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マニュファクチャラー選手権4連覇達成の裏側
その1:捲土重来の序、ラリー・チリを振り返る
WRCな日々 DAY60 2024.12.10
絶望からの再起。2024年WRC最終戦ラリージャパンでのTGR-WRTは、ドラマチックな逆転劇により4年連続となるマニュファクチャラーズタイトルを掴み取った。しかし、今シーズンを改めて俯瞰的に見れば、第11戦ラリー・チリ・ビオビオこそミラクルともいえる捲土重来ストーリーの第一章だったといえよう。
第10戦アクロポリス・ラリー・ギリシャでは、総合2位につけていたセバスチャン・オジエが最終ステージでまさかの横転。日曜日の最大ポイント獲得を狙い、最後まで果敢なアタックを続けた末のアクシデントだったが、結果的にTGR-WRTは大量得点の好機を逃し、マニュファクチャラー選手権における首位ヒョンデとの差は、20ポイントから35ポイントへと大きく拡がってしまった。残る3戦で35ポイント差を挽回することは、毎回のように大接戦が続いている今年の戦いを見る限り容易ではない。ラリー後、チーム代表のヤリ-マティ・ラトバラが「タイトル獲得がかなり難しくなったことは間違いない」と、やや悲観的な言葉を発したのも無理はない。
TGR-WRTの春名雄一郎CEOによれば、ラトバラだけでなく、チームの多くのメンバーが4年連続王座獲得に黄信号が灯ったと少なからず感じていたようだ。しかし、その時点でシーズンはまだ3戦残されている。少なくとも数字上は挽回可能だ。必要なのは、漂いはじめた負のイメージを払拭すること。そこで、春名CEOはチームのミーティングにおいて「自分たちにはまだ十分チャンスがある。最後まで諦めずに戦い続けよう」と、スタッフを鼓舞。マニュファクチャラーズタイトルを守るために、チーム一丸となって全力を尽くすという共通認識を新たにした。
ドライバーたちも、タイトル争いを諦めていなかった。選手権ポイントの微妙な増減を気にしながら戦うのではなく、気持ち新たに「挑戦者」として毎戦勝利のために全力で臨む。目標が明快になった分、彼らのマインドはむしろシンプルになったといえる。とはいえ、大きなポイント差が存在する以上、余裕をもって戦うことができるヒョンデ勢と、追う立場にあるTGR-WRTのドライバーたちでは負うリスクに大きな差が存在する。実際、ラリー・チリの序盤では両チームのアプローチの差が明確に現れた。
ドライバー選手権でもトップに立つヒョンデのティエリー・ヌービルは、リスクを徹底的に排し総合6、7位を走行。出走順がトップということもあり、不利な路面コンディションでステージに臨んだこともあったが、最終的にトップ3に入れば上出来という心の余裕が感じられた。一方、ヌービルのチームメイト、オィット・タナックは逆転でのドライバーズタイトル獲得を目指し比較的ハイペースで走行していたが、それ以上のスピードを発揮したのはTGR-WRTの3名だった。オープニングのSS1ではオジエがベストタイムを記録。続くSS2はエバンスが最速で駆け抜け、その時点で首位はオジエ。総合2位にエバンス、総合3位にカッレ・ロバンペラがつけるという、チームにとっては理想的なフォーメーションとなった。
ところが、続くSS3でオジエが大きく遅れる。スタート後、4kmを過ぎたあたりでコーナリングラインが膨らみ、クルマのリヤを土手にヒット。その衝撃でタイヤにダメージを負い、交換作業のために1分50秒程度を失ってしまったのだ。オジエは総合15位まで順位を下げることになり、優勝だけでなく表彰台獲得も非常に難しい状況に。オジエはもちろん、チームにとっても厳しい金曜日の午前中になってしまったが、それでもポジティブな雰囲気は保たれた。エバンスが首位に立ち、ロバンペラが総合2位にポジションアップ。さらに、マニュファクチャラー登録外ではあるが、GR Yaris Rally1 HYBRIDでの出場2戦目となるサミ・パヤリが、総合3位につけたからである。新鋭パヤリはGR Yaris Rally1 HYBRIDでの初戦となったラリー・フィンランドで総合4位を獲得するなど、ニューカマーらしからぬ速さと安定性を示した。そのパフォーマンスはチリでも発揮され、ライバルチームにとっては「やっかいな存在」に感じられたことだろう。
