降り続いた雨がもたらした大波乱の展開。
多くの選手がウォータースプラッシュの犠牲に。
WRCな日々 DAY46 2023.6.15
陽光溢れるリゾートアイランド、サルディニア島。数あるWRC開催地の中でも地中海に浮かぶこの島の美しさは際立ち、ラリーが終わった後もしばらく居残り、休暇を愉しみたくなる。しかし、今年のラリー・イタリア・サルディニアは例年と雰囲気が大きく異なり、ラリーウィークを通して雨が断続的に降り、それが少なからず勝負に影響を及ぼした。TGR-WRT勢では、カッレ・ロバンペラは雨を味方につけて総合3位を獲得したが、エルフィン・エバンス、セバスチャン・オジエ、勝田貴元にとっては恵みの雨にはならず。苦しい週末を過ごすことになった。
前戦ラリー・ポルトガルで優勝し、ドライバー選手権首位に立ったロバンペラは、誰よりも降雨を強く望んでいた。選手権リーダーはフルデイ初日となる金曜日のステージを出走順一番手で走らなければならず、ドライコンディションならばグラベル路面の「掃除役」となることにより大幅にタイムを失ってしまうからだ。しかし、金曜日の午前中は青空が広がり路面の多くはドライに。週の前半に降った雨で湿っているところもあったが、ロバンペラの不利を完全に打ち消すようなレベルではなかった。
それでもロバンペラは、金曜日午前中の2本のステージを6、8番手タイムで走行。首位に立ったエサペッカ・ラッピ(ヒョンデ)に対する遅れを9.7秒に留めた。ところが、続く3本目のSS4でロバンペラは、ベストタイムを刻んだオジエから何と40.2秒遅れの8番手タイムに沈み、このステージを終えて首位に立ったオジエとのタイム差は49.5秒となってしまった。このSS4は路面が全体的に乾き気味だったことに加え、全長が49.90kmと恐ろしいほど長く、出走順トップのロバンペラは成す術がなかったのだ。このステージ1本で、ロバンペラが優勝できるチャンスは実質的に潰えたといっていい。
一方で、注目すべきはそのSS4の再走ステージとなった金曜日最終のSS7で、ロバンペラがベストタイムを刻んだこと。実は、午後の再走ステージは雨に見舞われ、49.90kmのSS7は特に酷いコンディションになっていた。あちらこちらに深い水溜まりができ、一部路面は泥状となり非常に滑りやすくなっていたのだ。誰もが望まぬ路面コンディションと化したこのステージで、唯一ロバンペラはチャンス到来と集中力とモチベーションを高め、フルアタックを敢行。ベストタイムを刻み、総合7位から4位へと大きくジャンプアップした。
翌日、土曜日のデイ3で不利な1番手スタートから解放されたロバンペラは、堅実に3、4番手前後のタイムでステージを重ねていった。彼の実力を考えればさらに速いタイムを刻んでも不思議ではなかったが、どうやらそこにはロバンペラとチームの計算があったようだ。今回のサルディニアは、オプション的な扱いだったソフトタイヤが最大12本しか使えず、メインのハードタイヤの出番が雨で極めて少なくなったことから、限られた本数のソフトタイヤをいかに上手く使うかが重要なテーマだった。そしてロバンペラは、金曜日の遅れもあって、自力で表彰台圏内に入るのは難しいと判断。ならば、最大5ポイントのボーナスポイントを獲得できる、日曜日のパワーステージに良い状態のソフトタイヤを温存しようと考えたのだ。そのために土曜日午後のステージで新品のソフトタイヤを投じることを控えてユーズドのソフトを混ぜ込み、そのソフトタイヤがまるでスリックタイヤのように溝がなくなって下地が出てくるまで使い切った。オジエのリタイアもあり総合3位に順位を上げて土曜日を走破したロバンペラは「明日に向けて良い状態のソフトタイヤを残すことができた」と、満足げに述べた。
迎えた最終日の日曜日、ロバンペラは最後のパワーステージだけに照準を定め、それよりも前の3本のステージはタイヤを労るためペースを落として走行。注目のパワーステージは強い雨に見舞われ、路面はサファリ・ラリーの雨後のステージのごとくマディ(泥だらけ)な状態に。それこそがロバンペラが望んでいたコンディションであり、温存しておいたソフトタイヤが実力を発揮する時だった。タイヤの状態に関しては、オィット・タナック(Mスポーツ・フォード)の方がさらに良かったようだが、ロバンペラは泥で滑りやすくなった道を果敢にアタック。7.79kmというかなり短いステージだったにも関わらず、2番手タイムのタナックに4.7秒という大きな差をつけてパワーステージを制した。劣悪なコンディションでこそ光る、「雨の子」ロバンペラの強みが存分に発揮された、ファイナルステージだった。
