// 2024 season

モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY57 - 勝田の勝利をかけた戦い:サファリ編 総合2位を得るも、勝者ロバンペラとの差を痛感

勝田の勝利をかけた戦い:サファリ編
総合2位を得るも、勝者ロバンペラとの差を痛感

WRCな日々 DAY57 2024.8.26

前戦、ラリー・スウェーデンでの勝田は、優勝を十分狙える位置につけながらも小さなミスで雪壁に激突しスタック。WRC初勝利の好機を逃すことになった。もちろん、勝田にとっては悔やんでも悔やみ切れない結果だったに違いないが、一方で「純粋なスピード勝負でも優勝争いができる」という自信をつけたことは、大きな収穫だった。

ラリー序盤はまずクルマのフィーリングを掴み、ステージに対する自信がある程度ついてからフルアタックするというアプローチを、これまで勝田はとることが多かった。しかし、その戦いかたでは序盤の僅かな遅れを挽回することは難しい。「待ち」ではなく「攻め」の姿勢で勝利を手にするためには、ラリー開始直後からそれなりにリスクをとり、ベストタイムを刻んでいくような戦いかたをしなければならない。実際、各チームのエース格のドライバーたちは、皆そのような戦いかたをしている。だからこそミスを犯しやすくもなり、ラリー・スウェーデンでのカッレ・ロバンペラや、ヒョンデのオィット・タナックが序盤にクラッシュを喫したのも、そういったアプローチの結果といえる。

一方、マニュファクチャラーズポイントを確実に獲得しなければならない、チームの3台目相当のドライバーたちには、やや慎重に序盤を走り、上位の脱落に乗じて順位を上げ表彰台の一角を狙うという、確実性の高い戦いかたが求められる。もっとも、スポット出場であれば、有利に働きやすい後方からのステージ出走順を追い風に、序盤からトップ争いに加わる可能性もある。それでも、序盤に大きなリスクを冒して走ることはチームの戦略上許されない。優勝を狙うドライバーと、表彰台獲得を目標に置くドライバーでは、負うべきリスクに関して我々の想像以上に大きな違いがあるのだ。

少々前置きが長くなってしまったが、第3戦サファリ・ラリー・ケニアである。シーズンの開幕を前に、勝田はリスクを負ってでも勝ちいくラリーと、やや慎重に臨むべきラリーをカテゴライズしていた。前者はスウェーデン、ポルトガル、フィンランド、ジャパンといった出場経験が十分にあり、なおかつ不確定要素の少ないラリー。後者はやや苦手意識を抱いていたり、ライバルよりも経験が圧倒的に少ないラリーで、モンテカルロ、クロアチア、ポーランドなどがそれに相当する。では、サファリはどうなのかというと、なかなか微妙な一戦といえる。勝田にとっては、2021年に世界王者セバスチャン・オジエと勝利を争い、初表彰台となる2位を獲得した記念すべきラリーである。さらに、翌年は総合3位、昨年は総合4位と毎年確実に好成績を残している、ここまでのところもっとも相性が良いイベントだ。

ところが、このアフリカのクラシックイベントは、最初から最後まで全開で走り続けることが難しい。昔ほどではないが、ステージは非常にハイスピードでありながら、路面が荒れている区間も少なくなく、草陰に岩が隠れていることも多い。また「フェシュフェシュ」と呼ばれる、まるできな粉のようなパウダー状の砂に覆われた道や、突然の豪雨で瞬く間に泥の海と化す路面など、他のラリーとは比べ物にならないほど多くの「罠」が、あちらこちらに潜んでいる。故に、全開で走れば走るほどコースオフやトラブルを招くリスクが上昇するため、攻めるところは攻め、守るところは守るといったような、走りの緩急のつけかたこそが、このラリーで勝利を得るための重要な鍵であると、これまで考えられてきた。だからこそ、勝田も「序盤はある程度相手のペースを見ながら、クレバーに戦う必要があると思います」と、前戦スウェーデンとは異なるアプローチで臨むことを事前のインタビューで示唆していた。

今年のサファリは、WRCの年間カレンダーが発表された時点で既に、とてつもなく厳しいラリーになることが予想され、チーム関係者やドライバーたちは皆、戦々恐々としていた。なぜなら開催時期が、過去3年間のような乾季の夏ではなく、雨季の始まりに相当する3月に移動したからだ。かつて、サファリといえば復活祭に合わせて3月から4月にかけて開催されるのが慣わしだった。ラリーカーが深い泥の海を突き進む姿はサファリならではのダイナミックなシーンであり、「傍から見る立場」の人間にとっては楽しみのひとつだった。ところが、コンペティターたちにとってはもちろん喜ぶべきことではない。泥にはまればスタックして勝負を失いかねないし、吸気系や冷却系に泥が詰まればエンジンが昇天する可能性もある。ただでさえ不確定要素のパラダイスのようなサファリが、さらに予測不可能なものとなる可能性が高まるのだから、いよいよ慎重なアプローチが重要になるだろうと、誰もが思っていた。おそらく、ロバンペラを除いては……。

