329LAP2022.12.08
シミュレーターはお遊びなのか、スポーツなのか…
eスポーツが盛り上がりをみせている。もはやゲームと呼ぶのが憚られほどにプログラムは高度化し、競技はプロ化している。特に、自動車レースを題材としたゲームは、シミュレーターに発展。リアルとバーチャルの境界が曖昧な時代に突入しているのだ。
そんなリアルとバーチャルの違いを、木下隆之がグランツーリスモ世界チャンピオン宮園拓真選手の言葉から解明する。
スポーツなのか、ゲームなのか…
「eスポーツはスポーツだと思いますか?」
そんな質問を受けることは少なくない。その問いかけが意味するのは、グランツーリスモやシミュレーターを活用した、いわゆるレースゲームのことであろうことは察しがつく。
最近は、この手の競技が本格的になってきている。ゲームそのものが限りなくリアルに接近している流れを受けて、もはやテレビゲームと呼ぶのが躊躇われるほど本格的だ。レースゲームで生計を立てている、つまりはプロのゲーマーもいるという。もはや一つの競技として成立しているのである。
「シミュレーターはドライビングに役立ちますか?」
そんな質問を受けることもある。僕に回答を求めるのだから、それは、シミュレーターに否定的な意見を求めている節がある。
というのも、僕はシミュレーターを使わない。テレビゲームにも縁がない。だがそれは、ドライビングの教材としてのシミュレーターの効果を否定しているわけではない。単純に苦手なのである。
カプセルのような、外界から遮断されたコクピット然としたシミュレーターでは車酔いをしてしまう。走り出して1秒、ピットを離れようとして1メートルでギブアップだ。身体が受け付けないのである。だから、そんな僕に否定的な見解を求めるのであろう。
だが僕には、それをジャッジする明確な回答はない。F1などトップカテゴリーレベルではシミュレーターで日頃からドライビングをトレーニングしていると聞く。リアルでは不可能なことがシミュレーターでは簡単にトライすることができる。命の心配もない。おそらくリアルなテストを繰り返すより、金銭的な負担も少なかろう。限界を探るためにあえてクラッシュさせることだって簡単だし、飽きたらオフスイッチをピコンと押せばいいだけだ。リアルワールドよりはるかに手軽である。こんな便利なものはない。
ただし、どこか納得できていないのは、僕はゲーム上では1メートルも走れない。直線を真っ直ぐ走ることすらできない。だが、リアルサーキットでそんなミスをしたことはこれまで一度もない。そのことから想像するに、決定的な違いがどこかにあるということだ。
つまり、シミュレーターがリアルレースと共通であるならば、少なくとも僕はこれまでにレースで大事故を頻繁にやらかしているはずであり、仮にもプロドライバーとして生計を立てることなどできなかったはずだ。その意味で、シミュレーターとリアルドライビングは全く別物だと言うことができる。
「シミュレーターはドライビングに役立ちますか?」
そう聞かれたら、答えは否だ。そう答えざるを得ない。
だが一方で、シミュレーターをトレーニング教材として活用している世界もある。ではそれをどう説明すればいいのだろうか。混沌は迷宮化している。
プロの意見によると…
先日「グランツーリスモ2022ワールドファイナル・ネイションズカップ・グランドファイナル」をWeb観戦していて驚いた。映像がリアルなことは知っていたが、レースの内容もリアルに限りなく近いのである。
体育館ほどの会場には数台のシミュレーターが並んでおり、ドライバーはそろいのTシャツ姿で画面に対峙する。腕にはレーシンググローブをはめている。ゲームとはいえ僅かなステアリング操作のミスも許されないのだろう。
クラッシュしても怪我はしないから、耐火繊維のレーシングスーツもヘルメットもしていない。
実はこの大会で活躍していた宮園拓真選手と話す機会があり、これまで僕が抱えてきたモヤモヤ、つまり、「eスポーツはスポーツだと思いますか?」や「シミュレーターはドライビングに役立ちますか?」に対する回答のヒントが得られたのである。
