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WRC 2018 第10戦 ラリー・トルコ

サマリーレポート

WRC Rd.10 ラリー・トルコ サマリーレポート

近年稀な荒れたグラベルラリーでヤリスWRCは強さを示し
2017年のWRC復帰以来初の1-2フィニッシュを飾る

 カーブレイカー・ラリー。かつてWRCの1戦として開催されていた、アフリカのケニアを舞台とするサファリ・ラリーは、そう呼ばれていた。荒れに荒れたグラベルロード(未舗装路)が続き、次々とクルマの部品が壊れ、さらにはクルマのボディそのものもボロボロになる。そのため、サファリ・ラリーには重量増を承知で大幅にボディやパーツを強化した、専用設計のクルマで臨むチームが多かった。



 そのサファリ・ラリーは2002年を最後にWRCのカレンダーから姿を消したが、アクロポリス・ラリー(ギリシャ)や、キプロス・ラリーもまたクルマに対する攻撃性が高いラフグラベル・ラリーであり、キプロスに1回出たクルマはボディが変形し、以降は本来の性能が発揮できなくなると嘆くエンジニアも少なくなかった。やがて、アクロポリスやキプロスもWRCのシリーズから外れ、比較的路面コンディションが良いグラベルラリーが残った。アルゼンチン、ポルトガル、サルディニア(イタリア)といったイベントでは所々に荒れた路面もあったが、それは一部でありラフグラベル・ラリーと呼ぶレベルではなかった。

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8年ぶりのWRCを迎えたトルコの道は荒れ果てていた

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 しかし、今年8年ぶりにWRCとして開催されたラリー・トルコは、久々に真のラフグラベル・ラリーと形容すべき1戦となった。ラリーの中心となるトルコ南西部のマルマリスは、風光明媚なシーサイドリゾートで、穏やかな空気に包まれている。しかし、すぐ近くに迫る山岳地帯のグラベルロードは荒々しく、路肩だけでなく道の中央にも大きな石が転がっていた。ラリーを前にレッキ(事前下見走行)を終えた選手達は、一様に「これは大変なラリーになる。1回目の走行はまだいいかもしれないが、2回目の走行では石が掘り起こされ、酷いコンディションになるだろう」と、警戒感を高めた。レッキの時点で既に、厳しいサバイバルラリーになることは明白だった。



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 第8戦ラリー・フィンランド、第9戦ラリー・ドイチェランドとオット・タナックが2連勝を飾ったTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamは、初出場のラリー・トルコに周到な準備を経て臨んだ。荒れたステージを想定し、似たような路面のポルトガルでテストを敢行。足まわりやデフの開発を進め、荒れた路面でもきちんとクルマの性能を発揮できるようにとセッティングを行なった。



エンジンのオーバーヒートを抑える冷却系を改善

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 さらには、高い気温が予想されるため、冷却系に関しても入念に開発を進めた。ヤリスWRCは、やはり高気温のラリー・メキシコで、2年連続でエンジン温度が上がってしまった。エンジン温度が上がると、出力を下げて発熱を抑えるしかなく、大幅なパワーロスによりドライバー達は勝機を失ってしまった。もちろん改善作業は進めてきたが、問題を抜本的に解決するためには、冷却システムの大幅な見直しが必要となる。そこでチームは、日本のデンソーに協力を要請し、新たに高性能ラジエーターの装着を決断。ヤリスWRCのエンジン開発を担うドイツTMG(トヨタ・モーター・スポーツ有限会社)へと持ち込み、WECを戦うTS050 HYBRIDの空力開発も行なった風洞施設を使い、デンソー製新ラジエーターの試験を実施した。その際には、デンソーの日本人エンジニア数名が風洞試験に参画。クルマに装着した多くのセンサーにより詳細な情報を収集し、最高の冷却性能が得られるようにと開発を進めた。また、ラリー・ドイチェランドを戦い終えたチームのスタッフや選手達も風洞実験に立ち会い、来たるラリー・トルコへの期待を高めた。



タイムは伸びずとも堅実な走りでポジションアップを図る

 ラリーが始まると、予想通り路面は非常に荒れており、ヤリスWRCは路面との干渉を防ぐべく車高を最大値まで高めた。テストで想定していた以上に路面の状態は悪く、ハンドリング性能を若干犠牲にしてでも、車高を上げるしかなかったのだ。その影響もありタイヤが路面を捉える力が十分に得られず、トラクション(駆動力)が不足。グラベルロードでの最初の走行となったデイ2でヤリスWRCは思うようにタイムが伸びず、ヤリ-マティ・ラトバラはトップと16.3秒差の4位、オット・タナックは31.9秒差の5位、エサペッカ・ラッピは36.8秒差の7位に留まった。

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 ただし、選手達はそのような状況でも冷静さを失わなかった。「このラリーは絶対的なスピードよりも、クルマの信頼性とミスをしない確実なドライビングの方が重要だ。自分達の走りを続ければ、何かが起こるかもしれない」とタナック。アクロポリス・ラリーでの優勝経験があるラトバラもタナックと同意見であり、このようなラフグラベル・ラリーでは、できるだけクルマにダメージを与えないクレバーな走りを続けることが重要であると、彼らは十分に理解していた。

