// 2023 season

モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY48 - 超高速グラベル連戦のエストニアとフィンランドは果たして双子なのか、それともよく似た兄弟なのか?

超高速グラベル連戦のエストニアとフィンランドは
果たして双子なのか、それともよく似た兄弟なのか?

WRCな日々 DAY48 2023.8.3

双子か、それともよく似た兄弟か? ラリー・エストニアとラリー・フィンランドは、どちらも「ハイスピード・グラベルラリー」に位置づけられ、共通点が非常に多いラリーと言われている。僕も、これまで写真や映像で見てきたなかで、きっと双子のようなそっくりなラリーだろうと思っていた。しかし、実際にラリー・エストニアを取材して、このふたつのラリーには確かに多くの共通点があるが、大きく異なる部分も少なくないことが分かった。そしてなぜ、母国イベントのラリー・フィンランドで一度も優勝していないカッレ・ロバンペラが、圧巻のスピードでエストニア三連覇を果たしたのか、その理由の一端も。

これまで、なかなかタイミングが上手く合わず、ラリー・エストニアを取材することができていなかった。そもそもエストニアという国を訪れたことも、バルト三国に足を踏み入れたこともなく、それだけにとても楽しみにしていたイベントだった。かつてエストニアにもファクトリーを構えていたTGR-WRTのスタッフから「エストニアは美しい国ですよ。特に首都のタリンは素晴らしい街なので、機会があったら是非行ってみてください」と、以前から強く勧められていたので、タリン空港からクルマで15分程度のところにある市街地を訪れることにした。

噂に違わず、タリンは本当に素敵な街だった。特に旧市街は高い城壁に囲まれ「タリン歴史地区」としてユネスコの世界遺産にも登録されるほど、美しく趣のあるところだった。これまでヨーロッパの多くの都市を訪れてきたが、タリンはその中でも自分にとってベスト5に入るくらい気に入った。コンパクトながら凝縮感が高く、いろいろな文化が混ざり合っているため見飽きない。半日だけの少々慌ただしい観光だったが、それでも十分に満足することができた。今度また機会があったらプライベートで訪れ、数日間のんびり過ごしてもいいかなと思ったほど、心に残る街だった。

レンタカーでタリンの町を離れると、何ともいえない既視感に包まれた。初めて来た場所だというのに、まったくそのような気がしない。そう、慣れ親しんだフィンランドに風景があまりにも似ていたのだ。針葉樹の森、白樺の木、緑美しい草原地帯、点在する湖。道路標識や商業施設の建物の雰囲気までそっくりだ。聞けば両国は人の行き来が盛んで、商業的な結びつきも強いという。また、言葉についても、ともにウラル語系の言語で共通点が多く、以前オィット・タナックがTGR-WRTに加入した時は、スタッフとフィンランド語で会話をしようと試みたようだ。もっとも、タナックのフィンランド語はかなり分かりづらく、その後は英語で会話をするようになったと聞くが。

一般道を走っていて、両国の違いを強く感じたのは地形だ。フィンランドの道は、特にラリーが行われるユバスキュラのあたりはかなり起伏に富んでいる。一方、首都タリンからラリーのホストタウンであるタルトゥへと向かうエストニアの道は、とにかく平坦で直線的な区間が多い。その印象はステージを下見するためグラベル路に踏み入れても大きく変わらず、森林地帯であっても平坦な道が多かった。ところが、平坦な道の所々に「JUMP」というラリーの主催者が設置した赤い看板が置かれいて、その部分だけがやや不自然に盛り上がっている。ジャンピングスポットだ。フィンランドのステージは自然の丘陵を活かしたアップダウンが多く、流れの中で自然に跳ぶジャンプが多い。しかし、エストニアの場合は、平坦な道の途中に「大きな隆起」が出現することが非常に多かった。どうやら、主催者がラリーファンのために設けた人工的なジャンプのようで「これが選手たちを苦しめる、噂のヤツか」と、納得した。

エストニアの「飛ばすため」のジャンプは、僕の感覚ではフィンランド以上に数が多く、着地点がフラットでヘビーランディングになりやすい形状のものが多いように感じた。WRCの選手たちは普段からハードな着地に耐えられるように首や腰を鍛えているが、そんな彼らでもエストニアで一日の走行が終わると身体がガタガタになるという。「フィンランドの自然なジャンプは好きだけれど、エストニアのジャンプは着地がキツいから苦手」という選手も多く、過去エストニアで首や腰にダメージを受けた選手は少なくない。WRCドライバー、そしてコ・ドライバーは横Gだけでなく、縦方向の大きな衝撃とも戦わなければならないのだ。いやはや、本当に大変な職業である。

