モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY31 - 困難な走行条件となったサルディニアをロバンペラと勝田は冷静沈着に戦い抜いた

困難な走行条件となったサルディニアを
ロバンペラと勝田は冷静沈着に戦い抜いた

WRCな日々 DAY31 2022.6.22

今年、デビューから4戦連続でポディウムの2段目以上を確保してきたGR YARIS Rally1は、第5戦ラリー・イタリア サルディニアで初めて表彰台を逃した。今回はその理由について考察したいと思う。

GR YARIS Rally1は、カッレ・ロバンペラのドライブにより、第2戦から第4戦にかけて3連勝を飾った。スノー、ターマック、グラベルと、あらゆる路面で勝てる力を備えていることが証明され、現時点でクルマに大きな弱点は見当たらない。実際、サルディニアでも、エルフィン・エバンスとエサペッカ・ラッピのふたりが金曜日に何度か首位に立ちラリーをリードした。クルマに速さがあったことは間違いないが、エバンスは金曜日にクルマのフロント下周りを強く打ち、ラッピは土曜日にコースオフにより、それぞれデイリタイアを喫し上位争いから脱落した。

第2戦から3戦連続優勝中だったロバンペラはどうだったかというと、フルデイ初日の金曜日は総合8位、土曜日は総合5位、そして最終日の日曜日も総合5位に留まり、表彰台には手が届かなかった。優勝したオィット・タナック(ヒョンデ)とのタイム差は約3分と大きく開いたが、コースオフでリヤウイングを失ったこと、スピンが1回あったことを差し引いても、直近の3戦と比べると全体的にスピードが不足していたのは事実である。

タイムが大きく伸びなかった理由は、非常にシンプルだ。フルデイの初日金曜日を出走順一番手で走行し、道の表面を覆うルーズグラベルを後続の選手たちのために、掃き飛ばしながら走行しなくてはならなかったからだ。そして、金曜日に総合8位に留まったことで、リバーススタートとなる土曜日は4番手とやはりスタート順が早く、連日不利な路面コンディションでの走行となってしまったことが、大きな遅れに繋がった。しかし、同じくグラベル路面での戦いだった前戦ラリー・ポルトガルで、ロバンペラはやはり一番手スタートながら金曜日が終了した時点で総合2位につけ、そこから順位を上げ優勝を掴んでいる。このふたつのグラベルラリーで、一体何が違ったのだろうか?

それについて、TOYOTA GAZOO Racing Next Generationから、GR YARIS Rally1で出場している勝田貴元は「両ラリーのグラベル路面の地盤の違いだと思います」と分析する。ドライバー選手権3位につけ、金曜日のステージに出走順3番手で臨んだ勝田も、ロバンペラ同様滑りやすい路面に苦戦したひとりだ。「どちらも路面はグラベルですが、ポルトガルは路面の下の方までふかふかで、もちろん滑りやすいのですが、タイヤの横滑りがある程度のところで止まってくれるような感覚がありました。一方、サルディニアの路面はすごく硬い地盤の上に砂利や砂が多く乗っている感じで、出走順が早く走行ラインがない状態で走ると、アスファルトの上に転がるビーズの上を滑っていくような感覚なんです。トラクションもグリップも全く感じられず、何台かクルマが走らないとラインができないような状況でした」

勝田によれば、サルディニアではとにかく路面のグリップが低いため、コーナーの進入で攻めすぎると、コーナー出口でアクセルを踏み込むタイミングが遅くなり、トラクションもかかりにくいことから、ロスに繋がることが多かったという。また、ステージによってグラベルの滑り具合が大きく異なり、出走順の差が大きく出るステージと、そうでないステージが混在していたことも、今年の特徴だったという。「昨年のラリーでも使われて、ある程度ラインができていたというか、走りやすくなっていたステージと、昨年のラリーで使われたことで路面がかなり荒れてしまい、ラリー終了後に他所からグラベルや砂利を運び込んで修復したステージでは、滑りやすさが大きく違いました。路面が補修された後者は特に滑りやすく、そのような路面で自分やカッレはより大きくタイムを失ってしまったのです」

同じような茶色いグラベル路面に見えて、ポルトガルとサルディニアでは実はグリップ感覚が大きく違っていたのだ。ポルトガルでは一番手スタートの不利をはね返して優勝を掴んだロバンペラだが、彼のずば抜けたスピードをもってしても、サルディニアの道では遅れを少なく留めることができなかった。ただし、それでもロバンペラはチームと共に選手権を見据えた冷静な戦いを続け、結果的にドライバー選手権2位につけるティエリー・ヌービルとのポイント差を拡げることに成功。今回もまた、21歳とは思えぬ落ち着いたラリー運びで選手権リーダーの座を堅守した。

そんなロバンペラが、唯一感情をむき出しにしたのは、最終のパワーステージだった。最終日、自力による表彰台獲得が難しい状況で、ボーナスの選手権ポイント獲得が可能なパワーステージにロバンペラは狙いを定めていた。果たして、結果は2番手タイムでボーナスの4ポイントを獲得。さぞかし喜ぶだろうと予想したが、彼は珍しくステアリングを強く叩きベストタイムを刻めなかったことをとても悔しがった。ベストタイムは、選手権2位のヌービル。そこが、彼としては許せなかったのだろう。速さに対するとてつもない執着心、そして負けん気の強さ。普段、どのような状況でもクールに振る舞うことが多いロバンペラだが、このパワーステージでの悔しがりようを見て、僕は彼がさらなる高みを目指しているのだなと理解した。今後、ロバンペラはもっともっと速くなるだろう。