宮園拓真選手はトーヨータイヤに籍があり、モータースポーツチームに所属する。それでいて、過去に何度もグランツーリスモの世界チャンピオンに輝いている。世界各地にいる約10万人のユーザーの中から勝ち進んだ精鋭の一人。日本最強のドライバーであることはもちろん、世界レベルでもトップドライバーなのだ。
今年の大会も、北米、中南米、欧州、中東、アフリカ、アジア、オセアニア…。それぞれの地区から勝ち進んできたプロフェッショナルが集結した。決戦のステージには、F1ワールドチャンピオンのルイス・ハミルトンからの激励のメッセージが届いていたし、エステバン・オコンがゲスト出演していた。リアルとバーチャルの世界が、同じ時間軸で融合しているのだ。
会場は華やかな設えであり、世界的な興行に成長していることがわかる。そしてそれは、オンラインで世界に発信されているばかりか、世界各地のバーチャルゲームとリンクしているのである。たとえば、南米の小学生が宮園拓真選手と擬似的に競争することだって可能なのだ。
それこそが、ゲームの魅力であろう。世界チャンピオンのルイス・ハミルトンとF1で競争することが許されるのは世界で19人しかいないが、シミュレーターならば10万人が競争可能なのである。果てしない広がりを予感させる。
ちなみに、この手のバーチャル競技を「ゲーム」という言葉で口にすると、反発されることがある。ゲームセンターでの「子供の遊び」との混同が拒否される理由だ。
宮園拓真選手に問いかけると「ゲームだといってもいいんだと思いますよ」と答えをいただいたので、ここではそれを尊重することをご理解いただきたい。
リアルとゲームに違いあるのか…
たびたび僕に投げかけられる質問、つまり、「eスポーツはスポーツだと思いますか?」や「シミュレーターはドライビングに役立ちますか?」の回答を彼に求めてみた。すると彼は極めて論理的に答えてくれたのである。
「僕らのようなゲームの世界で走っているドライバーと、木下さんのようにリアルワールドで戦っているドライバーとは、活用しているセンサーの種類が違うのだと思いますよ」
情報を認識する種類に差があるという。
「僕らは、視覚的な情報と、ヘッドセットから聞こえてくる音、そしてステアリングの振動を頼りに走っています。ですが、リアルドライバーは、その他の無数の情報を処理して走っているのではないでしょうか」
情報の数にも違いがあるというのだ。
「僕らの世界では、横Gは感じません。タイヤやガソリンの匂いもありません。リアルワールドでは、様々な情報を高速で演算処理してマシンコントロールをしている。同じレースですが、ドライビングの質は別なのかもしれませんね」
それでも、宮園拓真選手とドライビングの会話をしていて違和感がないのが不思議である。周回を重ねるとタイヤのグリップが低下してくる。ソフトタイヤは瞬間的なグリップが高いものの、耐久力に劣る。ステアリングの切り過ぎはグリップ低下を招く。アクセルの踏み過ぎは駆動輪の耐久力に影響する。ガソリンの消耗にも影響する。リアルワールドと全く同じなのである。
それも道理で、グランツーリスモはリアルワールドに限りなく近くなるようにプログラミングされている。最高のグリップが1万ラップ持続させることもプログラミング次第でいかようにも可能だが、あえてそうしてはいない。現実であり得ることを忠実に再現しているからだ。
ただ、宮園拓真選手はこう言う。
「ゲームとリアルワールドはかなり似ていますよね。ですが、情報の形と量に差があるような気がしています」
マシンの挙動をどこで判断しているのだろうか
宮園拓真選手は、コーナリング限界をどうやって感じているのだろうか。たとえばタイヤのタレ、グリップ力の低下をどう感じているのだろうか。かねてからの僕の疑問を口にしてみた。
と言うのも、僕はまったくのゲーム音痴であり、バーチャルのタイヤの限界に関してまったく鈍感だからだ。
「○○メートルでハンドルを切り込んだらギリギリ曲がれたのに、だんだん曲がれなくなってきた。だからグリップが低下している。視覚的に判断しているだけなんです」
