モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY23 - イエロー・マジック・フォレスト 秋のフィンランドでエバンスは速さを取り戻した。

イエロー・マジック・フォレスト
秋のフィンランドでエバンスは速さを取り戻した。

WRCな日々 DAY23 2021.10.12

イエロー・マジック・フォレスト。そんな言葉が頭に浮かんだ。数日後にラリーのステージとなる森の中のグラベルロードは、あたり一面「真黄色」だった。20年くらい、毎年のようにラリー・フィンランドを取材してきたが、今まで見たことがないような鮮やかな景色が目の前に広がっていた。

新型コロナウイルスの影響により、2年ぶりの開催となったラリー・フィンランドは、例年より2ヶ月ほど遅い、10月の第一週にリスケジュールされていた。自分にとっては、昨年3月の第3戦メキシコ以来となる現地取材。ワクワクしながらも「寒いのはちょっとイヤだな、爽やかな夏のフィンランドが良かったな」と、訪れる前は思っていた。現地の人に「この時期は雨が多いし、朝は0度近くまで冷え込みますよ」と、脅かされていたからだ。

しかし、レッキ(ステージの事前下見走行)で森に足を踏み入れた途端、そんなやや後ろ向きの気持ちは吹き飛んだ。何という美しさだろうか。目の前に広がる、鮮やかに黄色く色づいた森。赤の色合いが少ないから、紅葉ではなく「黄葉」のほうがしっくりとくる。黄葉の候といえば日本では秋の終わりをさすが、フィンランドでもまさにそのような時期で、冬に入るギリギリのタイミング。この時期にしか見ることができないイエロー・マジックに、僕は瞬時に心変わりし「この時期に来れて本当に良かった」とはしゃいだ。

ステージを何本か下見した時点で、路面がいつもと少し違うことに気がついた。ただでさえ硬質なフィンランドの未舗装路が、夏季よりもさらに硬く「カチカチ」だったからだ。おまけに、道の表面を覆うルーズグラベル(砂利)も少なく、時々「ここは舗装路なのかな?」と、クルマを停めて確認したこともあった。それくらいしっかりとした路面で、レンタカーで普通に走っている限りは例年以上にタイヤが滑らず、グリップが高いように思えた。レッキを終えたドライバーもやはり同じように感じたようで「路面はかなりコンパクトで思った以上にグリップする」と印象を述べていた。コンパクトというのは、圧縮されているという意味で、つまり締まっているということだ。

ところが、金曜日の午後から競技が始まると「グリップしない、滑る!」というコメントを、多くのドライバーが口にした。ルーズグラベルが比較的少なく、路面も締まっているのになぜか? 市販車に近いレッキカーで、しかも規則で最高速度が定められているため低いスピードで下見走行をした時と、WRカーでの全開アタックではやはりスピードレンジが大きく異なる。また、気温も路面温度も低く、特に早朝や日が傾くころは温度が全く上がらない。体感温度的にはダウンジャケットが必要なくらいだ。そして、少ないとはいえやはりルーズグラベルの影響も無視できない。実際、セバスチャン・オジエは金曜日の午前中に行なわれたシェイクダウンで「過去、このラリーで午前中に走った時よりも滑る感じがする」と、既に異変を察知していた。オジエは金曜日の森林ステージで6、8番手タイムに留まり、初日の最後のステージを残し、首位のライバルから既に約33秒の遅れをとった。他のグラベルラリーよりもタイム差がつきにくいこのラリーで、70km程度を走っただけでこれだけ多くのビハインドをオジエが負うことは珍しい。

今回は、ラリー前に行なわれたチームのプレイベントテストも取材することができ、幸運にもオジエのテストに立ち合うことができた。オジエはとてもリラックスしていて、テストの内容にもかなり満足しているようだった。フィンランドの道で生まれ育ったヤリスWRCは既に熟成の域にあり、セッティングについても特にハイスピードなグラベルでは相当煮詰まっている。そのため、テストではいくつかのオプションを試し、ディテールをさらに突き詰める作業に終始していたようだ。テストを終えたオジエには、上位を争えるという確かな自信が感じられた。今、改めて思い出してみれば、テストの日は晴れていて、気温も比較的高かった。曇り続きだった競技本番よりも、さらにドライなコンディションだったといえる。

