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今季2回目の総合4位。表彰台争いに敗れはしたが、
勝田はさらなるレベルアップに繋がるラリーを戦った。
WRCな日々 DAY30 2022.5.31
グラベル戦では不利となる、出走順一番手で金曜日を戦いながらも優勝。WRC第4戦ラリー・ポルトガルでカッレ・ロバンペラは圧巻のシーズン3連勝を達成し、ドライバー選手権のリードをさらに拡大した。また、僚友と優勝を争ったエルフィン・エバンスが総合2位に入り、TOYOTA GAZOO Racing WRTは今季初の1-2フィニッシュを獲得した。一方で、最終ステージ直前まで総合3位を守っていた勝田貴元は、大ベテランのダニ・ソルド(ヒョンデ)との表彰台争いに僅か2.1秒差で敗れ、GR YARIS Rally1による初の表彰台独占はならなかった。
パワーステージを走り終え、逆転されたことを知った勝田は、ヘルメットを脱ぐこともなく、力なく首を前に垂れた。そんな失意の勝田の許を、最後の最後で爆発的なスピードを発揮したソルドが訪れ、握手を求めた。勝田を励ますかのように何度もヘルメットをポンポンと軽く叩き、最後まで素晴らしい戦いを続けた若きライバルの健闘を讚えた。その姿はまるで、弟を励ます兄のようにも見えた。勝田も僅かに笑顔を浮かべてソルドを祝福し、そしてまた深くうなだれた……。
デイ2の終盤から延々と続いた、勝田とソルドの表彰台をかけた戦いは、今年のラリー・ポルトガルの素晴らしいハイライトだった。勝田はラリー序盤こそやや出遅れたが、デイ2の後半からペースを上げ、ステージ2、3番手タイムを連続で刻むと総合4位に浮上。ひとつ上につけるソルドに5.2秒差に迫った。そして、デイ3ではステージ3番手タイムを4回記録するなど安定した速さを示し、SS12でソルドを抜いて総合3位に上がると、以降は着実に差を拡げていった。デイ3最終ステージのSS16を前に、ふたりの差は14.6秒まで拡大していた。
ところが、ポルトの市街地で行なわれた、石畳の路面を走るSS16で、勝田は26番手タイムに留まり、17番手タイムだったソルドに一気に5.7秒差まで詰め寄られてしまった。1日かけてコツコツと積み重ねていったリードが、全長僅か3.3kmのショートステージ1本だけで9秒近く削られてしまったのだ。
「濡れていた石畳の路面が、出走順が後になればなるほど乾いていき、どんどんタイヤがグリップするようになっていったようです。自分の後に走ったソルド選手の時にどのようなコンディションだったのかは分かりませんが、あのようなステージで1kmあたり3秒近く遅れるようなことはまずないので、驚きました」と、勝田はラリー終了後に振り返った。実際、このポルトの市街地ステージでは、トップカテゴリーのRally1勢の後に走ったRally2勢が上位を占め、Rally1トップタイムのロバンペラでさえ、ベストタイムを記録したRally2の選手より7.5秒も遅い、13番手タイムに留まったほどだ。そのことからも、出走順が後になればなるほどグリップが劇的に上がっていったことは明らかである。このステージで、勝田がソルドに対する遅れをせめて6秒程度に留めることができていれば、計算上は表彰台に立てていたことになる。
「たしかに、あのステージの路面コンディション変化は自分ではどうしようもできなかった部分ですが、それでも前日デイ2でのスピンがなければ、最終的にソルド選手に勝てていたかもしれない。あそこでスピンをしてしまった自分の実力不足が、表彰台を逃した最大の原因だと思っています」
勝田が言うように、SS6のかなり低速なコーナーで勝田は突然スピン。ゆっくりとした速度で側溝にはまり、そこから脱出するために多くの時間を要し、ベストタイムのエバンスから28.7秒、6番手タイムのソルドに対しては17.2秒と大きく遅れた。そう考えれば、なるほどポルトの市街地ステージでタイム差をつけられても、表彰台を獲得できていたことになる。ただし、スピンについては単純なドライビングミスとないえない。前輪が轍(わだち)にひっかかり、後輪が別の轍に入ってしまったことで引き起こされたスピンであり、アンラッキーだったともいえる。勝田自身も、まったく予期していなかった挙動だったと、かなり驚いたようだ。
百戦錬磨のソルドは、逆転の機を見極める術に優れている。WRCではオジエ以上に長いキャリアを誇り、WRC優勝回数は3回とそれほど多くはないが、スポット出場でもかなり高い確率でポディウムを持ち帰る仕事人だ。勝田は、そんな手練れのソルドと、僅差の表彰台争いを最後の最後まで続けたのだ。昨年のサファリ・ラリー ケニアでは、王者オジエと優勝を争い総合2位を得た。リザルト的にはもちろんサファリの時のほうが良かったが、戦いの内容、質としてはむしろ今回の方がよりハイレベルだったのではないかと、個人的には思う。