今シーズン4回目のWRC出場となったオジエは、金曜日の出走順が3番手とそれほど有利ではなかったにも関わらず、ヒョンデ勢と激しい優勝争いを繰り広げた。彼の今大会のハイライトは、49.90kmのSS4で刻んだ圧倒的なベストタイム。抜群のタイヤマネジメントで勝負の大きな山場と見られていたこのステージを制し、首位に躍り出た。オジエは、その後も昨年までチームメイトだったエサペッカ・ラッピ(ヒョンデ)と僅差の首位争いを続け、土曜日午後のSS13が終了した時点でもトップに立っていた。
ところが、万事順調だったわけではなく、サルディニアの名物であるウォータースプラッシュ、つまり河渡りでエンジンに水が入り、パワーが低下しかなりのタイムロスを喫していた。そしてSS14では、泥で滑りやすくなっていたコーナーを曲がりきれずコースオフ。痛恨のデイリタイアとなってしまったのだ。実はこの時、オジエはステージ開始前にタイヤ交換を行なった際に靴裏に泥が付着してしまい、ブレーキペダルを踏み外してしまったのだという。タイヤが滑るよりも前に、足裏が滑ってしまったのだ。珍しい、そして悔やまれるミスによってオジエは優勝争いから脱落し、失意の総合14位でラリーを終えた。
デイリタイア前のオジエに降りかかったウォータースプラッシュのトラブルは、実はエバンスにも、勝田にも起きていた。特に勝田は、金曜日を総合5位で終えるなどなかなか好調だったにも関わらず、土曜日の1本目、SS8でウォータースプラッシュを通過した際に水圧でクルマのフロント部を破損。SS9をスタートすることができず、デイリタイアに終わった。水圧でラジエターおよびインタークーラーに大きなダメージを負ってしまったのだ。
同じウォータースプラッシュを通過しても、ロバンペラのクルマには特に問題が起こらなかったと、TGR-WRTのエンジニアは証言する。勝田のウォータースプラッシュ進入速度はそれほど高かったわけではなかったが、ブレーキング状態からアクセルを開けてクルマのフロントノーズを上げるタイミングがやや遅れてしまったのだ。そのためノーズがやや下向きの状態で水中に突っ込むことになり、高い水圧をもろに受けてしまったようである。一方、ロバンペラはタイミング良くアクセルオンでリヤを沈ませてノーズを上げ、極端な表現をするならばモーターボートのような姿勢でウォータースプラッシュをクリア。オジエは、相対的にノーズを上げる量がロバンペラよりも少なく、それによって土曜日にトラブルに見舞われることになったようだ。同じく、ウォータースプラッシュの影響を受けたエバンスは、本来ウォータースプラッシュがある場所ではなく、降雨によってできた大きく深い水溜まりでダメージを負ったというから驚く。いずれにせよ、ラリー前に降り続いた雨でウォータースプラッシュの水量が大幅に増えたことにより、想定外の高い水圧がクルマのフロント部にかかったことが様々なトラブルを引き起こしたのだ。そして同様のトラブルはGR YARIS Rally1 HYBRIDだけでなく、ライバルチームの多くのクルマにも起こっていた。
僕たちカメラで走りを撮影する立場の人間からすれば、派手に立ち昇る水しぶきはとても迫力があり、最高の演出になる。しかし、ドライバーとエンジニアにとっては警戒すべき存在なのだ。TGR-WRTのエンジニアは「クルマに関する対策作業は既に始めています」と言う。それに加えてロバンペラのようにクルマの特性と水量に合わせた微妙な前後姿勢コントロールを、他のドライバーたちも適切に行なえるようになれば、今後ウォータースプラッシュを過度に警戒することなくクリアできるようになるだろう。
古賀敬介の近況
6月は約1ヶ月間の長期海外出張となり、今はル・マンでこの原稿を書いています。この後ケニアへと渡りサファリ・ラリーの取材に臨むのですが、そろそろ日本のご飯が恋しくなってきています。ああ、せめてカップラーメンでも持ってくれば良かった!