特に気温が低い午前中はソフトタイヤこそがマッチする路面だった。しかし、ソフトは8本、つまり2セット分しか使えないため、どうしても数が足らない。そのためハードを混ぜて装着したり、スペアとしてクルマに搭載する必要があったのだが、路面温度が低かったり、道が濡れていたりするとハードタイヤはなかなか暖まらず、本来のグリップを発揮させることが難しい。数が少ないソフトを温存するために、しかたなくハードを履いていたドライバーも少なくなかった。

そのような状況で、アグレッシブなドライビングによりタイヤの温度を素早く上げることができるロバンペラは、ハードタイヤを上手く機能させていた。むしろ、濡れた路面であってもハードタイヤを多めに装着していたくらいだ。今回総合2位だった、ヒュンダイのオィット・タナックがソフト4本を履いて走った朝のステージでも、ロバンペラはハード2本、ソフト2本のハーフ&ハーフで走り、しかも大差をつけてベストタイムを刻んだ。土曜日はオープニングから4ステージ連続でベストタイムを記録し、その4本だけで2位タナックとの差を36秒も拡げた。また、日曜日最初のステージ、SS13(全長23.37km)では、雨で濡れた路面で2番手タイムのタナックより14.1秒も速く、差をさらに拡大した。最終日を迎えた時点で、既に30.8秒という大きな差を築いており、さらにプッシュする必要はなかったにも関わらずだ。もっとも、本人は「クルマのフィーリングが良かったので」と涼しい表情。ちなみに、そのステージで3番手タイムだったオジエはロバンペラから28秒遅れ。戦略的にあえて少しペースを落としていたようだが、それでも「今回のロバンペラは飛ぶように速く、追いつけなかった」と、若きチームメイトのスピードに驚いていた。

このように、今回のロバンペラは誰も対抗できないくらい速かったわけだが、その理由を改めてまとめたい。まず、路面コンディションが良くタイヤのパンクや磨耗をあまり気にせず走れたこと。ピレリがファーストノミネートしたタイヤがハードだったにも関わらず路面温度がかなり低かったこと。ロバンペラのアグレッシブなドライビングがハードタイヤを上手く機能させたこと。また、ハードタイヤの使い方が大きな鍵を握ると予想し、事前のテストできちんと性能を発揮させられるようなクルマに、エンジニアが仕上げていたこと等が、大活躍の理由として挙げられる。ロバンペラほどではなかったが、オジエもまたハードタイヤを履きこなしていた。今回、ヤリスWRCは全般的にタイヤへの合わせ込みがかなり上手くいったようだ。

ロバンペラ優勝の陰では、ラリーの現場にいなかったエンジニアの献身もあったと聞いた。現在、チームはフィンランドの新ファクトリーの機能を充実させ、ラリーのサービス現場でクルマから吸い出したデータをリアルタイムでフィンランドでも分析するシステムが標準化している。そして、好調にステージを走り終えてサービスに戻ってきたロバンペラのクルマのデータをフィンランドで分析したところ、パフォーマンス面でマイナスになり得る要素が見つかり、その該当パーツの交換を現場に指示。その結果、ロバンペラはサービス後のステージでも好調を維持することができたのだ。WRCの世界でも「リモートワーク化」は進んでいる。

優勝したロバンペラに対し、ラトバラ代表は「今回のカッレは週末を通して非常に冷静で、成熟した走りを続けていた」と賛辞を呈した。ただ速かっただけでなく、例えば最初のグラベルステージだったSS2ではやや慎重に走り、タイヤの磨耗具合をまずチェック。「この磨耗具合ならば行ける」と確認すると続くSS3ではベストタイムを記録して首位に浮上し、そのまま最後まで総合1位の座を守り続けたのだ。今回は速さだけでなくクレバーさも目立ち、彼の大きな成長を感じた1戦だった。低速のラリーでも勝てることが今回証明されたわけだが、果たして高気温のラリーを軟らかいタイヤで走っても磨耗をコントロールできるだろうか? 今シーズンはもうそのようなラリーがないため、判断は来年まで持ち越しとなる。

