レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

378LAP2024.12.25

「首都圏周回24時間レース」

自動車専門誌Tipoが創刊30周年を記念して、伝説の名物企画を復活させました。題して「首都圏周回24時間レース(仮称)」。クルマはアバルトe。電気自動車で高速道路をひたすら周回するという企画です。ドライバーとして参画した木下隆之が、その珍道中を紹介します。

ル・マン24時間レースと競った

自動車専門誌Tipoがたびたび挑む「公道24時間連続走行」は、有意義な企画として評価が高いようです。

そもそも発端は、トヨタがル・マン24時間レースにスープラを投入したその年に、何かオモロイ企画がないかとの発想で始まったプロジェクトでした。
コースは首都圏に設定。東京インターチェンジをスタートして、東名高速道路を西走します。約400km走破し、名古屋インターから中央高速に乗り継ぎ、くるりとUターンするようにして東京に戻るというルート。そのまま連結している首都高速4号線に乗り継いで、3号線から東京インターに周回すると、およそ800kmの高速走行が可能なわけです。

ドライバーは、どこかのサービスエリアに先回りした次のドライバーと交代します。もちろんガス欠になればサービスエリアで給油します。公道だから制限速度は遵守するのは当然のことですね。キャノンボールのような過激な競争ではなく、ひたすら淡々と周回するのです。

スタート時間はあえて、フランスのサルト・サーキットでトヨタ・スープラがスタートした瞬間に合わせました。フランスと日本の時差は8時間ですから、サルト・サーキットでブルーシグナルが点灯した15時に、つまり日本時間で23時にスタートしたのです。
ひたすら周回するわけですから目的地はありません。その点ではレースと志は共通なのですが、ライバルはなく、たった一台でひたすら周回するのが特徴です。そうです、まったく生産性のない馬鹿げた企画なのです。
ただこれがオモロいのなんのって…。

フランスのレース展開を電話で確認しながら、周回を繰り返しました。ライバルに競り勝つというより、忍耐度を試すような企画なのです。
「夜中だから眠いよ〜」
「腹が減ったぜ」
なんてわがままを言いながら、ひたすら走行を続けたのです。
Tipoは伝統的に、クルマで遊ぶことに関してのアイディアが豊富です。楽しければいい。それだけが目的といえば目的なのですね。

グランツーリスモ24時間レース

その数年後、この企画が読者の中で評判になり、味を占めたTipo編集部はこんな珍企画にも挑んでいます。ル・マン24時間が開催される同じ時間にスタートする24時間レースという点は踏襲したのですが、マシンを変えています。プレイステーションのグランツーリスモの機材をガレージに持ち込み、ル・マンと同様に昼夜連続してゲームを続けたというわけです。
機材は本格的なバケットシート仕様で、もちろん速度制限はありません。ゲーム内にはライバルも存在します。
eスポーツが普及するはるか前のことですから、Tipoは時代を先取りしていたことになりますね。さすがです。
僕たちは遊びにたいしては本気になるタイプですから、僕がニュルブルクリンク24時間に挑んだレーシングスーツを着用して挑みました。ヘルメットをかぶり、ガレージの中のプレイステーションと格闘したのです。まったく生産性のない馬鹿げた企画を再現してしまったわけです。

ともあれ、走り出したら本気モードです。ゲームの世界とはいえ、抜きつ抜かれつのバトルがあります。激しくドライビングをしているうちに、ついにはハンドルにトラブルが発生、緊急ピットインにより修復を試みることになりました。
幸いにメカに強い編集スタッフがおり、夜中に修復作業をしたのですから、これもリアルな24時間レースに近いですね。メンバーはそのリアルさに興奮したのです。
それでも修復できず万事休す。思わずリタイヤかと諦めかけた頃、友人が同じ機材を所有しているとの情報を得ました。時間は深夜だったものの、友人を叩き起こしてハンドルを持ってきてもらい、無事に24時間を走り切ったのです。まさに耐久レースらしい出来事です。

