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圧倒的な走りで難関クロアチア・ラリーを制覇
若獅子ロバンペラの心技は次なるステージへ
WRCな日々 DAY29 2022.5.12
2021年に初めてWRCとして開催されたクロアチア・ラリーは、その特殊でトリッキーなターマック(舗装)路面が多くのドライバーを翻弄した。初日のSS1でコースオフによりリタイアとなったカッレ・ロバンペラもそのひとりだったが、今年、ロバンペラは圧巻の走りでラリーを支配し、表彰台の中央に立った。
昨年、経験豊かなWRCトップドライバーたちを驚かせたのは、目まぐるしく変わる舗装路面のグリップレベルだった。1本のステージの中でも舗装状態は連続的に変化するため、グリップ変化を予想した上でコーナーへの進入速度を見極める必要があった。そしてロバンペラは、予想よりも遥かにグリップレベルが低かったSS1のコーナーでコースから飛び出し、早々にラリーを終えることになった。そのため、ロバンペラのクロアチアでの経験値は無きに等しい。今年のステージは、昨年と多くが重なっていたため、ロバンペラは昨年完走したライバルよりも大きなハンデを負って、今年のクロアチアに臨むことになった。
唯一、ロバンペラにとって有利に働いたのは、初日のステージの出走順がトップだったことだ。第2戦ラリー・スウェーデンで優勝したロバンペラは、ドライバー選手権で首位に立ったことにより、クロアチア初日のステージに一番手走者として臨むことになった。一般的なターマックラリーでは、路面がクリーンな状態で走ることができる、一番手走者が有利とされる。特にクロアチアは、コーナーイン側の舗装されていない路肩部分をショートカットして直線的に走る「インカット走行」が可能なステージが多いため、出走順が後ろになればなるほど、舗装路面は路肩から掻き出された泥や砂利で汚れ、どんどん滑りやすくなっていく。加えて、今年は直前に降った雨で路面は濡れ、インカットによって掻き出された水分を多く含む泥がタイヤからグリップ力を奪った。
ロバンペラは、出走順トップのアドバンテージを活かしきり、オープニングから2ステージ連続でベストタイムを記録。スタートダッシュを決めた。さらに、その後も4本のベストタイムを刻み、デイ1に用意された8ステージのうち、6ステージを制するなど圧倒的な速さを示し、初日にして総合2位のオィット・タナックに1分23.3秒という大きな差を築いた。有利な出走順が追い風になったのは確かだが、それだけではない。午後の再走ステージで路面は泥だらけとなり、ロバンペラが出走する時点で既に非常に滑りやすい状態だった。おまけに、濃い霧が視界を妨げ、多くのドライバーが慎重な走りを余儀なくされる中、ロバンペラは自信を持ってアタック。午後のステージでも3本のベストタイムを刻むなど、悪条件下で彼のドライビングセンスが煌めいた。
通常、2位に対して1分20秒以上の差があれば、かなり楽な展開といえる。しかし、デイ1首位のロバンペラは、デイ2では出走順が後方となり、非常にダーティな路面を走らなくてはならなかった。それでも、ロバンペラは冷静なアプローチでステージを重ね、勝負どころに焦点を当てた戦いをしていた。勝負どころというのは、午前中3本目のSS11「プラタック」のステージ。デイ2は雨の可能性は皆無ではなかったが、基本的には降らないだろうと、多くのドライバーがドライ用タイヤを4本、スペアとして2本のウェットタイヤを選んで朝のサービスを出た。しかし、大きなリードを築いていたロバンペラは、降雨時のリスクを考えウェットタイヤを4本、ドライタイヤを2本選択。トップを争うドライバーの中で、ロバンペラと同じタイヤを選んだのは総合2位のタナックのみ。同じタイヤ選択であれば、少なくとも直接的なライバルであるタナックに大きく遅れをとることはなく、1分以上のリードを守りきれるはずだった。
