モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY2 - 暖冬のスウェーデンで見えた、若獅子ふたりの才

暖冬のスウェーデンで見えた、若獅子ふたりの才

WRCな日々 DAY2 2020.2.27

オスロ・ガーデモエン空港に向けて降下を始めたルフトハンザ航空866便の窓の外に「ノルウェーの森」が広がった。幾ばくか期待していた白銀の世界はそこになく、茶色がかった緑色の色彩が見渡す限り続いていた。「ああ、やっぱり雪はないのか……」と、僕は思わず溜息をついた。

暖冬による雪不足。一時は開催中止の危機にあったラリー・スウェーデンは、ルートを大幅に見直すことによって何とか開催にこぎ着けた。シーズン唯一のフルスノーイベントであるラリー・スウェーデンの歴史は長く、初開催は1950年に遡る。そして、今に至るまでに2回の大会中止があったが、雪不足によるキャンセルは1990年の1回のみ。何度も危機を乗り越えてきたが、2016年にも深刻な雪不足に見舞われるなど、近年は厳しい状況に直面することが多くなっているように感じる。

ラリーの中心となるのは、スウェーデン中西部の町トルシュビー。以前は、南に約100km離れたカールスタッドの町を中心に開催されていたが、年々深刻化する雪不足に対応するため、中心を北に移した。ラリー・スウェーデンを取材するのに、なぜノルウェーのオスロから入るのかといえば、スウェーデンのメインゲートであるストックホルム空港よりも、走行距離が230kmほど短くて済むからだ。加えて、ラリーでは国境を越えてノルウェー国内でもSSが何本か行われる。朝、オスロに到着し、レンタカーでノルウェー周辺のSSを下見走行してからトルシュビーに向かうのが、僕にとってはもっとも効率的な取材方法なのだ。

唯一の難点は、ノルウェーでレンタカーをピックアップすると、スタッドレスタイヤ装着車しか借りられないことだ。これが、スウェーデンだと未だにスタッド(=スパイク)タイヤ装着車が出てくることが多い。日本では一般道での使用が禁じられてから随分と経つスタッドタイヤも、スウェーデンではまだ許されている。一般国道の最高速度は時速90kmで、凍結した2車線道路をみんなビュンビュン飛ばす。夜中に、街路灯がまったくない真っ暗な凍結路を走り、丸太を満載した大型トラックとコーナーですれ違う時など、緊張で思わず身体がこわばる。「ああ、やっぱりスウェーデンでクルマを借りておくべきだった」と後悔するが、1年経つとすっかりその恐怖を忘れてしまう、自分の学習能力の無さに呆れるばかりだ。

ただし、一般道を走るクルマが履くスタッドタイヤと、ラリーで使われるスタッドタイヤは、完全に別モノだ。前者が1mm程度の金属片がバラバラと大きく間を置いて埋め込まれているのに対し、後者の競技専用タイヤは、全体が鋭いスタッドで覆い尽くされている。その突出量もゴム面から約6.5mmと長く、それがアイゼンやピッケルのように氷雪路に突き刺さり、信じられないくらい高いグリップ力を生み出す。僕も何度か競技用のスタッドタイヤで氷上を走ったことがあるが、グラベル路面以上に高いグリップ力に驚き、フルブレーキングでは身体が前に投げ出されそうになるほどの強い制動力を実感した。実際、ラリー・スウェーデンのSS平均速度は非常に高く、全WRCイベントの中で、超高速グラベルのラリー・フィンランドに次ぐ2番手の地位を長年維持している。

しかし、その高いグリップも、路面にアイスや硬く締まった雪があればこその話しだ。解けてかき氷のようになった雪道では十分なグリップが出ないし、気温が上がり、下から湿ったグラベルが露出するとスタッドの効果は格段に落ちる。グリップ力が低下するだけならまだいいが、グラベルの中の石や岩にスタッドが当たると、衝撃で折れたり、抜けたりする可能性が一気に高まる。雪が少ない路面をスタッドタイヤで走るのは難しく、そして危険でもある。そのため、やはり雪が少なかった2016年の大会では、選手達から大会ボイコットの声が上がったほどだ。今回も、やはりそのような声も聞かれたが、ラリーは決行された。雪こそ少なかったが、気温の低下により路面コンディションは意外にも良く、下からグラベルが出ていてもしっかり凍っていたため、十分なグリップが得られた。夜間等、気温が下がった時に路面に水をまくなどして凍った路面を維持してきた、主催者の努力の賜物といえる。彼らは、まるでアイススケートのリンクを整えるかのように、路面コンディションの維持に力を注いできた。また、ラリー中にスタッドタイヤの交換機会を増やすなど、安全に競技が行われるように最善を尽くした。選手達もその努力に敬意を表し、ベストとはいえない路面ながら最高の走りで応え、大会を大いに盛り上げた。