僕が首にかかると横Gの変化や、ステアリングへの反力の低下でタイヤの限界を感じているのに対して、彼は極めてデジタルに判断しているのである。
宮園拓真選手は、僕がゲーム音痴なのにリアルワールドで戦えている理由をこう説明した。
「あくまで僕の想像なのですが…。おそらく木下さんは、ゲームでは得られない情報を重視してドライビングされているのではないでしょうか。たとえば横Gですね。そしてステアリングの反力です。先ほど『しっとりと湿度感のあるタイヤフィーリング』などといった表現をしましたけれど、それってつまり、繊細な情報を頼りにしてドライビングしていることの証明だと思うんですよ。ゲームではその情報がない。だから混乱する。アイマスクをしたらゲームでさえ走らせられなくなるように、木下さんにとって首や腰にかかる横Gがないと走らせるのが難しいのかもしれませんよね」
ただし、ゲームが得意なリアルドライバーもいる。それをどう説明するのであろうか。
「リアルワールドのドライバーでも、ドライビングスタイルは様々なのではないでしょうか。仮定の話ですけれど、木下さんはタイヤのグリップ感という情報を最重要視しているような気がするんですよ。それがないとまともにトライビングができないのでしょう。目を瞑ってしまうと運転しづらいのと同じですよね。だが、他のドライバーはその情報には頼っていない。別の情報で戦っている。そんな違いがあるのかもしれませんね」
それぞれ重要視している情報が異なるのだというのだ。
「木下さんはウエットをスリックタイヤで走ることを得意としていると聞きます。おそらく横Gの微妙な変化を感じ取って走られている。その情報をおろそかにするドライバーは、雨の中をスリックタイヤでは走れない。木下さんはタイヤの開発業務も少なくないと聞きますし、自動車メーカーの開発テストも頻繁に行なわれています。それはつまり、センサーの数が多く鋭敏だからできるのでしょうね」
なんだか褒められているような気がするが、どこか納得させられる論理だ。
「ちなみに僕には、ロールという情報は必要ないんです。高級なシミュレーターでは、シートが傾く機材がありますが、それも苦手なんですよ。僕にとっては必要のない情報なので邪魔なんですね」
限りなくリアルを求めてロールやピッチングするように進化した。だがそれすらも不必要な情報だというのだ。
「シミュレーターをした直後にリアルなドライビングをすると、ちょっと気分が悪くなることがあります」
シミュレーターとリアルドライビングでは異なった感覚を駆使してドライビングしているのだろう。
「おそらく木下さんは三半規管の感覚が人より優れている。だから雨でも速い。その年齢まで走っていられる。だから余計に、三半規管と視覚のずれを伴うゲームでは酔うのではないでしょうか」
では、僕にとってシミュレーターは、不必要なものなのだろうか。
「今でも木下さんは一線で活躍されているわけですから、いまさらシミュレーターでトレニングする必要はないかもしれません。ただ、ゲームにはゲームに必要な情報処理能力があると思うんですよ。そのセンサーを磨けば、さらに速くなる可能性がないとは言えませんよね。もしかしたらですよ(笑)」
いやはや難題を突きつけられてしまった。ゲーム酔いを克服する必要がありそうだ。
「実は、僕もVRではちょっと酔うことがあります。苦手です」
宮園拓真選手はまだ十分に若い22歳である。
彼にとってeスポーツはスポーツなのだろうか。
「難しい問題ですね。スボーツが体を動かして競うものだと定義するのならばeスポーツはスポーツではありませんよね。ですが、動体視力や反射神経は必要ですから、その意味ではスポーツとも言えると思います」
シミュレーターが驚くほどリアルに接近している今、その回答を求めることがすでに意味のないことなのかもしれない。
近いうちに宮園拓真選手をリアルワールドに連れ出して、さらなる検証をするつもりである。そのためには、僕もシミュレーターを体験しなければならないのだが…。
キノシタの近況
本格的な冬が訪れる前にバイクにまたがっちゃっている日々です。ついにはスーパーカブまで引っ張り出して六本木ヒルズです。