292LAP2021.5.27
粋なネーミングライツ
モータースポーツに「ネーミングライツ」が導入されて久しい。サーキットそのものへの命名権はまだ浸透していないが、コーナーごとの名を売買するケースは盛んなようだ。ただ、ネーミングライツには功罪があるようで、それが有効なこともある。笑いのネタになることもある。ネーミングライツで感じた悲喜交々を木下隆之が語る。
命名権が盛んになりつつある
ネーミングライツとは、公共の施設に付帯する命名権を売買することを指す。球場や公会堂といった施設の名称が企業に売り渡される。命名権を手に入れた企業は、ブランド名や商品名を付与することで、知名度アップを期待するわけである。
東京調布市の「東京スタジアム」の命名権を味の素株式会社が購入、「AJINOMOTO STUDIUM」となった。ネーミングライツ行使直後は違和感があったが、耳にするにつれて馴染んでくる。今では東京スタジアムというより味の素スタジアムの方がイメージしやすい。
ネーミングライツは、モータースポーツ業界では特に馴染みが深い。古くからモータースポーツは商業的な要素が色濃い。レーシングマシンにはスポンサーロゴが記されているし、レーシングドライバーの胸や背中にも、ブランドロゴが華やかである。
四輪だけではなく二輪のレースも同様であり、自転車レースも共通している。最近では、健康のために街中でペダルを漕ぐアマチュアサイクリストでさえ、スポンサーロゴを派手に纏った衣装である。もはやファッションになっているのだ。
一方、相撲などの古典的スポーツは、ネーミングライツが控えめである。角界には多くの後援会があるが、まわしにロゴが記されていた例はない。土俵入りなどで身につける西陣織をはじめとした高価な化粧回しに、ささやかなロゴが確認できる程度である。
プロ野球も意外にスポンサーロゴの露出が控えめだ。もともと企業が抱える球団という要素が強かった名残なのか、肩口やヘルメットにスポンサー名が確認できる程度。レーシングドライバーのスーツやヘルメットのように、色鮮やかにブランドが目立つことはないのだ。
モータースポーツは古くから命名権で成り立っている
このところ、ネーミングライツの好例として注目されているのは、サーキットのコーナーの命名権を販売する手法である。直近で話題になったのは、鈴鹿サーキットのシケインである。僕らは長く伝統的にシケインとして親しんできたその区間を、「日立オートモティブシステムズシケイン」と名を変えたのだ。
苦労するのは実況中継のアナウンサーであろう。そもそもマシン名がネーミングライツによって複雑な上に、コーナー名まで長くなったのだから、ピエール北川アナも腕の見せ所であろう。
「おっと〜、デンソーコベルコサードジーアールスープラのヘイキコバライネンと、リアライズコーポレーションアドバンジーティーアールのタカボシが、日立オートモティブシステムズシケインに進入したぁ〜」
舌を噛み切りそうである(笑)。
アナウンサーは企業の指示を守らねばならないから大変である。ご苦労様です。
ちなみに、オートバックス・レーシングチーム・アグリのARTAを、僕らがパドックで軽々しく口にする「アルタ」と読んではならない。「エーアールティーエー」が正解だ。僕もTV解説の出演では間違わないように注意している。
そもそも日立オートモティブシステムズは日立製作所から分離独立した企業だ。ホンダを有力な顧客とすることからの縁だろうが、分離独立後に知名度を上げようとした施策のひとつであるネーミングライツが浸透する前に企業統合。株式会社ケーヒン、株式会社ショーワ、日信工業株式会社の三社が合併したことで、日立Astemo株式会社となった。
かくしてシケインの名は2021年より「日立Astemoシケイン」となったのである。浸透することを願う。
富士スピードウェイも同様に、コーナーにブランド名が与えられている。第一コーナーは「TGRコーナー」になり、Aコーナーは「コカ・コーラコーナー」だという。100Rが「トヨペット100R」になっていたとは、この原稿を書くにあたって集めた資料で知った。ヘアピンは「アドバンコーナー」、Bコーナーは「ダンロップコーナー」、最終コーナーは「パナソニックコーナー」だそうだ。最終コーナー手前は、それまで「プリウスコーナー」と呼ばれていたはずだが、今では「GRスープラコーナー」に変更されている。
命名権の成功例
富士スピードウェイは、トヨタ自動車傘下の企業である。だからいつでも「トヨタスピードウェイ」とすることも可能だ。鈴鹿サーキットも然り、「ホンダサーキット」としても法的には許される。ホンダの100%子会社である「株式会社モビリティランド」が鈴鹿サーキットとツインリングもてぎを管理運営する。鈴鹿サーキットを「ホンダ西サーキット」、ツインリンクもてぎを「ホンダ東サーキット」としたって誰も反対できない。
だが、そんな過ちをするはずもなかった。世界に名の轟いた鈴鹿サーキットの命名権を仮に取得し、名前を変えてもメリットは低い。鈴鹿サーキットは鈴鹿サーキットであり、その所有者の元をたどればホンダであることの方が意義深い。富士スピードウェイをトヨタサーキットにしないのは、賢明な判断だといえよう。
鎌倉市が販売した命名権を、地元の豊島屋が取得した話題が駆け巡って久しい。鎌倉には魅力的な海水浴場が多い。その中の「由比ガ浜海水浴場」と「材木座海水浴場」と、そして「腰越海水浴場」のネーミングライツを取得。豊島屋は、鳩サブレーで有名であり、鎌倉駅前に伝統的な店を構える。鎌倉を象徴する菓子でもあることから「鳩サブレービーチ」になるのではないかと噂が飛び交った。
だが、豊島屋は命名権を取得しながら権利を行使しなかった。というのも、このみっつの海水浴場は長年鎌倉で親しまれてきており、数々の湘南をイメージした映画や歌詞に出てくる。その伝統が汚されるのを豊島屋は嫌ったのである。資金を投じて権利を放棄。その美談は鎌倉に語り継がれている。
富士スピードウェイや鈴鹿サーキットが、命名権を販売しないことと精神が似ているような気がする。
スマートでエレガントなコーナー名であってほしい
世界のサーキットには名の通ったコーナーが多い。スパ・フランコルシャンの名物高速コーナーは「オー・ルージュ」である。ニュルブルクリンクの希有なバンクコーナーは「カルーセル」と呼ばれ親しまれている。アメリカのラグナセカには、最高速から一気に下りながら左右に切り返す「コーススクリュー」がある。その名が命名権によって変わることはあり得ないだろう。
ちなみに、岡山国際サーキットのコーナー名は個人的に好きである。高速S字コーナーは「モスエス」、「リボルバーコーナー」、「ハイパーコーナー」、「マイクナイトコーナー」…。過去に名を残したレーシングドライバーの名が記されているのだ。それでいて、誰もがイメージしやすい「第一コーナー」や「最終コーナー」には手をつけていない。塩梅がちょうどいいのである。センスを感じさせる。
キノシタの近況
スーパー耐久24時間が終了、24時間ロスの最中です。BMW Team Studieから参戦したM2CS racingは、全くのトラブルフリー、ドライバーもノーミス、ノーペナルティで総合12位。クラス3位で完走を果たした。つるしの状態でもノートラブルでバトルができるなんて、感動的ですね。感覚的には48時間レースでもトラブルが起きる気がしないっす。