レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

213LAP2018.2.14

レーシングカーが1ぺダル時代になる日

日産リーフで長野県・女神湖氷上ドライブを楽しんだ木下隆之は、その中でもe-Pedalと呼ぶ新技術に注目したという。リーフの完成度の高さに腰を抜かしつつも、ドライビングスタイルを劇的に変えるかもしれない、その技術に興味津々で、ついにはあらぬ想像をしてしまうのだ。

「アクセルペダルだけで完結」

 先日、日産リーフに乗って、腰を抜かしかけた。電気自動車で日本を牽引し先手を打つ日産の切り札リーフは、そのカギを握る電池やモーターの強烈な動力性能で僕を驚かせただけではなく、止まるという性能、つまり「e-Pedal」の制御の素晴らしさを突きつけた。そして、それは新たなドライビングの世界を予感させたのだ。
 レース屋である僕は、そのブレーキシステムに喰いついた。
「おおっ、こりゃレースの世界にも使えるかも!?」
 いきなり、色めき立ったのである。
 慌ててリーフのカタログをペラペラとめくってみた。だが、e-Pedalの紹介文は実にそっけなく紹介されているだけだった。日産にとっては、それほど強く訴えるほどの技術ではありませんよ、という謙遜に感じた。
 だが、「アクセルペダルだけで運転する選択肢があることを想像してみよう」と綴られている。そこにヒントがありそうだぞと。日産が「e-Pedal」と呼ぶ、それはつまり「1ペダル構想」の始まりだと思う。このフレーズにそそられないほど僕は鈍感ではなかった。

オンロードはもちろんのこと、スリッピーな氷上でも、いや滑りやすい路面だからこそ「e-Pedal」の威力を実感する。

オンロードはもちろんのこと、スリッピーな氷上でも、いや滑りやすい路面だからこそ「e-Pedal」の威力を実感する。

リーフの凄さは「e-Pedal」だけに止まらない。電子制御による車両安定性は抜群だった。ステアリングを切り込むと、前輪の駆動力を適切に加減するだけでなく、各車輪にブレーキ制御を加えて思い通りに進む。

リーフの凄さは「e-Pedal」だけに止まらない。電子制御による車両安定性は抜群だった。ステアリングを切り込むと、前輪の駆動力を適切に加減するだけでなく、各車輪にブレーキ制御を加えて思い通りに進む。

「ABCペダルではなくA&Bペダル」

 「e-Pedal」との呼び名はピタリと的を射ている。ただ、特殊なペダルが組み込まれていたり、どれかのボタンを押したりして作動させるものではない。アクセルペダルを戻せば、いつもより、強い減速Gが発揮される。それがe-Pedalである。淡々と文字にすればそれまでなのだ。
 だが実際に走ってみると、いきなりの異次元感覚に驚かされる。アクセルペダルを踏み込めば、EVの最大の武器である超絶レスポンスで加速体制に移行する。新型リーフは旧型に比較してモーターパワーも強化されているから、加速力は脳天がクラっとするほど鋭い。だが、そこまでは想像の範疇だ。問題はその先。スピードが乗ったあたりでアクセルペダルから足を離すと、急激な減速Gが襲ってくる。このGの強さが、エンジンブレーキの減速感を超えているばかりか、回生力だけでも説明がつかない。すべてが並のレベルでもなく、鋭いのである。

 アクセルペダルを緩めれば、電力を蓄えるために回生ブレーキが働く。もはやハイブリッドやEVに慣れた人なら、それ自体には驚くことはないだろう。
 だが、リーフのアクセルペダルは、滑りやすい路面ではオフにするやいなや、機械的にブレーキまで作動させるという。最大0.2Gまでの範囲で減速するというから、一般的な市街地走行でいえば、ちょっと強めのブレーキングである。ガソリンエンジンに例えればエンジンブレーキに相当する。しかも、ギアを一つか二つ下げて、強いエンジンブレーキを効かせたくらいの減速Gなのだ。
 ドライバーの感覚的には、かなりの強い減速感である。というのも、ドライバーはブレーキペダルを踏み込んでいるわけではなく、いわば惰性で緩やかに減速しようと操作しているだけなのに、「e-Pedal」はそれを超えて減速するからである。操作と現実との乖離に驚かされるというわけだ。
 慌ててアクセルペダルを踏みなおす場面も少なくなかった。もはやこれはアクセルペダルではなく、アクセル&ブレーキペダルと呼ぶ必要があると思った。

メーター内でさりげなく「e-Pedal」であることを伝えるだけだ。

メーター内でさりげなく「e-Pedal」であることを伝えるだけだ。

「EVは1ペダルに進みつつある」

 ちなみにEVモデルの世界では、「e-Pedal」のような強いブレイクの気配濃厚である。VWのe-ゴルフは回生力を任意に選べるようになっている。強くすれば、やはり0.2Gほどの減速力が発揮される。
 減速時に発生する貴重なエネルギーが、熱や音に奪われるのは非効率的だからという理由で回生ブレーキが強くなる。それは道理だ。だが、その副産物として、ブレーキ操作をアクセルペダルに代用させるというのがこのところの流れなのだ。これはもはや、近い将来の「1ペダル」への第一歩なのだと思える。