雨季は、自分たちラリーを取材するメディア、とくにカメラマンにとっても他人事ではなく、いつもと違う準備が必要だった。ケニアのナイロビ空港に降り立ち、まず最初に向かったのはショッピングセンター。長靴と、豪雨にも負けない大きな傘を購入するためだ。長靴などしばらく日本では履いていなかったので、新調するなら物価が安いであろうケニアで……と安易に考えたのだ。ところが、比較的生活レベルが高い人々が対象のショッピングセンターだったとはいえ、販売されているものの値段は日本とほぼ変わらず。為替の影響もあるだろうが、多くの人々の生活レベルが昔よりも確実に上がっていることを実感した。これなら、日本のホームセンターで買ってきたほうが安かったかな? とやや後悔しながらも、これで備えは万全と、泥の海に足を踏み入れる心の準備もできた。むしろ、その時点では久々に泥まみれになることを楽しみにしていたくらいだ。

ところが、良くも悪くも、予想に反して今年のサファリは、ラリー期間中は雨があまり降らなかった。土曜日、毎年なぜか確実に雨が降るスリーピング・ウォリアー(=眠れる戦士)のステージでは今年も降雨があったが、それも一時的であり、ステージの一部区間が泥状になったくらい。全体的には、むしろ例年よりも雨の総量は少なく、新調した長靴に足を入れたり、大きな傘を広げる機会はついぞなかった。まさに拍子抜けであり、結局のところラリーは、過去3年間とそれほど変わらぬコンディションでの戦いになった。

そのような状況で、勝田は事前の計画通りの戦いを、サバンナでの本格的なステージがスタートした金曜日の朝から敢行した。それは忍耐強くあり続け、クレイジーな走りは絶対にしないというもの。実際、午前中は5番手前後のタイムで堅実に走り、午後の再走ステージではペースを上げ、2番手タイムを2回記録した。総合順位は5、4、3、2と確実に上がっていき、ライバルの多くがクルマを壊したりトラブルに見舞われ表彰台争いから脱落していったことを考えれば、勝田のアプローチはまさしく正解だったといえる。

ただし、勝田の予想の斜め上の戦いをしたドライバーがいた。ロバンペラである。今季スポット出場2戦目のロバンペラは、ドライコンディションのグラベルラリーでは有利となる、後方の7番手から出走。そのアドバンテージを活かすべく、金曜日の午前中から攻めの走りを実行した。結果、午前中の3ステージ全てでベストタイムを刻み、午後の再走ステージでもそれをリピート。結果的に金曜日の全ステージを制したロバンペラは、一日の最後に勝田を抜き総合2位に順位を上げたエルフィン・エバンスに56.9秒、総合3位の勝田に1分00.8秒という大差を築き、金曜日で勝利をほぼ確実なものにしたのだった。

勝田だけでなく、その他多くのドライバーたちにとって、ロバンペラの戦いかたはリスクヘッジの観点からすると想定外だった。実際、勝田よりもやや速いペースで走っていたドライバーたちは、エバンスを除けば皆、何かしら大きな代償を払った。ところが、ロバンペラは危ない瞬間にほぼ遭遇することなく、罠だらけのサバンナを誰よりも速いペースで駆け抜けたのだった。ただし、当のロバンペラは、大きなリスクを冒したという感覚はまるでなく、抑えるべきところは抑え、攻められるところは全力で攻めるという、他のラフグラベルラリーと何ら変わらぬアプローチだったという。ライバルたちからすれば、それはサファリの定石を無視したともいえる、驚異的な走りだった。

最終的にロバンペラは、3年ぶりに表彰台の2段目に立った勝田に対して1分37.8秒という大差をつけて優勝。2024年シーズン最初の優勝を飾った。勝田もまた、総合3位を獲得したアドリアン・フォルモー(Mスポーツ・フォード)に47.3秒という大きな差をつけての2位であり、もしロバンペラが出場していなかったら、あるいは彼が金曜日にミスやダメージを負っていたならば、勝者となっていたはずである。今回の勝田の戦いかたはまさしくサファリの王道といえるものだったが、ロバンペラが想定外ともいえる速さと安定性を発揮した……そういうラリーだった。

ロバンペラが金曜日に勝負に出た背景には、翌日の土曜日に雨が降るという予報があり、路面の泥濘化など不確定要素に翻弄され、カオスな展開となる可能性があったことがある。実力でタイム差をつけられる金曜日にできる限り頑張り、土曜日以降は状況を見ながらリスクをマネージメントしていくというのがロバンペラのプランであり、果たして物事は彼の計画通りに進んだ。そして、その大胆かつ強烈な戦いかたを、チームメイトとして間近で見続けた勝田は、大きなショックを受けたという。金曜日のステージでロバンペラは、勝田がリスクマネージメントによりややペースを抑えた区間でも全開で走り続け、クルマにダメージを負わなかったばかりか、パンクもまったくしなかったのだ。耐久色が強いサファリであっても、スピードレンジをさらに高めなければ、強力なチームメイトとの争いに勝ち、表彰台の頂点に立つことは難しいと勝田は思い知ったという。勝田にとっては2位表彰台に立った喜びと、実力でチームメイトに叶わなかったという失望が複雑に入り混ざった、サファリ・ラリー・ケニアのポディウムだった。

古賀敬介の近況

サファリ・ラリーが終わった翌日は、フライトまでかなり時間があったので少し離れた場所にある国立公園に足を伸ばしました。サファリのステージにもキリンやシマウマなど様々な野生動物がいましたが、アフリカ象には出会っていなかったので、突然目の前に現れた時は大興奮。ほぼ50年ぶりに「ゾウさんだ!」と叫んでしまいました。あ、よろしければ新たにスタートした映像コンテンツ、WRCな日々 番外編「こがっちeyes」のサファリ編も楽しんでください!

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