スキーリゾート内の峠道を走行するプラタックのステージは、突然の雨で路面が濡れ、ウェットタイヤを4本持つロバンペラにとっては有利なコンディションになるはずだった。しかし、ロバンペラはこの全長約16kmのステージで、同じくウェットタイヤを4本装着して臨んだタナックに、一気に18.2秒差まで詰め寄られることになってしまった。左フロントタイヤがパンクしたのだ。ロバンペラ自身は決して無理なアタックをしておらず「なぜパンクをしたのか分からない」と少々困惑気味だったが、それでも冷静に現実を受け止めていた。出走順が後方となったことで、掻き出された石等によりタイヤがダメージを受けたのかもしれない。また、道幅が狭く、進路に石があってもラインを大きく変えることができないような、難しい状況でもあったようだ。
デイ2では一日を通してタナックが速く、ロバンペラは前日のように一気に差を拡げることはできなかった。しかし、実際のところロバンペラはかなり余力を残して走っていたのだ。路面がダーティなステージでプッシュすれば、どうしてもコースオフやパンクのリスクが高まる。だから、そういったステージではマージンを大きくとり、ライバルに大きく遅れないことを最優先。そして、路面がクリーンでリスクが少ないステージではフルアタックを敢行するという、ベテランドライバーのような緩急つけた組み立てを、21才のロバンペラはやってのけた。
デイ2最終のSS16、距離は約9kmと短かったが、ロバンペラはここでようやくフルアタックを行い、タナックより5.1秒も速いベストタイムを記録。首位の座をしっかりと守り、差を19.9秒に拡げた。ステージを走り終えたロバンペラは不敵な笑みを浮かべ「これが僕の答えさ。フルスピードだったよ」と述べた。パンクにより大きくリードを失いながらも、動揺することなく冷静さを保ち続け、しかるべきステージで反撃する。驚くべきセルフコントロール能力であり、もともと強かったメンタルがさらに図太くなっているように感じた。
最終日のデイ3は4本のステージで構成され、その合計距離は54.48kmと短い。何かが起こらない限り、ロバンペラが約20秒のリードを維持するのは、それほど難しいことではないように思われた。しかし「予想外の雨」が、ロバンペラを首位から陥落させることになった。デイ3で降雨はないというチームの天気予測に基づき、ロバンペラは2本のウェットタイヤをスペアとして搭載するも、それ以外の4本については、完全なドライ路面で最大の力を発揮するハードタイヤを選択した。その時点で、既に優勝争いから後退していたエルフィン・エバンス、エサペッカ・ラッピ、勝田貴元といったGR YARIS Rally1勢はいずれもハード5本を選んでいたことからも、チームがドライコンディションを予想していたことは明らかだ。
一方、逆転優勝を狙うタナックは、スペアとしてのウェット2本はロバンペラと同じながら、メインのドライ路面用タイヤとして、ハードではなくソフトを4本選択。ソフトの方が低い路面温度でもグリップ力が発揮されやすく、路面が濡れていてもある程度は対応できる。このタイヤ選択から、タナックが降雨の可能性が高いと判断していたことが分かる。デイ3オープニングのSS17では、ロバンペラが2番手タイムを刻み、総合2位タナックとの差を31.1秒まで拡げた。続くSS18で差は28.4秒に縮まったが、通常ならば安全圏といえるギャップである。残るステージは2本、しかし、そこでドラマが起きた。突然の降雨である。
強い雨がSS19の路面を濡らし、ロバンペラはウェットタイヤ2本と、ハードタイヤ2本をクルマの対角線上に装着してステージに臨んだ。WRCでは定番ともいえる究極の妥協策「クロスオーバー」である。対するタナックはウェットタイヤ2本と、ソフトタイヤ2本のクロスオーバー。ウェット路面でロバンペラが履く2本のハードタイヤはなかなか暖まらず、全くグリップしなかった。そのためロバンペラは大きくタイムを失い、9番手タイムと低迷した。対するタナックは、ソフトタイヤのグリップ力にも支えられ快走。何とロバンペラより29.8秒も速いベストタイムを記録したのだ。その結果、首位はついに入れ替わり、最終ステージを前に首位タナックを、1.4秒差で2位ロバンペラが追うという劇的な最終章を迎えることになった。