金曜日午後の再走ステージでは、スペアタイヤの搭載本数によって優劣が生じた。起死回生を図るオジエと、首位浮上を狙うタナック、そしてアドリアン・フォルモー(Mスポーツ・フォード)がスペアタイヤを1本に抑えた一方、エバンスとロバンペラは安全策をとり2本を搭載。約25kgという、スペアタイヤ1本分の重量差によるタイムへの影響は予想以上に大きく、ペースを上げたタナックと、エバンスによるトップ争いが一日の最後まで続くことに。しかし、最終的にはエバンスがタナックを3秒差で抑え、首位で金曜日を締めくくった。一方、ロバンペラは軽度なクラッシュもあって15秒程度を失ってしまった。その後もクルマのフィーリングがあまり良くなかったこともあり5、6番手のタイムに低迷し、首位エバンスと10.1秒差の総合3位で一日を終えた。そのロバンペラと2.1秒差の総合4番手にはパヤリ。母国フィンランド戦での速さが「まぐれ」ではなかったことを、若き新星はタイムで示したのだった。
オジエの後退によってTGR-WRTにとって厳しい展開になるかと思われたラリー・チリだが、他の3人のドライバーの奮闘により好結果を狙える土台ができた。土曜日のデイ2が始まると、ステージの特徴が前日とかなり大きく変わり、それもGR Yaris Rally1 HYBRIDにとってはプラスに作用した。6本のステージのうち、4ステージでベストタイムを記録したのはその証左である。とくに昼過ぎまではエバンスの速さが際立ち、タナックを抜いて総合2位に順位を上げたロバンペラとの差を13.6秒まで拡げた。ロバンペラもまたSS8では2番手タイムのエバンスに9.7秒もの差をつけるベストタイムを刻むなど、前日の苦戦が嘘のような快走を見せたが、総合的なスピードではエバンスが上回っていた……SS11が深い霧に包まれるまでは。
濃霧のSS11、エバンスはベストタイムのヌービルから24.1秒と大きく遅れ6番手タイムに沈んだ。一方、やはり濃霧の中を走りながらもロバンペラはヌービルと5秒差の2番手タイム。結果、ロバンペラが首位に立ち、エバンスは5.5秒差の総合2位に後退することになった。「ボンネットから先は何も見えなかった」と肩を落とすエバンス。一方、ロバンペラは「これほど深い霧の中をラリーカーで走ったのは初めてだった」と苦笑い。出走順が早かったヌービルは比較的視界が良い状況で走ることができていたが、エバンスとロバンペラは、有視界走行の限界ともいえる酷いコンディションでのアタックを強いられたのだった。それでも2番手タイムを記録したロバンペラの度胸と技術には、ただただ驚くしかない。
続く、土曜日最終のSS12では首位ロバンペラが、総合2位エバンスとのタイム差を15.1秒まで拡大。濡れた路面にマッチしたタイヤを、最適なタイミングで装着した戦略も奏功した。結果、TGR-WRTは最大のサタデーポイントを獲得する権利を確保し、この時点で総合3、4番手につけていたヒョンデ勢とのポイント差を大きく縮める好機を得た。挽回を期し、攻めた走りを続けていたオジエはSS8でサスペンションを破損し残念ながらデイリタイアを喫したが、マニュファクチャラー選手権争いという観点においてはポジティブな一日だったといえる。それでも、ヒョンデとの差をさらに縮めるためには、多くのポイントを獲得可能な「スーパーサンデー」と、最大5ポイントを獲得できる「パワーステージ」も最速で走り切る必要がある。TGR-WRTは新ポイントシステムが導入された今シーズン、土曜日までは最速であっても日曜日に多くのポイントを獲り逃す傾向があった。その流れを変えなくては、タイトル防衛は叶わない。