マシンを鍛え上げる

「24時間レースで365日分のデータが得られる」
ニュルブルクリンク24時間レース参戦の記者会見で、豊田章男会長が発した言葉だったと記憶しています。
あの過酷なニュルブルクリンクを昼夜連続、24時間走行することでマシンの限界が炙り出され、性能の優位性と未成熟なウィークポイントが露わになる。だからこそ、ニュルブルクリンクに挑む意義があるのです。TOYOTA GAZOO Racingがニュルブルクリンク24時間に参戦する意義はそこにあります。それを端的に表現した言葉ですよね。

いやはや、こんな馬鹿げた企画ですが、同様のトラブルが発生し、その都度、臨機応変に対処します。リアルレースと同様なのである。

そして今年、Tipo創刊30周年を記念して「24時間レース」の復活が企画されたのです。
ただし、今年は時代を忖度して「アバルトe」での走行になりました。純粋な電気自動車です。搭載するのはバッテリーのみ。電気モーター駆動です。最高出力は155ps。ご丁寧に、シンセサイザーでデザインした「レコードモンツァ」が組み込まれています。ガソリンエンジンを搭載していませんから、エキゾーストサウンドはない。ですが、電子的に迫力サウンドを響かせます。
コースは、東名高速から中央高速を周回する点でカストロール・スープラとほぼ共通ですが、搭載する総電力量は42kWh。航続可能距離は294km。頻繁にサービスエリアに立ち寄り、給電する必要がありました。
編集長の計算では、1周回するのに3回の給電が必要とのことでした。したがって、ガソリン仕様のスープラよりはペースが制限されます。それでも3ラップは可能と判断し、午後4時にスタートしました。1ラップを終えるのが夜中の0時。2ラップ目をクリアするのが翌朝の9時。約3ラップは可能という計算だったのです。

ところが、そうは問屋が卸さない。EVを舐めては怪我をする。昔の人はいい言葉を残してくれたものですね。
第一陣がスタートして、1時間ほどして早くも悲鳴のメールが届きました。
「寒くて凍えそうだ」
EVのヒーターは、異常に電力を消耗します。したがって、電気を節約するために真冬だというのに暖房を機能させずに、ブルブルと震えながらの走行を続けたのです。

急速充電も、スムースにことは運びませんでした。輸入車ですから、サービスエリアの急速充電器との相性が悪いのです。給電できたりできなかったりの繰り返しです。しかも、サービスエリアの急速充電器が空いてない場合もありますね。守備よく空いていても、給電には最低でも30分が必要です。給電中の時間を潰すために、サービスエリアの食堂で蕎麦をすすり、コーヒーで眠気を覚ましながらの周回が続いたのです。

急速充電器には、給電速度の速い90kWと遅い50kWとがあります。充電器にその表示がないことも少なくありません。場合によっては30分給電しても十数%しか電力が得られないこともあるのです。

仕方なく、高速を降りて日産なりトヨタなりの販売店の軒先を借りたこともあります。もちろん、24時間営業の自動車販売店などありません…。

結局、1周するのに約12時間を費やすことになったのです。充電のたびの蕎麦で腹もパンパンですよね。
発生した様々なトラブルはTipo最新号に詳しいですから、ぜひ読んでみてください。
ともあれ、「24時間レースで365日分のデータが得られる」との豊田章男会長の言葉を証明できたことは収穫でしたね。この企画がなかったら、盲目的にEVを信仰していたかもしれないのですから、珍企画でありながら内容の濃い企画だといえますね。

いやはや、発端は遊びであり編集部のネタで始まった「24時間レース」ですが、挑んでみれば自動車の性能や特性を知ることになり、さらにはインフラの欠点を炙り出すことにもなりました。自動車の将来像を描くことにもなったのです。
やはりクルマは走らせてみなければわからない。走らせて進化させるものなのです。24時間レースの意義を再確認した次第です。

キノシタの近況

2024年は僕にとって記憶に残るシーズンになりました。GRスープラGT4のステアリングを握り、日本人初となるニュルブルクリンク全戦出場を果たしたのですから、忘れることはないでしょう。応援ありがとうございました。

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