// 2023 season

モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY52 - 華麗にして過酷。初開催のセントラル・ヨーロピアン・ラリーで、ロバンペラはチーム内バトルを制し二年連続で世界王者に輝いた。

華麗にして過酷。初開催のセントラル・ヨーロピアン・ラリーで、ロバンペラはチーム内バトルを制し二年連続で世界王者に輝いた。

WRCな日々 DAY52 2023.11.13

WRC初開催のターマックイベント「セントラル・ヨーロピアン・ラリー」は、そのトリッキーなステージにより年間タイトルを争うトヨタのふたりのドライバーたちにとって非常に過酷な一戦となった。そして、最終的にこの罠だらけの難しいラリーをしぶとく戦い抜き、二年連続となるドライバーズタイトルを獲得したのは、23才のカッレ・ロバンペラだった。

初開催のラリーを取材する時は、いつだってワクワクする。ラリーが通過する町や村について事前に本やインターネットで情報を集め、いったいどのような道を、風景の中を走るのだろうかと想像する時間もまた楽しい。それがドイツ、チェコ、オーストリアの欧州三ヶ国を舞台とするラリーであればなおさらで、今回はいつもより少し早めに現地に入り、しっかりとステージを下見することにした。通常は一人でレンタカーを借りてソロ取材をすることが多いが、アイテナリーを見るとステージ以外のリエゾン区間が何と1400km近くあり、思わずクラクラした。僕たちメディアも毎日500km以上走ることになるため、迷わずWRCの仕事仲間数人でレンタカーをシェアすることにした。そして、これはとてつもなくハードなラリーになりそうだと覚悟を決め、一週間にわたる取材生活をスタートした。

サービスパークが置かれ、ラリーの拠点となるドイツ南東部のパッサウは、長年ドイツに住んでいるチーム関係者でさえも「名前さえ知らなかった」という、あまりメジャーではない町だ(パッサウの皆さん、すみません)。ところが、実際に行ってみれば町の旧市街はとても素敵で、中世のまま時が止まっているかのようだった。観光で訪れて数日のんびりするのもいいいかもしれないと、この小さな町をとても気に入った。有名なドナウ川、イン川、イルツ川が合流することから「三河川の町」とも呼ばれているそうだ。そこで改めて地図を見ると、チェコとオーストリアの国境にも近い。だからこそ、欧州三ヶ国を巡るラリーのホストタウンに選ばれたのかと納得した。

コースの下見をするためチェコ方面に北上すると、一時間程度で国境に差しかかり、特にクルマを止められることもなくすんなりと通過できた。たしかにチェコはお隣さんだ。しかし、セレモニアルスタートが行われるチェコの首都プラハはパッサウから250km以上も離れていて、高速道路も整備中のところが多かったため4時間程度かかった。正直、400km以上はあるように感じられたほどだ。幸運にも長時間のドライブが苦にならない仲間が行程の大部分を運転してくれたため、僕はいつも以上に車窓の風景を楽しむことができた。道中の景色は本当に素晴らしく、どこまでも続く牧草地帯や、趣のある古い村など、美しい風景が次から次へと現れ、中央ヨーロッパの魅力を満喫した。

プラハは、個人的に大好きな町だ。その昔、ヨーロッパ・ラリー選手権「バルム・ラリー」の取材でチェコを訪れた時にとても気に入り、ラリー後も延泊して町の隅々まで探索した。そして、久々に訪れてみて改めて魅力的な町であると実感した。ドイツ、フランス、イタリアといった国々の都市ももちろん素敵だが、それとは違う凛とした雰囲気がプラハにはある。特に夜の景色の美しさは格別で、いつか家族をプラハに連れていってあげたいと思った。初めてヨーロッパを訪れた人が、プラハにだけ滞在して帰国したとしても、きっと十分満足するだろう。

