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刻々と変化する路面コンディション、
スペインのターマックは生きていた。
WRCな日々 DAY24 2021.10.26
この道は生きている……。撮影のため早朝から日が陰るまで同じコーナーに居続け、ターマック(舗装路)ステージの路面が刻々と変わっていく様を目にしてそう思った。競技開始前の朝と、多くのラリーカーが走った後の午後では、全く違う路面コンディションになっていたからだ。
ラリーウイークの前半、選手たちと同じタイミングで二日間かけて全ステージを下見走行した。今年、ラリー・スペインは12年ぶりにオールターマックラリーとして開催されることになり、しばらく使われていなかった道や、初めて使われる道も少なくなく、多くの新たな発見があった。下見の日は10月だというのにとても暖かく、つい数日前までいたフィンランドとの落差を感じた。ラリーのステージは素晴らしいドライブコースでもあり、美しい景色が次から次へと現れ心が踊った。やがて、スペインらしい古い村と塔がバックに写る、素敵な撮影スポットを見つけた。「よし、本番はここで撮影しよう」と決め、数日後に競技が始まると、改めてその場所を訪れた。
ステージ開始の約1時間半前、午前7時過ぎに目当ての場所に到着すると、あたり一面深い霧に包まれていた。スペインの早朝ステージでは良くあることで、特にブドウ畑が広がる場所では朝霧が出やすい。朝の霧と日中の強い日差しによる乾燥、そして寒暖差がワインに適したいいブドウを育てると聞いたことがある。実際、ステージと同じ名前のワインも生産されていて、僕はそれほどワインに詳しいわけではないが、かなり評判がいいようだ。
1時間くらいで霧が晴れればいいなあと、ステージを歩いて撮影場所を目指したが、突然ツルリと靴底が滑り危うく転びそうになった。オイルでも広がっているのかと疑ったが、そうではなく、ただ朝霧で舗装の表面が湿っていただけだった。舗装の質によるものか、少し湿っているだけなのにツルツルとよく滑る。ステージの下見をした数日前の昼間は完全に乾いていたが、その時とはまるで違う路面、そしてグリップ感覚だった。
しばらくすると、周囲はだいぶ明るくなり気温も上がってきたが、霧はまったく晴れなかった。やがて、爆音を響かせながらラリーカーが目の前のコーナーに凄い勢いで飛び込んできた。僕の少し前で撮影していたカメラマンは「こんなに深くインに入ってくるとは思わなかった」と50cmくらい後ずさりしたが、それくらいトップドライバーたちのインカットはディープで、高速回転するタイヤによって路肩の泥や小石がどんどん掻き出され、クリーンだった舗装路面はあっという間に汚れていった。
迫力のある走りをカメラに納めることはできたが、バックに写るはずだった村や塔は深い霧の中で、望む写真を撮影することはできなかった。「仕方ない、午後の再走ステージもここで撮ろう」と決めた。本当は別の場所に行くつもりだったが、一番撮りたかったものを優先し、午後の再走ステージにかけることにした。やがて全てのラリーカーが走り終わり、ステージを歩いて一度自分のクルマに戻る時、いくつかのコーナーの路面が既にターマックではなく、「ほぼ」グラベルになっていることに気が付いた。そして、今度は濡れた路面ではなく、小砂利でズルッとコケそうになり、リモートワークが長く続いたことによる日頃の運動不足と、筋力の衰えを反省した。
午後はやや逆光ながら、霧は完全に消え失せ、背景の村が明るく浮き上がった。気合いを入れて撮影した結果、何とか満足できる写真が撮ることができ、それが一番上に載せた写真であるが、改めて見るとターマックラリーの走りとは思えない。そう、午後のステージの路面は、驚くほどダーティになっていたのだ。「スペインのターマックは路面がフラットで、流れるようなコーナーが続き、気持ちよく走ることができる」と一般的には言われているが、全部のステージがそうであるわけではない。特に午後の再走ステージは路面コンディションが一変する。そして、今回トヨタ勢がいずれも優勝を争うだけのスピードを欠いていたのは、想像以上に滑りやすい路面にヤリスWRCのセッティングを合わせ切れなかったことが、最大の理由だと考えられる。
