スポーツ走行ガイド Vol.4 サーキットメンテナンス 後編

サーキット走行に備えて、入念に愛車のチェックを

サーキットでのスポーツ走行をより安全に楽しむためには、愛車のコンディションを常に把握し、最適な状況に保っていることが重要です。公道での日常使用を前提とした、法律で定められている点検(車検やディーラーなどで実施される6カ月点検、12カ月点検など)だけでなく、前回のVol.3 「サーキットメンテナンス 前編」でご紹介した部位以外にも、足回り、タイヤ、ブレーキなどの点検も重要です。前回と今回に分けてご紹介するサーキットメンテナンスの主要項目を参考に、入念な点検・メンテナンスを行いましょう。
なお、本記事でご紹介する項目はあくまでも代表的なものであり、車両の状態によっては他にも点検やメンテナンスが必要な場合があります。必要に応じてお近くのGR Garageや自動車整備工場に相談してみてください。

1.ブレーキ

ブレーキの重要性について、あらためて考えよう

クルマの『走る』、『曲がる』、『止まる』という3つの性能のなかで、最も重要なのが『止まる』ことです。クルマを止めることができなければ、スポーツ走行はもちろんのこと、一般的な走行でも安心してクルマを走らせることはできません。クルマを安全に走らせるうえで、ブレーキのメンテナンスは最も重要な項目といえます。
ブレーキシステムにはフットブレーキとハンドブレーキ、最近では電動パーキングブレーキ(EPB:Electric Parking Brake)などの種類があり、ブレーキ本体ではディスクブレーキとドラムブレーキに大別することができます。
ディスクブレーキの場合は、ブレーキキャリパー内部のピストンが油圧によって押し出され、ブレーキパッドがディスクを挟むことで制動力が発生します。ドラムブレーキの場合は、車輪の内側に設置されたドラムの内部にブレーキシューが装着され、マスターシリンダーから発生した油圧により、内側のシューを外側のドラムに圧着させて制動力を発生させます。
ブレーキシステムの故障はアクシデントに直結します。わずかでも違和感や不具合に気付いたら、すぐに走行を中止し、しっかりと点検を行って下さい。また、ブレーキはクルマの“重要保安部品”なので、必ず整備士の資格を取得しているプロのメカニックがいる自動車整備工場やGR Garageで修理および分解整備を行ってください。

●ブレーキパッド

ブレーキパッドは、キャリパーの内側に装着される板状の摩擦材で、ブレーキローターに押し付けられ摩擦抵抗によって制動力を発揮します。このブレーキパッドが摩耗していると、ブレーキの効きも弱くなります。スポーツ走行の際は、ブレーキパッドの残量が“5分山”がひとつの目安となっていますが、3分山(約2~3mm程度が目安)くらいになると制動力も低下していく傾向があるので、交換することをおすすめします。
また、ブレーキパッドの残量を点検する際ですが、走行直後は高温のためやけどに気を付け、直接ブレーキパッドに手が触れないように注意して下さい。パッドの残量は、ブレーキキャリパーの中央付近に点検孔があり、そこからの厚みを測る、もしくは走行後のこまめな点検時は簡易的に目視で確認することができます。フロントブレーキの場合は、ハンドルを左右に切ると点検しやすくなります。

内部を確認することができないドラムブレーキの場合は分解整備が必要となりますので、GR Garageなどの自動車整備工場で定期メンテすることをおすすめします。また、ドラムブレーキの鳴きが発生している場合は、ブレーキシューが摩耗したカスがドラムの中に溜まっている場合が多いので、こちらも自動車整備工場で整備を行ってください。
スポーツ走行では、一般的な走行よりもブレーキ周辺への負荷が高く、摩耗も早く進むため、気づいたらブレーキパッドの溝が無くなっていたというケースもあるので、こまめな点検をおすすめします。

また、パッド(ローター)の新品交換直後はお互いの当たり面がきれいに出ておらず適切な制動力を発生させられないので、注意が必要です。

GRヤリスのブレーキローター部

GRヤリスのブレーキローター部。日常の運転の際も常にブレーキの効き具合や、異音や振動で異常がないか意識することで未然にアクシデントを防止。

GRパーツにラインナップされているGR86用GRブレーキパッドセット

GRパーツにラインナップされているGR86用GRブレーキパッドセット。ただし、本品はMT車のみに適合。さらに同じくGRパーツのGRモノブロックブレーキキット装着車両にも適合していないなど、装着の際はGR Garageにご相談を。※画像はフロント用

ブレーキパッド

ブレーキパッドの摩耗が進むと、パッドウェアインジケーターがブレーキローターと干渉し、“異音”が発生して、摩耗を知らせます。その際は速やかにブレーキパッドの交換を。