閑話休題。これがラリーのコラムであることを思い出しました。チェコのターマックステージは全体的に道幅が狭く、非常にトリッキーなコーナーが多かった。村の中のとんでもなく狭い道を通る区間もあり、よくもまあこんな所をステージにしようと考えたものだと驚くような道も。一方、ドイツやオーストリアのステージは牧草地帯の狭く、それでいてハイスピードな道が多いという印象を受けた。難しいのは、対向車とすれ違うことが難しいような狭路でありながら、インカットできるコーナーも多いということ。実際、レッキ(ステージの事前下見走行)の時点で既に路肩から多くの泥が掻き出されているところも多かった。だからといって、そこで用心してスピードを落とせば大幅なタイムロスに繋がる。そのため、少しくらいクルマの姿勢が乱れたとしても、ドライバーたちはアクセルを踏みつけて泥だらけのコーナーに飛び込んでいかなければならない。掻き出された泥が濡れていると、見ていて恐ろしくなるくらい挙動が乱れる。スパンと唐突に滑るクルマの動きは、カメラのレンズを通して見ていても「ウワッ」と思わず声が出るほどおっかない。あんなステージで全開勝負をしているWRCドライバーたちは、やはりかなりイカレていると改めて思った。

長々とラリー前のコース下見について書いたが、そのようなわけで、僕もこのWRC初開催のラリーがいかにチャレンジングなものであるかを実感した。絶対にミスは許されないが、だからと言ってアクセルを少しでも緩めれば大きな遅れをとる。そのような困難な状況で、ロバンペラを上まわらなければタイトル獲得の可能性が消滅するエバンスは、他のラリー以上のリスクを冒してアタックを続けていたように見えた。競技初日のチェコでの2本のステージでは、2本目のSS2でブレーキがロックしてジャンクションをオーバーシュート。大幅にタイムを失い総合8位で初日を終えた。一方、選手権でエバンスを31ポイントリードするロバンペラは、あえて大きなリスクを冒す必要はない。加えて、ターマック・ラリーでは概ね有利とされる出走順トップでステージを走ることができる。いかなる状況であっても攻め切らなくてはならないエバンスと、相手に合わせてペースをコントロールすれば良いロバンペラでは、おのずとミスをする確率も違ってくる。

それでもエバンスは、逆転王者の可能性を信じ攻め続けた。前日に続きチェコ国内が舞台となった金曜日のデイ2は、雨の影響により全体的にウエットコンディションに。路面には多くの泥が出ていたが、エバンスはトップ3以内のタイムを並べ午前中の時点で総合2位にまで順位を上げた。「とても恐ろしいコンディションだった」と正直な気持ちを口にしながらも、エバンスは自分自身を「まだまだ」と鼓舞。保守的になりやや遅れをとったステージの後には、2番手タイムやベストタイムを刻んで首位にくらいついていった。しかし、その時点で首位に立っていたのは、トリッキーなコンディション下で朝一番から3ステージ連続ベストタイムを刻んだロバンペラだった。雨で滑りやすくなった路面は、彼が誰よりも得意とするもの。ドリフト走行とグリップ走行の間の微妙な領域を上手く使い切り、出走順トップの有利さにも助けられてリードを拡げていった。そして、デイ2が終了した時点で総合2位に順位を上げていたティエリー・ヌービル(ヒョンデ)に対して36.4秒、総合3位エバンスには47.2秒という大きなギャップを築いていた。

「スーパートリッキーな一日だった。午前中は予想していた以上に路面に水が多く、泥も多く出ていた。でも、それは出走順がトップだった自分にとってはむしろプラスに作用したようだね」とロバンペラ。一方のエバンスは、最後の2本のステージを攻めきれず、ロバンペラとの差が拡がってしまった。「良い走りができなかった。もっと滑るだろうと予想していた場所では、意外とグリップがあったりもした。フルにポテンシャルを発揮することができなかった……」と肩を落とすエバンス。それでも、不屈の男は最後まで勝負を諦めない。攻めの走りを続ければ、相手がミスをした時にチャンスが訪れるはずだ……と信じて。

果たして、大きなミスをしたのはエバンスの方だった。土曜日のデイ3は、オーストリアとドイツの舗装路が舞台に。前日のチェコのステージとはキャラクターが大きく変わり、エバンスのフルアタックはオープニングのSS9でベストタイムとなって結実した。さらに、続くSS10でもエバンスは2番手タイム。そのステージでスピンにより大きくタイムを失った首位ロバンペラとの差は、一気に24.2秒まで縮まった。しかし、好事魔多し。SS11でエバンスは、雨に濡れて滑りやすくなっていた緩い右コーナーで、ブレーキングからのターンイン時にタイヤのイン側がロック。コーナーを曲がりきれず、アウト側にあった納屋に激突して走行不能となってしまった。ほんの僅かにブレーキングがアグレッシブだっただけであるが、それによってエバンスは逆転優勝のチャンスと、選手権チャレンジの権利を失うことになってしまった。

