2023年全てのクラウンを獲得したTGR-WRTは、
大きな変化が訪れる2024年も覇権を維持できるのか?
WRCな日々 DAY54 2023.12.28
2024年のWRCは1月のラリー・モンテカルロで開幕する。例年のことではあるが、WRCのシーズンオフはとても短い。カレンダー上は約2ヶ月のインターバルがあるけれど、既に12月中旬には2024年シーズンに向けたテストが始まっている。北欧エリアの道が雪で覆われる12月は、翌年2月のラリー・スウェーデンを想定したテスト。年が開けてからのフレンチアルプスでのテストは、1月中旬に行なわれるモンテカルロに向けてのものというのが一般的だ。選手はもちろん、チームのエンジニアやメカニックも、既に2024年シーズンの開幕に向けて全力で仕事に取り組んでいるのだ。
TGR-WRTの2024年シーズンは、非常に興味深いものになりそうだ。ドライバーおよびコ・ドライバーのラインナップこそ変わらないが、既に発表されているように、カッレ・ロバンペラは全戦に出場しない。セバスチャン・オジエのように、数戦へのパートタイム出場になる。誰もが最速と認める二年連続世界王者が、実質的に三連覇を狙わないというのは、かなり特殊な状況である。2023年ラリージャパンが終わった翌日、ロバンペラ本人の口から「2024年は出場するイベントの数を絞る」と発表された時は僕もかなり驚いたが、その理由を聞いて正しい判断に違いないと納得した。
「僕は23才だけど、既に15年間もラリーを戦ってきた。2022年と2023年は自分にとって特に素晴らしい年になったが、精神的にも体力的にも非常に厳しい生活が続いていた。だから、2024年は心と身体の充電期間に充て、再びフルアタックでチャンピオンシップに挑むべく戻ってきたい」とロバンペラ。WRCの何戦に出場するかについては語られなかったが、ドリフトなど別のモータースポーツにもチャレンジしたいと意気込みを語った。
ロバンペラの話を聞いて、僕の頭に真っ先に浮かんだのはバーンアウト(燃え尽き)症候群だ。トップアスリートたちは、オリンピックや野球のWBCなど大きな大会が終わったあと、急激にモチベーションを失ってしまうケースが少なくない。僕の記憶の中では40年以上も前からテニス界ではバーンアウトが大きな問題になっていて、特に80年代は15〜17才で大きな大会を制した女子選手がそうなってしまうことが多かった。彼女たちは10代が終わるあたりから急激にモチベーションを失い、20才を越える頃に引退という道を選択した。その頃テニスに夢中だった僕は「なぜ?」とまったく理解できなかったが、当時大学で体育とスポーツ心理学を教えていた父が、バーンアウト症候群について詳しく説明してくれたことを覚えている。その後、女子テニスではバーンアウトを防ぐため年齢に関するルールが設けられた。
ロバンペラはきっと、バーンアウトを自ら防いだのだろう。凍った湖の上を走っていた8才の頃から天才少年と注目され続け、競技に出始めてからは群を抜く才能で多くの勝利を手にしてきた。そして18才でWRCデビュー、19才でWRC 2プロ世界王座獲得、20才でWRC初優勝、22才でWRCチャンピオン、23才でタイトル連覇とラリーのエリートコースを大きな挫折なしに急ぎ足で突き進んできた。ドライビングの技術だけでなく精神力も強く、たとえ窮地にあってもクールな表情を崩さない。そして、2023年シーズンの戦い方を見ても分かるように、1戦の勝敗に固執することなくシーズンを通しての戦略を遂行することができる。彼の戦いぶりを見てきて、僕は「セバスチャン・ローブのWRC9連覇という大記録をロバンペラなら越えられるかもしれない」と楽しみにしていた。
しかし、クールな表情の内側で、ロバンペラは大きなプレッシャーと常に戦い続け、限界ギリギリの状態にあったようだ。2023年シーズンの中盤には既に、来季はフル参戦を見合わせたいという意志をTGR-WRTのトップマネージメントに伝えていたという。また、チームメイトである勝田貴元にはそれ以前から親友として相談をしていたようだ。ラリーを、WRCを嫌いになったわけではない。しかし、彼は子供の頃から常に大きな期待を背負い、コンペティションに全てを捧げてきたのだ。ラリー以外のことにもチャレンジしてみたいと思うのも当然だろう。大好きなラリーを嫌いにならず、これからも長く続けていくために、ロバンペラはクールダウン期間を置くことを決めたのだ。