●ブレーキローター

ブレーキローターは、ブレーキパッドと同様に摩耗が発生します。また、摩擦により熱が発生することで、ブレーキング時には目視でも赤く光って見えることもあります。摩耗したローターや、クラック(ヒビ)が入っているものだと、たとえパッドが正常でも制動力は落ちてしまいます。一方、ローターの摩耗が少ない状態でも、ローターとパッドの接触面が波を打っていると制動力が落ち、ブレーキング時にジャダーと呼ばれる振動が発生することもあります。
一般的にはローターより先にパッドが摩耗して交換時期を迎える場合が多いですが、スポーツ走行で使用する場合、車種によってはローターとパッドは同時に交換することが望ましい場合もあります。逆に制動力の高いパッド(=ローターへの攻撃性が高い場合が多い)を装着する場合は、ローターが先に寿命を迎える場合もあるので注意が必要です。また、モータースポーツ向けのスリット(溝)タイプのローターも世の中には存在し。スリットを入れることでブレーキダストの排出効果や放熱性向上も期待できるほか、溝の深さで摩耗具合を確認できる製品も販売されています。

ブレーキローター

ブレーキローターの交換時期の目安は点検後、厚さおよび内径が、限度値を超えている場合に交換。限度値は愛車の取扱説明書もしくはGR Garageにてご確認ください。

ブレーキローターの回転方向のブレーキパッド

ブレーキローターの回転方向のブレーキパッドとの摩耗による線以外で、新品状態で各種スリットが入っている製品を除き、上記のような線やひび割れがある場合は速やかな交換が必要。※イメージ図

●ブレーキホース

ブレーキペダルを踏むと、マスターシリンダーを通じてブレーキホースの中に入っているブレーキフルードに圧力がかかります。ブレーキホースはその圧力が分散するのを抑え、油圧をしっかりとブレーキキャリパーに伝える重要な役割を担っています。このホースが劣化していると、本来のブレーキ性能を発揮することはできません。
スポーツ走行ではホイールハウス内に存在するブレーキホースに対して、タイヤが巻き上げた小石やタイヤカスなどの外的なダメージはもちろん、ブレーキキャリパー周辺の非常に高温な環境に晒されるため、熱による劣化も進みます。
ブレーキホースにキズや膨張が発生すると、ブレーキフルードにかかった油圧が不安定になり、正しい油圧をブレーキキャリパーに伝えることができなくなります。熱の影響でブレーキホースの端部や継ぎ目からブレーキフルードが滲んでいる場合は最悪の場合、そのまま使用を続けるとホースが破断する可能性もあり、非常に危険なのですぐに交換をするべきです。外観から目視でキズや膨張が確認できる場合も、交換を推奨します。スポーツ走行を実施する頻度によっては、外観上で問題がなくとも、2〜3年ごとに定期交換することをおすすめします。

ブレーキローター(画像左側)の裏にあるブレーキホース

ブレーキローター(画像左側)の裏にあるブレーキホース。特に上記画像の赤点線枠のカシメ部でブレーキフルードの漏れや滲みが出やすいので日常的に注意する。

●ブレーキキャリパーピストンシール/ブレーキダストブーツ

ブレーキキャリパーに組み込まれたピストンを保護するために装着されているのが、ブレーキキャリパーピストンシールとブレーキダストブーツです。
ブレーキピストンシールは、ブレーキピストンに装着されるゴム製のリングパーツで、ピストンの前後運動に合わせてシールも変形しながら、パッドをディスクに押しつける役割を担います。ブレーキダストブーツは、ブレーキピストンとブレーキキャリパーピストンシールに、水や異物が混入するのを防ぐために装着されています。
ブレーキピストンシールに不具合を起こすと、ピストンの戻りが悪くなってブレーキの引きずり(パッドが意図せずローターに接触している状態)を起こし、摩耗が早くなります。また、劣化が進むとブレーキフルードの漏れの原因となるほか、ピストンに錆が発生し、固着の原因ともなります。
いずれもブレーキキャリパーの内部に組み込まれているパーツのため、目視での確認は難しいのですが、万が一ブレーキ警告灯が点灯することがあればGR Garageや自動車整備工場でオーバーホールを行って下さい。また、経年劣化するパーツでもあるので、2~3年に一度は定期交換することをおすすめします

ブレーキローター(画像左側)の裏にあるブレーキホース

ブレーキキャリパーピストンシールおよびブレーキダストブーツはキャリパー内部の黄色点線部分内に装着される。ブレーキパッドに圧力を伝える各ピストンの内側と外側でホコリや異物の侵入を防ぐ。

●ブレーキフルード

ブレーキフルードは、ブレーキキャリパーを作動させる油圧を伝達する重要な役目を担っていますが、ブレーキシステムで発生する熱の影響を受けて劣化します。ブレーキフルードが劣化すると、油圧を正常に伝えることができなくなるため、ブレーキシステムそのものが働かなくなる可能性もあります。そのため、エンジンオイルやトランスミッションオイルと同じく、定期的な交換が必要です。特にスポーツ走行をする際は、少なくとも1年に1回程度の頻度で実施をおすすめします。
ブレーキフルードは沸点によって、いくつかの種類が販売されており、一般的にはDOT3のブレーキフルードが多く使われています。(スポーツカーの場合は標準でDOT4以上が採用されている場合もある)スポーツ走行の際にはDOT4やDOT5など、ドライ沸点やウェット沸点が高いブレーキフルードに交換するのもおすすめです。
ただし、DOT5には吸湿性が高いものも多く、長期間使っていると沸点が下がってしまう可能性があります。その際は、通常よりもさらに短い期間での交換が必要となります。
ブレーキフルードの汚れや量は、エンジンルーム内のリザーバータンクで確認をすることができます。量が減っている場合は使用しているブレーキフルードと同じものを継ぎ足し、汚れがある場合は交換するようにしましょう。
スポーツ走行の際にはブレーキフルードが沸騰することにより、フルードのなかに気泡が生じることもあります。気泡が生じると、ブレーキホース内の圧力が気泡に吸収されてしまうため、ブレーキの効きが甘くなってしまうベーパーロック現象が発生します。その場合には『エア抜き』という作業が必要となるため、専門知識と自動車整備の資格を持ったプロのメカニックに相談するか、自動車整備工場でブレーキの点検を行うようにしてください。