 これはおそらく近い将来、レースの世界にも投入されるのではないかと思えてならないのだ。というのも、1ペダルには、ブレーキペダルへの足の踏み代えロスがないというメリットがある。
 左足はただ身体を支えるためにフットレストで踏ん張っていればいいのだ。そのぶん、右足の操作に集中できるはずなのである。
 実際にレース中、本来ならばアクセルオフだけで挙動をコントロールしたくなる限界コ——ナリング中に、あえて左足ブレーキで強い前傾姿勢を作り出すことがある。それによって、フロント荷重を高め、コーナリングフォースを引き出したくなるからである。そんな時に、e-Pedalが役立ちそうな予感がする。

 2ペダル時代を迎えたことで、レーシングテクニックのひとつとして左足ブレーキが主流になった。今ではヒール&トーを使えないプロドライバーもいると聞く。右足をコキッと捻って空吹かしをするなんて、もはや昭和の芸当である。
 2ペダルを器用にこなすドライバーには、ペダルの踏み代えのタイムラグはそれほど問題にはならないかもしれないのだが、アクセルペダルだけで加速と減速が自由に制御することができたとしたら、ドライバーの仕事量は格段に減るのではないかと想像してしまう。

もし仮に氷上ジムカーナに挑むとするならば、僕は数ある日産車の中でリーフを選ぶかもしれない。走りは自由自在だった。

もし仮に氷上ジムカーナに挑むとするならば、僕は数ある日産車の中でリーフを選ぶかもしれない。走りは自由自在だった。

新型リーフの充電走行距離は400kmに達した。充電器設置数も28,000基以上だったという。長距離スノードライブでも、電欠の心配はもはやない。

新型リーフの充電走行距離は400kmに達した。充電器設置数も28,000基以上だったという。長距離スノードライブでも、電欠の心配はもはやない。

「ラジコンにはブレーキは付いているのか!?」

 ラジコンに詳しいエンジニアが言うには、一部のエンジンカーを例外だとすれば、ほとんどの電動モデルカーはブレーキレスだという。
 電気モーターでは、トリガーを押すことでアンプ制御によって駆動力を遮断する。これがブレーキングの役目をする。あるいは逆回転にすることで、結果的に急制動がかるというのだ。
 だったら、はるかに構造的に恵まれているレーシングカーならば、回生とブレーキを組み込み、時にはABSが作動するまでの限界ブレーキングも可能ではないかと思えた。
 電気モーターの回生抵抗で減速Gをコントロールするのではなく、アクセルオフをセンサーで感知して、ブレーキをかければいいのだから、技術的な障害は少ない。すでに日産リーフがやっているのだから、レーシングカーでできない道理はないのだ。
 傍にいた開発エンジニアに聞いたところ、肯定的な回答が得られた。
「技術的には難しくはないでしょうね。今のブレーキ制御を強くするようにコンピューターを書き換えればいいだけですから…」
「じゃ、すぐにでもできますね」
「問題は、ドライバーの感覚に合うかどうかが課題でしょうね」
「そんなものはすぐに適合できますよ。もしくは理論的に有利ならば、ドライバーが合わせればいいのです」
「なるほど…。木下さんらしい考え方ですね」
 笑顔がこぼれ落ちた。

 というのも、かのエンジニアは僕が日産時代に共にスカイラインGT-Rの開発をしたメンバーだった。だから、僕が無理難題のリクエストをいとわないことを知っている。
 しかも、スカイラインGT-Rのレース用ABSの開発ドライバーを務めていた。
 なんどもなんどもフルブレーキのままコーナーに飛び込み、レースで勝てるブレーキの開発をしていたのである。そのことを思い浮かべたに違いない。
 あの頃は、レースで使えるABSなど成立するわけがないとする否定的な人が多かった。だけど、僕は技術を信じていた。だから今は、ABSが最高の武器になっている。あの頃を思えば、1ペダル時代の到来など、超現実的なことのように思える。

氷上ドライブでもっとも気遣うのはブレーキである。それを「e-Pedal」がこなしてくれるのはありがたい。

氷上ドライブでもっとも気遣うのはブレーキである。それを「e-Pedal」がこなしてくれるのはありがたい。

スノードライブでの不安は、加速できなることではなく止まらないことだ。だが、1ペダルドライブの「e-Pedal」は、そんな不安からも救ってくれた。

スノードライブでの不安は、加速できなることではなく止まらないことだ。だが、1ペダルドライブの「e-Pedal」は、そんな不安からも救ってくれた。

視界の悪いコンディションでも、アクセルオフの瞬間に減速Gが加わるのは精神的にも安心感がある。リーフが1ペダル時代の先駆者になろうとしている。

視界の悪いコンディションでも、アクセルオフの瞬間に減速Gが加わるのは精神的にも安心感がある。リーフが1ペダル時代の先駆者になろうとしている。

「時代先取りで1ペダルテクニック習得」

 僕が左足ブレーキにトライし始めたのは11年前だ。慣れ親しんだ右足ブレーキよりも、左足ブレーキを駆使した方が速いと確信するまでには1年かかった。
 せっかく習得したのに、これからは1ペダルにトライしなければならないのか。大変なことだけど、技術の進歩がめざましいこの世界ならではの、嬉しくも苦々しい苦悩である。
 いや、僕が11年前に左足ブレーキにトライしたことでレーシングドライバーとしての延命につながったと思っている。ということは、最低でもあと20年はレースをするつもりなので、ライバルドライバーに勝つために、今から1ペダル時代に備えておかなければならないね。

キノシタの近況

キノシタの近況

 たまには業界関係者とクルマ談義でヒートアップしようかって流れになって飛び込んだディープなバーが薄暗く、スカルボトルが睨みをきかせていた。それに影響されたのか、次第に舌が毒を孕んできて結局朝までコースね。クルマの話をしていると尽きない性分なのは変わらないね。