「雨が降るとは思っていなかった。ハードタイヤは全然グリップせず、(タナックに)対抗することができなかった」とロバンペラ。しかし、土壇場で首位から陥落してもなお、彼はいたって冷静だった。ボーナスポイントもかかる、最終のパワーステージで降雨はなく全体的にはドライコンディションだった。しかし濡れている場所も多く、再走ステージということもあって路面には湿った泥や砂利が多く出ていた。そのような路面では、タナックが持つソフトタイヤのほうが有効である。ハードタイヤのロバンペラが1.4秒差をひっくり返して優勝するのは、かなり難しいことだと、チーム代表のヤリ-マティ・ラトバラも覚悟していた。冷静に考えれば、大きなリスクを冒して逆転優勝を狙うよりも、選手権争いを重視して総合2位を守るほうが得策に違いなかった。
しかし、ロバンペラは攻めた。グリップが上がりにくいハードタイヤを機能させ、今回のラリーでもっともアグレッシブな走りでダーティなステージをアタック。「何度か危ない瞬間もあった」と走行後ロバンペラが述べたように、それは限界ギリギリの走りだったが、クルマを無事フィニッシュまで運んだロバンペラは、その時点で最速だったエバンスより21.8秒も速いタイムを記録した。「全力を尽くして走った。どうなるか状況を見よう」とロバンペラ。パワーステージは、その時点で総合順位が1位のドライバーが上位勢の最後に走る。人事を尽くし、首位タナックを待つロバンペラ。コ・ドライバーのヨンネ・ハルットゥネンが無線で聞いた各区間の通過タイムをロバンペラに伝え、緊張がどんどん高まっていった。やがて、タナックがフィニッシュ。タイムは2番手、ロバンペラより5.6秒遅く、その瞬間ロバンペラの逆転優勝が決まった。そこまで感情を抑えていたロバンペラはGR YARIS Rally1のルーフ上に駆け上り、ハルットゥネンと喜びを爆発させたのだった。
初日に大きなタイム差を築きながらも、パンクと降雨によりリードを全て失った。それでも終始冷静さを失うことなく、抑えるところは抑え、攻めるべきところではリスクをとってでも攻め切った。ベテラン選手でもなかなかできないような、ほぼ完璧なマネージメントにより、ロバンペラは前戦ラリー・スウェーデンに続き勝利を勝ちとったのだ。信じられないような精神力、そしてドライビングスキルである。全13戦のうち、まだ3戦が終了したに過ぎないが、それでもロバンペラが今シーズンを制するのではないかと予想する声が多く聞こえてくるようになった。
その一方で、昨年まで2年連続でセバスチャン・オジエとタイトルを争い、選手権2位を獲得していたエバンスは今回総合5位に留まり、開幕から3戦連続で不本意な結果に終わった。また、昨年このクロアチアでベストタイムを刻み、トップを争う力を備えていることを証明した勝田は、最後までクルマに自信を持つことができず、総合6位でラリーを終えた。エバンスと勝田にとっては、ここまでのところ厳しいシーズンとなっているが、その最大の理由はクルマがWRカーからRally1に変わったことにあると考えられる。
Rally1となり、ハイブリッドパワーにより瞬間的なパワーが一気に向上したが、問題はそこではない。彼らにもっとも大きな影響を及ぼしたと考えられるのは、規則変更によりクルマからセンターデフがなくなったことだ。センターデフは、4WDシステムにおいて前後輪の駆動配分を調整する機能を持つ。WRカーの時代は電子制御により油圧でコントロールされるアクティブセンターデフが採用され、個々のドライバーの運転にフィットするよう緻密にプログラミングされていた。特に、コーナーの進入で発生しやすいアンダーステアを抑える効果が大きく、無理やりクルマを曲げにいかなくとも、ステアリング操作等により曲がりたいという意志をクルマに伝えさえすれば、自然に曲がれるような前後駆動配分に調整されていた。
ところが、センターデフもアクティブ制御も禁止されたことで、Rally1はどのクルマも基本的にアンダーステアが強まった。それをクルマのセッティングで抑えようとするとハンドリングから安定感が失われやすくなり、トラクション(駆動力)も低下する。それが、開幕戦ラリー・モンテカルロの序盤でロバンペラが低迷した大きな理由である。やがて、多少アンダーステアが強くとも、ドライビングでクルマを曲げていくほうが得られるものが多いということをロバンペラは理解し、アプローチを変えていった。一方、エバンスと勝田はこれまで、できる限りクルマをドリフトさせないようにコーナーに進入していた。その際生じやすいアンダーステアはアクティブセンターデフによって抑えられ、彼らのスムーズな操作はタイヤのマネージメント等においてはプラスに働いていた。しかし、クルマを自分から積極的に曲げに行かないとアンダーステアを消すことが難しいRally1では、彼らふたりのスムーズなドライビングはマイナスにも作用する。また、曲がりにくい状態から突然リヤがスライドする挙動も発生しやすくなり、それが開幕3戦でふたりが苦戦した理由だと考えられる。