競技初日、金曜日の午前中はエルフィン・エバンスが3ステージ連続でベストタイムを記録(うち1本はヒュンダイのティエリー・ヌービルと同タイム)するなど、出だしは非常に良かった。エバンスもクルマの仕上がりに満足していたようだが、午後になるとスピードがやや鈍った。路面に大量のグラベルが出たことで、どのドライバーも午前中の1回目のステージよりもタイムを落としていたが、その落ち幅が首位を争うヌービルよりも大きく、午後は3ステージともヌービルの後塵を排した。午前と午後で、形勢が逆転したのだ。エバンスは午後2本目のステージでクルマが大きくスライドし、そこで大きくタイムを失ったが、その一本を除けばヌービルとのタイム差は僅差といえるレベル。決して大きく遅れていたわけではなく、走りも悪くはなかった。
しかし、翌日もグラベルが出て滑りやすくなった午後のステージで、僅かでもヌービルに遅れるようでは、優勝は狙えないとエバンスは考え、初日が終了した時点でセッティングを変更することにした。ドライバー選手権で24ポイント先行するチームメイトのセバスチャン・オジエに追いつき、逆転でタイトルを手にするためには優勝しかないと、エバンスは覚悟していたのだ。ところが、セッティングを見直して臨んだ二日目のデイ2で、エバンスは前日ほどのスピードを発揮できなくなっていた。デイ2のステージは、午前中の時点で既に路面にグラベルが多く出ていた。また、エバンスら上位陣はデイ2では出走順が後方となったため、午前中からかなりダーティな路面を走ることになった。当然それも見越してのセッティング変更であり、たしかにダーティな路面でのナーバスさはある程度解消されたが、それと引き換えに比較的高いレベルでまとまっていたハンドリングバランスが崩れ、自信を持ってアタックできなくなってしまったのだ。
エバンスは昼のサービスでクルマにさらなる調整を加えるも、奏功せずむしろハンドリングは悪化。デイ2が終了した時点で、首位を走るヌービルから16.4秒の遅れをとってしまった。最終日のステージは4本合計約51kmと距離が短く、逆転優勝するためには相当大きなリスクを冒す必要がある。この時点で、どうやらエバンスは無理に首位を狙わないことを決めたようだ。フルアタックの末にミスをして総合2位から陥落すれば、その時点で総合3位につけていたオジエのタイトルが決まってしまうかもしれない。また、マニュファクチャラーズポイントという点でも、チームにとって大きな損失になる。そのため最終日、エバンスは優勝争いよりも、最終のパワーステージでのボーナスポイント獲得に注力し、3番手タイムで3ポイントを加算。総合2位フィニッシュで得た18ポイントと合わせて21ポイントを獲得し、オジエとの差を17ポイントに縮め最終戦ラリー・モンツァにタイトルの望みを繋いだ。
一方、このラリーでオジエは走り始めから思うようにスピードが上がらなかった。選手権リーダーであるオジエにとって、オールターマックラリーとなった今年のスペインは、初日1番手の出走順が有利に作用するビッグチャンス。しばらく優勝から遠ざかっていたが、スペインでは勝機がある。しかし、予想に反してタイムは伸びず、オジエはセッティングを細かく変え続けた。それでもなかなか満足できるハンドリングを得られなかったが、土曜日の昼のサービスでようやく正解を見つけ、午後には2本のベストタイムを刻んだ。が、その直後にエンジンストールで約6秒を失い、何とか総合3位の座を保ちはしたが、翌日は総合4位につけていたダニ・ソルド(ヒュンダイ)の猛攻を受け表彰台を失った。エンストさえしなければ、しのぎ切れたかもしれない差だけに、オジエとしてはさぞかし悔しかったに違いない。