今大会のMVPは、間違いなくTOYOTA GAZOO Racing WRTのエルフィン・エバンスだった。彼は全9本のSSのうち、5本でベストタイムを記録し優勝。1度だけヒヤリとする瞬間があったが、それ以外はひたすら安定して速く、ヤリスWRCを完全にコントロール下に置いていた。前戦ラリー・モンテカルロでも優勝争いに加わったが、その時以上に走りに一貫性があった。今回のスウェーデンは路面のグリップが一定ではなく、どこが滑り、どこがグリップするのか見極めるのが非常に難しいステージが多かった。そういう意味では、舗装路面の所々に雪やアイスバーンが広がっていた、今年のラリー・モンテカルロと似たようなキャラクターだったともいえる。「ヤリスWRCはとてもコントロールしやすく、自分に自信を与えてくれた」とエバンスは語っていたが、その確固たる自信こそが、トリッキーなステージでは何よりも重要なのだ。彼とヤリスWRCの相性は最初から抜群に良い。比較すると、モンテカルロを制したティエリー・ヌービルも、同ラリーで2位に入ったセバスチャン・オジエも、彼らの今大会中の言葉を聞く限り、エバンスほどの自信をクルマに感じていなかったように思えた。

ただし、オジエは目の前の勝利よりも、シリーズを見据えた「抑え気味」の戦いをしていたのは明らかだ。リスクを冒してコースを外れノーポイントに終わるよりも、少し目減りしたとしても確実にポイントを獲得するという、全13戦を考えた戦いをオジエはしている。彼の老獪さを、ライバル達はシーズン終盤に思い知るだろう。

そのオジエを、スピード勝負で打ち負かし、総合3位の座を自力で奪い取ったカッレ・ロバンペラの戦いも見事だった。WRカーでの世界選手権参戦は、前戦モンテカルロに続き2回目。モンテカルロでは完走ペースを貫き総合5位でフィニッシュしたが、今回は持ち前のナチュラルスピードを存分に発揮した。6歳の時からフィンランドの凍った湖の上や、閉鎖された雪道をクルマで走っていたとはいえ、WRカー2戦目で表彰台争いに加わるのは、天賦の才なくして不可能。サポート選手権であるWRC 2や、WRC 2 Proの時代から並外れた速さを示してきたが、今回のスウェーデンで、彼が将来の世界王者候補であることが証明された。

19歳のロバンペラは、ショートステージでエンジンをストールさせるなど、何度かミスをして少なくないタイムを失った。それさえなければ、2位争いに加わっていたかもしれない。しかし、そのミスは主にWRカー経験の少なさが原因といえるもので、今後経験を積むことで自然に解消される類いのものだ。それよりも驚いたのは、コンディションが悪く、コースアウトのリスクが高いいくつかの難ステージで、ベテラン以上に安定した走りをしていたことだ。特に、オジエとの3位争いの場となった、最終ステージでの走りは圧巻だった。気温の上昇により路面の雪や氷は解け、非常に滑りやすい状態だった。エバンスやオジエでさえも全開アタックを躊躇するようなステージを、ロバンペラは完全に攻め切った。ステージの終盤はスタッドが抜けてコントロールが難しい状況だったが、それでもロバンペラは臆することなくアクセルを踏み続けた。結果、全長約21kmのステージで、2番手タイムのライバルに3.7秒、3番手タイムのオジエに3.9秒という大きなタイム差をつけ、WRCトップカテゴリー参戦2戦目で初のSSベストタイムを記録。そして、初ポディウムを獲得した。彼が、今シーズン中に再び表彰台に立つことは十分起り得るだろうし、それが最上段だったとしても、もう驚きはしない。

表彰台でエバンスとロバンペラが並ぶ姿を見て、何だかとても感慨深かった。僕がWRCを観戦したり取材を始めた頃は、彼らの父親達が現役バリバリだったからだ。エルフィンの父、グウィンドフは、英国ラリー選手権でチャンピオンになり、WRCでは総合6位に入ったことがある。イギリスの、というかウェールズの名ドライバーだ。初めてお会いしたのは1993年のラリーGB(RACラリー)だったが、その穏やかな風貌は、とてもトップドライバーには見えなかった。まるで、高校の数学の先生みたいだなあと思ったことを、あれから25年以上経った今でも覚えている。一方、カッレの父親であるハリは、2001年にプジョーのワークスドライバーとして、ラリー・スウェーデンを制している。彼にとっては生涯唯一のWRC優勝だが、もう少し早くから恵まれた体制で戦っていたら、もっと多く勝っていたはずだ。彼もまた穏やかな人で、僕がWRCの取材を始めた頃から、いつも親切に対応してくれた。そして、今でも変わらずに接してくれるナイスガイだ。

そんな彼らの息子達が今、WRCで優勝争いに加わり、チームメイトとしてタイトルを狙える速さと強さを示している。これまで多くの二世ドライバー達がWRCに挑んできたが、故コリン・マクレーなど一部を除き、多くが大成していない。しかし、エルフィンとカッレは間違いなく「本物」だ。彼らが世界チャンピオンとなるその日まで、この仕事を続けたいと思っているが、その記念すべき瞬間は意外と早く訪れそうだ。

古賀敬介の近況

モンテカルロ、スウェーデンと「寒い」開幕2戦が終わり、次はいよいよ「暑い」メキシコです。スノーブーツやらダウンを持たず、軽装で取材に出かけられるのが毎年嬉しくてなりません。ひと足先に、大好きなメキシコで夏気分を味わってきます。でも、気温は30度を越え標高も高いラリーなので、はしゃぎ過ぎに注意しないと。