苦戦したのはオジエだけではなかった。フィンランド出身で超高速ラリーを得意とするロバンペラも、フィンランドに住みラリー技術を磨いてきた勝田貴元も、思うようにタイムが上がらず苦労していた。ロバンペラに関しては2、4番手タイムでトップとの差もあまりひらいていなかったが、自分が得意な道で、どう頑張ってもトップに匹敵するタイムが出ないことに若干混乱しているように見えた。「限界まで攻めている。これ以上のリスクを負うことはできない」とロバンペラ。そして「どうやら、テストでセットアップを見誤ったようだ。自分のミスだ」と付け加えた。

テストでは調子が良かったのに、本番では思うようなタイムが出ない。オジエ、ロバンペラ、勝田が想定外の状況に悩む中、トヨタ勢では唯一エルフィン・エバンスが気を吐いていた。フォレストステージでの序盤の順位は3〜5番手と、ロバンペラよりも低かったが、ステージの出走順がオジエに次ぐ2番手だったことを考えれば、タイム自体は決して悪くない。クルマに対してはいいフィーリングを感じていて、まだまだ余力を残していた。そして、金曜日最後のステージであるSS6「オィッティラ」を迎えた。

夜7時スタートのオィッティラは、スタート前から多くの選手が警戒していたステージだった。日没後、暗闇の中を走るからだ。もちろん、ナイトステージは他のラリーでもある。しかし、道のアップ&ダウンが激しいフィンランドの道は、ヘッドライトや補助ライトが空や、地面の下のほうを照らしてしまい、瞬間的に先のコーナーが見えにくくなる。しかも、フィンランドの道は超高速で、あっという間に次のコーナーがやって来る。同様のケースは、今年2月に開催されたアークティック・ラリー・フィンランドでも見られたが、アークティックの場合は一面雪に覆われているため、光りが雪で反射して道はまだ見えやすかった。「過去、ラリー・フィンランドで夜の森林ステージを走ったことはない。大きなチャレンジになるだろう」と、TOYOTA GAZOO Racing WRTのヤリ-マティ・ラトバラチーム代表もラリー前に語っていた。大きなアクシデントが起きなければ良いがと、僕もドキドキしながらステージの開始を待った。

その、難関ナイトステージで、ベストタイムを刻んだのはエバンスだった。エバンスは暗闇の中、自信に満ちあふれたアタックを敢行し「簡単ではなかったけれど、楽しむことができた」と、笑顔を見せた。2番手には、プライベーターとしてヤリスWRCをドライブしたエサペッカ・ラッピがつけ、さらにロバンペラが4番手、このステージを誰よりも警戒していたオジエは5番手と、トヨタ勢は総じてナイトステージで好調だった。

ではなぜ、ヤリスWRCは暗闇の中で速かったのだろうか? 理由はもちろんひとつではないが、ライトの照射範囲をきちんとフィンランドの道に合わせ込めていたのが、特に重要な要素だった。ラリー前のテストでドライバーたちは入念にライトの角度を調整し、夜の森で照射範囲を確認するなど、ナイトステージのためにしっかりと準備を行っていたのだ。加えて、ヤリスWRCが採用するライトシステムにもアドバンテージがあったようだ。他のチームのクルマが、一般的には最先端と考えられている「レーザー」タイプの、遠方視認性に優れる補助ライトを採用しているのに対し、ヤリスWRCは日本のPIAA製HID補助ライトを使用する(ヘッドライトはハロゲン)。レーザー・タイプよりも奥行きや起伏を視認しやすいため、路面のアップダウンが大きくコーナーの曲率もランダムで、石など障害物も多いラリーにおいては、HIDの方がメリットが大きいというのがその理由である。テストではレーザー・タイプも試してきたが、ドライバーたちはHIDの光を好み、使い続けているのだという。闇を照らすライトもまた、フィンランドの夜道に最適化されてきたのだ。