改めて今年のラリー・スペインを振り返ると、上位を争ったクルマのパフォーマンス自体はかなり拮抗していた。が、金曜日の昼のサービスで午後のダーティな路面にマッチしたセッティングにいちはやく切り替えたヌービルが一気に速さを増し、エバンスとオジエはそれを追い切れなかった。また、最終日には表彰台を狙っていたソルドもいきなりスピードを上げ、4ステージ全てを制覇するなど非常に好調だった。路面コンディションに合ったセッティングを、今回は彼らの方が上手く見つけたといえる。ラリー中、トヨタのドライバーからは「アンダーステアがやや強い」というコメントが聞かれた。去年まで、ヤリスWRCはターマックでのスピードにも定評があり、良く曲がるクルマと誉れ高かった。今年もモンテカルロ(一部スノー&アイス)、クロアチアと、シーズン前半のターマックラリーではオジエが2勝したが、その後イープル(ベルギー)では地元のヌービルが優勝し、今回もまた彼が勝ったことでターマックラリーでの戦績はこれでイーブンとなり、やや押され気味である。
トヨタのエンジニアに話を聞くと、確かにドライバーはアンダーステアを何とか解消しようとしていたという。そして、今年からサプライヤーが変わったタイヤもアンダーステアの原因のひとつではないかと、彼らは考えている。昨年まで4シーズン履き続けてきたミシュランに、ヤリスWRCのセッティングはとても合っていた。しかし、今年からピレリになりタイヤの特性が大きく変わったことで、過去積み上げてきたデータを活用できず、合わせ込みにやや苦労しているという。特に今回のスペインでは、新開発のハードコンパウンド・タイヤとのマッチングに課題があったかもしれないとエンジニアは分析する。また仮に、事前のテストで満足できるセッティングにまとめることができていたとしても、本番のステージで、前述のように路面コンディションがどんどんと変化していく状況でテスト時の良いフィーリングを再現できるとは限らない。「生き物」である路面に、いかに迅速に、柔軟に、そして正確にクルマを適応させることができるか、このハイレベルな戦いにおいては、クルマの基本性能もさることながら、エンジニアとドライバーの適応力もまた重要なキーなのである。
「今回が最終戦でなくて良かったと思います。スペインで課題が見えたことによって、次のラリーには対策を施して臨むことができるので」と、チームのエンジニアは優勝を逃すも、むしろそれをポジティブに捉えていた。そう、次戦にしてシリーズ最終戦であるラリー・モンツァは、またしてもターマックラリー。トヨタはマニュファクチャラー選手権でライバルを47ポイントリードしているが、だからといって楽観視はできない。モンツァサーキット、北イタリアの山岳ターマックステージにクルマを合わせ込めるかどうか、タイヤをうまく機能させることができるかどうか、そこにかかっている。また、ドライバー選手権については既に首位オジエと2位エバンスの二人の戦いとなっているが、こちらは最後までどうなるのか分からない。昨年は選手権をリードしていたエバンスがコースオフを喫し、オジエが優勝でタイトルをもぎ取った。果たして、今年はどんなドラマが待ち受けているのだろうか? 2021年シーズンの最終戦、そしてワークスのヤリスWRCにとって最後の戦いになるであろうラリー・モンツァは、今年もっとも注目すべき一戦である。
古賀敬介の近況
ラリー・フィンランドが終わって1週間、僕はフィンランドで追加取材、原稿書き、大量の洗濯をして過ごしスペインに入りました。そしてラリー・スペインが終わってすぐに帰国したのですが、14日間の隔離という厳しい規則に従い、東京都内のウイークリーマンションで家族と離れてひとり寂しく生活しています。この時代に海外出張をするのは大変だなあと思いながらも、1年半ぶりにWRCの現場で取材できたことの喜び、感謝の気持ちを抱きながら隔離生活を送っています。ちなみにこの写真は画質は荒いですが帰路に飛行機から偶然見えたオーロラです。何だかとても幸せな気持ちになりました。