対するロバンペラは、クルマを振り回すようなドライビングも得意としており、曲がりにくいクルマをドリフトで曲げる能力に長けている。これはロバンペラだけでなく、伝統的にフィンランド人ドライバーが好むドライビングスタイルであり、ラッピのドライビングも基本的には同じ方向だ。また、ラトバラ代表も現役時代は攻めのドリフト走行を得意としていた。今シーズンが始まる前、ラトバラ代表は「Rally1は基本的にアンダーステアが強いクルマだから、無理やりにでも曲げられるフィンランド人選手が有利かもしれない」と、展望を述べていた。そして「だから、今年こそ私が活躍できるはずだ(笑)」とも。彼の予想はここまでのところ正解といえ、クロアチアでは初日のクラッシュで下位に沈んだラッピも、再出走後はベストタイムを4本記録。ロバンペラとラッピというGR YARIS Rally1に乗るふたりのフィンランド人が、全19ステージのうち12ステージを制したのだ。ターマックラリーでも、フィンランド式のアグレッシブなドライビングが有効だったことは、今年のRally1の基本特性を示すものである。
スムーズな走りを信条とするエバンスと勝田は、今後ドライビングのアプローチを変えていく必要があるが、それは十分可能だろう。開幕戦ラリー・モンテカルロでは、これまでスムーズなドライビングを実行してきたセバスチャン・オジエと、セバスチャン・ローブが優勝を争った。彼らベテランのドライビングの引き出しは多く、クルマの特性、タイヤのグリップ、路面コンディションに応じて器用に運転を切り替える。だからこそ、Rally1のデビュー戦で優勝争いを繰り広げることができたのだ。エバンスと勝田がRally1を自分のコントロール下に完全に置くことができるようになった時、彼らはより完成度の高いドライバーになっているに違いない。
WRC次戦は、今シーズン最初のグラベルイベントであるラリー・ポルトガル。ドライバー選手権首位で臨むロバンペラにとっては、真価が問われる1戦だ。なぜなら、彼はグラベルステージの初日を不利な出走順一番手で走ることになるからだ。ターマックのクロアチアから一転、一番手走行は大きなディスアドバンテージとなり、ロバンペラは後続選手たちのために滑りやすい砂利を掃き飛ばしながら走らなければならない。しかし、それは選手権リーダーがワールドチャンピオンとなるために越えなければならない壁であり、オジエもローブも出走順のハンデを乗り越え多くの栄冠を勝ちとってきた。ロバンペラがチャンピオンとなるためには、この試練に打ち勝つ必要がある。
ただし、そう簡単には行かないかもしれない。なぜなら、モンテカルロで優勝を争った「ふたりのセバスチャン」、すなわちオジエとローブが、ポルトガルに出場するからだ。彼らは2戦を欠場したことで選手権ランキングが下がり、ポルトガルは有利な遅い出走順で走ることになる。彼らにしてみれば、過去何年間も苦しんできた出走順のハンデから開放され、気持ちよく、そして思い切りラリー・ポルトガルを走ることができるチャンス。ふたりとも、間違いなく優勝に狙いを定めている。新旧スーパースターの激突、そして序盤苦戦した実力派選手たちの反撃。第4戦ラリー・ポルトガルから、今季のWRCはさらに面白くなりそうだ。僕もポルトガルに赴き、彼らの戦いを現地で取材するつもりである。
古賀敬介の近況
クロアチア・ラリーは昨年に続き今年も最終ステージでのドラマチックな逆転劇で幕を閉じました。あの不利な状況をひっくり返して優勝したロバンペラは本当に素晴らしかったと思います。嬉しかったのは、逆転負けを喫したタナックが爽やかな笑顔でロバンペラを祝福していたこと。彼の戦う姿勢にも感動しました。改めてスポーツの素晴らしさを感じた1戦でした。