「サファリでオジエ選手と戦い、勝てなかった時ももちろん悔しかったですが、あの時は最終日に良いコンディションのタイヤを残せていなかった、勝負権がなかったことに対する悔しさでした。しかし、今回はモノの違いではなく、最後の最後までコンマ数秒差で表彰台を争っていたのに、獲り切れなかったという自分の力不足に対する悔しさです。トヨタにとってはGR YARIS Rally1で1-2-3フィニッシュを獲得する最初の大きなチャンスだったのに、それを実現することができず、自分がどうこうよりも、チームに対して申し訳ないという気持ちのほうが強かったです」
勝田はここ最近、チームにマニュファクチャラーズポイントをもたらすことに強く拘っている。彼のTGR WRT Next Generationは、TGR WRTのサテライトチームであるが、勝田が総合3位に入れば他チームの獲得マニュファクチャラーズポイントを目減りさせることができる。そういった、マニュファクチャラー選手権争いも強く意識した戦いを続けながら、勝田はスピードと確実性のバランスを高い次元でとろうと戦っているのだ。それはいつの日か、勝田がメインチームのドライバーとなった時に要求される戦いかたであり、今はそのためのトレーニングプロセスでもある。開幕から4戦を終えて勝田は非常に確実性が高く、毎ラリーで確実にポイントを獲得している。絶不調だった前戦のクロアチア・ラリーでも総合6位に入り、8ポイントを持ち帰った。その結果、勝田は現在ドライバー選手権ではランキング3位につけている。
「今回、結果自体は悪くなかったですが、それでも優勝したカッレや、2位エルフィンとの比較では大きく遅れてしまった。スピンがなかったとしても、1分30秒近く離されていたことになります。その差は一体どこから生じているのかと考えた時、それは優勝をかけて戦っているふたりと、3番手争いをしながらも完走を優先しなくてはならない自分の、負っているリスクのレベルの違いではないかと思います。絶対に勝とうと思って走るのならば、ある程度高いリスクを負わなければ勝負に加わることはできません。だから今回、オジエ選手や(セバスチャン)ローブ選手は、コースオフしたりパンクをしてしまったのだと思います。ほんの少し攻め過ぎてしまうだけでリスクが一気に高くなりますが、僕の場合は、ステージによってはリスクをとらない方に振りすぎているようにも思います。自力での優勝を目指すならば、そのあたりを改善していかなければならないでしょう」
たしかに、1本目の走行が終わった直後のステージを実際に歩いてみると、掘られた路面の下から角の立った硬い岩盤や、小さな尖った石が大量に露出していた。それらを完全避けながら走れるほど道幅は広くなく、タイムロスをしないためにはある程度パンクの危険性が高まったとしても最短ラインを走らなくてはならない。こういったタイヤに厳しいグラベルラリーで勝つためには、それ相応の覚悟を持って挑まなければならないのだと実感した。
「とはいえ、今のカッレのレベルは全ドライバーの中でひとり飛び抜けていると思います。自分はまだそのレベルには達していないと思いますし、今の実力で無理をして勝ちを狙いにいっても、それは大きなミスに繋がりかねない。まずはドライビングの引き出しをさらに増やし、攻め切れていない部分をしっかり攻め切れるようにレベルを底上げし、よい流れに乗るまではもう少し我慢する必要があると思っています」
我慢。それは、自分はもっと速く走れるはずだ、走りたい……という逸る気持ちを抑え込み、その時点で備えている実力を過不足なく発揮すること。勝田は、これまでもいくつかのラリーで我慢の走りを続けながら成長してきた。我慢というと、やや後ろ向きのイメージを持つかもしれないが、決してそうではない。次に繋げるためのセルフコントロールであり、勝田はできるだけ多くのステージを走ることで経験値を高め、技術レベルを向上させてきた。その結果、今回のポルトガルのように実力で巧者ソルドと表彰台を戦うことができるレベルにまで到達したのだ。確実に速く、強くなっている。この先、次のステップに進もうとした時は、また大きな挫折を味わうかもしれないが、その時勝田は、常に表彰台を狙えるレベルのドライバーに成長しているはずだ。
古賀敬介の近況
WRCポルトガルの取材現場で、多くの観客から「カツタ! カツタ!」と声を掛けられました。彼らポルトガル人にしてみれば隣国スペインのソルド選手のほうが親近感を覚えるはずですが、素晴らしい戦いをしていた勝田選手に対する声援は想像以上でした。きっと皆さん、ハイレベルな3位争いを堪能したのでしょう。ちなみに、ソルド選手の友人にも勝田選手のファンは多いそうです。