「さながら舞台袖の有様だった」
TGRF<TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL>のドライバー控え室は、とても慌ただしい。ドライバーそれぞれが、様々なコンテンツに分かれて右往左往するからだ。
スタッフが入れ替わり顔を出し、ドライバーも出たり入ったりする。
走行前に最終打ち合わせをしたり、段取りの変更をしたり、あるいはスポンサーの挨拶をしたり、大量の色紙にサインをしたりと、息つく間もない。
グランドスタンド裏やメインパドックにステージが準備されており、それぞれのテーマでトークが展開される。
それに合わせて我々も衣装を変える。ニュルブルクリンク24時間レース参戦が話題ならば、TOYOTA GAZOO Racingスーツの着用だ。
サーキット走行となれば、今度はステアリングを握るマシンに合わせて衣装チェンジをすることになる。
さらに言えば、例えば2012年モデルでデモランとなれば2012年のスーツに着替え、2014年モデルをドライブするときには2014年時のスーツを纏う、という具合にそれぞれの時代背景に合わせて衣装まで変えるのだから、そこは控え室というより舞台袖のような有様なのだ。
「次から次へと…」
僕は3着のスーツを着替え分けるだけで済んだけれど、井口卓人などは超多忙で、TOYOTA GAZOO Racingに着替えたり、スバルに着替えたり、スバルでも86/BRZ Raceスーツに着直したりと、さながらファッションショーの楽屋の様相だった。
おそらく歌舞伎や舞台役者の早着替えは、こんな慌ただしさなのだろう。
それは演出の一環なのだが、安全性が担保できるレーシングスーツだったらどれでもいいとならない。僕らにとっては大切なスポンサーロゴの問題があるから無視できない。クスコS耐久マシンに乗るのに、スーツがTOYOTA GAZOO Racingってわけにもいかないのだ。
土屋武士などは、ヘルメットを一つしか持ってきておらず、クリアバイザーをいちいち付け替えていた。バイザーステッカーが異なるからである。スーパーGT用にはヨコハマタイヤの黒赤ステッカーが貼られている。ニュルブルクリンクレース24時間仕様にはブリヂストンである。付け替えなくてはならないのだ。
僕らが応援してくださるスポンサーへの気遣いを欠かすことはない。これまでのレース生活で、協賛企業がどれほど僕らを助けてくれたかを深く理解しているし、その有り難みを身を以て実感しているからである。スポンサーへの配慮なくして、ドライバーが生き残ってこられるほど甘い世界ではない。それをみんなが理解していることが、控え室の慌ただしさで知ることができた。
「歪な左右非対称」
僕ももちろん、スポンサーへの配慮を欠かしたことはない…つもりだ。常にスポンサーロゴの露出を心掛け、協賛を上回る宣伝効果が残せるように気配りをしている。
例えばヘルメットバイザーのロゴは、僕の場合左右非対称に貼ることにしている。一般的にはバイサーの上部の中央に、左右対称に貼付するのが自然である。見た目も美しい。だが僕は、なぜか左右非対称に貼る。
その理由は…。
カメラ写りを気にしているからだ。左ハンドルの場合は、運転席側からファインダーが迫ることが多い。カメラマンはスタート前にコクピットにおさまり精神を整えるドライバーの表情を狙うことが多い。そんな場合でも、バイザーに貼ったスポンサーロゴを正しく露出させるためには、左側にずらしておいた方が都合がいい。ロゴの一部が欠けたりすることなく、全てクリアに露出させたいからだ。
というわけで、右ハンドルのマシンの場合はそれが右側にずれる。
「上か下か、優先順位はどう」
ちなみに、レーシングスーツに貼られたおびただしい数の協賛ワッペンにも、緻密な配慮がある。
露出の一等地はやはり、ドライバーの胸であり背中の中央である。メインスポンサーが得られる一等地がそこだ。一番多く金銭的な支援をしている企業が、胸や背中に最も大きなロゴを掲げる権利を有する。
では、サブスポンサーと呼ばれる小振りなロゴは、どこが優先されるのであろうか。バストアップで撮影された時に露出量が稼げる上段が優先順が高いのは想像の通り。だから腹よりも胸、胸よりも鎖骨あたりの、上段に近い位置が上級スポンサーとなる。
「右か左か、優先順位は」
では、左右ではどっちが…。実は鎖骨あたりのサブスポンサーの中でも、右の鎖骨の優先度が高い。
なぜだろう。
そう、一般的にはレーシングスーツの襟は、右側を覆い隠すように左側が巻く。つまり、左側の方が幾分長く身頃されている。過酷な走行を終えた直後のドライバーは体を冷やすために襟をはだけることがある。その時、はだけた襟によってスポンサーロゴが隠れやすくなるのが左側だ。比較するならば、隠れにくい右側が優先されるのである。
スポンサーロゴは、それぞれに位置によって優先がある。それほど緻密にスポンサーへの配慮がなされているのである。
「月桂冠の袈裟がけで…」
最近では少なくなかったけれど、かつては表彰台に立つと、トロフィーやシャンパンと同時に、巨大な月桂冠が送られた。月桂樹の葉を輪にしたものだ。ル・マンなどでは、タイヤを模した輪が送られていた時代もある。それを片肩から袈裟がけするのが習わしだった。勝者だけの特権である。
だが僕は、一旦は受け取った月桂冠を肩にはかけず、足元に置いていた。というのも、栄誉ある月桂冠ではあるものの、それを肩から袈裟がけしたのでは、胸や腹に貼ったせっかくのスポンサーロゴが隠れてしまうからだ。
遠慮なく月桂冠でスポンサーロゴを隠してしまうことが不思議でならなかった。だから僕の昔の写真を見ると、必ず月桂冠は足元に立てかけてある。
慌ただしく衣装替えをするドライバー達を眺めながら、スポンサーへの配慮が染み付いている我々モーターレーシングで生きる人々の性を感じた。僕らは応援してくださる企業無くしては語れない存在なのだ。
キノシタの近況
スペインのモンテブランコサーキットを走るのは、これで二度目だ。
本格的なサーキットなのだが、観客席がなく、ホスピタリティも甘い。
つまり、興行用ではなく、マシンテストで重宝がられているのだ。
以前走ったのも、BMWのDTMマシンだった。今回は、発売前のレクサスLC500!雨の中の激走です!
木下 隆之/レーシングドライバー
1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
木下隆之オフィシャルサイト >
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アニキが日本人最多出場を誇る、世界一過酷な耐久レース「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」。2016年はTOYOTA C-HR RacingとLEXUS RC、LEXUS RC Fの3台で参戦。