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 果たして、デイ3では彼らのアプローチの正しさが証明された。上位を走行していたトップドライバー3名が、次々とクルマの足まわりに深刻なダメージを受け、リタイアや長時間の修復を余儀なくされたのだ。一方、ヤリスWRCはトラクション不足の問題こそ完全には解決できなかったが、チームは最適な車高セッティングを進めハンドリングの改善に成功。デイ3でタナックが2本の、ラトバラが1本のSSベストタイムを記録した。そして、上位勢の脱落もありタナックは総合1位に浮上。ラトバラは13.1秒差の2位につけた。ただし、ラッピはペースノートに記したコーナーの情報がやや甘く、SS10でコースオフ。路肩にスタックし、その後斜面から滑り落ちてクルマにダメージを負い、残念ながらリタイアとなってしまった。

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WRC復帰後初の1-2フィニッシュ、そして選手権首位に

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 タナックが予言していたように、トルコは近年稀なサバイバルラリーとなり、多くのトップ選手がデイ3で姿を消した。最終日のデイ4を前に2位ラトバラと3位の選手の差は1分近く開いており、追われる心配はない。また、残るSSの距離の短さと1位タナックとのタイム差を考えると、逆転を狙うアタックは大きなリスクを伴う。そのためラトバラは、チームの1-2フィニッシュと、ドライバーズタイトル争いで大きなチャンスがあるタナックの立場を尊重し、最終日デイ4では2位を堅守する姿勢を明らかにした。



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 かくしてデイ4ではタナックとラトバラが最後まで順位を守り抜き、チームは2017年のWRC復帰以来初となる1-2フィニッシュを果たした。ボーナスの選手権ポイントが獲得可能な最終のパワーステージでは、タナックが3番手、ラトバラが4番手タイムを記録。ボーナスポイントの加算に成功し、タナックはドライバーズ選手権2位に、ラトバラは5位にポジションを上げた。また、1-2フィニッシュによりチームは獲得可能な最大ポイントを加算。マニュファクチャラーズ選手権で遂にトップに立った。困難なラリーで、チーム全員が心ひとつにし、力を合わせて戦ったからこそ最高の結果を得ることができたのだ。また、予想通り高温かつ低速のラリーとなり、エンジンにはかなり厳しい状況が続いたが、デンソーと共にTMGの風洞を使い開発を進めた新しいラジエーターは、最後まで高い冷却性能を維持し続けた。ウイークポイントのひとつであった冷却問題は、ひとまず解決されたといえるだろう。



選手権争いをするために、改善すべき点は少なくない

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 ただし、今後に向けては多くの課題も残った。悪路でのトラクション不足は根本的には解決しておらず、ライバルに対しスピードは十分ではなかった。次戦、ラリーGB(グレートブリテン)はやはりトラクションが得にくいラリーであり、昨年もチームは苦戦した。シーズンの最後までタイトル争いを続けるためには、何としてでもトラクションを改善しなければならない。また、ラトバラ車には、前戦ドイチェランドに続き駆動系に油圧の問題が起こってしまった。ドイツ後にバックアップシステムを導入していたため、クルマが止まるような事態にはならなかったが、それでもさらなる改善の必要は明らかである。その他にも細かなトラブルがいくつか起こり、決して盤石だった訳ではない。いかなる状況でも問題が起こらず、常に100%の力を発揮できるようなクルマとするためには、まだまだやらなければならない事が多い。好結果に恵まれはしたが、もっといいクルマづくりのためにはさらなる努力が必要であると、チーム全員が気持ちを新たにしたラリー・トルコであった。



RESULT
WRC 2018年 第10戦 ラリー・トルコ

順位 ドライバー コ・ドライバー 車両 タイム
1 オット・タナック マルティン・ヤルヴェオヤ トヨタ ヤリスWRC 3h59m24.5s
2 ヤリ-マティ・ラトバラ ミーカ・アンティラ トヨタ ヤリス WRC +22.3s
3 ヘイデン・パッドン セバスチャン・マーシャル ヒュンダイ i20 クーペ WRC +1m46.3s
4 テーム・スニネン ミッコ・マルックラ フォード フィエスタ WRC +4m10.9s
5 アンドレアス・ミケルセン アンダース・ジーガー ヒュンダイ i20 クーペ WRC +7m11.7s
6 ヘニング・ソルベルグ イルカ・ミノア シュコダ ファビア R5 +13m40.6s
7 ヤン・コペツキ パヴェル・ドレスラー シュコダ ファビア R5 +18m25.2s
8 シモーネ・テンペスティーニ セルジュ・イトゥ シトロエン C3 R5 +19m37.1s
9 クリス・イングラム ロス・ウィトック シュコダ ファビア R5 +20m21.3s
10 セバスチャン・オジエ ジュリアン・イングラシア フォード フィエスタ WRC +20m51.2s
R エサペッカ・ラッピ ヤンネ・フェルム トヨタ ヤリス WRC