GR86のエンジンルーム内リザーバータンク

GR86のエンジンルーム内リザーバータンク

GRヤリスのエンジンルーム内リザーバータンク

GRヤリスのエンジンルーム内リザーバータンク

2.シャシー

●タイヤ

スポーツ走行の際には、タイヤの空気圧チェックのほかに、スリップサインでの摩耗の確認、サイドウォールに傷がないかなどを確認し、安全に走行できる準備を整えましょう。
クルマと路面が接している唯一のパーツがタイヤです。走行前に、タイヤにキズが入っていないか、トレッド面で破損している部分がないかをチェックしましょう。これらが認められる場合はパンクなどにつながるおそれがあるため、交換を強く推奨します。また、タイヤの使用限度を示すスリップサインが出ている場合は、公道走行時に処罰の対象となるだけでなく、性能低下による安全面の問題がありますので、すみやかに交換しましょう。
また、走行前後の空気圧のチェックも必須項目のひとつです。冷間(タイヤが冷えている状態)での空気圧を、ドアの横などに表示してあるメーカー指定の空気圧に合わせましょう。タイヤの空気圧は周回を重ねるごとに刻一刻と変化し、レースなどではタイヤの最適なグリップを発揮させるために、その日の天候や気温、路面温度、コース特性などに合わせてシビアに調整が行われる、奥の深いものです。スポーツ走行の中~上級者になると、走り出しの空気圧をあえて低めに設定するなどのテクニックがありますが、まずは指定空気圧がしっかり入っているかどうかを確認してください。
空気圧と同様、走行前後にはホイールナット締め付けトルクのチェックも欠かせません。トルクレンチを使用して、緩みがないかのチェックを実施してください。推奨トルクは車両によって異なるので、事前に確認をしておきましょう。走行直後は熱を持っており締付トルクが安定しないため、必ず冷えてからチェックをして下さい。

「増し締め」はホイールナットが規定トルクで装着されているかチェックする意味合いもあるのでトルクレンチで実施を。

「増し締め」はホイールナットが規定トルクで装着されているかチェックする意味合いもあるのでトルクレンチで実施を。

●足まわり

スポーツ走行では、クルマに大きなストレスがかかります。特にサスペンション系は普段からのチェックが重要で、シャシーとタイヤをつなげるハブベアリングは、スポーツ走行を行う際にガタが出ていないかジャッキアップした状態で軽く縦に揺らしてチェックし、定期的にハブナットが推奨トルクで締まっているかをチェックするように心がけましょう。振動やガタ、異音が出ている場合は、ハブベアリングの交換が必要となります。
また、タイヤを横に揺らすことで、ステアリングラックとタイロッドエンドのチェックを行うこともできます。振動やガタが出ている場合は、点検のうえ、交換することを推奨します。
普段の定期的なメンテナンスでクルマの状態をチェックすることは、スポーツ走行をさらに楽しむことにつながるだけでなく、日常の安心・安全な走行にもつながります。愛車が現在どのような状態なのかを把握し、スポーツ走行を楽しみましょう。

タイロッドエンドも常に適正トルクを保つようにトルクレンチによる「増し締め」が必要。

タイロッドエンドも常に適正トルクを保つようにトルクレンチによる「増し締め」が必要。

3.まとめ

公道での日常使用と比べて、車両の性能をフルに使い切るサーキット走行では、クルマ全体に大きな負荷がかかります。思わぬトラブルを未然に防ぐためにも、前回のVol.3 「サーキットメンテナンス 前編」でご紹介した項目に加え、今回ご紹介したタイヤ周りやブレーキ関係についても、事前に目視での確認や点検を行って、走行に臨みましょう。
今回のVol.4でご紹介した以外の項目にも点検いただきたい項目は多岐にわたります。ご自身で点検するのが難しい場合や、特に『重要保安部品』となるブレーキ関連の分解・整備については、事前にお近くのGR Garage に駐在しているGR コンサルタントにぜひ相談してください。走行中、またはその前後においてクルマの異常や異音などを感じた場合には、必ずお近くのGR Garage や自動車整備工場で点検を受けましょう。

※本ガイドは一般的なスポーツ走行に関するルールや注意事項であるため、事故を完全に防げるとは限りません。
運転者は常に自らの責任で周囲やご自身のクルマの状況を把握し、安全にスポーツ走行をお楽しみください。