レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

192LAP

192LAP

「すでに戦は始まっている」

2017.3.28

「開幕前の興奮が高まる日々」

 開幕戦を前に、合同テスト花盛りである。参戦が叶ったチームやドライバーが、突貫工事で組み上げたばかりのマシンをサーキットに持ち寄り、今シーズン初めての走行が開始されているのだ。
 スーパーGTは、恒例のセパン(マレーシア)テストが盛んだし、先日はスーパーフォーミュラーの合同テストが鈴鹿サーキットで開催された。スーパー耐久もすでに、ツインリンクもてぎで合同テストが終了した。どのチームが好調で、どのドライバーに勢いがあるのか。それを見極めるのは楽しい。

木下コラム192LAPイメージ写真
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「人選ミスか!?成功か!?」

 合同テストはただ単純に、開幕前の走行テストとは趣が異なるものだ。シーズン開幕に向けて僕ら関係者の気持ちが高鳴る一方で、ドライバースキルを確認するためのテスト、つまり「ドライバー実力テスト」という意味合いがあるのだ。
「今年契約したドライバーはどんな走り方をするのだろうか」
「彼は速いのだろうか、それとも…」
「今年の人選はあっているのか、それとも…」
 チーム幹部の誰も、そのことをドライバーに告げることはない。新社会人を受け入れるように、表面上は穏やかである。だが、心情は異なる。胸の中ではドライバーの一挙手一投足を凝視し、スキルの見極めに躍起になっているのだ。
「こいつ、俺は全く好きじゃない」
「遅かったら手を抜いてやるぜ」
 メカニックだってマネージャーだって戦々恐々とドライバースキルを疑っている。独特の緊張感の源はそれだ。

 やや大袈裟に言えば、この合同テストでドライバーとしての今シーズンの浮沈がほぼ決まると言っていい。もっと言えば、プロドライバーとして将来への可能性が開かれるのか否かも、開幕前の合同テストが影響すると言っていい。それほど重要なテストなのである。
 というのも、チーム側からすれば合同テストは、契約したドライバーのスキルを確認する場面であり、そこでの印象がその後に作用するからなのである。

木下コラム192LAPイメージ写真
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「絶対に倒すべきドライバーはすぐそこにいる」

 ニューカマーがまず絶対にやらねばならないのは、チームの信頼を得ることだ。具体的に言えば、チームメイトより速いタイムを記録することである。
 このコラムを通じて散々言い続けてきていることだが、ドライバーにとって最大のライバルとは敵チームでもライバルメーカーに乗るドライバーでも、違うエンジンを搭載するドライバーでもなく、ともに戦うことになったチームメイトなのだ。握手を交わしたばかりの相手こそ最大のライバル。ステップアップはトーナメント戦なのだ。

 もし仮に、どちらか一方のドライバーが目の覚めるようなタイムを連発したとするならば、チームの期待はすべてそのドライバーに集まる。一方、タイムで劣ったドライバーは冷たい目に晒され、ナンバー2待遇に成り下がる。
 マスコミとて同様で、トップタイムを連発し、一気に注目を浴びたとなればこぞって彼をスターダムに押し上げる。インタビュアーを送り込み、翌日の新聞紙面に華やかな紙面を割く。一方、タイム合戦に敗れたドライバーは話題にすらならず無視されるのだ。
 循環は残酷なようで、チームの期待が集まれば体制も充実する。いいタイヤが集められ、走行時間が増え、チーム内での主導権が与えられる。合同テストでの印象がシーズンを有利に進めるかどうかの試金石なのである。

木下コラム192LAPイメージ写真
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「欧州ドライバーはそれを知っている」

 例えばスーパーフォーミュラーで言えば、P・ガスリーが好タイムを連発して一気に注目を集めた。パワー不足のホンダエンジンを搭載していながら、難攻不落の鈴鹿サーキットを初めて走ったにもかかわらず、いきなり3番手タイムを記録したのだ。昨年スーパーフォーミュラーに参戦し、今年F1にステップアップしていったS・バンドーンを超えるという声がパドックを駆け巡った。
 A・ロッテラーが速いのは周知の事実だし、中嶋一貴が優勝候補筆頭なのも疑いようがない。だが、彼らに次ぐ3番手時計を、鈴鹿サーキット走行初日で叩き出すのだから尋常な才能ではないと誰もが思った。2015年の王者石浦宏明と2016年のチャンピオン国本雄資を抑えたのだからそれも納得する。
 もはや、この1日の走行だけで彼はF1の切符を手にしたと言ってもいいだろう。おそらくホンダは次期ホンダF1ドライバーに推挙するために、その晩から活動しはじめたに違いないのだ。それほど、合同テスト初日のタイムは重要なのである。