ナイトステージでのベストタイムにより、エバンスは総合3位に上がり、自信をさらに深めた。そして翌日のデイ2、エバンスは朝から何と4ステージ連続でベストタイムを記録。早々に首位に立つと、ライバルに対する差を着実に拡げていった。この4連続ベストタイムで、ライバルたちは今回のエバンスにはついていけないと悟ったという。ラリー後、総合3位でフィニッシュしたヒュンダイのクレイグ・ブリーンは「エルフィンのクルマは7速ギヤだったんだろう」と言い、笑いを誘った。もちろん、ヤリスWRCには6速までしかなく、それくらい速かったという例えではあるが、駆動系にアドバンテージがあったのは間違いではない。

エバンスは、事前のテストでその時の路面に合ったセットアップを仕上げながらも、異なる路面コンディションも想定したオプションを用意していた。具体的にはグリップが低い路面で前輪のトラクションを重視した駆動系のセッティングで、それがラリー本番の路面にマッチした。確かに滑りやすいルーズグラベルは夏季より少なく、道の表面は硬く締まっていたが、勝田が「グラベルで滑るのとは違う、ヌルヌルとした独特の滑りかたをしました」というように、若干湿り気を含む路面は全面的にはハイグリップではなかったようだ。そのような路面にマッチする、駆動系を中心としたセットアップを事前に用意していたからこそ、エバンスはイレギュラーな路面にもすぐに対応することができたのだ。

もともと、エバンスはハイスピードなラリーに強いドライバーだった。Mスポーツ時代の2017年のラリー・フィンランドでは総合2位に入り、トヨタの1-2フィニッシュ達成を阻んだ。また、2020年のラリー・スウェーデンでは優勝している。スピードには滅法強いドライバーであると、思われてきた。ところが、今年に入り得意なはずの高速ラリーで、しばらく精彩を欠いていた。「クルマに対する自信が持てない」という言葉が多く聞かれたが、高速ラリーではその自信こそがタイムに大きく影響する。エバンスはしばらく自信を失っていたが、今回のフィンランドでそれを取り戻した。特に、ナイトステージのオィッティラでのベストタイムにより、彼は完全に蘇ったのだろうと、チームのエンジニアは語っていた。

超高速ラリーが大好きで、ここ数戦で2勝をあげるなど絶好調だったロバンペラは、地元のフィンランドで自信を持ちきれず、コースを外れ勝機を失った。一方で、しばらく本調子ではなかったエバンスが、今回は自信を取り戻し盤石の強さを発揮。第4戦ラリー・ポルトガル以来となる今シーズン2勝目を手にした。ほんの僅かなセッティングの違いで、彼らの流れは入れ替わってしまったのだ。改めてラリーという不確定要素の塊のような競技の難しさを知り、イレギュラーな秋季の開催がラリーに及ぼした影響の大きさを実感した。

きっと、黄葉の時期にラリー・フィンランドが開催されることはしばらくないだろう。一期一会。素晴らしい大会で、見応えのある戦いを取材できたことに感謝したい。明日はフィンランドを離れ、次なる戦いの地であるスペインへと向かう。空港に行く前にもう1度林道を走り、鮮やかな秋のフィンランドの風景を目に焼き付けておこうか。

古賀敬介の近況

本文でも書きましたが、およそ1年半ぶりのWRC現地取材でした。久々の現場、いろいろと勘が鈍っていることもあって軌道に乗るまでに少し苦労しましたが、やはり自分でステージを走り、ドライバーの走りをコースサイドで観察し、選手やチームの人々の顔を見て話を聞くのは、取材の基本中の基本であり、他に代えがたいことだと実感しました。また、久々に仲間のカメラマンやジャーナリストに会い、この場所が自分のホームなのだなと実感。今後も、できる限り現地での取材を続けたいと思いました。

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