もうひとつ、フィンランドと大きく違うと思ったのは、道幅が狭く、そして非常にツイスティな区間が多いということだ。もちろん、フィンランドにもタイトでツイスティなコーナーはあるが、エストニアはステージ全体におけるその割合がかなり多い。1〜1.5車線程度の狭い道が延々と続く、閉塞感を覚えるようなステージもあった。そのような道では速度もかなり低くなり、ツイスティなセクションでは轍も掘れやすい。そもそもグラベルの路面自体が全体的にフィンランドよりも軟らかく、レッキの時点でも既に轍が掘れているコーナーが多くあったほどだ。

フィンランドよりもテクニカルなステージが多いということは、データでも証明されている。フィンランドはほぼ毎年、ラリー全体のアベレージスピードがWRCの全イベントの中で一番高く、123km/h前後の年が多い。対するエストニアは、今年こそ約115km/hと比較的高かったが、それ以前は108〜110km/h程度で、WRC全戦の中で4番目くらいに高速なイベントだった。フラットで直線的な区間がかなりあるにも関わらず、フィンランドとアベレージスピードでがこれだけ違うということは、やはりよりテクニカルな要素が強いラリーであるといえる。また、いくつかのステージの途中にはかなり本格的で長いターマック(舗装路)区間もあり、まるでラリー・スペインのステージのようだった。

このように、エストニアのステージはただ高速なだけでなく、リズム変化も多く、路面のコンディションも大きく変わりやすい。そのような、キャラクターが変化しやすい道ではドライバーに柔軟な対応力が求められ、だからこそ近年ドライビングの幅を急激に拡げているロバンペラはこのラリー・エストニアを得意としているのだろう。グリップレベルが大きく変わっても、深い轍が掘れても、限界を超えるか越えないかギリギリの走りで、クルマが持つ性能を引き出し続けることができる。それが、ロバンペラのこのラリーでの強さの理由のひとつだと、ステージを下見して思った。土曜日の朝から日曜日のフィニッシュまで、13ステージ連続となるベストタイム記録は、かつての9年連続世界王者セバスチャン・ローブ以来の衝撃だった。ライバルたちは戦意喪失を通り越し、若き世界王者のあまりの速さに感嘆していたほどである。

一方、フィンランドのステージはよりハイスピードで、路面コンディションも一貫性がある。それゆえ、ドライビングテクニックもさることながら、クルマのセットアップがより重要な鍵を握り、その年々で若干異なる路面コンディションに対するセットアップを外してしまうと、大幅なタイムロスを余儀なくされ、それをドライビングテクニックで補ったりタイムを挽回することは難しい。その象徴ともいえるイベントが、同じヤリスWRCで戦うもエルフィン・エバンスが優勝し、ロバンペラが総合34位に終わった2021年の大会だ。ロバンペラはコースオフで大きく遅れ上位フィニッシュのチャンスを失ったが、それがなかったとしても優勝は難しかっただろうと思えるほど、クルマの挙動に苦しんでいた。それだけ、ラリー・フィンランドではクルマのセットアップが重要なのであり、サーキットを舞台とするフォーミュラレースのようにシビアだ。

ラリー・エストニアの翌週、僕はすぐにフィンランドへと移動してTGR-WRTのテストを取材した。水曜日にテストを行なったロバンペラはクルマの仕上りにかなり満足しているように見え、どうやらいいセットアップを見つけたようだ。彼は「正直フィンランドよりもエストニアのステージのほうが好きだけど、やはり地元で勝ちたいという気持ちは強い。今年こそ! という思いはあるけど、このラリーはセットアップに大きく左右される。エストニアとは路面のグリップがかなり違うから、セットアップはかなり違ってくる。ライバルもこのラリーでは速いだろうし、きっとハードな戦いになるだろうね」とリラックスした表情で話してくれた。

天気予報によると、ラリー・フィンランドの週末は天気があまり良くなく、雨が断続的に降りそうだ。しかし、それはドライバー選手権のリーダーとして、フィンランドでも出走順トップでステージに臨まなくてはならない、ロバンペラが強く望むこと。ルースグラベルの影響が少なくなるであろう湿った路面で、ロバンペラは地元初優勝を獲得することができるのか?それともエストニアでいい走りを見せ総合4位を獲得するなど上り調子のエバンスが今季2勝目を手にするのか、はたまたユバスキュラ在住の勝田貴元が、エストニアでの不調を乗り越えてトップ争いに絡んでくるのか? 数日後にスタートするラリー・フィンランドのことを考えると、僕も気持ちが昂ぶってしまう。まずは、昨年までと大きく変わったところも多いステージの下見を、しっかりとすることにしようか。いやいや、その前にまずはエストニアで泥だらけになった洋服の洗濯だ!

古賀敬介の近況

今回はエストニアとフィンランドのハイスピードグラベル2連戦を取材する3週間の旅です。その中で訪れたタリンの旧市街は本当に素敵で「ここでWRCのセレモニアルスタートをやったら絵になるだろうなあ」としばし妄想。僕の背後に写っているのが旧市街を取り囲む城壁です。

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