優勝争いには加われなかったとはいえ、オジエの凄さも十分に感じられた。ドライバー選手権首位のオジエは、今回もまた不利な出走順トップで金曜日のステージを走行。今年のアクロポリスはやや特殊なステージ構成で、金曜日は2回走るリピートステージが1本しかなく、5本中3本は1回しか走らなかった。そのため、滑りやすいルーズグラベルを掃き飛ばしながら走らなければならないオジエにとってはかなり不利な条件だと考えられていたが、それでもオジエは金曜日が終了した時点で首位ロバンペラと3.9秒差、2位タナックとは僅か0.2秒差の総合3位につけた。出走順トップながら、ベストタイム1回を含む3本のトップ3タイムを金曜日に刻んだことに、僕はとても驚いた。改めてその走りを分析すると、3番手タイムを刻んだSS2とその再走ステージであるSS4は、途中にそこそこ長い距離のターマックセクションがあり、オジエはそこでかなりタイムを稼いでいたようだ。グラベル用のタイヤとサスペンションでターマックを走るのがオジエは上手く、以前に同じような状況だったラリー・スペインでも、まるでそのターマック区間を「ワープ」したかのように速かった。改めて、世界チャンピオンの技術の引き出しの多さを知ったステージだった。

ロバンペラの速さにこそついていけなかったが、タナックと総合2位を争えるだけのスピードはオジエにはあった。しかし、彼は無理に2位を狙おうとはせず、3位を堅持する走りを続けた。ドライバー選手権2位に同ポイントで並んでいた、エルフィン・エバンスとヒュンダイのティエリー・ヌービルが、どちらも早い段階でクルマのトラブルにより大きく遅れたからだ。オジエが最優先するのは8回目のドライバーズタイトル獲得であり、そのために緩急つけた戦いを続けてきた。そして今回も、リスクを冒して2位を狙うよりも、確実に3位を得たほうが得策であると判断し、表彰台の2番目に高い位置を無理には狙わなかった。そのようなセルフコントロール能力もまたオジエの強みであり、だからこそ彼は7回もタイトルを獲得できたのだ。

優勝しオジエとのポイント差を埋めたかったエバンスにとっては、絶望のラリーになってしまった。金曜日1本目のSS2を終え、エバンスはオジエに続く総合3位につけていた。しかし、その後クルマのギヤシフトにトラブルが発生し、SS3はギヤが6速に固定された状態で走行。続くSS4では3、4速だけで走っていたようだ。もちろん大きなタイムロスを被り優勝だけでなく上位入賞も不可能なほどの遅れをとったが、それでもエバンスは自暴自棄にならなかった。6速ギヤだけで低速のグラベルステージを走るなんて、普通だったらできない芸当だ。しかしエバンスは絶妙なアクセルおよびクラッチ操作でエンジンの回転数をできるだけ高く保ち、ステージを走りきった。そして、フィニッシュ直後にTVクルーからインタビューを受けても極めて冷静に対応し、苛立ちをあまり感じさせなかった。

エバンスは結局、金曜日の5本のステージのうち4本を不本意なギヤで走り続けたのだが、それでも首位ロバンペラからの遅れを5分以内に抑えたのは素晴らしいとしかいいようがない。エバンスのドライバーとしての卓越した技量と精神力に、僕は尊敬の念をさらに深めた。そして、改めて思った。確かに昔ほどラフ&タフではなくなったが、それでもアクロポリスはやはりアクロポリスであり、サバイバル能力も依然重要なのだと。

古賀敬介の近況

8年前の記憶をたどり、昔の資料を見ながらアクロポリスのライブ映像を追っていましたが、路面がかなり良くなっているように見えて驚きました。WRCは、サーキットと違い同じステージでも毎年コンディションが違います。そのため、やはり毎年ステージを自分で走って道をチェックすることが重要ですが、それをできない現状にフラストレーションを感じてきました。そこで、次のフィンランドとスペインは久々に現地で取材をすることにしました。帰国後の2週間隔離があるため、藤本えみりさんとご一緒させてもらっているJ SPORTSのWRCレビュー番組(写真)は、しばらくお休みさせていただきます。

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