木下コラム192LAPイメージ写真
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「得手不得手は運不運」

 ただ実はそこにも運不運がある。P・ガスリーの速さは例外だとして、ドライバーによってはサーキットの得手不得手がある。たまたま合同テストが得意なサーキットで開催されたか否かも、人生を左右するから面白い。
 手前味噌ながら言えば、僕はかつてトップレースが開催されていた西日本サーキット(山口県)が、自分でも驚くほど得意だった。黙っていてもトップタイムが出せた。そして幸運なのは、そのサーキットで合同テストが開催されることが多かった。つまり、いきなり期待を超えるタイムを記録し、注目を浴びることが多かったのである。
「さすがだねぇ…」
 そう言われて有頂天になった。
「君をナンバー1待遇にしよう」
 その日をきっかけに、チーム体制が僕を中心になった。
 セパン・サーキットも得意のようで、いつもチームメイトにタイム差を残すことができた。シーズンオフのテストがたいがいそこだったから、開幕戦前にチームの立ち位置を手にすることができた。
 心の底で「ラッキー」と呟いていた。
 もし開幕前の合同テストが、僕の苦手なサーキットだったら、もしかしたらべつの人生になっていたかもしれないと思う。
 その後シーズンが進み、苦手なサーキットで苦戦したとしても、合同テストの好印象を引きずることで乗り切ったという経緯がある。今だから言える話だけど…。

 僕のかつての朋友も、仙台ハイランドスピードウエイ(宮城県)を得意としていた。そこで合同テストが行われることも少なくなく、彼もオイシイ思いをしたドライバーである。
 もっとも僕らが不運だったのは、西日本サーキットも仙台ハイランドスピードウエイも閉鎖されてしまったことだ。それ以来、過分な評価を受けることがなくなったのは、幸運のようであり悲劇でもあった。

木下コラム192LAPイメージ写真
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「最初の1周目に命をかける男」

 合同テスト初日の、最初の1周目にこだわるドライバーを知っている。開幕前の初走行だから体も目も、スビードに慣れていない。コースを走るのも数ヶ月ぶりだ。マシンセッティングも完璧ではない。だからそこでのタイムはシーズン展開にとってはそれほど重要ではない。
 だが彼は、その1周にこだわる。コースインして丁寧にタイヤを発熱させ、最終コーナー手前からフルアタックを開始する。ラップモニターの最上位に、いきなり名を刻むことに全てをかけるのだ。
 その理由は、合同テスト初日の印象がどれだけドライバーを有利にさせるかを、身をもって理解しているからである。そうして優れたタイムを記録しておいてから、おもむろにロングテストに転じるのが彼のスタイルだ。

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「タイムがすべて」

 かつて長谷見昌弘さんのチームメイトになり、海外遠征した時の氏の言葉が強く記憶に刻まれている。
 我々は日産のワークスマシンで、意気揚々とヨーロッパに挑戦した。だが、はるばる極東の島国から来た東洋人を、欧州のドライバーはあからさまに見下していた。我々のピットを覗き、僕らを鼻で笑ったのだ。
 その時に長谷見昌弘さんはこう言って僕を安心させた。
「木下くん、笑うなら笑わせておけばいいんだよ。でもね、走行が始まっていきなりトップタイムを叩き出してごらん、彼らはコロッと態度を変えるからね。見ていてごらん」
 僕らは小馬鹿にした欧州ドライバーを見返したのである。

「トーナメント戦は開始された」

 合同テストでのタイムがすべてではない。マシンが不調の場合もあるだろうし、じっくりとセッティングを煮詰めるスタイルのドライバーも少なくない。
 だが、開幕前の初走行の、初日のタイムは関係者の印象を大きく左右する。僕らドライバーはそんな思いで、あの1周に挑んでいるのだ。たかが合同テストだけれど、それが人生を左右するのだから真剣にもなろうというものだ。

木下コラム192LAPイメージ写真
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キノシタの近況

キノシタの近況

 エリア86鈴鹿の走行会に参加してきました。
 86三昧だったけど、みんなそれぞれの個性でチューニングされていて、それを眺めているだけでも楽しかったよ。86ってノーマルで乗ってもいいし、エンジンカリカリにしても楽しいし、足回りにこだわるのも正解です。
 いかようにも姿を変えるんだね。

木下 隆之/レーシングドライバー

木下隆之

 1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
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