一方、勝田も早い出走順に阻まれ、なかなか順位を上げることができなかった。それでも、しっかりとこの厳しいラリーを戦い抜き、ロバンペラに次ぐ総合6位でフィニッシュ。これで開幕から5戦連続で完走をしたことになり、全てのラリーでポイントを獲得している。今回に関しては忍耐の走りを強いられる場面が多かったが、この難しいコンディションを最後まで戦いぬいた経験は、必ずや次に繋がるはずだ。ただし、勝田もノートラブルだったわけではない。土曜日のデイ3、勝田はフロントセクションにダメージを負い、ラジエーターからの冷却水漏れに応急処置を施した状態で一日を走りきったのだ。

「土曜日は日中のサービスが設定されなかったのですが、まず午前中の2本目のステージのジャンクションで、ターマックのエッジ部分にフロントバンパーを引っかけて大きく破損してしまいました。その時はラジエーターは大丈夫だったのですが、走っているうちにバンパーのパーツが割れていき、その後ウォータースプラッシュに入った時、水圧でバンパーがラジエーターを押す形になってしまい、そこで穴が開いてしまったようです。破損したバンパーの破片が、ラジエーターに突き刺さってしまったのです。ステージを走り終えるとモニターに警告が表示されていて、穴が開いたことはすぐ分かりました」

勝田はステージ終了後のストップコントロールでクルマを停め、再び走り出す際はエンジンにダメージを与えぬようEVモードで発進。そのまま400mほど進み、次のステージに備え路肩で応急処置を施した。「冷却水が漏れていることはわかったのですが、直前にウォータースプラッシュを通過していたのでバンパー全体が濡れていて、どこから漏れているのかをなかなか見つけることができませんでした。昨年のケニアでやはりラジエーターに穴が開いた時は、穴が大きくスプレー状に噴出していたのですぐ見つけられたのですが、今回はチョロチョロと漏れているような感じだったので、本当に見つけるのが大変でした」

走行直後ということで冷却水の温度は90度程度と高く、勝田とコ・ドライバーのアーロン・ジョンストンは手に軽い火傷を負いながら必死に水漏れ箇所を探した。また、バンパーの破損部分を車載の工具で丁寧に切除するような時間がなかったため、ジョンストンが力づくでバリバリと割って形を整えたという。「ドライバーはグローブをしているので少しくらい怪我をしても大丈夫ですが、コ・ドライバーは素手でペースノートをめくらなくてはならないので、怪我をして欲しくなかったのですが、アーロンはとても素早い作業で、壊れたパーツがラジエーターに当たらないようにしてくれました。本当に感謝していますが、それ以外にも驚いたことがあります」と勝田。

ステージ走行後、ストップコントロールで止まった際にジョンストンはオフィシャルから多くのミネラルウォーターのボトルを受けとっていたのだ。気温が高いサルディニアでは、熱中症を防ぐためオフィシャルからミネラルウォーターが手渡される。その本数に特に制限はないため、ジョンストンはラジエーターから冷却水が漏れていることを想定し、多くの水が必要になるだろうと瞬時に判断したのだ。「EVモードで移動してクルマを停めて修理をしようとした時、あっ、水が足りないかもしれないと思ったら、アーロンがボトルを6本くらい持っていたんです。僕より 2 歳年下で、他のコ・ドライバーに比べると経験も少ないと思うのですが、とにかく頭の回転が早いし機転が利く。今回も彼の判断にすごく助けられましたし、最後まで走り続けられたのは彼のお陰でもあるので、本当に感謝しています」

コ・ドライバーが脚光を浴びることはそれほど多くないが、その仕事は野球でいうところのキャッチャーに相当するくらい重要だ。ドライバーの真の力を引き出すのも、メンタルをコントロールするのも、そしてドライバーが気がつかない部分を細かくフォローするのもコ・ドライバーの大切な仕事。勝田がジョンストンとコンビを組んでからまだ一年にも満たないが、ジョンストンに対する信頼の気持ちは既に揺るぎない。今回の厳しい戦いを経て、勝田はクルマとステージに対する経験値を大きく増やしただけでなく、ジョンストンとの信頼関係もさらに強固なものとしたのである。

古賀敬介の近況

3年ぶりに取材したル・マン24時間で、平川亮選手のトップカテゴリー初挑戦、初優勝という劇的なシーンに立ち合いました。中嶋一貴さんや小林可夢偉選手が何度も挑戦してようやく手にしたル・マン優勝を、いきなり手にしたのですから本当に凄いことです。親友の勝田選手からもお祝いのメッセージが届いていたようですが、次は勝田選手の番! 昨年、彼が総合2位を獲得したサファリ・ラリーを僕も現地でしっかりと取材します。以上、4日間の日本滞在を終えてケニアに向かう古賀でした。

FACEBOOK PAGE