バーンアウトは甘えではないか? という声も聞こえてくるが、それは違うと断言できる。ラグビーの元日本代表選手だった僕の父も、生前そういった根性論を否定していた。たしかに、WRCよりも遥かに多くのイベントが行われるF1で、26才のマックス・フェルスタッペンは3年連続でチャンピオンとなり、まだしばらく休むつもりはなさそうだ。しかし、WRCはイベント数こそ少ないがラリーウィークは異常なほど過密スケジュールであり、競技期間中は毎日3〜4時間程度しか睡眠をとれないラリーもある。ペースノートやオンボード映像の確認など、いくらでもやること、やれることがあるからだ。真面目に取り組んでいるドライバーであればあるほど、ラリー期間中は多忙を極め疲弊する。そして、シーズンオフもほとんどない。そんな生活をロバンペラは10代からずっと続けてきたのだ。バーンアウトには個人差があり、大人になってから突然モチベーションを失ってしまうアスリートも少なくない。23才という若さで充電期間をとるのはきっと勇気が必要だったに違いないが、英断である。
二年連続王者であり、年間3勝を記録したロバンペラの限定出場は、TGR-WRTにとって大きな痛手となるだろう。しかし、チームのトップマネージメントはロバンペラの意志を尊重し、複数年契約を結んだ上で限定出場を受け入れた。ドライバー・ファーストを掲げるTOYOTA GAZOO Racingらしい決断だと僕は思う。長い目で見れば、類い稀な才能の持ち主であるロバンペラのキャリアにとっても、チームの今後にとっても、このブレイクはプラスとなるに違いない。ロバンペラが限定参戦となれば、エルフィン・エバンスが初めてチームリーダー役を担うことになり、2023年ランキング2位だった彼にはタイトル獲得の期待がさらに高まる。これまでシリーズランキング2位を3回手にしてきたエバンスは、この千載一遇ともいえる好機を絶対に活かさなくてはならない。2024年はキャリア最大のチャンスであるが、それと同時にこれまで以上に大きなプレッシャーと戦い続ける一年になるだろう。
WRCチャレンジプログラムを「卒業」した勝田にとっても、2024年は勝負の年になる。2023年はTGR-WRTのポイント獲得対象ドライバーとして5回ノミネートされ、経験を積んだ。そのうち、ラリー・フィンランドでの3位表彰台は彼が力をつけてきたことを証明する一戦となり、ラリージャパンではベストタイムを連発してピュアスピードを示したが、序盤のクラッシュもあって結果は総合5位。勝田は、フィンランドについても日本についても、結果には全く満足していないと言いきる。自分がフルタイムのワークスドライバーとなることを考えた時、まだまだ成長しなければならないという思いが勝田には強い。それだけに、エバンスと共に全戦に出場し、実質チームのセカンドドライバーとなる2024年は、さらなる好結果を残して周囲の期待に応えなくてはならないと強い覚悟を決めている。
「大きなプレッシャーを感じてはいますが、同時にとても楽しみでもあります」と勝田。「戦っている時はもちろんギリギリの状態ですが、やはり激しい競い合いをしている時のほうが楽しいし、やり甲斐を感じます。プレッシャーを力に変換して走ることでさらに成長できると考えているので、いい機会になるはずです。2024年最大の目標は、どこかのラリーで優勝すること。そして、できれば毎戦表彰台争いに加わることです。スウェーデン、ポルトガル、ラトビア、フィンランド、日本は得意なタイプのラリーなので優勝を目指して戦います。そして、あまり相性が良くないラリーや、僕だけ出場経験がないようなラリーでは、状況を見ながらしっかり走り切ることが重要だと思っています」
既にチーム代表のヤリ-マティ・ラトバラが述べているように、限定出場となるロバンペラとオジエは、1台のクルマをシェアするわけではないようだ。つまり、イベントによってはロバンペラとオジエの両方が出場する可能性もあり、その場合は勝田が4台目という扱いになるかもしれない。だからといって勝田の基本的なアプローチは変わらず、優勝を狙っていくラリーでは強力なチームメイト3人も倒すべき対象になる。また、2024年はヒョンデに元世界王者のオィット・タナックが復帰し、ティエリー・ヌービルとの強力な2トップ体制が復活する。それをベテランのダニ・ソルドと、久々にチームに合流するアンドレアス・ミケルセンが3台目としてサポートするなど、ヒョンデの面々もかなり手強い対戦相手になるだろう。チームの開発体制も強化されていることから、マニュファクチャラー選手権争いにおいても、ヒョンデは2023年以上に強力な存在となることが予想される。
エバンスはチームリーダーとしてどれほどの存在感を示すことができるのか、育成プログラムを卒業した勝田は初勝利を手にすることができるのか、そしてチームは4年連続となる三冠を獲得することができるのか? 2024年は例年以上にコンペティションがし烈になる可能性が高く、TGR-WRTにとっては大きなチャレンジのシーズンになるだろう。
古賀敬介の近況
2024年の1月はスキー場で一週間過ごす予定です。久々にスキー靴を履いたところ、肥えたのか超キツキツ! これはまずいと、家の中で原稿を書きながらスキー靴を履き続けて足を馴染ませています。フルバケットシートに座り、ハーネスをグイグイ締めつけているような感覚ですね。