勝負の日曜日、ヒーローは上位フィニッシュの夢を断たれていたオジエだった。金曜日にパンクを喫し、土曜日にサスペンションを破損するなど、オジエは前戦アクロポリス・ラリー・ギリシャから続く負の連鎖をなかなか絶ち切れないでいた。これまで、キャリアの大部分において幸運を引き寄せてきたオジエは、自他共に求めるラッキーマン。彼だけが当たりクジを引く姿を、僕は何度もWRCの現場で見てきた。しかし、ギリシャ以降のオジエは気の毒なほど運に見放されていた。もちろん、苦戦が続くチームのために何とか結果を残さなければならないという、追い詰められた状況がミスを誘ったのは事実だろう。誇り高き元世界王者にとっては受け入れ難い状況だったに違いないが、チリの日曜日にオジエは全ステージを制覇し、パワーステージでもベストタイムを刻むなど、獅子奮迅の活躍で合計12ポイントを獲得。それは、元世界王者の矜持が強く感じられた、圧巻ともいえるアタックだった。
スーパーサンデーではロバンペラが2位、エバンスが3位に入りヒョンデ勢の大量得点を阻止。さらに、ロバンペラがパワーステージでもオジエに続く2番手タイムを記録して優勝に華を添えた結果、TGR-WRTは新ポイントシステムが導入されて以降初となる「フルポイント」を獲得することに成功した。土曜日終了時点での総合1、2位で33ポイント。スーパーサンデー1、2位で13ポイント。パワーステージ1、2番手タイムで9ポイントと、合計で55ポイントを加算。パーフェクトゲームの達成により、マニュファクチャラー選手権における首位ヒョンデとのギャップを35ポイントから、一気に17ポイントまで縮めることに成功したのだった。
パーフェクトに感じられないクルマとドライビングを修正し、勝負どころとなった土曜日の濡れた路面で勝機を掴んだロバンペラ。そのロバンペラに濡れた路面でのタイヤ選択の違いで差をつけられるも、終始優勝争いに加わり続けたエバンス。アンラッキーなパンクやミスによるマイナスを、最終日にすべて埋め合わせチームに12ポイントをもたらしたオジエ。そして、彼らにベストなコンディションのクルマを提供したエンジニアとメカニックたち。ラリー・チリでの完全試合は、窮地から諦めることなく前に進み続けたTGR-WRT全員の献身によるものである。また、Rally1での2戦目だったパヤリも落ち着いた走りを続け、総合6位でフィニッシュした。彼もまた、上位順位を狙うライバルにプレッシャーを与え続けるという大役を務め上げ、陰ながらチームに大きく貢献したのだった。
チリ、ビオビオ州の大都市コンセプシオンでの歓喜のポディウム。勝利を祝う泡沫と共に、しばらくチーム内に漂っていた重い空気は消え去った。誰もが笑顔で大きな仕事を成し遂げた喜びに浸る中、しかし勝田貴元の姿はそこになかった。しばらく不振が続いていた勝田は、チームの判断によりラリー・チリをスキップしていたのだ。次回、セントラル・ヨーロピアン・ラリー編ではその決断に至るまでの裏事情と、苦しい状況を乗り越え、チームのポイント獲得に大きく貢献した勝田の活躍をお伝えする。
古賀敬介の近況
2024年のWRCがようやく終了し、改めて今シーズンの戦いを振り返っています。ドラマチックすぎる出来事が続いたシーズン終盤戦、チーム関係者への取材を進める中で、戦いの裏で起こっていた様々なことが見えてきたので、TGR-WRTがマニュファクチャラーズタイトルを獲得するまでの軌跡を3回にわたりお伝えします。あ、お時間がありましたら、最終戦ラリージャパンのプレビューを映像でご紹介する「WRCな日々 番外編 こがっちeyesラリージャパン編」もご覧になってください。「オジサン、食べてばかりじゃないか!」という厳しいご批判は……覚悟しております。