エバンスのコースオフにより、ロバンペラはただ最後まで無難に走りきれば良い状況になった。「今日は出走順が後方になり、掻き出された泥で路面はかなりトリッキーだった」とロバンペラ。SS10では彼もブレーキングミスによりスピンを喫していたが、エバンスと違いクルマにダメージを負わなかったのはラッキーだったともいえる。「いい戦いをしていただけにエルフィンのコースオフは残念だ。しかし、その結果もうこれ以上リスクを冒して走る必要はなくなった」

ロバンペラは勇気を持ってペースを落とし、ヌービルに首位の座を明け渡した。「普通のペースで走るほうがよっぽど簡単かもしれない」と、大幅にペースを落とすことの難しさを語りながらも、デイ3最終のSS14ではベストタイムを記録。「いいフィーリングで一日を終えたかったから、少しだけ攻めてみた。それにしても、このステージはこれまででもっとも難しいターマック・コンディションだったし、泥だらけでもはやターマックとはいえないようなものだった」と、ロバンペラはタイトルをほぼ手中に収めた一日を振り返った。

エバンスの脱落後、ロバンペラが速さを見せたのはそのSS14が最後だった。最終日のデイ4は完走だけを考えた確実性重視の走りに徹し、ステージは6〜8番手タイム。速さにこだわるスピードボーイにとっては、ある意味苦行だったかもしれないが「大きな目標を達成するために絶対にミスをしない走りをしているし、この状況を楽しもうとしている」とロバンペラ。23才とは思えぬような抑制の効いた戦いを続け、二年連続となるワールドタイトルを勝ち取ったのだった。

前戦の第11戦ラリー・チリでTGR-WRTがマニュファクチャラーズタイトルを決め、今回のセントラル・ヨーロッパ・ラリーではロバンペラとハルットゥネンがドライバーズおよびコ・ドライバーズタイトルを決定した。そのため、今シーズンのトップカテゴリーにおける選手権争いは全て終了したことになるが、だからといって最終戦のラリージャパンが消化試合になるわけではない。選手権2位のエバンスには、差を7ポイントまで詰めてきたヌービルに打ち勝つという大きな仕事が残されている。そして、ロバンペラは昨年ブレーキングミスによるタイヤ&ホイールのダメージにより総合11位に終わった日本で、今年こそ世界王者らしい結果を残すことを渇望している。また、今回のセントラル・ヨーロピアン・ラリーではタイヤのダメージもあって総合4位に甘んじたセバスチャン・オジエも、日本では優勝だけを狙っている。誇り高き元世界王者は、しばらく優勝から遠ざかっていることに大きなフラストレーションを感じている。昨年のラリージャパンではSS2でタイヤにダメージを負い総合4位に終わったが、それさえなければ優勝したのではないか? と思わせるほどの速さがあった。ツイスティでテクニカルな日本のステージは彼が得意とするところ。今年もオジエは、有力な優勝候補である。

しかし、誰よりも日本での好結果を期待され、それに応えようとしているのは勝田貴元だ。久々のターマックイベントとなったセントラル・ヨーロピアン・ラリーで、勝田はトリッキーな路面に苦労しながらも粘り強い走りで総合5位を得た。「セントラル・ヨーロピアンと日本では、同じターマック・ラリーであってもステージの特徴は全く違います。だから、日本ではまた異なるクルマのセットアップやアプローチが求められますが、今シーズンの自分の集大成となるラリーになるように、全力を尽くして戦います」と勝田。昨年は、最終日に雨で非常に滑りやすくなった路面でオジエの猛攻をしのぎ、トヨタ最上位となる総合3位を獲得した。あの力強い走りを、フルデイ初日の金曜日から発揮することができれば、勝田は今年も表彰台争いに加わることができるはずだ。様々なラリー、コンディションで経験を積み、ドライビングを改善してきた勝田。真のホームイベント、ラリージャパンではきっと、昨年以上に競争力のある走りを見せてくれるはずだ。

古賀敬介の近況

セントラル・ヨーロピアン・ラリーでは朝から晩までひたすら走り続けました。仕事の大変さは過酷なラリー・モンテカルロに匹敵するレベルでヘトヘトになりましたが、同時にとても楽しく、仕事仲間たちと過ごした日々は忘れ難いものになりました。あ、写真に特に意味はありません。安心してください、ささっていませんから。

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